【全年齢版】媛彦談《ひめひこだん》〜足掻手《アガデ》〜

テジリ

文字の大きさ
87 / 213
あやぎり朝

【横文字推奨】言葉

しおりを挟む
 天媛の葬送から間もなく、夜比古は宮中を去った。
 夜比古の中に、天媛の存在が沈殿したような顔で。ただ、静かに。

 宗女の座は空位――
 これを機に、
 あやぎり朝は、新たな政権構造を形作る。

 政務を取り仕切るのは長上。
 祭祀は、まだ幼い英賀手が最低限の儀式のみを担当する。
 整然とした体制変更かに見えた。

 だが宮中は、物語を好む。

 「長上は権力の鬼やて」
 「いや、天媛を射止めたんや。さっすが超モテモテの男や」
 「政務代行やて? 乗っ取ったんちゃうか?」

 好き勝手に語り、勝手に熱狂し、勝手に畏れた。

 その喧騒をよそに――
 本当の内部事情は、もっと生々しかった。

 ✦

 英賀手の心を安定させていた最大の要因は、長上ではない。
 長上の妹・天音だった。

 天音は柔軟で、よく話し、年齢の近い英賀手の心に、すっと溶け込んだ。
 英賀手が泣けばそっと抱きしめ、眠れなければ手を握り、
 天媛死後の混乱期を、一番近くで支えていた。

 だが、その穏やかな時間も、長くは続かない。

 長上と天音が属する両属朝と、
 その後援たる円理朝が、
 合同で使者を派遣した。
 双方からの依頼はただひとつ。

 「長上はよい。だが――天音は戻せ」

 至極当然の要求だった。
 天音は、門客を連れて両属朝へ帰っていった。
 別れの日、英賀手は泣きじゃくり、
 天音は、報せの鳥で「絵のやりとり」をしようと励ました。


 ✦


 翌日から、英賀手の目線は変わった。
 天音の姿を探していたはずの目が、
 いつの間にか、長上ばかりを追うようになった。

 理由は単純。
 天音の顔は、兄である長上とよく似ていた。
 長上の歩き方、言葉の選び方、静かに考える癖。
 全部、天音とどこか似ていた。

――いや、正解に言えば、
  英賀手自身が“似ている部分を探し始めた”のだ。
  英賀手の不安な心は、次は長上に救いを求めた。

 長上は驚くほど優しく、驚くほど距離を感じさせない後見人だった。
 礼儀、政務の意味、すべてをわかりやすくかみ砕いて、
 何度も何度も教え、
 英賀手が怯えれば隣に座り、
 困れば「どうした」と穏やかに声をかけた。

 英賀手の心は、痛いほどに締め付けられる。

 ――あても、天音みたいになりたい。
   
 長上の信頼おける妹分に。
 そしたら、もっと仲良くなれるよね(⁠/⁠^⁠-⁠^⁠(⁠^⁠ ⁠^⁠*⁠)⁠/

 ✦

 それには意思疎通が大事。
 長上は、かはそに言葉が話せないから、
 あても合わせよう。
 あて……あて……あたくち?

 英賀手は、本当に小さい頃はーー
 “あたくち”と、喋っていた。

 英賀手の実母は、サルヌリ朝との国境警備の任に当たる、刺羽氏(さしばし)の出。

 実母である彼女は、
 せうびん氏の父から、見初められて妻になった。
 せうびん氏は、正妃供給の外戚としてーー代々魅力的な女性を妻に迎え、正妃候補の価値を高めてきたがゆえに。

 英賀手は、幼少期に周囲から「かはそに言葉を覚えなさい」と矯正されて以降は、
 ずっと「あて」と喋ってきた。

 だが――
 天音が去ったその夜、英賀手は膝を抱えて考えた。

 (長上は、かはそに言葉がよくわからへん)
 (意思疎通を、もっと楽にしたい)
 (もっと、天音みたいになりたい)

 「……あて、やないほうが、ええかな……」

 “あて”よりも、
 天音の“わたし”に近いもの。

 英賀手は、自分の袖を、ぎゅっと握った。

 「……あて……
  あた……
  あたくし……?」

 自分で言って、ふっと笑った。

 「……天音みたい……ちょっと……似てる気がする」

 英賀手は、さっそく翌朝、
 朝餉の席で長上に披露した。

 「……長上。
  あたくし、今日の祭祀も……ちゃんとこなしたる」

 その声音は緊張を含んだが、
 確かに“あて”ではなかった。

 長上は、一瞬だけ目を見開いた。
 しかし、英賀手のしたいようにすればいいと考え、特に何も問わずうなずいた。

 ――その変化こそが、天媛の死に次ぐ、
  あやぎり朝“第二の物語”の始まりだった。





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

お久しぶりです旦那様。そろそろ離婚ですか?

奏千歌
恋愛
[イヌネコ] 「奥様、旦那様がお見えです」 「はい?」 ベッドの上でゴロゴロしながら猫と戯れていると、侍女が部屋を訪れて告げたことだった。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

処理中です...