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第一章 シャハルとハルシヤ
畑の異変
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覚醒すると同時に夢の内容を忘れ、ほの暗い朝を迎えた。起き上がって枕元の衣服に着替え、顔を洗って外に出た。
*
坂道を登って馬小屋まで行くと、小馬が一頭むしむしと乾草を食んでいた。先に来て待っていた父さんが小馬を柱に繋ぎ、背中に鞍を取り付け、轡を噛ませて手綱を締めてから、放牧場へと連れ出した。
私はあぶみに左足を掛け、鞍を掴んで一気に跨がった。
「よっ、と。大丈夫かハルシヤ」
父さんがあぶみの長さを調節した。
「うん」
そのまま放牧場を一周していると、下界の集落から自転車が何台も橋を渡って出て行くのが見えた。
「今日はそろそろ、もうおしまいにしような」
「えー…」
慌ただしく家に戻り、朝食後、父さんは仕事に行った。
食器を片付けて妹等と一緒に流れ作業で洗っていると、シャハルが昨日の忘れ物を取りに来た。箱を持って行き、二言三言言葉を交わして戻ると、食器はあらかた食器棚の中だった。私はかごと剪定鋏とじょうろを準備して、玄関先でしばらく待った。
「フラム姉さん」
母さんと妹等と一緒に歩いているとレラム叔母さん達に行き逢った。連れ立って土手を登り、 天端を歩いて畑に降りると、あちこち踏み荒らされ、踏み潰され、持ち去られていた。固まる私としゃくりあげた妹等をよそに、母さんは溜め息を吐いて、それからてきぱきと作物の選別を始めた。
「泣くのは後、手を動かしなさい」
母さんは駄目にされた作物を脇に棄てた。いつの間にか妹等は泣くのを止め、叔母さんから移植ごてを借りて来て、崩された土を盛り直しながら草抜きを始めた。私は近くを流れている小川で水を汲み、じょうろで水やりをした。
お昼を過ぎて、私は集会所で字を習っていた。
「梨は収穫してしばらく置いとかないと食べられないのに。…ね、二人のところはどうだったの」
「もうぐっちゃぐちゃ。直すのが大変だった」
珍しくシトナが近づいて来たかと思えば、案の定話題は今朝の畑泥棒だった。シャハルが答えると満足したのか、紙と筆記具を持って女の子達の所に戻って行った。
「お前なぁ、もうすぐ人来んだぞ。そしたらここ使えなくなんだぞ。寸暇を惜んで字を書け字を」
ここへ来て急に席を離れたので、先生役のアナンさんがシトナを見咎めた。それから少し経つとアナンさんの言った通り大人達がやって来て、子供は皆追い出された。そして魔の時間が始まった。
「大丈夫大丈夫、僕だって乗れたんだから。ハルシヤも必ず乗れるようになるよ」
シャハル…お前は全くわかっていない。いつ倒れるか分からない不安定さからくる恐怖、擦りむいた膝小僧の痛み、女の子達にまた転んだー、と笑われる屈辱。練習を始めてから二日で乗れるようになったお前には、分かるはずもない。ああでも、いつも練習に付き合ってくれてありがとう。
ガッターン
「ハルシヤっ」
その頃集会所では、既に夜回りの当番も決まり、和やかな談笑へと縺れ込んでいた。窓際に座っていた人が、外の様子を見て言った。
「本当に乗れないねぇ。シャハルみたいに赤ちゃんの頃からおんぶされて自転車に乗っていたら、また違ったんじゃないの」
「そういう言い方はどうかと…」
「あ、ごめんなさい。レラムはあの頃大変だったものね、赤ちゃん産んだばっかりで心臓病に罹るなんて。代わりにお乳をあげたのが、フラムと街に住んでるトビラスさんのお知り合いの方だっけ」
「もうご存知じゃありませんか。白々しい」
「やだ、何むきになってるのフラム。確認しただけじゃない」
*
坂道を登って馬小屋まで行くと、小馬が一頭むしむしと乾草を食んでいた。先に来て待っていた父さんが小馬を柱に繋ぎ、背中に鞍を取り付け、轡を噛ませて手綱を締めてから、放牧場へと連れ出した。
私はあぶみに左足を掛け、鞍を掴んで一気に跨がった。
「よっ、と。大丈夫かハルシヤ」
父さんがあぶみの長さを調節した。
「うん」
そのまま放牧場を一周していると、下界の集落から自転車が何台も橋を渡って出て行くのが見えた。
「今日はそろそろ、もうおしまいにしような」
「えー…」
慌ただしく家に戻り、朝食後、父さんは仕事に行った。
食器を片付けて妹等と一緒に流れ作業で洗っていると、シャハルが昨日の忘れ物を取りに来た。箱を持って行き、二言三言言葉を交わして戻ると、食器はあらかた食器棚の中だった。私はかごと剪定鋏とじょうろを準備して、玄関先でしばらく待った。
「フラム姉さん」
母さんと妹等と一緒に歩いているとレラム叔母さん達に行き逢った。連れ立って土手を登り、 天端を歩いて畑に降りると、あちこち踏み荒らされ、踏み潰され、持ち去られていた。固まる私としゃくりあげた妹等をよそに、母さんは溜め息を吐いて、それからてきぱきと作物の選別を始めた。
「泣くのは後、手を動かしなさい」
母さんは駄目にされた作物を脇に棄てた。いつの間にか妹等は泣くのを止め、叔母さんから移植ごてを借りて来て、崩された土を盛り直しながら草抜きを始めた。私は近くを流れている小川で水を汲み、じょうろで水やりをした。
お昼を過ぎて、私は集会所で字を習っていた。
「梨は収穫してしばらく置いとかないと食べられないのに。…ね、二人のところはどうだったの」
「もうぐっちゃぐちゃ。直すのが大変だった」
珍しくシトナが近づいて来たかと思えば、案の定話題は今朝の畑泥棒だった。シャハルが答えると満足したのか、紙と筆記具を持って女の子達の所に戻って行った。
「お前なぁ、もうすぐ人来んだぞ。そしたらここ使えなくなんだぞ。寸暇を惜んで字を書け字を」
ここへ来て急に席を離れたので、先生役のアナンさんがシトナを見咎めた。それから少し経つとアナンさんの言った通り大人達がやって来て、子供は皆追い出された。そして魔の時間が始まった。
「大丈夫大丈夫、僕だって乗れたんだから。ハルシヤも必ず乗れるようになるよ」
シャハル…お前は全くわかっていない。いつ倒れるか分からない不安定さからくる恐怖、擦りむいた膝小僧の痛み、女の子達にまた転んだー、と笑われる屈辱。練習を始めてから二日で乗れるようになったお前には、分かるはずもない。ああでも、いつも練習に付き合ってくれてありがとう。
ガッターン
「ハルシヤっ」
その頃集会所では、既に夜回りの当番も決まり、和やかな談笑へと縺れ込んでいた。窓際に座っていた人が、外の様子を見て言った。
「本当に乗れないねぇ。シャハルみたいに赤ちゃんの頃からおんぶされて自転車に乗っていたら、また違ったんじゃないの」
「そういう言い方はどうかと…」
「あ、ごめんなさい。レラムはあの頃大変だったものね、赤ちゃん産んだばっかりで心臓病に罹るなんて。代わりにお乳をあげたのが、フラムと街に住んでるトビラスさんのお知り合いの方だっけ」
「もうご存知じゃありませんか。白々しい」
「やだ、何むきになってるのフラム。確認しただけじゃない」
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