地図アプリにまつわる経済小説あるいは昼ドラバトル人格障害対決〜最後はばぁば無双〜

テジリ

文字の大きさ
75 / 127
アプリ計画、メンテ中。

社労士Fの初出勤

しおりを挟む
 Fの初出勤日は、まだ冬の寒さが残る新年直後の朝だった。
 久々に身に纏うスーツには、いまだに違和感を覚える。
 通勤電車で腕にまとわりつくジャケット袖の感触が、Fには不快でしかない。

 彼女の新しい勤務先は、社会保険労務士法人。
 地方都市の中でも比較的静かなエリアにある。
 入ってすぐに見えるのは、L字型のカウンターと観葉植物。
 それから「今日もご安全に!」と書かれた社訓のポスター。

 受付の女性が笑顔で迎えてくれた。
「本日から勤務のFさんですね。お待ちしていました!」

「は、はいっ。よろしくお願いします……!」

 Fが軽く頭を下げると、奥から代表の社労士が出てきた。

「おはようございます。Fさん、今日からよろしくね。うちはね、堅苦しくないから、気楽にいこう」

 代表は50代半ば、眼鏡の奥の目がやけに優しい。
 壁際の本棚には『労働法全書』や『社会保険六法』といった分厚い書籍が並んでいたが、机の上にはビーグル犬のマグカップと猫のカレンダー。ギャップがすごい。

 Fは社用パソコンの初期設定や、クラウドシステムのアカウント作成を終えると、午前中は先輩社労士の仕事を見学することになった。

 画面には「給与計算ソフト」「労務管理クラウド」「電子申請」など、見慣れないタブが並んでいる。

「やっぱり人の手が多いんですね」

 先輩が苦笑して言う。

「そうなの。AIはデータ処理してくれるけど、うちの仕事は“人”がメイン。
顧客社長の愚痴を聞いたり、解雇通知された社員さんの相談を受けたり。
数字より空気を読むのが大事なの」

 Fはうなずきながら、キーボードをたたく手を止めた。
(なるほど、これがAIに駆逐されにくいとこか……)

 昼休み。
 Fは女性同僚たちと、食堂代わりの喫茶店に行く。
 サンドイッチとアイスコーヒーを前に、Fはスマホをいじりながら小声でつぶやいた。

「とりあえず初日クリア。パパとママに“ちゃんと働いてる”って報告しよ。帰りは息子にケーキ買って――」

 DM通知欄には、Rからのメッセージが届いていた。
@r_makeappmap*** がんばれF!退勤したら報告せい!🍻

 Fは吹き出しそうになって、こっそりスマホを伏せた。
 ――まだ始まったばかり。でも、なんか悪くない。


###


 次の日も、Fは時間通りに出勤した。
 凍てつく朝の空気に白い息を吐きながら、昨日と同じ社労士法人の門をくぐる。
 しかし、その瞬間だった。

「おはようございます、Fさん。ちょっと来てください。代表が呼んでます!」

 受付の女性が慌ただしく走り寄ってきた。
 案内されるまま奥の応接室に入ると、代表が緊張した面持ちで座っていた。

「実はね、急で悪いんだけど――Fさん、今日から出向になりました」

「……え?」

「本社秘書室の欠員補充です。相手先はS不動産。
ウチの顧問先で、S家グループの中核企業。
本来はうちのベテランを出す予定だったんだけど、急遽事情が変わってね」

 何がなんだか分からぬまま、Fはデスクの私物を段ボール📦️に詰め、漆黒のワゴン車で本社へ送られた。
冬の街を滑る車窓に、自分の表情が映る。

(ドユコト? 出向って、そんなノリで決まるの……?)

 送迎車が止まった先は、近代的なビル――S不動産本社。
 Fは、まさか自分の採用企業がS家系列だなんて、夢にも思っていなかった。

「こちらです。秘書室は7階になります」

 案内された先は、ホテルのラウンジのように静かな空間。
 書類棚も机も整然と並び、コーヒーの香りが漂っている。

 主任秘書の年配男性が、椅子の背に上着をかけて立ち上がった。

「Fさん。急にも関わらず、来てくださってありがとうございます。
実は、私が母の介護で急遽休職になりましてね……。
Fさんには本日から、うちのチームに加わっていただきます」

 繰り上げで新主任となった秘書女性と、ペーペーの若手男性。
 そこに、愛するまだ小学生の一人息子と、最近取った社労士資格を持つFが加わる――

 いまここに、即席の三人体制が発足した。

(いやいや、実務経験ゼロの私が、なんでここに?)

 戸惑うFに、新主任が言った。
「決め手はね……社長の一存だそうですよ」

「はいィ?」

「Fさんが、社長の義弟と大学同期で、しかも前職まで一緒だったとか。それを見た社長が“ぜひ”と」

 Fの思考が一瞬で真っ白になった。
 社長の義弟――その条件に合致するのは、Cしかいない。

 脳内で盛大に横転したまま、Fはぎこちなくビジネススマイルを浮かべた。

(……ちょっと待ってよC、どういうコネなんこれ)


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...