貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【2】

スノードロップ。

 アルビオン王国、ロッキンガム宮殿の一室。

 「ああ、ああ……何てこと、私の可愛いエセル!太陽神よ、何故私の息子にかような残酷な運命を背負わせ給うのか……!」

 荘厳な装飾の施されたその扉についた取手を握りしめながら、アルビオン王妃グレタはこの世の終わりとばかりに嘆き悲しんでいた。

 「何時、何処で病魔に入り込まれたのか! 人の集まる新年の儀か、それともあの死神が密かに病の元をエセルに近付けたのか!」

 王妃付きの侍女が寄り添いながらも、何とか王妃が扉の向こうに入らぬよう必死に押しとどめている。
 というのも――

 「王妃様、お気持ちは分かりますが王宮内でも何人か病に倒れております。それに疱瘡の病は感染うつります、決してエセルリック殿下のお部屋に入られてはなりませぬ!」

 部屋の主であるグレタ王妃の幼い息子、アルビオン第三王子エセルリックは今、疱瘡の病に冒されて苦しんでいたからである。

 何とか王妃グレタを扉の前から引きはがしたところで、水差しを持った痘痕顔の男が一礼して室内に入って行く。
 疱瘡は過去、一度罹った者は罹らない。
 そこで、男女年齢問わず疱瘡になった事がある使用人が選ばれ、エセルリック王子の看病に当たっていた。

 「室内では悪い物思いをなされて気も塞ぎましょう。そうですわ、庭にスノードロップが咲いておりました」

 「……分かった。他に出来ることもなし、私が手折り花瓶に活けましょう。スノードロップの花言葉は『希望』、それをあの子に」

 「かしこまりました」

 侍女の勧めで庭に出た王妃グレタは、ハンカチで涙を拭きつつ先導する庭師の後を歩いて行く。

 目障りだった第二王子コンラッドが消え、残るは臣籍降下しイステリッジ公爵となった第一王子エドワードを警戒しつつ、息子のエセルリックを王位に就けるだけだったというのに。
 夫のアルビオン王ゴードリクは、カレドニア女王の行方を知り、また疱瘡から逃げるように国を出て行ってしまった。その代わりに政を取り仕切りだしたのは第一王子エドワード。
 疱瘡の病は日に日に王都フォグスターを蝕んでいく。同時に王妃グレタの立場も、また。
 女である王妃グレタよりも、廷臣達は第一王子エドワードを頼みにするようになったのだ。

 「こんな事ならば、あの時何としてでも陛下を引き止め、トラス王国から僧をお招きして『神の刻印』を乞えば良かった……」

 スノードロップを摘みながら、王妃グレタは後悔していた。

 「しかし……伝え聞くところによれば、あれは病に罹らぬように受けるものだとか」

 「既に病に罹った殿下には……」

 「――滅多なことを申すのではない!!」

 侍女達の小声での会話が耳に入り、激昂するグレタ。
 侍女達は縮こまって申し訳ありませんと平身低頭する。

 「私の愛する息子エセルリックは死なない! 死んではならない! 私が死なせない!」

 そこまで叫んで、王妃グレタはハッと思い付いた。

 「――そうだ、聖女様! 聖女様の奇跡のお力ならば、既に病に罹ったエセルでも……」

 言って、グレタは傍に控える王妃付きの騎士に視線を向ける。

 「へレワード卿、そなたは誰か不眠不休で聖女様の元へ向かえる者を存じておりますか?」

 「はい。御下命とあらば、喜び勇んで参るであろう者を幾人か」

 「時間惜しい! 優秀な者を三人程選び、疾くトラス王国に赴かせよ! 聖女様にお目通りして助けを乞うまで決して立ち止まらぬように!」

 「ははっ!」

 「失言したそなた達は即刻国中の医師と薬師に使者を出して呼び集めよ! エセルの命がかかっているのだ、金は幾らかかっても構わない!」

 騎士と侍女達は慌ただしくその場を立ち去って行く。
 残された王妃グレタは空に輝く冬の太陽に祈りを捧げた。


***


 王妃付きの騎士へレワードは、グレタの元を辞した後、真っ直ぐに王の執務室へと向かった。
 急ぎだと来意を告げると、入室を許可される。
 机に向かい代理王として裁可を行っている人物の前に立ち、騎士へレワードは一礼をした。

 早速とばかりに先刻あった事を報告すると、その人物――イステリッジ公爵第一王子エドワードは珍しく笑みを浮かべた。

 「これは好都合、よくやったへレワード卿。少し待て」

 言って、第一王子エドワードは白紙の公式文書にサラサラと命令を書き込んでいく。最後に王の印を捺したそれをへレワードに手渡した。
 へレワードが目を通すと、そこにあったのはエドワードに敵対的な貴族数人の名前。

 「いずれも騎士の資格は持っていることだし、嘘ではあるまい。少し人物の選定基準が変わっただけだ」

 「では……?」

 「これで大分やりやすくなった。そなたもそのつもりでいるように」

 第一王子エドワードが返り咲く日が近い――騎士へレワードは察する。
 実は王妃グレタの言った事は的を射ていた。エセルリック殿下が疱瘡に罹ったのは第一王子エドワードの差し金だった。疱瘡罹患歴のある影の者を使って、病魔を巧妙にエセルリック殿下に盛ったのだ。

 「ははっ、我が忠義は常にエドワード様の元に」

 かつて、騎士へレワードが恋した女性は好色王により壊され死んだ。そこへ手を差し伸べてくれたのが臣籍降下する前の第一王子エドワードだったのだ。

 ――トラス王国から戻って来た豚王の首を刎ねるのが楽しみだ

 騎士の礼を取る陰でへレワードは歪んだ笑みを浮かべる。

 ――王の死を、スノードロップで飾るのも一興か。

 この国の皆が『お前の死を望んでいる』のだと伝え、その死の向こうに『希望』があるのだと知らしめる為に。
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