貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

文字の大きさ
555 / 747
うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【2】

不完全な情報。

しおりを挟む
 「では、詳しい取り決めはまた後程、という事で」

 「『うむ、有意義な時間であったぞ』」

 侍女の先導で満足そうに退出していく皇帝イブラヒーム。積もる話でもするのだろう、賢者イドゥリース、スレイマン、メリーもそれに続く。
 アヤスラニ帝国から連れて来た配下達と相談する時間が必要な様に、こちらも色々詳細を詰める時間が必要だ。
 皇帝達に続いて、我が家の女性陣である祖母と母、義姉キャロライン。そしてイサークとヴェスカルも席を外した。

 皆が出て行った後、私はそこで初めてカーフィーに視線を向ける。
 相当落ち込んでいるのだろう、所在無さげに項垂れていた。
 精神感応を使ったからその理由は判明していた。私はゆっくりと歩を進め、じりじりと追い詰めるようにカーフィーに近付いて行く。馬の脚共がカーフィーの両隣に移動したところで歩みを止めた。

 「……それで? カーフィー・リプトン伯爵。そんなに知りたいのかしら、が。

 その場にいる皆の視線が非難めいたものになり、一気にカーフィーに注がれる。

 「流石は蛇と呼ばれた男か。執念深い事だ」

 祖父ジャルダンが呆れたように呟くと、護衛として立っていたカールが複雑そうな表情をしている。
 ああ、そうか。彼は蛇ノ庄出身――蛇繋がりだもんなぁ。

 「カーフィーよ。まさかとは思うが、あの小娘の為に我らと敵対するつもりではあるまいな?」

 不意に剣呑で低い父サイモンの声が響いた。
 グレイがカーフィーから目を逸らさずそっと私に寄り添う。

 「め、滅相もございませぬ!」

 震えあがって叫び、その場に崩れ落ちるようにして床に這い蹲るカーフィ。

 「聖女様、どうかお願いでございます! あんな女でも私にとって大事な妻なのです、フレールを、何卒、何卒お助け下さい!」

 「……」

 震え声での嘆願が響いた後、しんと静まり返る喫茶室。

 「……気持ちは分からないでもないわ。でも、彼女ははるばるアレマニアまで迎えに行った貴方を拒んだのでしょう?
 その時点で彼女は自分の運命を選んだのよ。今では私が魔女だという証人として不寛容派に取り込まれてしまっている。結果、どんな目に遭おうとも自己責任よね。
 仮に教皇僭称事件が起こらず、貴方がまんまと私を裏切ってアーダム皇子の持ちかけた情報取引に応じたとしても――助けるのは難しいのではないかしら? だって当の本人が助けを拒否しているんだもの」

 「フレールについては以前チャンスを与えた筈だな。それで尚、マリーに頼むのであれば、相応の覚悟会っての事であろうな?」

 カーフィの気持ちは分からんでもないが、いくら聖女であっても人の意思を操るまではいかない。どうしようもないのだ。私も父も突っぱねるのだが、カーフィ―は諦めが悪かった。

 「そ、それについては言葉もございません……それでも私は。リプトン伯爵位や財産を投げ打ってでも、フレールを取り戻したいのです!」

 グレイが溜息を吐き、私は腕を組む。
 うーん……事情は知ったものの、思い入れがここまでとは。
 助けるって言っても、本人の同意が無ければ気絶させるか薬か何かで深く眠らせるかして拉致してくるしかないような……ああ、嫌なことを思い出した。
 いっそ、皇帝イブラヒームにあの麻痺香を融通して貰おうか?
 自分が攫われた事件を思い出し、口をへの字の曲げて思考を巡らせていると、そこへ父サイモンが口を挟んだ。

 「待て、カーフィよ。下手に動いて事が露見すれば我が国が神聖アレマニア帝国内の争いに巻き込まれる事になりかねんぞ」

 「僕も同感です。危険を冒してまで、あの女を救い出す必要があるようには思えません」

 グレイも同意する。トーマス兄、カレル兄共に頷いた。

 「そ、そんな……」

 カーフィーの顔が絶望に染まる。
 私は父サイモンを見た。

 「父、その懸念は大丈夫よ。トラス王国と領地を接しているのは寛容派貴族達の領地が多いのだから」

 それよりも、カーフィーである。
 このままカーフィーを見放し、フレールの事を解決せず放置していればやけっぱちとばかりに軽挙妄動し、面倒な事態に発展しかねん。
 フレールも不寛容派による魔女糾弾プロパガンダに利用されている真最中だ。
 そう考えればカーフィーに手助けして片付けておくべきなのだろうな。これから疱瘡流行の波が周辺国を襲う。
 トラス王国は国境の守りを固め、災厄が過ぎ去るまで半鎖国状態になるのだから。

 ふむ……。

 今、アーダム皇子にバレている私の能力は――カーフィーの記憶を見ると発火能力パイロキネシスと鳥達や海獣達を操る事。
 まあどうせアーダム皇子は裏取りしたところで表向きに知られている能力だけしか確認は取れないだろう。
 カーフィ―が私の情報を持ち帰る事でフレール奪還の協力をあの糞ゴリラから得られるならば、不完全な情報を持ち帰って貰うとするか。
 私は息を大きく吐いた。

 「……仕方ありませんわね。カーフィ―伯爵。私を一度裏切ろうとした貴方ですが……」

 そこまでの覚悟なら、特別に助けて差し上げましょう、と続けると、カーフィ―はぱっと顔を上げた。

 「ま、誠にございますか!?」

 「ええ。私、そこまでフレール様のことを想う貴方の心意気に感動しましたのよ」

 「ああ、太陽神よ! 聖女様、ありがとうございます……!」

 喜色を浮かべて祈りを捧げだすカーフィ―。

 「おい。いいのか、マリー?」

 「そうだよ、甘過ぎるよ」

 カレル兄とグレイの問い掛け。先程の考えを精神感応で伝えると「た、確かに……」と引き下がった。
 アルトガルが近付いてきて耳元で囁く。

 ――……アレマニアは雪山の傭兵にとっては庭も同然。何人か同行させますかな?

 ――そうね、なるべく皇族や貴族に顔が割れていない者達でお願い。

 ついでに聖地に反旗を翻した不寛容派や国内の様子、民衆の様子などを探ると同時にそれとなく情報操作して来て貰うとするか。
 遠隔透視能力はあれど、飽くまでも私一人だけの視野でしかない。広範囲をカバーしたり噂をばら撒いて情報操作したりは、やはり人手が無ければ。
 私はぱちりと扇を閉じた。

 「教皇僭称の件で人心が不安定になっていることでしょうから、身の安全を確保するために傭兵を同行させましょう。刻印も受けて貰います。必ず作戦を成功させて下さいね。それで、私の残された能力については、アーダム皇子にはこう報告なさい――」


***


 その一ヵ月後――

 「アーダム殿下の望まれていた情報……聖女様の能力を調べて参りました。ご存知の能力の他、カラスを通じて太陽神の言葉を聞くお力をお持ちとの事。
 神は神羅万象を知り尽くしておられます。それこそ、人の心の内までも……」

 神聖アレマニア帝国へ再度向かったカーフィ・リプトン伯爵は、アーダム皇子に目通りしてこのように報告した。
 渋面を作るダンカンとは裏腹に、アーダム皇子は目を輝かせる。

 「ほう、恐ろしい力だな。反逆者も不心得者も簡単に炙り出せる――素晴らしい、ますます欲しくなったぞ。カラスさえ居れば神同然ではないか。
 という事は、逆にカラスと接触させぬことでその力を封じることが出来る、ということか。成程……」

 「『殿下、そのような力を持てば臣下の忠誠心は離れて行きますぞ。やはりあの女は魔女なのです』」

 「『ふ、聖女だろうが魔女だろうがどちらでも良いわ。忠誠心が離れるのは、元から後ろめたいところのある者だけ――』」

 「あ、あの、殿下。お約束頂いたフレールの件ですが……」

 目の前で始まったアレマニア語による会話が長々と続きそうだったので、カーフィーは慌てて発言する。
 アーダム皇子は「『この話はここまでだ、』」とダンカンに言って、トラス語に切り替えた。

 「ああ、わざわざトラス王国まで調べに行ってくれてご苦労だった。アブラーモ……新教皇にそれとなく訊ねたら、あの女はもう用済みなのだと言っていたぞ。
 見目の良い修道士を引き連れて社交界に出て来るが、相変らず男漁りに余念がなくあまり評判も良くない。いっそ、魔女に呪われて死んだ事にでもしようかと笑いながら画策していた」

 「なっ……」

 あまりの事に、カーフィ―は絶句した。
しおりを挟む
感想 996

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

転生皇女セラフィナ

秋月真鳥
恋愛
公爵家のメイド・クラリッサは、幼い主君アルベルトを庇って十五歳で命を落とした。 目覚めたとき、彼女は皇女セラフィナとして生まれ変わっていた——死の、わずか翌日に。 赤ん坊の身体に十五歳の記憶を持ったまま、セラフィナは新しい人生を歩み始める。 皇帝に溺愛され、優しい母に抱かれ、兄に慈しまれる日々。 前世で冷遇されていた彼女にとって、家族の愛は眩しすぎるほどだった。 しかし、セラフィナの心は前世の主・アルベルトへの想いに揺れ続ける。 一歳のお披露目で再会した彼は、痩せ細り、クラリッサの死を今も引きずっていた。 「わたしは生涯結婚もしなければ子どもを持つこともない。わたしにはそんな幸福は許されない」 そう語るアルベルトの姿に、セラフィナは決意する。 言葉も満足に話せない。自由に動くこともできない。前世の記憶を明かすこともできない。 それでも、彼を救いたい。彼に幸せになってほしい。 転生した皇女が、小さな身体で挑む、長い長い物語が始まる。 ※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。