貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

グレイ・ダージリン(36)

 用も済んだ事だし、マリーと共にサイモン様の執務室を辞そうとすると。

 「グレイは残れ。少し話がある」

 僕だけサイモン様に引き留められた。マリーが振り返って小首を傾げる。

 「まあ、内緒の話?」

 「お前も残るか?」

 サイモン様に問われた彼女は思案するように人差し指を唇の下にあてる。

 「んー……もう眠いし、明日の事もあるし。難しい話はあんまり聞きたくないわね。私先に戻っているわ、グレイ」

 そう言ってマリーはあっさりとサリーナと共に戻って行った。
 彼女が居なくなると、サイモン様はパチンと指を鳴らす。するとアルトガル、そして見知らぬ男が音もなくするりと部屋に入って来た。
 何となく癖でじっと観察する。茶髪に青い瞳の、年の頃はヨハン達より少し下位だろうか。頬にそばかすがある素朴な顔立ち。僕もそばかすがあるので何となく親近感を抱いてしまう。

 「この男はズィクセン公爵閣下のご一行を手引きして連れてきた者でして」

 アルトガルがご挨拶を、と促す。その男は僕に向かって膝をついた。

 「グレイ・ダージリン伯爵にして、名誉枢機卿であらせられる猊下にご挨拶を申し上げます。おら――いえ、私は山岳国家ヘルヴェティアの傭兵、ペーター。氷山羊氏族ファミグリア・グラシュシャウラのペーターと申します。何卒お見知りおきを」

 アレマニアの貴族を護衛して来たという男はそう名乗った。筋肉ががっしりしているヨハンやシュテファンと違い、しなやかな筋肉がついた痩躯。力押しで戦うタイプではないらしい。

 「ペーターは若造ながら、短剣や双剣の扱いにかけてはなかなかの腕前でございます。その素早く軽い身のこなしが武器ですな。情報集め、そして夜に乗じた闇討ちには目を瞠るものがございます。宜しければダージリン伯爵家にて雇って頂ければ、と」

 一見、害の無さそうな外見なのに随分物騒な紹介だ。まあ、僕の護衛をしてくれているカールも一見好青年なので、似たようなものかも知れない。

 「信頼のおける家臣を一人でも多く集めなければいけないから助かるよ、アルトガル」

 「ありがたき幸せ。ダージリン領を探らせている者達もその内お目にかけましょうぞ。これ、ペーターもお礼を申し上げるが良い」

 「ありがとうごぜ……ございます」

 「どういたしまして。楽な話し方で良いよ、ペーター」

 ペーターはちらりとアルトガルを見た後、恥ずかしそうに後頭部を掻いた。

 「猊下、すまねぇっす。おらはこういう堅苦しい上流言葉は苦手で……お言葉に甘えます」

 そんなペーターに、後ろのカールが低い忍び笑いをした。

 「ふふふ、面白い人ですねー。後でグレイ様にお仕えする予定の隠密騎士達と顔合わせしましょうかー。彼の実力も知りたいですしー」

 「おお、こやつも生半な修行はしてきてはおらぬ故、揉んでやって下され」

 カールの言葉に気になる事があったので、僕はサイモン様の方を見た。

 「義父様、僕に仕える予定の隠密騎士達って……」

 「ああ、領都に到着した日から選抜させている。後でリストを渡すので、目を通しておくがいい。ダージリン領へ出立する前には顔合わせも出来よう」

 「ありがとうございます」

 何と、水面下で家臣の世話をして下さっていたらしい。僕は感謝を込めて頭を下げた。
 サイモン様は鷹揚に頷き、アルトガルに視線を向けた。

 「ところで、神聖アレマニア帝国の寛容派と不寛容派についてだが……」

 「お訊ねがあると思っておりましたぞ。神聖アレマニア帝国の寛容派は北と西、不寛容派は南と東に多いという事は閣下もご存じかと」

 特に東は東方小国群を挟んで異教徒であるアヤスラニ帝国と対峙していた歴史がある。それだけ不寛容派が根ざしていた。南は単純に聖地に近く、巡礼の道筋ともなっている。
 翻って北と西は異教の脅威に鈍く、寧ろ不寛容派の腐敗に倦厭する気風があった。聖典派、寛容派などが広まったのはそれが理由だ。

 「皇帝の侍女をされていたヴェスカル殿下の母君のご実家は、アレマニア南方のルハウゼン子爵家。ヘルヴェティアと国境を接しております。
 選帝侯や大貴族でこそはありませんが、子爵領は鉄鉱山を有しそれなりに豊かな領地。殿下の祖父君の先代ルハウゼン子爵ルードヴィッヒ卿は不寛容派貴族にも顔が利く人物であり、彼はヴェスカル殿下の聖地での扱いを知り、我らを通じて寛容派に内通しております」

 「ほう……して、その事を客人らは知っているのか?」

 「存じております。そこから南方不寛容派を切り崩し、ヴェスカル殿下を皇帝位へと押し上げるおつもりのようですな」

 「そして更にヴェスカルを表舞台に引き出さんと接触し、聖女を味方に付けて支持を盤石なものにしようという事か」

 「しかしマリーはヴェスカルを皇帝候補にする事を拒んでいます」

 僕の言葉に、アルトガルは顎に手をやった。

 「ふむ……確かに聖女様はヴェスカル殿下が幼い事を理由にそう仰っておられます。
 恐らく寛容派の有力貴族を中継ぎ皇帝とする条件で、ヴェスカル殿下が長じるまでの後見とする事で解決するのでは、と我輩は見ておりますが」

 「まあ、そこが落としどころだろうな」

 サイモン様の言葉に僕も同意する。
 明日はそういう結果に落ち着くだろうという僕の予想は――

 「そうだ、ズィクセン卿! この方法があった! 我らは、我ら寛容派貴族は――グレイ猊下を皇帝候補に推挙すれば良いのですぞ!」

 そんな言葉と共に木っ端みじんに打ち砕かれたのだった。
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