海賊船の愛の枷

たまりん

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2 運命の出会い

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死より辛いかもしれないこの現実の前で走馬灯のように過去が蘇る。

私はこの男が祖国と仰ぐ、カーバトロール国の、教皇の信頼も厚い宣教師の娘として生まれた。

時は大航海時代。

海軍の増強と進出に後押しされる形で、まだ見ぬ大陸に、己が信じる神を広める為に、私は国の命で両親と共に大海原に乗り出した。

あの時、世界は輝いて見えた。
その頃の私達家族は希望に満ちていた。

“私達が信じる素晴らしい神の教えをより多くの人達に広めて、この世界の人々を幸せにしたい。
より多くの人々に神のご加護がありますように”

そう真っ直ぐに自分の役割を果たそうとまだ見ぬ大陸を目指した。

それは国の命でもあった。
国の命令は絶対であり、神の教えを広めることは父の念願でもあり、使命でもあった。

でも、国の思惑と、父の想いとは決して相容れるものではなかったのだと、その後の私達は思い知る事になった。

カーバトロール国の上層部は、己の神の尊さを広める事を目的としていたのではなく、神の名の元に、他国に入り込み、揺さぶりをかけて、己の国に冨をもたらす事を目的としていたのだ。

父の様な、真摯な信仰心の熱い宣教師を派遣し、混迷する現地の人々の興味を惹き、権力者を取り込み、現地での布教活動の許可を得て、熱心な民に神は一つである事を説き、結果的にはその土地に古くから根付く信仰勢力との争いの種をまく。

そして、同じ国の民同志の争いを煽り、有事の際に、軍の上層部は現地の有力者に甘く囁くのだ。

『味方しましょう。神の御心の前に…… あなたの国に勝利を…』

そして、自国では時代遅れとなって使い物にならなくなった旧式の武器をその国の貴重な金や鉱物などで、あり得ない程高額で、買い取らせる。

そうして価値を知らぬ国から冨を奪い取る。

そして私がかつて“祖国”と呼んでいた国の残虐性はそれだけではなかった。

そうして他国の民と民を煽るように戦わせ、敗戦国となった方の民や兵を捕虜として捕らえた戦勝国から格安で買い叩いて、船に乗せ、他国で高額で売りさばくのだ。

人が人を物として扱う“人身売買”この神をも恐れぬ悪行と貧しい先住民の搾取。

そして最終目的は、国自体の乗っ取り。

我が祖国は、それを国の発展の為に奨励する“悪魔の国”だった。

海を渡り、必死の布教活動をしていた、清廉な宣教師であった父が“その仕組み”に気付いたとき、すでに何人の命が奪われ、何人の民が奴隷として売り飛ばされていたのか。

彼らの多くは、人としての扱いさえ受けることも無く、船の荷室にスプーンを重ねるように詰め込まれ、
航海の途中で多くのものが息絶え、まるでゴミを捨てるかの如く海に葬られたと聞く。

そして、売られた者達も、人としての扱いを受ける事無く、馬や牛のごとくこき使われたり、性的奴隷とされたりして、多くのものが数年で命を落とす悪環境に置かれた。

彼らの殆んどのものが、再び故郷に戻る事も無く、無理やり連れていかれた異国で命を失うのだ。

父は純粋な人だった。

ただ真っ直ぐに自分が信仰する神を信じていた。

だから……
決して許せなかった。

神の名の下に、人を人とも扱わぬ己の祖国の傲慢さを。

だから、私が8歳だったあの日、父は、敗戦の後、連行されてきて、荷のように船に積み込まれそうになっていた人々を自らの体を広げて庇い、その場にいた王国軍の一番高位の男に縋りつくように進言したのだ。

『どうか…… このような“人ならざる振る舞い”をお止め下さい。 神がお許しにはなりません……
どうか…… 神は、決してお許しにはなりません。』

そう真っ直ぐにその男を見上げる父の顔を、その高官の男はまるで“使い物にならなくなった玩具”を見つめるかのような冷めた表情で見つめて、側近に言った。

『…しばらく、この宣教師を牢獄に閉じ込めて、再教育しろ。 己が“国の為”だけにある存在であることを思い知らせろ。』

そう言った男の言葉に、傍にいた軍服の側近の男は頷いた後、問いかけた。

『は… 承知致しました。 この男には…妻と娘がいるようですが、処遇はどういたしましょうか?』

そう言った時、母は、私をギュッと抱きしめた。
母の指先は震えていた。

父は青ざめてその男に縋りついた。

『将軍…… どうか妻と娘だけは… 』

そう言って、その男の脚に取り縋ろうとした父は、無慈悲にも、蹴り倒された。

そして、その男は情欲に歪んだ顔で傍で佇む母を見つめて、ニヤリと笑って部下に指示した。

『……妻の方は、この男が改心するまで、我が屋敷の離れで預かろう。 娘の方は、人質として国に連れて帰れ。この男が改心しなかった場合には、国の娼館に売り飛ばせ。 』

そしてその男は、再び縋りつくように首を振る父を蹴飛ばし、嘲笑うように言った。

『案ずるな、妻も、娘も返さぬとは言ってはおらぬ… お前がこの国の役に立つ男ならな……
だが、時が経てば経つほど、お前の妻も、娘も別の人間に成り下がっていようがな……』

それが父と母を見た最後だった。

そう含みのある笑いをした男の指示で私たちは、兵士達に取り押さえられて、別々に引き裂かれた。

それ以来、私は家族と再び再会する事はなかった。

きっと、父はその後、投獄されて、母は、きっとあの男の慰み者にされたのだと今なら判る。

そして、まだ8歳という幼さだった私は、まるで貨物のように祖国に向かう船に乗せられた。

巷では“奴隷船”そう呼ばれる悪魔の所有する船だった。

肌の色と、髪の色で区別されたのか、私は褐色の肌を持つ彼の国の人達とは違う荷室に手足を縛られたまま乗せられた。

私が詰め込まれたのは、綺麗な布や、香辛料、象牙、毛皮、金と同じ部屋だった。

だけど、あの船内で、私はまるで荷物のように人としては扱われず縛られ打ち捨てられていた。

きっと、荷室に詰め込む時には、自分と同じ、髪と肌の色をした私を、多くの現地の人と同じ荷室に詰め込む事に彼らは躊躇いがあったのだろう。

決して私の為ではなく…… 
それは自らを“彼らとは種を異にする価値ある人間”と見なす己の尊厳の為だったのだろう……。

“自らの人種”と“彼の地の人々”を明確に線引きする為だけに私は“奴隷”と位置づけられた彼の地の人々と別にされた。

そのくせ、一旦仕分けしたら、その存在すら忘れられた私は、まともに食事も与えられず、船酔いと飢えで、生死の堺を彷徨った。

結局は私も、人としての扱いなど受けてはいなかった。

あの時「きっと、このまま自分は死んでしまうのだろう」と子供心にそう思った。

そして、別れ際の父と母の居た堪れない様子を何度も思い出した私は、子供心にも悟った。

(あぁ… この私も、きっと“罰を受けなければならない人間”なのだ…… 
父も母も良き人だった……
それでも、きっと、計らずも、多くの人を苦しめる結果になってしまったのだ……
私もまた、この船に乗せられている多くの人を傷つける“悪魔の国”の一員なのだ。
この身も、多くの人が人とも思えない扱いを受ける事で恩恵を受けて、今まで不自由なく暮らしてきたというのだろうか… )

航海から数日、意識も朦朧として、もう一つ悟っていた事があった。

(もうじき、私は天に召されるのだ…。)

そう悟った私は、神に語りかけた。

(あぁ… 神様、私達のこの存在はなんと罪深いのでしょう。罰は受け入れます。でももう一度、もう一つだけこの私にご慈悲を下さい。)

必死に祈った。

(どうかお父様とお母様と会えますように…
私はまだ、両親に“感謝”と“別れ”すら言えずにいるのです…… どうか……死してからでも構いません。
どうか… もう一度会えますように……)

そう何度も何度も願いながら、空ろな意識の中で動くことのない船内の無駄に豪華な部屋の変らない景色をただ無表情に見つめていた。

もう、どれだけ、こうしてきたのだろう。
後、どれだけこうしていたら、私は次の光景を… 見ることができるのだろう。

ただただ楽になりたかった。

この苦しみと寂しさから解放されたかった。

その瞬間が“自分の死”である事を悟っていながらも、私はどこかそれを待ち望んでいたのかもしれない。

その時も、そう……
今と同じような、夕暮れ時の西日が差し込むのを眩しく感じる頃だった。

私は扉を開けて入ってくる人影を感じて薄目を開けた。

起き上がる元気などとっくになかったから、それが誰で、例え何をされようとも成すがままだっただろう。

でも、その時、聞いた声…
私を抱き上げた温もり…

その温もりの主の紺色の瞳が今も忘れられない。

何度も見つめてきた暮れ行く空の色のような澄んだ紺色が綺麗だと、ぼんやりそんな事を考えていた。

『……… 子供か…?』

そう声を聞いて、私は、己の状況を朧気に理解した。

一人の若い青年が私を抱き上げて顔を覗き込んでいた。

(……私、とうとう…死んだの?)

その時、咄嗟にそう思った。

私の目に飛び込んできた美しい男の容姿は、私が今まで、目にする事がなかった異質のものだった。
それはこの世のものではないような美しさだった。

漆黒の髪色に宵闇色の澄んだ瞳。
私達の肌とはまた少し色味が違う澄んだ白い肌。
長身でしなやかな筋肉を纏った美しい身体つきはとても神秘的だった。

まだ、若いであろうその男は、年若さの割には酷く落ち着いていて、どこか悟ったような雰囲気を漂わせた精悍な顔つきだった。

その男が現実のものとは思えなくて、見惚れるように小さな声で問いかけた。

『綺麗…… あなたは天使なのですか? 私は、死んだのですか? 父と母には会えるのでしょうか…?』

私は、途切れ途切れにそう疑問ばかり口にした。

男は、ハッとしたように怪訝に目を見開いた後、美しい顔を悲しげに歪めて私の肩をギュッと抱きしめた。

『馬鹿な事を… 呼吸している… 話をしている。
俺のことだって見えてるじゃないか… お前は生きている。だから、気をしっかり持つんだ。』

男は苦しげに顔を歪ませて、そう私の耳元で囁き、その腕に私をギュッと抱きしめてくれた。

その温かさに、何故か救われた私は、徐々に意識が遠くなっていくのを感じていた。

その時、複数の男の声と足音が聞こえた気がして再び意識を呼び覚まされた、

この部屋に入ってきたのだろう。
私は、怖くなって男の白いシャツをギュッと握った。

(船の屈強な男達が現れたら、この人はどうなってしまうのか…)

そう想うと怖くなった。

だが、聞こえてきたのは興奮した声だった。

『すっげえ!! シグラス お宝じゃないか!! やったな!!』

その弾むような仲間と想われる男達の言葉に、眉を寄せた男は、その男に私を抱きかかえたまま振り向いて言った。

『荷など後でいい… この子と、広間の民に、手当てと食事を…… 』

その時、判った。

(あぁ…やはり、この人はこの船に元々乗っていた人ではないのだ。)

この人は、きっとこの船の外から来た人。
元から船にいた人達はどうなっているのだろう。

朧気に覚えている。
それが、兄達を初めて見た瞬間だ。

複数の男達が、私のいた部屋になだれ込んできた。
武装した男達。

赤毛の大柄な男。
金髪の青い瞳の細身の男。
茶褐色の肌と瞳を持つ野生的な鍛えられた男。
銀髪で青い瞳をしたクールな容姿の男。
黒い肌に見たことも無いような逞しい身体つきをした男。

そんな、男達が十数名、部屋と外を行ったり来たり忙しなく動いていた。
思い思いの格好をしていたが、皆が皆、帯刀していて、怪我をしているもの、血を浴びている人達もいた。

「ライス… この子を船に運んで医療室で手当てを…、 広間の民にも、全員に水と食料を…
重傷者には、サウスに点滴治療させろ。そして各部屋消毒して、病状に合わせて部屋を別けろ。
この環境じゃ感染症での重傷者も避けられなかっただろうからな。」

「おうよ!」

「死人もでてるな… 」

「……そうか、死んだものにしてやれることは無い。海(しぜん)に帰してやれ……」

「…子供が取り縋って泣いてやがる。」

「……。 誰か一人ついてて言い聞かせろ。 感染症ならやっかいだ。できるなら生きているものは一人でも多く助けてやりたい。」


そしてこの人達は、その後、縛られた私と一緒に並ぶ、数多くの貴金属などの貴重品を見ることもなく、訝しげに私に目を向けて、安否を気遣ってくれた。

「その嬢ちゃんは、大丈夫そうか?」

「縄の跡……奴隷と言う訳ではなさそうだが、縛られてたのか? 一人でこの部屋に? 親は?」

「カーバトロールの民に時折見かける髪と瞳の色だろ…? なんだってこんな目にあってるんだ??」

「まだこんな小さいっていうのに… ずいぶん痩せちまってるな… 」

「攫われてきたのかな……」

「いいから、早くあっちの船に移してもらいな… 手当てに慣れた奴に任すのがいいだろう…」

「そうだな… ライス、運んでやれ」

再び、命じられた黒い肌の大きな男が、恐る恐る私に手を延ばした。
大きな体。
太い腕。
大きな目。

初めて見る姿形だけど、その瞳は優しくて不思議と怖くなかった。

そんな私を、男達は不思議そうに眺めていた。

「怖がらないな……」

その仲間の一人の言葉に、ライスと言われた、大きな男は、困ったようにそれでもホッとしたように眉を寄せて私を見た。

「あ… あの… 」

私は、困惑して口を開いた。

「こ… ここはどこで、私は、どこに連れていかれるのですか?」

そう問いかけたら、大きな男は、優しく笑った。

「ここは…… う~ん、多分説明しても判らないと思う。君は、俺達の船で手当てを受けるんだ。皆 強面だけど、君にいじわるする人はいないから」

片言でそう言った男は意外なほどの、人懐っこい瞳をして、私を安心させるように目尻を下げた。

その瞳に、何故か安心して、導かれるように、私も、少しだけ笑った。

信じられる気がしたから、“人”である会話が確かに繰り広げられていたのを肌で感じたから。

その瞬間、ハッとしたように、沢山の男達の視線を感じた。

私を抱き上げてくれているライスと呼ばれた人も、呆けたように目を見開いていた。

同時に、複数の呆気に取られたような声がした。

「笑った……?」

「そんなはずねえだろう…」

「いや、確かに笑ったぞ…」

「怖がらないで…… しかも……笑った?」

「……な…な…なんて………」

「可愛い生き物なんだ……」

どれが誰の声だったのか…
その時の意識朦朧としていた私に判るはずもない。

今にして思えば、彼らの半数近くが、返り血を浴びている酷い姿だった。それは、彼らによって命を絶たれた人がいる事をしっかり現していた。

でも… それでも…
私は、彼らに微笑みかけることができた。
真っ直ぐに……


それが、私と、海の戦闘集団“ライジングピース号”の乗組員、後に生涯、兄と慕う事になる“海を生きる男達”との出会いだった。
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