76 / 127
アプリ計画、メンテ中。
Pは極秘の清掃員
しおりを挟む
ここはR代表の新オフィス。
地域営業から戻ったRは、入居テナントの一角――
古めかしい雑居ビルの共用廊下で、どこか見覚えのある背中を見つけた。
モップを押しながら、鼻歌まじりに床を磨いている。
――あれ、この子、どっかで見たような……?
白いマスクの上から覗く目元。すらりとした筋肉質の腕。
バケツの中の水を替えようとした時、こちらに気づいたのか、少年がぱっと顔を上げた。
「あ。すっげー偶然っすね、先生!」
「……え? ごめん、うちの生徒? ちょっと名前出てこなくって」
「アッハ、違います違います! 俺私立じゃないし」
マスクを外した彼は、やはりあの“すっげー”青少年。
Rが以前、副顧問として同行した私立高校ハンドボール部の合宿――
そのとき練習試合に来ていた、公立高校のベンチ要員。
彼は人一倍やかましく、熱心に敵味方を応援していた変わり者だ。
「すっげー! 神プレイ! すっげー! ナイスファイト!」
そうだ。あの相手チームの一人だ。
「うっわ、マジ覚えてるんすか!? あんとき救急搬送寸前だった先輩の――」
「覚えてるよ。あの炎天下の試合ね。……って、ちょっと待って」
Rは腕を組み、彼の胸元の名札を見た。
〈清掃スタッフ P〉。勤務先名はビル管理会社。
「キミ、バイト許可取ってる?」
「え? あー……その……一応っす。一応」
「“一応”? つまり、取ってないんだね?」
Pが目を泳がせた。モップの柄を握る手に、少しだけ力が入る。
Rは溜め息をついた。
今は週イチ勤務とは言え、情報講師モードの口調が、ついつい口をつく。
「キミ、公立校でしょ? いまも家計事情以外のバイトは禁止だよね。私は県立工業だったから、よく分かる」
「……すっげー、バレバレっすね」
「いや、顔つきでわかるよ。高校生って、やっぱまだ子どもだもん。あと、掃除の手際。妙に体育会系」
「うわ、先生エグい観察眼っす」
Pは照れ笑いしながら、モップを立てかけた。
Rは少しだけ声を落とす。
「でも、なんでコッソリバイト?」
「まー……その。ウチ、小遣い少なくて。
ハンドボールも、どうせベンチなら辞めたら? って、両親が。
だから退部して、今はバイトしてます。ちゃんと土日だけ」
「う~ん……そう言われると、ちょっとね……」
Rは、廊下の端にある非常口の扉にもたれかかった。
彼の手の甲には、清掃用洗剤でできた小さな傷。
若いけど、責任感はある――そんな印象を受けた。
「……ただね、P君。一旦バイトやめな」
「先生ひでー、やっと見つけたバイトだよ? 履歴書だって、少ない小遣いで買って何枚も書いて…名前でも落とされて…」
「違います。ひとの話はさいごまで聞くもんだよ?
“生活実態に基づく”理由があれば、いまは少し緩くなってる。
――管理会社の人、バイト禁止高校の履歴書見ても、雇ってくれてるんでしょ?
ちゃんと話を通すの。
それで形式的に一旦辞めて、こんどは最初から、ちゃんと手続きするの。
まず保護者と、学校の許可を取る」
「へぇ……先生って、そういうとこ抜かりないっすね」
「まあ、週イチ私立講師でもあるからね。
キミに極秘バイトで、事故とか、怪我をして欲しくないの。
それにしても……このビルでバイトしてるとはね。世間って狭いな」
「マジすっげー。こんなとこで会うなんて」
Pが笑うと、LEDの下で汗が光った。
Rは思わず、ほんの少しだけ笑い返した。
「ちゃんと体調管理しなきゃ。スポドリ、作ってあげようか? こんどは適量で」
「うわー、あんときの会話、まだ根に持ってるんすか!?」
「そりゃあ責任感じてるからね……合宿で倒れた子、今でも思い出すよ」
Rの声には、かすかな苦味があった。
Pは、少しだけ真顔になってうなずいた。
「……あんとき、俺もギリだったっす。応援はホントたのしかったけど」
「いい心がけじゃん。でも、バランスだいじ。勉強もバイトも、濃すぎても薄すぎてもダメ」
「すっげー、また名言っすね」
「……だからちゃんとしなよ、“すっげー”高校生」
二人の笑い声が、古いビルの廊下に軽く響いた。
掃除のバケツの水面が、少し揺れた。
地域営業から戻ったRは、入居テナントの一角――
古めかしい雑居ビルの共用廊下で、どこか見覚えのある背中を見つけた。
モップを押しながら、鼻歌まじりに床を磨いている。
――あれ、この子、どっかで見たような……?
白いマスクの上から覗く目元。すらりとした筋肉質の腕。
バケツの中の水を替えようとした時、こちらに気づいたのか、少年がぱっと顔を上げた。
「あ。すっげー偶然っすね、先生!」
「……え? ごめん、うちの生徒? ちょっと名前出てこなくって」
「アッハ、違います違います! 俺私立じゃないし」
マスクを外した彼は、やはりあの“すっげー”青少年。
Rが以前、副顧問として同行した私立高校ハンドボール部の合宿――
そのとき練習試合に来ていた、公立高校のベンチ要員。
彼は人一倍やかましく、熱心に敵味方を応援していた変わり者だ。
「すっげー! 神プレイ! すっげー! ナイスファイト!」
そうだ。あの相手チームの一人だ。
「うっわ、マジ覚えてるんすか!? あんとき救急搬送寸前だった先輩の――」
「覚えてるよ。あの炎天下の試合ね。……って、ちょっと待って」
Rは腕を組み、彼の胸元の名札を見た。
〈清掃スタッフ P〉。勤務先名はビル管理会社。
「キミ、バイト許可取ってる?」
「え? あー……その……一応っす。一応」
「“一応”? つまり、取ってないんだね?」
Pが目を泳がせた。モップの柄を握る手に、少しだけ力が入る。
Rは溜め息をついた。
今は週イチ勤務とは言え、情報講師モードの口調が、ついつい口をつく。
「キミ、公立校でしょ? いまも家計事情以外のバイトは禁止だよね。私は県立工業だったから、よく分かる」
「……すっげー、バレバレっすね」
「いや、顔つきでわかるよ。高校生って、やっぱまだ子どもだもん。あと、掃除の手際。妙に体育会系」
「うわ、先生エグい観察眼っす」
Pは照れ笑いしながら、モップを立てかけた。
Rは少しだけ声を落とす。
「でも、なんでコッソリバイト?」
「まー……その。ウチ、小遣い少なくて。
ハンドボールも、どうせベンチなら辞めたら? って、両親が。
だから退部して、今はバイトしてます。ちゃんと土日だけ」
「う~ん……そう言われると、ちょっとね……」
Rは、廊下の端にある非常口の扉にもたれかかった。
彼の手の甲には、清掃用洗剤でできた小さな傷。
若いけど、責任感はある――そんな印象を受けた。
「……ただね、P君。一旦バイトやめな」
「先生ひでー、やっと見つけたバイトだよ? 履歴書だって、少ない小遣いで買って何枚も書いて…名前でも落とされて…」
「違います。ひとの話はさいごまで聞くもんだよ?
“生活実態に基づく”理由があれば、いまは少し緩くなってる。
――管理会社の人、バイト禁止高校の履歴書見ても、雇ってくれてるんでしょ?
ちゃんと話を通すの。
それで形式的に一旦辞めて、こんどは最初から、ちゃんと手続きするの。
まず保護者と、学校の許可を取る」
「へぇ……先生って、そういうとこ抜かりないっすね」
「まあ、週イチ私立講師でもあるからね。
キミに極秘バイトで、事故とか、怪我をして欲しくないの。
それにしても……このビルでバイトしてるとはね。世間って狭いな」
「マジすっげー。こんなとこで会うなんて」
Pが笑うと、LEDの下で汗が光った。
Rは思わず、ほんの少しだけ笑い返した。
「ちゃんと体調管理しなきゃ。スポドリ、作ってあげようか? こんどは適量で」
「うわー、あんときの会話、まだ根に持ってるんすか!?」
「そりゃあ責任感じてるからね……合宿で倒れた子、今でも思い出すよ」
Rの声には、かすかな苦味があった。
Pは、少しだけ真顔になってうなずいた。
「……あんとき、俺もギリだったっす。応援はホントたのしかったけど」
「いい心がけじゃん。でも、バランスだいじ。勉強もバイトも、濃すぎても薄すぎてもダメ」
「すっげー、また名言っすね」
「……だからちゃんとしなよ、“すっげー”高校生」
二人の笑い声が、古いビルの廊下に軽く響いた。
掃除のバケツの水面が、少し揺れた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる