貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【2】

グレイ・ダージリン(167)

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 その言葉が僕の脳裏をぐるぐると駆け巡る。

 ――どうしよう。

 目の前ではマリーが錫杖を鳴らし、オディロン陛下を皮切りに集まった王族貴族達に対し序列順で新年の祝福をし始めていた。
 厳かで神聖な儀式の真最中。僕は掌に親指を握り込み爪を食い込ませて無表情に徹する。

 「ほう……これほどのものは国王陛下とて身に纏えますまい」

 「銀山にキーマン商会――どれ程の贅が尽くされていることか。お召し物に縫い取られている宝石の豪華な事よ……」

 「我が領の税収――いや、これは小国の年間予算程もあるかも知れませぬな」

 ――!!

 僕はぐっと唇を噛み締め、欲望に塗れた表情でで囁き合う貴族達を見る。
 それを睨んでいると取られたのか、全員気まずそうに眼を逸らした。

 地獄のような忍耐時間が終わると、イドゥリース達と入れ替わるの形になる。
 賢者の祈りが始まるのを後目に、僕達は退出して別室で軽食。イドゥリースの祈りが終われば今度はサリューン枢機卿の祈りになり、マリーの聖女としての功績が語られていくという流れだ。

 「そろそろ、」

 前脚ヨハンに促され、僕は立ち上がる。
 マリーと共に礼拝堂へ戻ると、後ろ脚シュテファンがヴェスカルの祖父ルードヴィッヒ卿を連れてこちらへ歩いて来るのが見えた。
 早朝礼拝はここで終わり、今からヴェスカルやエヴァン修道士、ファブリス司祭達の任命式が始まる。その後はサイア達を信仰の民として聖別する儀式だ。


***


 「うぅ……」

 潮騒に混じる海鳥の声。毒竜の異名を持つ海賊船長ヒューズ・ドレイクは呻いて目を覚ました。
 先ず視界に入ったのは砂浜とそこを横切る蟹。口の中に砂が入り、ドレイクは唾をペッと吐き出す。

 「ここは……どこだ?」

 もう少し景色を見ようと、身を起こそうとして――力が入らず叶わなかった。海水に濡れた体はすっかり冷えて強張っている。ごつごつとしたものがヒューズの手に触れた。
 それは船の残骸の板切れであり、エスパーニャ王国の無敵艦隊の急襲を受けて船を沈められ、海に投げ出された折に無我夢中でしがみついたものだった。
 畜生め、と毒づくドレイクの目の前に、誰かの足が立つ。

 「『てっきりおっ死んでるかと思ったが、生きてたな。アルビオン人か?』」

 聞こえて来たのは隣国トラスの言葉。首だけで振り仰ぐと、冬の薄い空に男がこちらを覗いている。
 海賊として近隣諸国の言葉は一通り話せたドレイクはトラス語を思い起こし、注意深く口を開いた。

 「『ここはトラス王国……か?』」

 「『ああ、ラブリアン辺境伯領のナマンディー海岸さ』」

 男の返答にドレイクは脳裏に地図を思い描く。恐らく海流の端からはぐれるように流れ着いたのだろう。遠く漂流して溺死する羽目にならずに幸運だったとヒューズは考える。
 動けそうかと心配そうに問われ、ドレイクは弱弱しく首を横に振った。

 「『いや……寒くて手足がかじかんじまって無理だ。すっかり冷えて固まっちまってる』」

 「『ふうん。着替えるにしても場所を移動した方が良いか。人を呼んでくるからちょっと待ってな』」

 直ぐ戻る、と砂浜を走る音が遠ざかって行く。
 命が助かった安堵なのか、ヒューズ・ドレイクの意識はそこでぶつりと切れた。



 次に目を覚ました時、最初に聞こえて来たのは火の爆ぜる音。目を開けると木の天井が見える。
 意識がはっきりしてくるにつれ、体がすっかり温まっている事に気付いた。身じろぎして起きようとすると、何か柔らかいものが自分に密着していた。
 それはもぞもぞと動いてドレイクの顔を覗き込む。幼い子供だった。

 「『おっ父、ひょーりゅーしゃが起きた!』」

 舌足らずの子供が叫ぶと足音がした。砂浜で見た顔が手に食事らしきものが乗った盆を持ってこちらを見下ろしている。ドレイクと暫し見つめ合い、男は大きく溜息を吐いた。

 「『まったく、先刻は肝を冷やしたぞ。慌てて男衆で教会に担ぎ込んだんだ』」

 言って、男はベッドサイドのテーブルに近付いて盆を置く。
 子供をベッドから降ろして「『いい子だったな。もう遊びに言って良いぞ。後で父ちゃんがご褒美をやるからな』」と言って頭を撫でた。
 子供が嬉しそうに威勢のいい返事をして部屋を出て行くのを見守った後、男はドレイクに向き直り、半身を起こしてくれる。視界が高くなると部屋の様子が見渡せた。暖炉の傍の椅子に自分の服が広げて掛けてあるのが見え、自分の格好を確認すると着古された修道服のようだ。男は「『冬だからまだ乾いていないぞ』」と言った。

 「『さて、坊様から麦入りシチューを貰ってきたが……食えそうか?』」

 麦と野菜と魚をミルクで煮込んだものに塩で味付けしただけのシチュー。
 食べるのに支障ない程度には腕は動かせるようだったのでドレイクが礼と共にそれを受け取ると、男は「『で?』」と切り出した。

 「『俺はアンターク・ルッテル。お前さんの名前は? 船の上でやらかしでもしたのか?』」

 船の上で規律違反をした者や船長に楯突いた者が船上から海に追放されるのは珍しい事では無い。実際ドレイク自身も数えきれない程そうして来た記憶がある。

 「『いや……商船に乗っていたんだが、海賊に襲われちまった。俺の名はショー。ショー・ディース』」

 馬鹿正直に海賊船長だという訳にもいかない。首を振りつつよく使う偽名を名乗り誤魔化すドレイクに、アンタークは溜息を吐いた。

 「『そっか。よく聞く話だが、不運だったな』」

 「『いいや、身一つ生き残っただけでも御の字さ』」

 アンタークは違いない、と笑う。ドレイクは「『ところで、』」と先程から気になっていた事を訊ねる事にした。

 「『この教会は何て言うんだ?』」

 「『おお、良くぞ聞いてくれた。ここはな、少し前までは鄙びた小さい修道院だったが――今や聖女様がいらして神の奇跡を起こしなすった教会として、王国中にその名が知れ渡っているマンデーズ教会さ』」

 どこか誇らしげに言うアンターク。毒竜ヒューズ・ドレイクは目を瞬かせた。
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