シャハルとハルシヤ

テジリ

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幕間 庇護の国

庇護の国

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 通信販売で前払い注文が入ったので、エリコ・マルチノは作品制作に取り掛かることにした。依頼主は、前にも仕事をした事がある建築家で、今回は、とある眩しがりやでサングラスが手放せない小金持ちの為に設計した、夕暮屋敷の絶妙な薄暗さを損なわず、かつ見る者を愉しませるようなステンドグラスの図案、というのが依頼の内容だった。

「おーいエリーコ、さっさと来いよ。じゃないとスープも冷めちまう」

「あー…悪いんだけどさあ、コンスタンチノ。そのまま置いといてくんない、後でチンして食べるからさ」

「ダメだ。神父パードレは大事なお話があるって、皆集まるように言ってる。たぶん新しく誰か来るんだ。最近またどっかの弁護士もよく来てたし」


神父パードレこと、活動修道会・マルチノ会所属のバルトロメ神父は、最後にやって来たエリコが椅子に座ると、ゆっくり食堂全体を見渡して、集まった子供達一人一人と目を合わせながら話し始めた。

「皆さんに、新しい仲間が加わることになりました。彼は、別の大陸にある途上国で人身売買の被害に遭い、リゾート地で監禁されていた所を保護されました。帰国したとしても、同じ目に遭う可能性が非常に高いため、亡命申請が認められ、今夜からこの寄宿舎で暮らします。それでは食事を始めましょう――神に感謝を、アーメン」

その新しい仲間の彼は、窓から機内へ射し込む日の光のまぶしさにくらみ、額に手の甲を当てながら目を眇めていた。やがて飛行機は空港へと降り立ち、彼は同伴者の弁護士に連れられ、そこからすぐ近くにある停留所に向かうと、国の各地へ繋がるバスの一つに乗り込んだ。彼はまだ知る由も無かったが、バスはこの国の治安の都合上、正真正銘のノンストップで、脇目もふらず目的地にまで直行する。そのバスも降りて、チャーターした車で向かった先が、エリコ・マルチノも暮らす活動修道会・マルチノ会が運営する寄宿舎兼学校だった。学校には近所の子供達も大勢通っており、寄宿舎に住んでいるのは、何かしらの事情があって保護者と暮らせない子供や、あるいは保護者のいない子供達だった。

出迎えのバルトロメ神父に先導され、神父の書斎へと通されると、彼は弁護士と共に来賓用のソファを勧められ、緊張しながら腰掛けた。

「初めまして、私はバルトロメ神父です。今はもう寝静まっていますが、ここに居る子供達の保護者です」

「やっと言葉が通じたっ。ねえ、ここはどこですか」

「学校も兼ねた寄宿舎ですよ。私は以前シビルで奉仕活動をしていたので、貴方の国の言葉には不自由しません。だから保護して欲しいと頼まれたのでしょうね、おそらくは。さて、それじゃ先に名前を決めないと。この聖書をめくって下さい。開いたページから、貴方のもう一つの名前を考えましょう」

彼はバルトロメ神父から、テーブル越しに2冊の聖書を手渡された。

「ちょっと待って、これって何かの入信の儀式なんじゃ…」 

「いえいえ、違いますよ。この前、世界開発機構の構成員から貴方の事情を説明された際に、名前を隠す必要があると聴いたものですから。私が名付ける際にいつも使っている方法を、試しに使ってみようかと。¿no esエス aスィ?〈そうですよね?〉  ルペン・メスキータ弁護士」

スィ〈ええ〉。仰る通りです」

ポンチェトプリューリ国際空港からここまで自身を連れて来た、曲がりなりにも弁護士らしいメスキータがにこやかに首肯する様子を見て、彼は迷いながら片方の聖書を手に取り、ページを大雑把にめくって行ったり来たりしていたが、結局それも面倒になり、目を瞑ってえいやっと洗礼者のページを開いてテーブルに置いた。

「おお、これはこれは。では、フアン、というのはどうでしょうか」

「えっ…うーん、きっと良い名前なんでしょうけど、僕の言葉で考えるとちょっと…同音異義語が不安だし」

「ではジョアンにしませんか、近い言葉の発音ではそう言います。それにしても、似ているようで所々全く違うのが面白い。例えば“ありがとう”は、この国で最も話されている言語でGraciasグラーシアスと言いますが、これに近縁する別の言語では、Obrigadoオブリガードと言います」


 翌日の昼間、これからジョアン・マルチノと名乗ることになった彼は、バルトロメ神父に起こされて食堂へと向かった。食堂に入ると、後で食べる数人を除いて昼食の席に着き、和気藹々と話しながら神父と新入りの彼を待っていた。その中にはここまでジョアンを連れて来た、ルペン・メスキータ弁護士の姿もあった。

Buenasブエナス tardesタルデス〈こんにちは〉皆さん。彼が私達の新しい仲間です。さあジョアン、今から私が小声で言う言葉を繰り返して」

――¡Hola!オッラ Mi nombreノンブレ esエス Joãoアン  Martinãoマルティーノ.

¡Hola!オッラ〈やあどうも!〉
 Mi nombreノンブレ esエス Joãoアン  Martinãoマルティーノ.
〈僕の名前はジョアン・マルチノです〉」

――¡Muchoムーチョ gustóグスト!

¡Muchoムーチョ gustóグスト!〈よろしく!〉」

Yoジョ tambiタンビénエン,〈こちらこそ〉
¡Tantoタント gustóグスト!〈会えて嬉しいよ!〉』

その場の全員から暖かく迎え入れられながら、ジョアンは予め空けられていた、バルトロメ神父とルペン・メスキータ弁護士の間にある席に腰を降ろした。

「ジョアンはまだこちらの言葉を知りませんから、皆さんが彼と話したければ、私が通訳しますね」

『は~い』

「あ、じゃあまず。何歳?どこから来たの?好きな食べ物は?ジュースは?良かったら後でクリケットしない?」

「いきなり質問攻めですねえ、アグスチーノ」


「神父様、ちょっと待って下さい。彼の出身地は特秘事項です。好物も…場合によっては推測材料になる恐れがある」

「分かりましたメスキータ弁護士。それはもっともなご心配です。では、年齢とクリケットをするかどうかだけ、子供達が尋ねても構いませんね?」

ルペンが頷くと、バルトロメ神父はジョアンに話し掛け、その答えを聞き出した。

「成程成程、ギリギリ冬生まれなら、まだ11歳ですね。クリケットは、ジョアンは名前自体初めて聞いたそうなので、是非ルールから教えてあげて下さい。ただし時差ボケには十分配慮して」

しかしアグスチーノ達が実際にジョアンを連れて校庭へ出て、クリケットを説明しながらやってみようとしたところ、全く言語が通じない相手に身振り手振りで1からルールを説明するというのは非常に難しく、ジョアンは困惑した様子でその場に突っ立っているしかなかった。とそこへ、先程の昼食の席にも顔を出さずに作品の構想を練っていたものの、今までに無い注文オーダーに初っ端から行き詰ったエリコがコツコツと音を立てながら、両脇に抱えた松葉杖と自由な右足で、歩いてその場を通りかかった。

「あー退屈。おいおいアグスチーノ、ボケっと突っ立って何やってんだ?スポーツすんならオレも混ぜろ。あ、でも審判なんかやんねーぞオレは」

「ようエリコ。やっぱりなー、そう言うと思ったわ。じゃ、おれ審判すっから。おーい皆、クリケットは説明難しいから止め止め。サッカーすっか、サッカー」

アグスチーノを始めとする寄宿舎の面々は、思ったより盛り上がらなかったクリケットを中止して、エリコの気まぐれに付き合うことにした。近くに居た2人がウィケット代わりのポールを道具置場に戻すついでにサッカーボールを取りに行き、残りはジョアンも連れてサッカーゴール代わりの木の前に移動した。ジョアンは、途中でやって来たエリコが両手で突きながら現れた松葉杖を、興味津々の様子でまじまじと見つめていた。

「何だよ新入り。あー、これだろ。馬鹿にすんなよ。オレはサッカーだって出来る」

エリコは彼自身が宣言した通り、松葉杖でスイスイと走りながら巧みなボール捌きを披露した。彼が自由な右足で真っ直ぐ蹴ったボールは、相手チームのメンバーの膝に勢い良く当たって跳ね返った。



その頃バルトロメ神父は、旧知の間柄のシビル人にeメールを送っていた。

=====================
From:Bartolomé
To:Natarco
file:XXXXXX.png
_____________________

調査依頼 バルトロメより
_____________________

やあ、ご無沙汰だね。
実は君に、他の人間にはくれぐれも内密にお願いしたいんだが、添付した画像の人物について、分かる範囲で構わないから調べて送って欲しいんだ。


画像は11歳くらいになるシビル人の男児で、彼を私の元まで連れて来た、世界開発機構の構成員でもあるルペン・メスキータ弁護士によると――人身売買の被害に遭い、リゾート地で監禁されていた所を保護された子だ。帰国したとしても、同じ目に遭う可能性が非常に高いため、私が今居る国への亡命申請が認められた。

こういう事情の子を預かったんだが、
シビルで何があったのか?
どういう経緯でここまで来たのか?
身内か誰かが行方を探していないのか?

突然ですまないが、他言無用で宜しく頼むよ。

=====================


メールの送信が完了すると、バルトロメ神父は送信済みフォルダから、送ったメールを早々に削除した。その数日後、相手からの返信が届いた。


=====================
From:Natarco
To:Bartolomé
_____________________

Re:調査依頼
_____________________
前略

該当者名︰アスラン=アルスラン
首都近郊の倡店街ラパタ生まれ。父親不詳、当時未成年の母親曰く、父親は客としてしばらく付き合った外国人観光客とのことだが詳細不明。約5歳から路上生活を始め、児童福祉施設の炊き出しには良く顔を出す事から、存在を把握される。
最近は姿が見えなくなったため、何らかの犯罪に巻き込まれた可能性がある。尚、母親から捜索願は出されていない。

追伸︰バルトロメ、息災でなにより。当該男児については、引き続きそちらで頼む。なお、返信不要のこと。

草々

=====================

「ふうむ、これはこれは……」

――私が世発せはつから聞いたような、スミドのヨウゼン絡みの話は知らないのか?彼ですら欺かれているとは。シビルで一体何が起きているんだ?

バルトロメ神父は色々と考えを思い巡らせつつ、受信フォルダからメールを削除した。



 ところ変わって、シビル連邦のとある港町の安宿に、一組の親子連れが泊まろうとしていた。身なりはごく普通で特段変わった様子も無かったが、その二人はあまりにも似ていない親子連れだったので、つい心配になった宿屋の主人は、明るく世間話を装いながら話し掛けた。

「あらまあ可愛らしい。息子さんですか、実は私にも、ちょうどこのくらいの孫が居るんですよ」

「ああ、こいつはほら、死んだ母親似で……」

「こんばんはー、シャハルです。今年で11になりましたっ。ねぇお父さん、ボクもう疲れちゃった。早く部屋に上がろうよ~」

階段を登り、男が部屋の扉の鍵を閉めると、急遽息子役を演じ切った子供は2つある寝台のうちの手前側に寝そべって、けたけたと笑い出した。

 「あ~面白かった。お客さんからボクが産まれるには、ホントどんだけの美人連れて来なくちゃいけないんだろ」

「おい、うるさいぞ。さっさとしろ」

「もう。せっかちだなあ、お客さん。ちゃんとこっちの寝台も崩しとかないと。あのおばさん怪しんでたよ」

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