鳥籠の中の執行者

蒼森丘ひもたか

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第三話

張り巡らされた糸の中で(下)③ 

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昼食を終え、午後の業務が始まって一時間ほど経った頃、金井戸に内線が入った。

「女性活躍推進室の金井戸です。
あら、照……銀堂寺係長、どうしたんですか?」

金井戸の顔が、パッと明るくなった。
会話の内容は分からないが、笑いながら話をしている金井戸の様子を見るに、電話の相手は親しい間柄なのだろう。

「え…うん…うん…分かった。
え…大丈夫よ。…うん…じゃあね。」

金井戸は電話を切ると、

「これから研究開発棟の設計室に行く必要があるのだけれど、お願いできるかしら?」

今朝に比べると、自然に俺達に申し出てくれた。
その方がこちらとしては、やりやすい。

「ええ、もちろん!」

俺は気合を入れて、笑みを浮かべながら返事をした。

これから向かうのは研究開発棟にある特別開発事業設計部。
……少し長ったらしい部署名の、そこの設計室に向かう事となった。

研究開発棟の場所は、試作工場の隣らしい。
俺たちは再び、金井戸を囲むようにフォーメーションを取ると、外に出て研究開発棟に向かって歩き始めた。
金井戸の指示に従って移動をし、何事も無く研究開発棟に辿り着いた。
しかし、金井戸が俺達を引き留めた。

「ごめんなさい。少しいいかしら?」

そう言うと金井戸は、研究開発棟入り口の右にあった花壇の前まで歩くと、その花壇に向かって手を合わせた。
そんな金井戸に、俺と百合子は無言で顔を見合わせた。
それが1分程度続けると、俺達の方を向き、

「ありがとう、では行きましょう。」

手を合わせている間の金井戸の悲しそうな表情に、理由を聞くことを憚られた俺達は、再び、金井戸を守るように囲むと、歩き始めた。
もう少し打ち解けた後にでも、手を合わせていた理由を聞いてみるか。

研究開発棟に入り、二階に上がると、大きな部屋の前にたどり着いた。
ドアの上側の俺の目線の辺りに、『特別開発事業設計部』と書いてある札が貼り付けてある。
俺がドアのロックを外すと、突然ドアが乱暴に勢いよく開いた。

「あん?……ちょっとどいてくれや。」

作業着を着た、茶髪で短髪の目つきの悪い、チンピラ風の小柄な中年男が、俺達に退くように言いながら部屋から出てきた。
そしてドアが閉じないよう脚で一度蹴り上げてから、更にその足でドアを抑えた。

「……おい!佐藤!
さっさと来い!殺すぞ!」

チンピラ風の男が、室内に向かって怒鳴り声を上げた。
おいおい、「殺すぞ」って……
この当時、パワハラなんて言葉はまだ無いが、数年もすれば間違いなく問題となるだろう。
金井戸を見てみると無言ではあるが、明らかにその男を睨みつけていた。

通してくれと言ったら面倒なことになるかな、と考えていると、作業着と帽子をかぶった、俺と同じくらいの身長の太った青年が、筆記用具とファイルを持って、のっしのっしと駆け寄ってきた。

「チンタラしてんじゃねぇよ!ノロマが!」

そういいながら、チンピラ風の男が、太った青年の尻に蹴りを入れた。
青年にダメージは無いようだが、

「すみません……」

と、小さい声で詫びを入れた。
それを見て、金井戸がチンピラ風の男に強い口調で詰め寄った

「谷川さん!また暴力ですか?それに相変わらず言葉遣いも!
何度、指導されたら分かるんです!?」

「なぁんでテメェがここにいるんだよ!銀堂寺の女がぁ!
俺様の後輩指導に口出しするんじゃねぇ!殺すぞ!」

谷川と呼ばれた男が短い脚を振り上げ、金井戸に蹴りを入れようとしたが、俺は谷川の腕を掴み、軽く捻り上げた。

「いててて!いてぇ!てってめぇ!なんだぁ!?離せっ!」

そう言いながら暴れ始めたので、金井戸から距離を取るように突き飛ばし、解放してやった。

「い、一体なんだよ、てめぇらは!」

谷川は捻った腕を押さえながら、明らかに動揺していた。
面倒事は御免だ。軽く脅しを入れて追い払おう。

「名乗る程の者では無いっすよ。しかし、暴力はいけませんね?」

そう言いながら、見下ろすように一歩近づくと、

「こ、こんなクソどもに構っている場合じゃねぇや!
おい!佐藤!ボサッとしてんじゃねぇ!行くぞ!」

そう言いながら谷川は、逃げるように、さっさと階段を降りて行った。
佐藤と呼ばれた男は、俺達に軽く会釈をすると、谷川を追うように、のっしのっしと走っていった。

「なんすか?あの人は……」

俺は金井戸に問う。

「設計部の谷川さん。
ちょっと…いやかなり問題のある人でね。
設計部の人達や、私たち人事部の方でも手を焼いているのよ。」

先公でも手のつけられない不良みたいなものか……
吾太丘太郎丸もだが、大人の中になってもガキのままの奴は居るもんだな。
面倒なので今後は、関わり合いになりたくない。

気を取り直して、金井戸と共に入口から奥の方に歩いていく。
忙しそうに歩き回っている社員や、二、三人で集まって何かを話し合っている社員達もいたが、ほとんどの社員は、パソコンや書類、図面を見ながら必死に作業しているのが印象的だった。

しかし、このフロア……妙に汗臭い。
鶴星の夏の道場を思い出すぜ。

「ワフゥ……」

途中、エイチの奴が臭いに耐えらえなくなったのか、俺の背中に飛び乗り、背負っていた犬用リュックにモゾモゾと入っていった。

「銀堂寺係長、言われた書類、持ってきました。」

「ああ幸子。大変なときにすまないね。
僕の方から出向いても良かったのだけれど、仕事が立て込んでいてね……」

銀堂寺係長と呼ばれたイケメンが、金井戸を爽やかな笑顔で迎える。
ここだけ、汗臭くないぞ……気のせいか?

「もう、銀堂寺係長ったら、今は金井戸室長と呼んで下さい。」

この二人の周りにだけ、甘ったるい空気が流れているような……
俺達が無言で事の成り行きを見ていると、銀堂寺が俺達に目を留めた。
金井戸がそれを察し、銀堂寺に俺達を紹介しようとする。

「あ、この二人は……」

それを銀堂寺が、手で制止した。

「ああ、知っているよ。君達が金井戸室長のボディガードだろう?
設計部の銀堂寺です。よろしく。」

そう言いながら立ち上がり、こちらに名刺を差し出してきた。
俺は名刺を、要から事前に教わった通りに両手で受け取り、

「どうも。鶴星セキュリティサービスの空見と申します。
すみません。名刺は持っていないもんで……」

と愛想笑いを浮かべておく。
銀堂寺は「ああ、別にいいよ。」と口にしながら、百合子にも名刺を渡そうとするが……

「ひっ……!」

銀堂寺は一瞬悲鳴を上げると、顔を引き攣らせた。

「鶴星セキュリティサービスの小夜啼と申します。
……あ、あの、顔色がよろしく無いようですが?」

「あ、いや、申し訳ない。失礼しました。
何でもないです。」

百合子の気遣いに、銀堂寺は恐れるように一歩引いた。

「本当に、大丈夫?」

続けて、金井戸も心配そうな顔で、銀堂寺の顔を覗き込んだ。

「……大丈夫だから。
最近、遅くまで残業続きだったからね。ちょっと疲れが出ただけだ。」

銀堂寺の百合子に対する反応がおかしい。
鳥飛光では、小夜啼家の当主の娘、リリ教現教祖の娘である百合子に対し、羨望と畏れを抱く人が多いのだが、銀堂寺の反応はそれらとは違う。
恐怖心を抱いているようだった。

銀堂寺は平静さを取り戻すと、今までと同じように爽やかな笑みを浮かべた。

「それにしても、えらく若いね。
あー失礼。別に能力を疑っている訳じゃないんだ。
鶴星セキュリティサービスさんには色々と、うちの会社もお世話になっているからね。」

銀堂寺は値踏みをするように、俺をジロジロと見てきた。

「毎度、お世話になっております。」

俺はとりあえず、頭を軽く下げておいた。

「プレッシャーをかけて申し訳ないが、幸子は僕の大事な人なんだ。
しっかり守ってくれよ!」

銀堂寺は笑みを浮かべながら、俺の両腕を軽くパンパン叩いてきた。
大事な人……この二人は、そういう関係なのか。

「ちょっと、照正さん!」

金井戸が真っ赤になる。

「はははっ!ごめん!」

そんな金井戸に、銀堂寺が爽やかに笑う。
二人が、そんな甘ったるい、やりとりをしていると、

「おい!銀堂寺君!
頼んでいた図面は出来ているのか?」

鋭い声が飛んできた。
声の方の聞こえた奥の席に目を向けると、そこに眼鏡をかけた白髪オールバックの男が席から立ち上がり、難しい顔をこちらに向けていた。

白鳳岳はくほうがく部長!今日中にはなんとか仕上げますよ。
いやぁ、さっき例の制御系の件で、制御設計の奴らと話をしたのですがね……」

「言い訳はいい!夕方の五時までに仕上げろ!いいな!」

銀堂寺が白鳳岳と呼んだ男が、怒鳴り声を上げ、席に座った。

「はぁ……話の分からねぇオッサンだな。」

銀堂寺は、溜息をつくとボソっと呟いた。
一瞬、今まで笑顔を浮かべていた人物とは別人のように目を座らせ、冷たい表情をしていた。

「ゆっくり話をしたいところだけど、この通り忙しくてね。
金井戸室長のこと、よろしく!」

銀堂寺は、そう言うと、また笑みを浮かべた。
仕事の邪魔にならぬよう、俺達は軽く挨拶をすると、すぐに設計室を出た。

「銀堂寺さん……だけじゃないか。
設計部の皆さん、忙しそうですね。」

閉まる扉を見ながら、俺は金井戸にそれとなく話しかけた。

「そうね。設計部はいつも忙しいのよ。
いつも製造部から、図面を催促されて煽られてね。
夜に食事に行くことも、あまり出来ないし……」

「その、すみません。
不躾ですが、お二人は、お付き合いをされているのですか?」

百合子が遠慮がちに、金井戸に聞く。

「あー……
うん。そうなの。恋人と言うか、婚約者ね。」

「金井戸さんが狙われている件について、銀堂寺さんも知っていましたね。」

「ええ、私の方から相談したの。
最初は会社の方針として、殺害予告を教えてくれた警察の方に外の見回りを強化してもらって、社内の警備員に専属で護衛の対応していただくことになっていたのだけど、銀堂寺さんが相手方の要求通り、貴方達に護衛して貰った方が良いと強く提案してくれてね。」

それで多分、朱兄と仲の良い警察関係者が、鶯黒悠のふざけたビデオレターを朱兄に渡し、それを俺達が見せられて今に至るということか。

しかし、銀堂寺の百合子への反応も引っ掛かる。
少なくとも百合子は銀堂寺の事は知らなかった。
たしかに百合子は、ちょっとした有名人ではあるが、それは鳥飛光だけの話だ。

それとも、鶯黒美夜と勘違いをしたのか?
鶯黒美夜は百合子より歳は取っているが、ほぼ瓜二つだ。
美夜と銀堂寺の間で何かあったのならば、あの反応に不思議はない。
……金井戸には悪いが、銀堂寺の事を、要のおっさんと朱兄に調べてもらうか。

そんなことを考えながら、本社棟に戻ろうと外を歩いていると、建物の物陰から三人の男女が姿を現し、俺達の前に立ち塞がる。
正面には作業着を着た男、その右には白衣を着た男、左には紺色の女性社員用の制服を着た女だ。
俺は立ち止まり、金井戸を手で静止した。

「ぐるるう~」

エイチも警戒するように唸り始めた。

「知っている人達ですか?」

俺は三人に注意しながら、金井戸に聞く。

「ええと……確か……ごめんなさい。
名前までは憶えていないけど、顔は見たことあるような……」

金井戸が俺の問いに答えた矢先のことだった。

「う、ぐぐが、あああああああ!」

「ぎ、がああああ、ああああ」

三人は頭を押さえて、もがき苦しみ始めた。
一気に身体が膨張し始め、着ていた作業着やスーツの一部が破けて弾けとんだ。

「ひっ!ひいい!」

金井戸が恐怖で小さな悲鳴を上げる。

あっという間に三人は、豚の顔を持つ人型の化物に変身した。
先程、ダスク教の奴らが従えていた、オークと言う豚の化物だった。

「ひっ!なんだ!?」

「ばっ、化け物だー!」

外を歩いていた数人の社員が、オークを見ると悲鳴をあげながら近くの建屋に逃げ込んでいくのが見えた。

「ブッヒイイイイ!」

三匹のオークは、ドシッドシッと地面を鳴らしながら、俺達に向かって突撃してきた。

「さて、ようやく仕掛けてきやがったか!」

不謹慎だが今まで少々退屈だった俺は、嬉々としながら降魔の剣を抜いて構えた。
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