【全年齢版】媛彦談《ひめひこだん》〜足掻手《アガデ》〜

テジリ

文字の大きさ
65 / 213
かはそに朝

絶縁

しおりを挟む
天媛は立ち上がり、控えていた女官が御簾を上げた。

「ほな両属朝行くで。阿諛に“別れよ”って言うてきな。
 嫌い、興味ない、縁切りたい――全部あんたの口から言うんやで。
 あての名前? 出してええよ。『求婚者どの』」





両属朝ーー勾人は手を震わせながら、御簾の前に立つ。
中から阿諛の声がする。
つややかで、無邪気で、
これから未来しかない若い声。

「あ、勾人さん。来てくれて嬉し――」

御簾が上がる。
阿諛はほころんだ花みたいに笑っていた。
その笑顔が胸に刺さる。

「……阿諛。話がある」
「ん? なにかしこまって……」

勾人は目も合わせずに言った。

「……もう、終わりにしよう。
 阿諛のこと……嫌いになった。
 興味もない。
 だからもう会わない」

「……え?」

「……天媛――いや、天邪鬼が阿諛を気に入った。
 俺は手を引く。
 お前はもっと上に行ける。俺は足枷だ」

阿諛の顔から血の気が引いた。
それからしばらく黙っていた。
震えた唇を噛みしめ、目を潤ませ、
それでも無理やり笑った。

「……そっか。
 いつか――ちゃんと後悔してね?」

阿諛は背を向ける。
肩が震えていた。
御簾が静かに下がる。
その直前、かすれた声が漏れる。

「……あなたの“足枷”でいたかったな…………」

天邪鬼が、柱の陰からゲラゲラ飛び出した。

「おぢ~~、よう言えたなあ!?
 阿諛の顔、真っ青やったで~~~!」

天媛が、扇子で口元を隠しながら笑う。

「お疲れさん。
 ほな、次の“献上物”の話でもしよか、勾人?」

勾人は返事をしなかった。
ただ、立ち尽くしていた。





牛車で遥々かはそに朝へ戻り、
宮中・禁裏宝物庫に通された。

勾人は“縁切り”任務を果たした直後。
天媛は無言で勾人の袖をつかみ、
宮中の奥へと連れていく。

「……天媛、どこへ……」

「献上物、って言うたやろ。
 “ほんまに大事なもん”を差し出してもらうで?」

重い石扉が開く。
中から、冷たい空気と香木の香りが漂う。





玉座級の宝石、神鏡、神器の写し、
古代王朝の木簡巻物、禁呪の札。
灯火だけが赤くゆらめく。

天邪鬼は、高い棚の上で足をぷらぷらさせている。勾人を見るとゲラゲラ笑う。

「おぢ~~、ついにここ連れてこられたかぁ。
 ここ、宮中でも十人くらいしか入れへん特別席やで?」

「な、なんで俺がこんな……」

天媛は一つの“木箱”を持ってくる。
白い布に包まれ、油紙で封じられた竹簡の巻物。

「これが何かわかる?
 “阿諛との縁”が全部書かれた大陸文字や。
 門客に書かせた」

「……俺の……?」

「せや。あんたは今日――これに署名(血判)して、
 “縁切り”を宮中に正式に届け出るんや」

「は……? いや待ってくれ、さすがにそれは――!」

天媛は竹簡を巻き直し、勾人の胸にぐっと押し当てる。

「両属朝で阿諛に言うたやろ?
 “嫌い・興味ない・縁切りたい”…全部あんたの口から。
 ほな、証拠残さなあかんやん?」

天邪鬼がケタケタ笑う。

「ほらおぢ~~、“口だけ別れ”で済むと思った?
 そんな甘い世界ちゃうでぇ~~!」





天邪鬼が巻物を広げて読み上げる。
そこには、はっきりと書かれていた。

『勾人、阿諛との縁を永久に絶つこと』
『以後いかなる保護・接触も許されぬ』
『違反すれば、累は計里氏一族に及ぶ』

「……っ……こんなの……ただの脅迫じゃ……!」

天媛は静かに言う。

「阿諛は“もっと上へ行く子や”。
 あんたみたいな中堅氏族に縛られてたら、未来が腐る。
 ……自覚しぃ。あんたは足枷や」

勾人の喉が鳴る。
天邪鬼はニタァと笑う。

「おぢ、拒否ってもええで?
 ただしその瞬間、阿諛は“あての庇護から外れる”んよなぁ~~」

天媛は、厳かに告げる。

「――選び。
 阿諛を自由にするか、
 阿諛を潰すか」

部屋が静まる。
灯火の音だけが、ぱち、と鳴る。





勾人の手が震える。
だが、天媛が刀を抜き、
勾人の指先を軽く切った瞬間――

ぽたり。

赤い血が巻物に落ちた。

「……はい。これで“公式の縁切り”は成立や」

勾人は、声が出ない。

天邪鬼? 天媛? が、コロコロ笑いながら天井を指さす。

「おぢ、これで阿諛は“もっとええ求婚者のところへ”行けるで?
 よかったなぁ~~?」

勾人は、何も言えなかった。
ただ、赤く滲んだ自分の名を、目の前で見下ろすだけだ。





巻物が巻き戻され、天媛の侍従が持ち去っていく。

その瞬間――

天邪鬼は飛び跳ねた。超絶笑顔で。

「よっっしゃああ!!
 これで阿諛はフリーやな!!!
 好きな求婚者、選び放題や😈!!!!」

「は?👹」バンッッ!!!

勾人は、朱塗りの机を叩いた。
机から、木簡が転げ落ちる。
室内の、空気が一瞬で凍る。

勾人の顔は、

“失恋して数分の男に言ってはいけない言葉”のすべてに命中した顔。

天邪鬼は、まだそれに気づいていない。

「あの子、最近めっちゃ人気やったしな~?
 献上された別荘を次々と施薬院に改修工事。
 庶民ウケもバッチシや!
 ほら、宮中の上達部のアイツとか、武門の若君とか、
 なんならあての父方筋のあのイケメンも……」

「やめろ」(なぜ男候補しかいないんだ😨?!)

「これで全員、恋歌詠み放題やでぇえ!!
 おぢ、縁切って正解正解~!
 阿諛、上玉やから引く手あまたやわ😈!!」

「……ほんとに殺すぞ」

勾人の握りしめた拳が震える。
天媛は、机から転げ落ちた木簡を拾った。
それで口元を隠しつつ、微笑する。

「まあまあ、天邪鬼。勾人、今メンタル蒸発してる最中なんやから。
“阿諛がフリーになった”とか、今一番聞きたない言葉やで?」

天邪鬼は目を瞬く。

「え、なんで?
 だっておぢ……阿諛と別れたかったんやろ?」

「誰が!!!!👹💥💥💥」

「え???さっき自分で“嫌いや”“興味ない”とか言うて……👿」

「あれは天媛が演出した状況だろ!!
 俺の本心じゃねえ!!
 なんでそこで祝福してるんだお前は!!!!!」

天邪鬼は、完全に悪気がないようだ。

「え、てっきり“阿諛の未来のために身を引いた、ええ男ムーブ”や思て……」

「ただの強制縁切りだ!!!!
 なんで俺が“阿諛が他のやつに取られる”前提で褒められなきゃいけないんだ!!!!」

「え?え?え?
 じゃあなんで血判押したん👿???」


「押ささったんじゃボケェ!!!!!!」



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

お久しぶりです旦那様。そろそろ離婚ですか?

奏千歌
恋愛
[イヌネコ] 「奥様、旦那様がお見えです」 「はい?」 ベッドの上でゴロゴロしながら猫と戯れていると、侍女が部屋を訪れて告げたことだった。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

処理中です...