貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【2】

道は一つではない。

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 不意打ちのような、山岳国家ヘルヴェティアによる聖女への恭順宣言。
 静まり返っていたトゥラントゥール宮殿の大広間に居る人々は、息を飲むような一拍の後に驚動にどよめいた。

 「何という事だ、かの独立不羈の山岳国家ヘルヴェティアが聖女様に膝を折ったなど!」

 「恐らくあのように宣言する事で、偽教皇が立った神聖アレマニア帝国とは無関係である、と大義名分を得る為であろうな」

 「軍事的平衡が崩れますな……場合によってはアレマニアはヘルヴェティアに戦を仕掛けますかな?」

 「いや、少なくとも雪が融けるまでは無理かと。それに偽教皇を良しとしない帝国貴族達も少なからずいると聞いている」

 「ああ、辺境伯ヴィルバッハ卿ですな。皇女エリーザベト殿下も麗しの月光の君と昵懇じっこんな様子――」

 周囲の貴族達の会話。そこまで聞いて、カレドニアの女王リュサイは堪らず目を閉じた。

***

 新年が明けたその日、覚悟を決めたリュサイはカレドニアの伝統生地ブレアカンのドレスを身に纏い、トゥラントゥール宮殿へ向かう馬車に乗り込んでいた。キャンディ伯爵家の人々とも挨拶を交わし、心配を掛けた事を丁寧に詫びる。
 リュサイが恋をしているカレルにエスコートされた皇女が遠慮がちに声を掛けて来た時は流石に心臓が握りしめられるような苦しさを感じたが、今日リュサイが起こす予定の事を考えて無理やり押し殺した。

 一般的に、身分が高い者程遅れてやってくる。
 聖女の家族だからなのか、それとも神聖アレマニア皇女のエリーザベトやカレドニア女王の自分に気遣ったのか――リュサイ達が王宮に到着したのは大分遅い時間だった。
 大広間に案内された後、母方の縁戚に当たるラブリアン辺境伯夫人やその係累、交流のある北方諸国の挨拶を受ける。祖国から派遣されて来た外交官と合流したところで、見覚えのある貴族――確か第一王子の側近のウエッジウッド子爵が、聖女到着の報を告げた。

 そうして始まった新年の儀だが、リュサイは外交官や腹心の騎士達と共にトラス国王への挨拶を済ませた(もう大丈夫なのかと心配するメテオーラにも謝罪と感謝をした)後、大広間の隅にある休憩用の椅子にじっと座って聖女達の方を見て機会を窺っていた。
 というのも、考えるだに立っていられなかったのだ。覚悟は決めた筈なのに、想像するだけで脚に震えがくる。
 今この場に敵国アルビオンの人間は居ない。
 だというのに、リュサイは大広間の人の多さに怖気づいてしまっていたのだ。

 ――それに、聖女であるマリー様はきっと私の心に秘めた全てを見透かしてしまう。

 カラスを傍に置いた聖女に知られ、軽蔑されて友情が壊れるのも怖かった。

 「『……私も、あの子のようになれたら』」

 母国語で独り言ちる。
 視線の先には、馬鹿にされながらも突進するように聖女の元へ行って大広間中に響き渡るような声で挨拶をやってのけた子供の姿。ガリアの第三王子なのだという。
 隠す事も後ろめたい事もないから、あんな風に天真爛漫に振舞えるのだろう。
 一方の自分は悩み尽きず、傍に居る外交官や配下の騎士達でさえも難しい表情で人目をはばかるようにヒソヒソと会話をしている。

 ――羨ましいわ。

 リュサイは羨望する。
 聖女と歓談していたガリア第三王子が席を立った後、ルーシ帝国が挨拶に名乗りを上げていた。飲み物などを手に歓談しながらも、次の順番を待っている諸外国人はそれなりにいる。自分は一番最後に挨拶をした方が印象深いかも知れない。
 そう考えながら視線を巡らせると、カレルに付き添われた皇女エリーザベトが席を立つのが見えた。その近くに聖女の侍女が歩く姿が見えたので、何か伝言でもあったのかも知れない。カレルと皇女は、どうも大広間の出口の方へと向かっているようだった。
 気になってララに委細を訊ねて来て欲しいと頼む。戻って来たララは「ルーシ帝国に目を付けられてはいけないので、念の為身を隠すようにとの聖女様のご指示だそうですわ」と言った。。

 「心配ですわ、私も……」とリュサイがカレル達を追おうとするも、

 「いいえ、下手にリュサイ様が追って行かれてしまうと目立ってしまいますわ」

 と結局教えて貰えなかった。
 確かにカレドニア伝統の衣装を身に纏った今のリュサイ達が動けば、相当目立ってしまうだろう。
 騎士ドナルドに「ファーガスにでも探って来させましょうか」と耳打ちされたが、それでも目立つだろうとリュサイは首を横に振った。

 ――もし、カレル様がリシィ様と結婚なさってしまったら。

 神聖アレマニア帝国との戦が避けられそうなのであれば、国として政略結婚が結ばれてしまうかも知れない。
 何となく、それは実現してしまいそうな未来予想図に思えた。
 聖女の意向があったとしても、カレル・キャンディ伯爵令息はトラス王国の一貴族、しかもキャンディ伯爵家の跡継ぎでもないのだから。

 ――私もリシィ様のように大国の姫に産まれていさえすれば、カレル様と……。

 小国の女王であっても大国の皇女には勝てない。
 嫉妬の炎がジリジリと内側からリュサイを苛む。胸を抑えた手が自然に握りしめられ、ドレスに皺を作った。

 「『陛下、大丈夫ですか? ご気分が優れぬようであれば私と騎士ドナルドが代わりに――』」

 「『……いえ、大丈夫です』」

 外交官の気遣いは嬉しいが、これだけは人任せには出来ない。
 カレドニア王国代表として聖女マリアージュに挨拶に行かねばならない。聖女がカレドニア女王と親しい間柄である、と諸国に示さなければならないのだから。

 リュサイが立ち上がるべく一つ深呼吸をしたところで、山岳国家ヘルヴェティアの宣言がなされたのだ。

***

 リュサイは静かに目を開けた。
 正直、ヘルヴェティアに出し抜かれた、という思いはある。

 ――だけど、逆にそういう方法もあった、と気付く事が出来たわ。

 目の前の霧が晴れたようだった。道は一つではない、何も一足飛びに行かなくても良いのだ。
 自分は性急に物事を考えすぎていた、と思い直す。
 突然の事に驚きつつも、聖女はどう出るのか――リュサイ達は、固唾を呑んで聖女の返答を見守った。

 ――受け入れるのか、それとも。

 「私が直接関わる事はありませんが、ヘルヴェティアの統治はこれまで通りですわ。
 私はヘルヴェティアの人々の心の安寧を祈りつつ、行く末を見守りましょう」

 立ち上がり、錫杖を手に厳かに告げた聖女。
 その言葉はまるで自分を後押ししてくれているように感じ、リュサイは立ち上がった。

 「『皆、ご挨拶に行きましょう』」

 そして、聖女への挨拶待ちに混ざるべく、ゆっくりと歩き出す。
 脚の震えはもう、止まっていた。
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