【完結】好きでごめんなさい

春森

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好きでごめんなさい⑦

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 ◇◇◇

 コウヤは、ふすまの影から頭と目だけをそっと出し、二人のやり取りを見守っていた。

「アーッハッハ!スーツやん!めっちゃ似合うやん!お前がスーツ!!あっはっはっは!」

 社会人になってから、大国と岸和田が会うのはこれが初めてだった。
 そのため、岸和田にとって大国がスーツを着ているという事実は、この上なく可笑しいものらしい。
 遠慮の欠片もなく、腹を抱えて笑い転げている。

 コウヤは爪を噛みながら、心の中で「お願いだから自重して……」と念を送ることしかできなかった。

 頭の筋に青い血管が浮き上がるほど、機嫌を悪くしている……!
 大国はまるで般若のようだった。
 笑い転げる友人を仁王立ちで見下ろしながら、「待ってろ」と低く呟く。

 戻ってきた大国の手には一本の刀が握られていた。

「これ以上笑うなら、腹を切れ」

 そう言って、家宝でもある刀を岸和田の前へ投げた。

 ぞんざいに扱われる刀にも、物騒な発言にも、コウヤはハラハラしっぱなしだった。

 岸和田はすぐに正座し、「もう笑いません!」と土下座した。

 ようやく空気が静まったところで、大国が低く問う。

「……で、今日は何しに来たんだ」

「何しにって。そんなん、オレが来る理由なんか一個しかないやん。囲碁しにきた」

 畳の上で正座をし、真面目な顔を作って岸和田はまっすぐ大国を見上げた。

「もうプロなんだろ。相手なんていくらでもいるのに、なんでわざわざうちに来るんだ」

 岸和田は、囲碁業界では名の知れたプロ棋士だった。
 大国の怒りも少しおさまったようで、腕を組み、その場に腰を下ろして岸和田の話に耳を傾けた。

「大国の碁の形が、おもろいからに決まってるやろ。コウヤ、飯終わったら碁盤用意しといて」
「は、はいっ」

 なんとか二人が打ち解けてくれたことに、コウヤは胸を撫で下ろした。
 この二人は昔から仲がいいが、時に殴り合いの喧嘩にまで発展する。
 もっとも、原因はいつも岸和田の無礼な発言であり、結局は大国が一方的に勝つのが常だ。
 そのため流血沙汰になる心配はないものの、見ている方はどうしてもヒヤヒヤしてしまう。

 夕食の席でも、やはり岸和田はやかましかった。
 さっき土下座をしたばかりだというのに、反省の色はまるで見えない。

「うまいなあ!大国のおばさんと味まったく一緒やん。ええ嫁もろたなぁ。聞いたで?結婚したんやってな?おめでとう!」

 大国は何も答えず、黙々と箸を動かしていた。

 コウヤは本来、一人であとから食事をとるつもりだったが、大国に「岸和田の話し相手になれ」と言われ、同じ食卓につくことになった。

 久しぶりに大国と一緒に食事ができることがうれしくて仕方がない。
 けれどその喜びと同じくらい、背筋が伸びるほどの緊張もあった。

 どう声をかければ場を和ませられるのか、言葉がうまく浮かばない。
 結局コウヤも、大国と同じように黙々とおかずを口に運ぶしかなかった。

 さすがの空気を読まない岸和田も、ようやくこの異様な雰囲気に気づいたようだった。

「なんや? あんたら夫婦喧嘩中?」

(もう……岸和田さん、口閉じて……!)

「お食事中は、あまり話さないものだと思いますけど」

「そうやっけ? 昔は飯食ってても、二人ともようしゃべっとった記憶あるけどなあ……。夫婦ってもっと和気あいあいと食べるもんちゃうのん?」

 この三人で、大国の母の手料理を囲んだことは何度もあった。
 あのころは、大国もコウヤも、まさかこんな関係になるとは思ってもいなかった。
 ほんの少し前までは、まるで兄弟のように仲の良い関係だったのだ。

「ごちそう……さまでした」
「コウヤ、半分も食ってへんやん」

「ちょっと、お腹の調子が良くなくて」

「そうなん? 体は大事にしいや」
「ありがとうございます……」

 本当はお腹の調子など悪くなかった。
 普段の一人の食事は、もやし料理ばかり。
 大国に出す料理のように、品数豊かに食べることなど滅多にない。
 できることなら、出された料理をすべて食べてしまいたかった。

 けれど、これ以上この場にいたら、岸和田が夫婦関係を根掘り葉掘り聞いてくるのは目に見えている。
 そうなれば、大国の機嫌はまた悪くなるだろう。

 ここは早めに退散するのが得策だと、コウヤは静かに箸を置いた。

「あとで片付けに来ます。大学の課題をしなくちゃいけないので、いったん部屋に戻りますね」

「おお、まだ大学生やったんか。そういや最近、高校卒業したばっかやったな。何の大学行ってんの?」
「教員免許が取れる大学に通ってます。通信で」
「へえ、賢いやん。がんばり~」

 コウヤは頭を一度下げ、外へ出た。

「あれ、部屋戻るとか言って外出たで」
「アイツの部屋は、今外にある」

 大国は味噌汁を平らげたあと、そう答えた。

「ああ、敷地内にコウヤ用の家作ったんやな。金持ちやな~お前んちは。ここいらの敷地ぜんぶ神宮家のもんって、ほんま贅沢な話やで」

「部屋は作ってない」
「作ってないって……外に部屋になりそうな建物なんて無かったと思うけど……」
「碁をやるぞ。詳しいことはまたあとだ」
「おっ、待ってました! や、ちょお待って! まだ飯残ってるわ。オレも全部食べ終わるから、先行っといて」

 ◇◇◇

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