34 / 213
円理朝
愛すべきダメ人間ども
しおりを挟む
両属地に意味はあるのだろうか――。
十和(トワ)は、複座に身を沈め、額に手を置いた。
朝議室は、軍議のまっただなか。
酷く張り詰めているが、彼女の脳裏では、もっと別の問題が渦巻いていた。
取られたら取り返す。
取り返したらまた取られる。
両属地とは、転がる石のような土地だ。
きっと苔すら生えない。
そもそもが、かはそに朝との国境地帯に位置していなければ、さほど魅力のない土地だ。
しかしそれを譲れば、円理朝は弱腰とみられる。
「なぜ返した?」
「なぜ奪い返さぬ?」
「次は首都に攻め入られるぞ!」
敵より怖いのは、味方の体裁と疑心暗鬼である。
十和はちらりと、隣の主座(しゅざ)を見る。
主座はまた、眉根を寄せて黙り込んでいた。
ーーああもう……百一(モモカズ)も何とか言いなさいよ!
あなたが主座でしょう!
だが、両属地より面倒なのは“こちら側の内政”だった。
「十和よ、男子を産む努力が足りておらぬ!!」
主座の実母の声が脳裏にこだます。
夫の主座は、横で唇を噛んでいる。
ーーはいはい、男梅男梅。
「母上は十和を責めたくて言っているのでは……その……円理の伝統が……」
「なんであなたには言わないのかしらね。
私ひとりが特殊能力で、わざと娘だけ産み出してるとでも?
なら、寝室分けましょうか?
憐れんだ神様が、私に男子を授けて下さるかも知れない」
「神と浮気宣言!? 頼むからやめてくれ!」
主座の苦悩は深い。
男子がいなければ、次の主座候補は実弟・百二(モモジ)だ。
百二はというと、
「兄上、ガンバ!」と、朝から晩まで兄全肯定。
しかも弟は誰に似たのか、何をやらせても無駄に華がある。
声は良い、顔は良い、所作も妙に洗練されている。
それにアテられた臣下たちは、
「うっ! ……王者の器……」
などと勝手なことを言い出す。
主座の胸中は穏やかではなかった。
(弟が優しい……。いや、嬉しいのだが……眩しい……)
十和はこれを嫁いで3日で看破し、即座に動いた。
嫁入り三日目。
円理朝に新たな役職が爆誕した。
「幇間衆(ほうかんしゅう)」
円理貴族の中で、扱いが難しい者・暇な者・邪魔者などを
十和が“見事なふるい分け”でかき集め、
「人見知り主座のおしゃべり相手専門職」として組織したのである。
要はーー太鼓持ち専門部隊。
見栄えよし、気遣い抜群、リアクション大、
話を聞く姿勢が優れ、
「へーっ! それでそれで?」
と食いつきもよく、
酔っても絡まないという奇跡の人材だけが残った。
百二も無事、この部署に吸い込まれた。
こうして円理朝の朝議室から、政務に口を出してくる貴族の暇人や、“弟の影”が一掃された。
夜。
幇間衆は主座の周りを取り囲み、美声と和やかさと妙な安心感で場を温める。
「兄上、ガンバ?」
「主座、今日もお疲れの色が出ておられますぞ」
「御母上、あれはもっと締めねばなりませぬな?」
「ここで一献、肩の力を抜かれませ」
主座は杯を手に、ふっと息を吐いた。
女官相手では十和に気を遣うが、男ならば問題ない。同性間の気安さに心が軽くなる。
この連中は、お世辞ではなく“適度な共感”がうまい。
「……楽だ」
ぽつりと漏らすと、幇間衆たちは口々に、
「それは良うございました!」
「主座が安らげば、それで十分!」
と明るく笑った。
そこへ十和が入室すると、主座は、ぱっと表情を緩ませた。
「主座、これで明日の朝議も無事に乗り切れましょう?」
「……ああ。君がいて、幇間衆がいて……円理朝は何とか回っておるよ」
幇間衆は一斉に最敬礼。
「複座最強!」
「十和様あっての円理でございます!」
どこかズレているが、愛嬌があった。
十和は小さく笑い、主座の肩にそっと手を置いた。
(この国は、たしかに矛盾だらけ。でも……守らなくては)
明日の朝議は、両属地の未来を左右する。
そして十和自身も、この円理朝も、まだまだ落ち着く気配はなかった。
十和(トワ)は、複座に身を沈め、額に手を置いた。
朝議室は、軍議のまっただなか。
酷く張り詰めているが、彼女の脳裏では、もっと別の問題が渦巻いていた。
取られたら取り返す。
取り返したらまた取られる。
両属地とは、転がる石のような土地だ。
きっと苔すら生えない。
そもそもが、かはそに朝との国境地帯に位置していなければ、さほど魅力のない土地だ。
しかしそれを譲れば、円理朝は弱腰とみられる。
「なぜ返した?」
「なぜ奪い返さぬ?」
「次は首都に攻め入られるぞ!」
敵より怖いのは、味方の体裁と疑心暗鬼である。
十和はちらりと、隣の主座(しゅざ)を見る。
主座はまた、眉根を寄せて黙り込んでいた。
ーーああもう……百一(モモカズ)も何とか言いなさいよ!
あなたが主座でしょう!
だが、両属地より面倒なのは“こちら側の内政”だった。
「十和よ、男子を産む努力が足りておらぬ!!」
主座の実母の声が脳裏にこだます。
夫の主座は、横で唇を噛んでいる。
ーーはいはい、男梅男梅。
「母上は十和を責めたくて言っているのでは……その……円理の伝統が……」
「なんであなたには言わないのかしらね。
私ひとりが特殊能力で、わざと娘だけ産み出してるとでも?
なら、寝室分けましょうか?
憐れんだ神様が、私に男子を授けて下さるかも知れない」
「神と浮気宣言!? 頼むからやめてくれ!」
主座の苦悩は深い。
男子がいなければ、次の主座候補は実弟・百二(モモジ)だ。
百二はというと、
「兄上、ガンバ!」と、朝から晩まで兄全肯定。
しかも弟は誰に似たのか、何をやらせても無駄に華がある。
声は良い、顔は良い、所作も妙に洗練されている。
それにアテられた臣下たちは、
「うっ! ……王者の器……」
などと勝手なことを言い出す。
主座の胸中は穏やかではなかった。
(弟が優しい……。いや、嬉しいのだが……眩しい……)
十和はこれを嫁いで3日で看破し、即座に動いた。
嫁入り三日目。
円理朝に新たな役職が爆誕した。
「幇間衆(ほうかんしゅう)」
円理貴族の中で、扱いが難しい者・暇な者・邪魔者などを
十和が“見事なふるい分け”でかき集め、
「人見知り主座のおしゃべり相手専門職」として組織したのである。
要はーー太鼓持ち専門部隊。
見栄えよし、気遣い抜群、リアクション大、
話を聞く姿勢が優れ、
「へーっ! それでそれで?」
と食いつきもよく、
酔っても絡まないという奇跡の人材だけが残った。
百二も無事、この部署に吸い込まれた。
こうして円理朝の朝議室から、政務に口を出してくる貴族の暇人や、“弟の影”が一掃された。
夜。
幇間衆は主座の周りを取り囲み、美声と和やかさと妙な安心感で場を温める。
「兄上、ガンバ?」
「主座、今日もお疲れの色が出ておられますぞ」
「御母上、あれはもっと締めねばなりませぬな?」
「ここで一献、肩の力を抜かれませ」
主座は杯を手に、ふっと息を吐いた。
女官相手では十和に気を遣うが、男ならば問題ない。同性間の気安さに心が軽くなる。
この連中は、お世辞ではなく“適度な共感”がうまい。
「……楽だ」
ぽつりと漏らすと、幇間衆たちは口々に、
「それは良うございました!」
「主座が安らげば、それで十分!」
と明るく笑った。
そこへ十和が入室すると、主座は、ぱっと表情を緩ませた。
「主座、これで明日の朝議も無事に乗り切れましょう?」
「……ああ。君がいて、幇間衆がいて……円理朝は何とか回っておるよ」
幇間衆は一斉に最敬礼。
「複座最強!」
「十和様あっての円理でございます!」
どこかズレているが、愛嬌があった。
十和は小さく笑い、主座の肩にそっと手を置いた。
(この国は、たしかに矛盾だらけ。でも……守らなくては)
明日の朝議は、両属地の未来を左右する。
そして十和自身も、この円理朝も、まだまだ落ち着く気配はなかった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
はじめまして、私の知らない婚約者様
有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。
見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。
けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。
ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。
けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。
この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。
悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに?
※他サイトにも掲載しています。
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる