【完結】好きでごめんなさい

春森

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好きでごめんなさい①※

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【1】




 緊張すると、体は思うように動かない。




 家事仕事がもう終わったのなら、部屋を出ろ――そう命じられ、コウヤはそっとドアノブに手をかけた。

「あれ……あれっ……?」

 手が、震えた。

 思うようにドアノブを握れない。緊張で体が固まり、指先がぎこちなく動く。
 心臓は高鳴り、呼吸も浅くなる。どうしても、ただのドアを開けるだけの動作すら、思うようにできなかった。

 コウヤの柔らかな黒髪が額にかかり、微かな光を受けて揺れる。

 その下の瞳はわずかに垂れ、怯えと戸惑いを映していた。
 頼りなげなその目元は、見ている者の胸を締めつけるほどに儚く、それでもどこかに澄んだ光を宿している。口角がかすかに震え、泣くのをこらえるような微笑が浮かんだ。

 大国だいこくは、黙ったままその様子を見つめていた。
 窓辺のソファに座る大国のその姿は、静けさの中に確かな強さを秘めている。スーツの肩に落ちる光が、しなやかな体のラインを際立たせ、黒髪は自然に流れて額を縁どっていた。

 深く思考するような目元には、鋭さと翳りが同居している。唇はきつく結ばれ、感情を抑え込んでいるようだったが、その沈黙には孤独が滲んでいた。

 言葉を発さずとも、大国の存在ひとつで空気が張り詰めた。

 大国の眉がぴくりと動く。目の前の青年の動きがノロノロとしてだらしなく見えた。
 大国はゆっくりと立ち上がり、背後から手を伸ばしす。

 その瞬間、コウヤの体がぞくりと震える。

 ――ドンッ!

 強く背を押され、思わず息をのむ。



「お前が女なら、こんなことにはならなかった……っ」

 その恨みが混じった夫の声に、心の奥で何かがきしんだ。悲しみがジワジワと広がっていく。
 それでも振り向くことはできない。ただ押し出されるまま、部屋の外へ追いやられた。
 コウヤは、泣きそうになるのを必死で堪えた。

 たとえ一時的でも、大好きな人の“妻”になれたのだから――その事実を胸に刻み、理性で自分を押さえ込む。
 頭の中で、さっき大国に言われた言葉が繰り返される。

(僕が女の人だったら……)

 大国が女性を嫁に欲しがっていることを知りながら、婚儀の話を断らなかった自分。そのせいで、大国は今、腹を立て、出来るだけ自分を遠ざけようとしている。胸の奥が締め付けられるように痛むが、近くにいたい気持ちも拭えない。



 大国の父が、直々にコウヤに婚儀の話を持ち込んだ。初めは、大国のためにも断ろうと考えていた。けれど、父の口から語られた言い伝えに、胸がざわついた。

 ――神宮しんぐう家の血筋は、代々、特別な方法で嫁を決めてきた。その方法以外で夫婦となった祖先は、皆、子宝に恵まれなかった――

 父の声は冷たくも確かな重みを帯びていた。
 大国の子を産むことは、大国のためになる。そう、コウヤは自分なりに解釈した。
 追い出された身ではあるけれど、背後に大国の気配を感じられるこの場所に、まだしばらくいたいと思った。

 どんな環境であっても、近くにいたい、それがどうしようもなく心を占める。しかし、あまり近づけば、また大国の機嫌を損ねてしまう。

 ため息をひとつつき、コウヤは自分の寝床へとゆっくり歩き出す。

 ふと、視線が自分の体に落ちた。平らな胸に、がっしりとした足。一般男性にしては細身だが、陸上をやっていたせいか、女性のような柔らかさとは程遠い、どこか硬質な体つき。視界を遮るように、ぎゅっと目を閉じる。

「せめて……大国さんの赤ちゃんだけでも、産んであげたい……」

 小さな声で呟き、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。
 ポツリと呟き、大国に用意してもらった小屋へと足を向けた。大国の家から池を挟んでわずか十メートルほどの場所に、その小さな物置小屋はある。

 そこが、コウヤの寝床である。同じ場所で寝食を共にしたくない――そう言って、大国は物置小屋で暮らすよう命じたのだ。さらにはコウヤの顔すら見たくないという理由から、家事をする時以外は大国の家に入ることも許されなかった。

 当初は、家事も代行サービスを使うから不要だと言われた。しかし、それでは本当に大国と顔を合わせる機会がなくなってしまう。せめて料理だけでもさせてほしい――コウヤは懇願した。

 コウヤは、大国の母に教わった料理の腕前を持っていた。大国の好みにあわせた味を作れることを理由に、渋々ながらも、大国は家事だけは許可してくれたのだった。寝床にたどり着き、コウヤは今夜やらなければならないことを思い出した。

 がたり、と小屋の隅に置かれた小道具箱から、今ではすっかり見慣れたものを取り出す。
 布団の上にタオルを敷き、大国の両親から譲り受けた、妊娠するための薬を口に含む。水で流し込むと、胸の奥がぎゅっと緊張した。

 今では、男でも妊娠できる時代――とはいえ、こうして自分の体にその可能性を託すことには、まだどこか緊張と羞恥が混じる。定期的にこの薬を飲めば、下半身に赤ん坊を通すための管が徐々に形成される。あとは、その管を十分に拡げ、男性器を迎え入れて受精させればいい。

 女性とは違い、男性が受け入れられるようにするには、ある程度ほぐしておく必要があった。

「……ッ」

 恥ずかしさを胸に押し込み、慣れた手つきで専用のトロリとした液体を下半身に塗り、そっと指を管へと通す。体がこわばるのを感じながらも、心の奥は微かに昂ぶっていた。

 初めて行ったときは痛みを感じたが、今ではそれが別の感覚にすり替わっていた。

 タオルを敷いた布団の上で、四つん這いになり、尻を少しずつ上げながら、自分の管を慎重にほぐしていく。
 肩と膝で体を支えるその姿勢は、あまりに恥ずかしく、視線を遮りたくなるほどだ。けれど、この体制が一番布団を汚さずに済む。

「っ……ふ……っ、」

 ある時から、コウヤはこの時間を「大国にほぐしてもらえている」と考えるようになった。

 すると、管が柔らかくなるのが格段に早くなったのだ。大国が小屋付近に近づかないことはわかっている――それでも、声は押し殺し、ひそやかに喘ぐ。

 今日は、指だけでなく、男性器に似せた玩具も使ってほぐす予定だ。
 怖さは胸にあるが、すべては大国を迎え入れるため――そう思うと、コウヤはぎゅっと勇気を握りしめる。はぁ、息を吸って、吐いた。ゆっくりと、ソレをナカへ押し込んでいく。

「…………っ」

 痛みはなく、むしろ圧迫される感覚が強まるほど、快感が脳天を突き抜けた。コウヤの腰がビクビクと跳ねる。達しそうになるが、必死に理性で押さえ込んだ。一度快感に身を委ねてしまえば、体中が弛緩してしまい、後ろをほぐす力が失われてしまう。

 快感を追い求めているわけではない。あくまで、大国を迎え入れるための準備――その一心で行っているのだ。

 射精感が過ぎ去ったあとも、その思いだけを胸に、コウヤは玩具を前後にゆっくり動かす。太ももがぶるぶると震え、眉を寄せながらも、必死に快感に耐えた。

「……ん、ん………ッ」

 大国にされていると思うだけで気持ちよくてたまらない。無意識に、声が漏れていた。
 24時を回る頃、雨はもう止んでいた。



◇◇◇

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