シャハルとハルシヤ

テジリ

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第二章 雪けぶる町

人生を他者に委ねる事勿れ

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 私がそのままセウロラの部屋で、スカラやセウロラと学校のあるある話で盛り上がっていると、家の外で馬の蹄が地を蹴る音や、そのいななきがはっきりと聞こえた。



「ハルシヤーっ、そこに居るのか、居るならすぐ出て来い。大変な事になった」

 今呼んだのは私の父さんだ。何事かと玄関まで走って出ると、ヨウゼン家馬術指南役を務める私の父タハエ=イェノイェが、立派でさぞかし値段の張りそうな馬に跨って待機していた。

「何、父さん。その馬どうしたの」

「良いから後ろに乗れっ、ハルシヤ」

言われた通り私が後ろに跨って、父の腹に腕を回してしっかり掴まると、父は徐々に馬を飛ばしてから、全速力で走り始めた。

「えーい、邪魔だ邪魔だ。どけどけどっけーい」

街路で人が通ってても容赦無く突き進んで行く父の様子に、これは多分ヨウゼン家からの緊急呼び出しに違いないと確信した。ヨウゼン邸に着いた所、今日はスミド太守のご生誕日のはずなのに、邸内はやけに物々しく、大勢の完全武装したウラシッド兵達が集められていた。

「来たかハルシヤ、こっちだ」

 水兵服を着たソピリヤ様に呼ばれ、着いて行くと私も同じ様な水兵服を渡されたので素早く着替えた。

「ソピリヤ様。一体何があったんですか、こんなに兵達を集めて」

「ウキン太守の謀反だ。これからキオラ姉様と太守本人の人質交換の為、ウキン諸島に船で行く。最悪の場合、そのまま戦闘になる」

 正直状況への理解が全く追いついていないが、下手すれば戦になることは分かった。
とりあえず私はソピリヤ様に同行して、何かあったら盾になろう。…ううっ、でも死ぬのは嫌だな。

 陣頭指揮を任されたソピリヤ様は、まずバスやトラックを大勢手配して、スミドの岬港まで兵力を結集させた。
 やがて到着したシビル連邦所属の沿岸警備船だけでは圧倒的に定員が足りなかったので、今度は港に泊まっていた漁船や運搬船を船員ごと一時接収して、ウキン諸島の沖合に向かった。

 肝心の人質であるウキン太守は、なるべく最後尾に配置して護送して来ているらしい。ソピリヤ様から船の拡声器に繋がるマイクを手渡され、私は大声を張り上げた。

「聞けっ、ウキンの島民達よ。太守ハンムルーシフ・アビスは、既に我々の手の中にあるっ。大人しくキオラ様を引き渡せば、島民達には寛大な処置が待っている。いいか、了解なら白旗を掲げろっ」

「おっ、何か掲げておりますぞ。ふむ、何だか黒いような…」

そう言って双眼鏡を覗いていた沿岸警備船の船長が言うには、海賊旗を真似して描いたレプリカだったらしい。しかもあっかんべー付きの。

「駄目です……。完全に馬鹿にされてます……」

「ええい、落ち込むなハルシヤっ。次だ次っ」

 今度は沿岸警備船の消火銃の威力を最大限引き上げて、ウキン諸島の陸地に向かって噴射した。

「ま、早い話が水鉄砲ですな。直接人に当たらなければ、どうということも無い。更には陸地ですから避けようと思えば、水に浮かぶ船よりも避けやすくて安全です」

「なら駄目じゃないか、大砲とか無いのか」

「撃つには上の許可が必要でして…それもよっぽどの事でないと。ウキンの島民だって我々皆同じ、シビル連邦人ですからね~、少なくとも民間人を攻撃するのはちょっと」

 ソピリヤ様は舌打ちすると、船を急いで港に引き返させた。そして港倉庫で軟禁していたハンムルーシフを念入りに縛らせると、先程の船の船長椅子に座らせて更に念入りの状態で縛らせた。

「これで良し。船長、船を出せ」

船で再びウキン沖合まで引き返してくると、今度はソピリヤ様がマイクを手に取った。

「ソピリヤ・ヨウゼンだ。先程の部下や、しがない公務員風情と違って、私は一切容赦しない」

そう言ってソピリヤ様は懐から短刀を取り出すと、鞘から抜いた刃をハンムルーシフの首筋に当てた。それにびっくり仰天した私達の声を上手くマイクに取り込んで拡声器から流し、ソピリヤ様は言葉を続けた。

「ハンムルーシフ、今の状況を説明して下さい」

「あっよ、怖っ。助けてくれ、今喉元に刃を突き付けられている。この女は本気だ」

ハンムルーシフは無表情の癖に、声は迫真の演技でマイクに向けて喋った。

「ここまで何ら応答が無いとなると、キオラ姉様が生きておられる保証も無い。面倒だから仇討ちも兼ねて、お父様を見習って殺してしまおう。全船に告ぐ、これより――」

その時ソピリヤ様の発言を遮るかのように、船の無線にウキン側から連絡が入った。

「しばし待たれたいっ、こちらはただいま準備中だ。キオラ様、どうぞ」

「ソピーやめて、お願いだから彼を殺さないでっ」

 やがて風に乗って、海ではなく空からガス気球に乗って、キオラ様とアビス家側の人間が現れた。

「先にハンムルーシフを気球に乗せて頂戴。そうじゃないと、わたくし降りないから」

何故か物凄く怒っていらっしゃるキオラ様に従って、人質交換は無事終わった。

「行っちゃうなんて寂しい。もう会えないの、ハンムルーシフ」

キオラ様は涙をこぼしながら、そのまま浮上していく気球を見つめていた。気球内ではハンムルーシフがMountain Topの歌を口ずさみ始めた。

――さて。ハンムルーシフ、これから如何されるおつもりですか。スミドに対抗するなら、いっそ対岸のシャクドゥと同盟でも

――今更言ってくれるなよ、そんな話。あちらの太守ベニズリ家は、ナフラ・ベニズリとメノア・ヨウゼンとの婚姻の準備を、着々と進めている。もうキオラも居ないからな。アビス家はもはや万事休すさ。これで私が飛び降りれば、君の任務は完了だ。精々出世しな、連邦軍人さん

 気球内の会話は全く聞こえなかったが、ハンムルーシフの歌声は私達の耳までよく届き、私は呑気なものだと心底呆れた。しかしキオラ様には違ったようで、彼女は護衛のウラシッド兵から弓矢をむしり取り、船のはしごをよじ登って、まだそれ程高く無かった気球を海に射落としてしまった。

 これは私達の勝ちってことなんだろうか、ハンムルーシフを回収するために救命筏を用意している最中、再び船の無線に連絡が入った。

「わたくしはバーダト・ジルキット少尉。こちらは現在ウキン駐留中の、シビル連邦軍第6師団だ。ただいまを持って、ウキン諸島はアビス家による統治不能と判断された。救助後のハンムルーシフの身柄は我が軍が預かる。即刻引き渡されたい」

 ジルキットという姓は、歴史の教科書の後の方のページで見た覚えがあった。
おそらくこの声の主は、シビル連邦のそもそもの始まり、王族追放の引金となった有名な告発者、ジルキット将軍の関係者に違いない。

「キオラ姉様、何故ウキンに軍人が居るんだ。しかも沢山」

「気付いたら段々増えちゃって。でも、皆良い人達だから心配しないで、ソピー。アビス家の人達って、元々ハンムルーシフの言う事をあまり聞かないんだもの」


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