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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【2】
グレイ・ダージリン(168)
日付けを訊ねて分かった事だが、ヒューズ・ドレイクは一日と少し漂流していたようだ。
二日も経てば、元来頑強な体を持つドレイクは歩けるまでに回復していた。アンタークはドレイクを拾った責任を感じてか、度々様子を伺いに顔を出している。
身に着けていた上着に縫い込んでいた金貨を教会の修道士とアンタークそれぞれに渡して、アルビオンへの手紙を書かせて欲しいと頼むと、快く紙とペンを用意してくれた。
アルビオンには仲間の男がいる。その男経由でアルビオン王にドレイクが無事で生きている、と仲間にしか分からない言葉で知らせるのだ。
一見、家族に送金すると見せかけた手紙を書き、修道士に託す。アルビオンは国ごと破門されているようなものだが、教会の持つ繋がりは完全に断たれた訳ではない。たっぷり寄付を弾んだ上で託したのだから、手紙は無事に届くだろう。
万が一にも海賊とバレてはいけない。教会側の心証を良くする為、ドレイクは大人しく敬虔な信者を装った。
新年の教会は信徒達が殺到する忙しい時期である。色々手伝い事もあるだろう、と手伝いを申し出ると、修道士は申し訳なさそうにしながら座って出来る濃縮蒸留酒――『命の水』製造の火の番を頼まれたので、二つ返事で承諾する。
蒸留器の炉に小さな枝を放り込みながら、ドレイクは傍を通り掛かる人に話しかけては情報を集めた。
ラブリアン辺境伯領の教区全てを統括する大司教ルネ・ヴィトンが司祭や修道士達を引き連れてドレイクの様子を見にやって来た時は流石に仰天したが、「『この時期にこの教会に保護されたのも、神の思し召しなのでしょう』」と説教の場に誘われる事となった。
蒸留を終えた後で向かった教会の礼拝堂では、近隣の漁民や農民たちと思われる人々が新年の祝福を得る為に長蛇の列を成していた。大司教の来訪もその一因だろう。
出くわしたアンタークによれば、去年聖女が奇跡を起こした教会としてわざわざ遠くからやってくる者も少なくなく、例年に無い賑わいなのだという。
礼拝堂の椅子では足りず、床に座る人々。ドレイクもそれに倣うと、祭壇に布で覆われた大きな板状のものが運ばれて来た。修道士によって布が取り払われると、現れたのは一枚の絵画。
神と聖女に対する祈りの聖句を唱えた後、大司教は説教を始めるべく手に持った聖典を閉じて顔を上げた。
***
聖女様、ねぇ……。
ドレイクは皮肉気に口の端を歪め、目の前の大きな絵をじっと見つめた。
聖女の起こした奇跡の様子を描いたという大きく真新しい絵画。参拝客の一人が「大司教様は画家をかき集めて急ぎ描かせたらしい」と囁き合っていた。
参拝時間が終わった後。確かめたい事があったドレイクは、修道士に「『後ろに居たので絵画がよく見えず、聖女様の奇跡をもっと知りたいのです。何とかなりませんか』」と寄付を追加して頼み込んだ。
ドレイクの背後では、修道士が掃除している物音。清掃の間なら、という条件で許されたのだ。
大司教ルネ・ヴィトンの話によれば。聖女は、エスパーニャの呪われたカナールの民が疱瘡の病で国を追われたのを導き、マンデーズ教会の聖職者達に彼らを迎え入れ救うように啓示を与えたという。
病を恐れる彼らに対し、聖女は『神の刻印があれば疱瘡に罹らない』と断言。それを信じた彼らは言われた通りにカナールの民を受け入れ治療に当たったが、誰一人疱瘡にならなかったのだ、と。
「『聖女様はカナールの民を祝福され、王都に連れて行かれました。聖女様を信じ、強き信仰を示したファブリス司祭達も聖女様の供として付き従いました。王都の新年の儀で聖女様直々に位階を上げて頂く事となったそうです』」
僅かに羨望の感情を滲ませた声で締めくくった、先刻の大司教を思い出す。アルビオン王から私掠許可証を貰い、毒竜と恐れられていても、貧しい農民出身の海賊風情。更にアルビオンは国ごと破門されている。そのような神や信仰、聖女といった存在とは縁遠いドレイクにとって理解出来ない感情であった。
奇跡とは言っても箔付けとして脚色されている部分も多いだろう。本物の聖女も虚飾を取り払えば大した事はないただの小娘に違いない、とドレイクは思う。自分も毒竜などという大層な名で呼ばれ、噂も尾ひれがついているのだから。
――それよりも、だ。
絵画には、赤髪の貴族の男にエスコートをされた黄金色に光り輝く聖女が、病に倒れ苦しむカナールの民のいる建物の戸口を訪れている。建物の中では光背を有した司祭や修道士達が民を看病をしている光景が描かれていた。
聖女の後ろには同行者と思しき幾人かの男女の姿。その中にドレイクは気になる人物を見た。
遠くから見た時に気になってはいたが、どうやら見間違いでは無かったようだ。
「これは……高地の騎士か?」
カレドニアの民族衣装フェーリアを身に纏っている男。剣を佩いているならば高地の騎士――カレドニア女王が傍に置いていると聞いていた。
こうして描かれる程、聖女の周囲にカレドニア人が居るのは間違いないだろうと推測する。
それに加えて先日のドレイクの大敗。どれだけ生き残っているかは分からないが、恐らく大半の船は無敵艦隊の餌食となり、海の藻屑と成り果てたに違いない。
カレドニア王国とトラス王国、更に教会勢力が手を結ぶ――それが事実なら、これはアルビオン王国にとってかなり不味い状況だ。
アルビオン王の一行と思しき集団がラブリアン辺境伯領を旅している、とドレイクの耳に入ったのは――それから更に数日後のことだった。
二日も経てば、元来頑強な体を持つドレイクは歩けるまでに回復していた。アンタークはドレイクを拾った責任を感じてか、度々様子を伺いに顔を出している。
身に着けていた上着に縫い込んでいた金貨を教会の修道士とアンタークそれぞれに渡して、アルビオンへの手紙を書かせて欲しいと頼むと、快く紙とペンを用意してくれた。
アルビオンには仲間の男がいる。その男経由でアルビオン王にドレイクが無事で生きている、と仲間にしか分からない言葉で知らせるのだ。
一見、家族に送金すると見せかけた手紙を書き、修道士に託す。アルビオンは国ごと破門されているようなものだが、教会の持つ繋がりは完全に断たれた訳ではない。たっぷり寄付を弾んだ上で託したのだから、手紙は無事に届くだろう。
万が一にも海賊とバレてはいけない。教会側の心証を良くする為、ドレイクは大人しく敬虔な信者を装った。
新年の教会は信徒達が殺到する忙しい時期である。色々手伝い事もあるだろう、と手伝いを申し出ると、修道士は申し訳なさそうにしながら座って出来る濃縮蒸留酒――『命の水』製造の火の番を頼まれたので、二つ返事で承諾する。
蒸留器の炉に小さな枝を放り込みながら、ドレイクは傍を通り掛かる人に話しかけては情報を集めた。
ラブリアン辺境伯領の教区全てを統括する大司教ルネ・ヴィトンが司祭や修道士達を引き連れてドレイクの様子を見にやって来た時は流石に仰天したが、「『この時期にこの教会に保護されたのも、神の思し召しなのでしょう』」と説教の場に誘われる事となった。
蒸留を終えた後で向かった教会の礼拝堂では、近隣の漁民や農民たちと思われる人々が新年の祝福を得る為に長蛇の列を成していた。大司教の来訪もその一因だろう。
出くわしたアンタークによれば、去年聖女が奇跡を起こした教会としてわざわざ遠くからやってくる者も少なくなく、例年に無い賑わいなのだという。
礼拝堂の椅子では足りず、床に座る人々。ドレイクもそれに倣うと、祭壇に布で覆われた大きな板状のものが運ばれて来た。修道士によって布が取り払われると、現れたのは一枚の絵画。
神と聖女に対する祈りの聖句を唱えた後、大司教は説教を始めるべく手に持った聖典を閉じて顔を上げた。
***
聖女様、ねぇ……。
ドレイクは皮肉気に口の端を歪め、目の前の大きな絵をじっと見つめた。
聖女の起こした奇跡の様子を描いたという大きく真新しい絵画。参拝客の一人が「大司教様は画家をかき集めて急ぎ描かせたらしい」と囁き合っていた。
参拝時間が終わった後。確かめたい事があったドレイクは、修道士に「『後ろに居たので絵画がよく見えず、聖女様の奇跡をもっと知りたいのです。何とかなりませんか』」と寄付を追加して頼み込んだ。
ドレイクの背後では、修道士が掃除している物音。清掃の間なら、という条件で許されたのだ。
大司教ルネ・ヴィトンの話によれば。聖女は、エスパーニャの呪われたカナールの民が疱瘡の病で国を追われたのを導き、マンデーズ教会の聖職者達に彼らを迎え入れ救うように啓示を与えたという。
病を恐れる彼らに対し、聖女は『神の刻印があれば疱瘡に罹らない』と断言。それを信じた彼らは言われた通りにカナールの民を受け入れ治療に当たったが、誰一人疱瘡にならなかったのだ、と。
「『聖女様はカナールの民を祝福され、王都に連れて行かれました。聖女様を信じ、強き信仰を示したファブリス司祭達も聖女様の供として付き従いました。王都の新年の儀で聖女様直々に位階を上げて頂く事となったそうです』」
僅かに羨望の感情を滲ませた声で締めくくった、先刻の大司教を思い出す。アルビオン王から私掠許可証を貰い、毒竜と恐れられていても、貧しい農民出身の海賊風情。更にアルビオンは国ごと破門されている。そのような神や信仰、聖女といった存在とは縁遠いドレイクにとって理解出来ない感情であった。
奇跡とは言っても箔付けとして脚色されている部分も多いだろう。本物の聖女も虚飾を取り払えば大した事はないただの小娘に違いない、とドレイクは思う。自分も毒竜などという大層な名で呼ばれ、噂も尾ひれがついているのだから。
――それよりも、だ。
絵画には、赤髪の貴族の男にエスコートをされた黄金色に光り輝く聖女が、病に倒れ苦しむカナールの民のいる建物の戸口を訪れている。建物の中では光背を有した司祭や修道士達が民を看病をしている光景が描かれていた。
聖女の後ろには同行者と思しき幾人かの男女の姿。その中にドレイクは気になる人物を見た。
遠くから見た時に気になってはいたが、どうやら見間違いでは無かったようだ。
「これは……高地の騎士か?」
カレドニアの民族衣装フェーリアを身に纏っている男。剣を佩いているならば高地の騎士――カレドニア女王が傍に置いていると聞いていた。
こうして描かれる程、聖女の周囲にカレドニア人が居るのは間違いないだろうと推測する。
それに加えて先日のドレイクの大敗。どれだけ生き残っているかは分からないが、恐らく大半の船は無敵艦隊の餌食となり、海の藻屑と成り果てたに違いない。
カレドニア王国とトラス王国、更に教会勢力が手を結ぶ――それが事実なら、これはアルビオン王国にとってかなり不味い状況だ。
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