約束してね。恋をするって

いずみ

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第三章 自覚

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 昼間と違って、夜の藍は口数が少ない。夜空を見ている時はたいてい陽介がその時その時の天体や星座の話をしていることが多いが、藍はたまに相槌を打つくらいしか口を開かない。だからこんな風に沈黙が落ちることもしばしばだ。

 けれど、そんな沈黙も、藍と一緒なら心地いいと陽介は思えた。



「えーと、藍?」

 いまさら蒸し返すのも野暮な気がしたが、陽介はどうしても聞かずにはいられなかった。

「なに」

「その……今日みたいなことって、何度もあるのか?」

「今日みたいなこと?」

 昼間と違って淡々とした声が返る。



「いわゆる、その、痴話げんかみたいな……」

 言いかけて陽介は、恋人同士でないならあれは痴話げんかと言わないのかとしばし考える。

「ほら、近藤と言い争っていただろ。あんなふうに、男子と喧嘩することってあるのか」

「何度か」

 半分予想はしていた答えだが、ざりざりとした嫌な気持ちが陽介を包む。



「……何人もの男と同時に付き合っていたって、本当なのか?」

 ただの噂だと思っていた皐月の話が、にわかに現実味を帯びてきた。

 藍は、ふーっと紙コップの珈琲に息を吹きかける。冷ましているのではなく、白い湯気が動くのが面白いのだと、藍が以前言っていた。



「遊びに行こうって誘われたから行っただけ。そうしたら、いつの間にかそういうことになっていた」

「遊びにって……つきあっていたんじゃなくて?」

「遊園地につきあって、とか映画につきあって、って言われたから、つきあっていたことにはかわりない」

「ええと」

 どうやら、藍の言う『つきあう』は、皐月の思っているような『つきあう』とは違うらしいと陽介はわかってきた。



「藍は、そいつらのこと好きだったのか?」

「好きか嫌いかと言われれば好き。怒る前は、みんな優しかったし一緒に遊んでくれて楽しかったし」

「そういうんじゃなくて……特別に好き、って思っていたのか?」

「特別に好きって、どういうこと?」

 深い闇のような黒い目が振り返って、陽介の鼓動が速くなる。



「他の人より、ずっと好き、ってこと。そういうやつは、いなかった?」

 しばらく考えていた藍が、ポツリと言った。



「お兄ちゃん」

 そうくるとは思わず面食らったが、藍の新しい情報を知ることができたのは嬉しかった。

「お兄さん、いるんだ」

 こくり、と藍は頷く。



「遊びに行った友達よりも、お兄ちゃんの方が好き。パパも、ママも同じくらい好き」

「そっか。仲のいい家族なんだね。それも、好き、だけど、恋人を好き、とは違うかなあ」

「恋人って、勝君が言ってた彼氏ってこと?」

「そう。恋人、は、その名の通り恋をした相手のことだよ」

「恋」

 藍は、その言葉に何か納得したようにうなずいた。



「うん。そいつの事を考えたら嬉しくてドキドキしたり、逆に会えないとすごく悲しくなったり。他の友達とは違う特別ってこと。一緒にいると幸せになる人のことだよ。だから、そいつが他の奴と一緒にいるとやきもち妬いて……」

 そこで陽介は、藍が木暮と話していた時のことを思い出した。



(あれ? ……やきもち?)

 それから、まじまじと藍を見つめる。

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