貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

グレイ・ダージリン(35)

 あれから。

 正体も目論見も暴かれたディックゴルトが自身の立場を自覚して崩れ落ちた後、アレマニアの寛容派貴族がマリーに面会を求めていると知らせに来た。
 やってきたのは二人の選帝侯。事実上寛容派貴族を取りまとめている大物である、ズィクセン公爵とヴィルバッハ辺境伯だ。

 ディックゴルトといい、アレマニア人は自ら動こうとするタイプが多いのかも知れない。神聖国家と号しているだけあり、聖女への崇拝もそれだけ強いというのもあるだろう。
 お互い名乗り合うや否や、気が逸ったのか、ヴィルバッハ辺境伯がヴェスカルを皇帝位に! といきなり切り出してきた。
 エトムント枢機卿が困惑し、ズィクセン公爵がそれを窘める。マリーは明日改めて時間を設けるので今日はゆっくりと休んで欲しいと躱した。
 結局その日はお互いの状況確認、ヴァッガー家とアーダム第一皇子の企みについて話し――最後にマリーが精神感応で人の心を読む事が出来ると伝えて終わった。
 畏怖の色を浮かべた瞳を見開いて凍り付いた寛容派貴族二人。
 マリーは『聖女に隠し事は通用しない。その上でヴェスカルの幸せを第一に考えた話し合いを持とう』と釘を刺したのだ。
 聖女の前では心の中で考えている事が筒抜けになる――それを恐れたのだろう、彼らは夕食の席には現れなかった。勿論旅の疲れを言い訳にしていたけれど。


 夕食後、僕とマリーがお茶を飲みながらゆっくりしている所へ執事がやってきた。
 何でも、マリーに手紙が来ているという。
 差出人は、メテオーラ嬢と、アルバート第一王子殿下、そして神聖アレマニア帝国アーダム第一皇子のお三方だという。
 それを聞いたマリーは露骨に顔を顰め、嫌そうな顔をした。メテオーラ嬢の手紙だけ貰っていいかとサイモン様に訊ねている。
 子供っぽい事を言うなと窘められたマリーは何故か僕に救いを求めてきた。変な名前で僕を呼んで。
 その名前については後で問いただすとして。手紙ぐらい受け取っても良いんじゃないかと思うんだけれど。
 すると、マリーは胸の前で手を組み、上目遣いで僕を見つめてきた。

 「マリーはね、基本的に家族やお友達以外の男からの手紙は受け取りたくないのぉ」

 何時ぞや街で見かけた、男に媚びる酌婦みたいな言い方をされて一瞬ドキッとする。夫として男から手紙が来れば管理するべきだと可愛い事を口にするマリー。
 普段の僕ならこんな見え透いた媚びは受け流すんだけど、相手がマリーであればわざとらしくてもやっぱり可愛くて。騙されても良いかも知れないと思ってしまう。

 「それに一通はゴリラのばっちいナニかが付いてるかも知れないんだもん!」

 あ、うん。それが本音なんだね。

 続けて言われた言葉に僕はスンッと冷静を取り戻す。
 王都の下町のおかみさんが「あんたっ、この汚い鼠と便所虫の死骸を捨てて来ておくれ! こういうのは男の仕事だよ!」と夫を尻に敷いている光景を思い出した。
 そのような仕事が遂に僕にも回って来た、と言う事か。

 「……嫌なんだね、分かったよ」

 仕方が無い。愛しい新妻の為だ。
 僕はとほほな気持ちでその手紙を回収したのだった。


***


 手紙は僕が目を通す事が結果的に正解だったかも知れない。

 メテオーラ嬢の手紙はアレマニアの王女とアルバート殿下の縁談の話が持ち上がった事に対する相談、そしてアルバート殿下からの手紙はアーダム皇子をこれ以上引き留めるのは難しいかも知れないという内容だった。

 アルバート殿下の手紙もさもありなん。アーダム第一皇子からの手紙は厚顔無恥で無礼なものだった。マリーに僕と言う夫がいる事など歯牙にもかけぬという態度、そしてマリーに拒まれる筈が無いという自信と推しの強さがありありと文面から感じられる。この調子で宮廷でも振舞っているとすれば、アルバート殿下も大変だろう。
 赤薔薇を僕、白薔薇をマリー、タチアオイをアーダム皇子に準えた下種な内容。
 読んでいる僕は怒りが込み上げて来て、その手紙を破り捨てないようにするので精一杯だった。表面上は何とか取り繕ったけれど、内心腸が煮えくりかえっている。
 しかし僕以上に怒ったのがマリーだった。白薔薇とタチアオイのモチーフがあしらわれているという高価な宝石細工のブローチもゴミだと断じ、猛然と机に向かって返事の手紙を書いている。

 「グレイ、どうかしら?」

 書き上げた手紙を受け取って目を通す。それは奇妙な手紙だった。
 内容は問題はない。だけど変なところで改行しているし、どこか中身が無いというか。
 追伸に猫が好きだと書くのも奇妙だった。何かの暗号だろうか?
 マリーに訊くと、彼女の前世では『縦読み』という文化があったという。猫の事はその符丁なのだと。
 手紙に視線を戻し、その文頭の文字を繋げて読んだ僕は思わずあっと声を上げた。

 『恥を知れ、下種野郎。早よ帰れ』

 意趣返しとしてはこれ以上のものは無いだろうとは思うけれど。国際問題という言葉がどうしても脳裏をちらついてしまう。
 こういう時はサイモン様に判断を仰ぐのが一番だ。

 マリーが聖女の力で確かめた所、サイモン様は城の執務室で起きて仕事をしているという。
 非礼を詫びながら訪ねてマリーの返事に目を通して貰うと、サイモン様は悪い笑みを浮かべて許可を出した。心配する僕に、たとえ気付いても偶然だと言い張れば相手は何も言えない筈だと言う。

 「だが、この追伸は相手に伝わらんから変えた方がいい。代わりにこちらで使わせてもらうとしよう」

 「分かったわ、父。ペンを借りてもいいかしら?」

 マリーは追伸にバツ印を付けると、余白にサラサラと書き込んでいく。
 それは赤薔薇姫と呼ばれているアナベラ様や僕を馬鹿にする事は許さないという事と、タンジーの花言葉に託した徹底抗戦するという内容。

 アーダム皇子は『縦読み』は分からずとも、この追伸でマリーの意志を知る事になるだろう。
 マリーの優しい愛情に、僕は胸がいっぱいになった。
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