【完結】好きでごめんなさい

春森

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好きでごめんなさい⑨

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 ◇◇◇
 パチ……パチ……と、石の心地よい響きが部屋を満たしていた。

「なあー……大国よお」
「無駄口をたたくな。気が散る」

 大国の言葉を無視して、岸和田はしゃべり続ける。

「今のお前、態度おかしない?」
「お前にはいつもこうだ」
「オレにじゃなくて、コウヤに素っ気なさすぎっていうか……ほんまに結婚してんの?」
「籍は、私の妻という形だ」
「ふーん」

 またパチパチと碁を打つ音だけが響く。

 台所からジャー……という水の流れる音がして、岸和田はコウヤが片付けに来たことに気づいた。

「コウヤ、今どこで寝てんの?」
「……」
「なあって」
「冷蔵庫にキュウリの漬物があるぞ。ビールもある」

 話すのが面倒になった大国は、話題をそらすためにエサを与えることにした。
 大国の策にまんまとハマった岸和田は、「ほんまあ?!」と喜んで冷蔵庫へ取りに行く。

「よー、コウヤ。ご苦労さん。洗いもんしてくれてんの?」
「はい。あと明日の朝ごはんの下準備もします」
「良ー嫁やなあ、ホンマ。あ、そや、コウヤって……どこで寝てるん? ここ、物置場っぽい小屋しか建物なかったと思うんやけど……」
「物置小屋で寝かせていただいてます」
「……うそやろ」

 うそやろ、とは言いながら、岸和田はやっぱりかと眉を寄せた。

 ビールとキュウリを冷蔵庫から取り出し、「なんでやねん」と軽く突っ込みながらも、妻を大事にしない大国の態度に、岸和田は次第に怒りを感じ始めていた。

「なんで物置小屋? この家、でっかい部屋が余りまくってんやん」

 コウヤは言おうか言わまいか迷った。
 しかし、ここで黙っていたら、きっと大国に「説明しろ」とうるさく言われることは間違いない。

 コウヤは、話すことにした。

 なにがあったかを一部始終、岸和田に話したあと、岸和田は始終眉にシワを寄せていた。明らかに、怒っている。

「離婚せえって、あんな頭固い男」
「離婚はするつもりです。赤ちゃんを産んだら……」
「へ?」
「僕が岸和田さんに言ったことを大国さんが知ったら、また機嫌が悪くなるかもしれません。内緒にしておいてくださいね」
「……お、う」

 岸和田は頭が良い。いろんな理由を考えた末、最善の答えにたどり着く。
 コウヤが困ったときに助けること。そして、夫婦間の問題には首を突っ込まない。

 岸和田は漬物とビールを冷蔵庫に戻す。

「あれ、おつけものとビール、取りに来られたんじゃないんですか?」
「そうなんやけど……ちょっと、な」
「?」

 不思議そうに首をかしげるコウヤに、岸和田は歯を見せてニッと笑った。

「ちょっと本気出すわ」

 そう言うと岸和田はその場を離れた。

「……あんな雰囲気の岸和田さん、初めて見た……」

 口角は上がっているが、目がまったく笑っていなかったのだ。

 大国の元に戻った岸和田は、ゆっくり座り正座をした。岸和田の雰囲気が違うことに、大国はすぐ気づいた。

「どうした、急に姿勢を正して。漬物はどうした。台所で食ってきたのか?」

 大国と碁を打つとき、岸和田はいつも寝そべるかあぐらをかくかのどちらかで、リラックスしながら打つのを好む。友人の変化に、大国は眉を寄せた。

「なんか食欲失せてな。なあ、今から賭けせえへん?」
「賭け?バカか。この状況で勝てるわけがないだろ。圧倒的に私の方が有利だぞ」

 岸和田は決して適当に打っていたわけではない。ただ、新しい碁の形を楽しみたくていろいろ試していた。結果、岸和田が負け確定という状況まで来ている。

「もし勝ったら、お互いの言うことなんでもひとつきく。どうや?」
「いいだろう」

 この状勢から巻き返すのは不可能だと、大国は自信を持っていた。


 ◇◇◇
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