鳥籠の中の執行者

蒼森丘ひもたか

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第三話

張り巡らされた糸の中で(下)⑦

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金井戸幸子の警護、二日目は、アンドラスやオーク達の襲撃は食堂での一件のみで、それから先は何事も無く終わった。
しかし、警護後に行っている『X』の調査の方も進展は無い。

翌日16日の水曜日は、昼前にオーク二体に襲われたが、俺と百合子の連携で、難なく倒すことに成功した。
しかし、午後にちょっとした騒ぎが起こった。
試作工場の購買課事務所で吾太丘太郎丸が、男性社員に腕を切りつけられるという事件が起きたのだ。
すぐに鶴星セキュリティサービスの社員が取り押さえたため、大事には至らなかったという。

「相手の社員は凄い形相で、『殺してやる!』って叫びながら、太郎丸に襲い掛かってきたんだ。
こういう事態も想定していたが、まさか昨日一昨日と購買課の事務所を出入りしていて、太郎丸と談笑していた社員がいきなり襲い掛かるとは思わなかったよ。」

朱兄は苦笑いを浮かべながら、その時の様子を説明してくれた。
車の外で話をする俺と百合子、朱兄に向かって、ワゴン車の窓から顔を出した吾太丘太郎丸が怒鳴り散らしてきた。

「オイ!さっきから何くっちゃべってんだ!コラッ!さっさと車を出せ!コラッ!」

……切りつけられた本人は、至って元気のようだ。

「ちょっと情報交換しているんだから、少しくらい待ってもらえますか。
それが、おたくを守ることにも繋がるんだから……」

イラっとした俺は、思わず言い返した。
警護中に会うことはルール違反のため、俺達と朱兄はこうやって終業後に一日あった事の報告、情報交換しているのだ。
雑談をしている訳ではない。

「なんだとコラッ!」

怒った太郎丸が、ワゴン車の窓から身を乗り出してきた。

「太郎丸!少し落ち着かんか!」

太郎丸を伯父の吾太丘鼓舞一が怒鳴りつけ、強引に引っ張って席に戻した。
吾太丘鼓舞一の方は、甥が切りつけられたと知って、気が気でなかったらしい。
そのせいか、今日は太郎丸に対して少し優しい気がする。
なんだかんだ言っても、可愛い甥っ子ということか。

「アイツの傷、魔法を使ってまで治療してやる事なかったんじゃね?
その方が、いい薬になったと思うぜ。」

俺は太郎丸に聞こえないように声を潜めた。

「山賀取締役と原黒所長に、事件のことが大っぴらになると、社員達が不安になって仕事に支障をきたすから、切りつけ事件の痕跡に繋がるものは全て消せ、と釘を刺されたよ。」

山賀と原黒……この先もアイツらの指示で、色々と面倒な仕事が増えそうな気がした。

「……襲った社員とダスク教に接点は無いんだろ?
それとも、奴らの魔法で操られていたとか?」

警察の取り調べでは、男が太郎丸を襲った動機は、あくまでも積もり積もった私怨だという。
しかし、このタイミングで、奴らが無関係とは思えない。
そもそも仕事上で恨みを持っていたとしても、実際に殺そうとまでするだろうか?
事を起こして捕まったら、その先の人生はお先真っ暗だ。
しかも今回は、太郎丸の周りを朱兄達が固めていた訳で、成功する訳がない。

「それは無いだろう。
ターゲットを期間外に自分達の手の者が殺したとなれば、『契約の赤い縄』によって、鶯黒悠の身に危険が及ぶ。」

「あの魔法……どこか抜け道ありそうだけどな。」

ふと、初日に、アンドラスが金井戸や吾太丘らに向けた『忠告の言葉』を思い出した。

「アンドラスの野郎は、日頃の行いが自分の首を絞めるような事を言ってたが、戒めるようなことを上から言いやがって……悪魔の分際で天使でも気取っているのか?」

「あれは、この悪趣味な『ゲーム』のオープニングを演出しているつもりなのかもしれないぜ。
『お前らはこれから、恨みを買いやすい立場にいる人と、日頃から恨まれるようなことをしている連中の警護をしなくてはならないんだよ』ってな。
さて、お客様も車出せってうるさいし、俺達は先に失礼するよ。
二人とも気をつけてな。」

鶴星セキュリティサービスのワゴン車2台が、会社を出るのを見送ってから、俺達はいつも通り探索を開始した。
しかし、この日も引き続き回っていないところを回ってみたが『X』は見つからず、何の進展も無かった。

17日の木曜日の朝10時を回った頃。
金井戸のところに、白衣を着た男が一名やってきた。
物理研究部……魔法を解析する部署の部長の男らしい。
名前は向井。
男はエイチを見て、嫌悪感に顔を歪めた。
犬が嫌いなのだろうか?

「金井戸さん。その……悪いが彼らには席を外してもらいたい。
外部に知られたくは無いことで、ちょっと相談があるんだ。」

向井は、俺と百合子を一瞥しながら、金井戸に俺達に席を外すようにお願いをしてきた。
当たり前だが、そのお願いを聞くことは出来ない。

「大丈夫ですよ。
この方達は私の補佐としてここに居るのですから、お気になさらないで。」

「見聞きしたことは、絶対に口外しませんよ。
なんなら耳栓でもしましょうか?」

俺は向井に、ニカっと愛想笑いを浮かべた。
俺は、この男が妙な動きをした時に即座に取り押さえられる距離を保ちつつ、金井戸から離れた。

「はぁ、分かりました。
これから話すことは、絶対に他言しないでいただきたい。
……実は」

向井は俺達に念を押すと、金井戸の方に顔を戻し、本題を切り出した。

「一昨日、15日の火曜日から、解析の梶木君が無断欠勤をしているんだ。
連絡もつかなくてね。」

「え、一昨日から?……向井部長!
無断欠勤は、すぐ人事部に連絡を入れて貰わないと困りますよ!」

金井戸は向井という男を強い口調で窘めた。
こういうことは良くあるのだろうか?

「だから勤怠管理も人事部で確認出来るようにしないとダメなのよ!
……そんなことより、まず彼女の実家の方に確認して、それで分からなければ警察に届け出しないと!
解析……梶木……」

パソコンに『名簿』が入っているのだろうか?
金井戸はボヤきながら、パソコンをカタカタと打ち始めた。

「警察!?……待ってくれ!
それは山賀取締役が許さないだろう?」

「そんな事を言っている場合じゃないでしょう!
もし、何か事件や事故に巻き込まれていたら、どうするんですか!?」

「いや……多分、会社に来るのが嫌になったのかもしれない。」

大人にも、登校拒否、じゃなくて出社拒否があるんだな。
……まぁ、当たり前か。

「え?何を言っているんですか?
彼女はとても仕事熱心で、この秋から課長にも昇進するじゃないですか。
それは向井部長も、ご存じでしょう?
そんな彼女が、出社拒否なんて……」

金井戸は苦笑いを浮かべた。

「ああ、アンタが勝手に、上に推薦したんだよな?
結果として梶木君は、秋に席が空く、畑違いの材料開発部の課長に昇進だ。知らない訳無いよな?
おかげで大好きな実験が思うように出来なくなるって、ボヤいているのを耳にしたんだよ。
彼女を頼りにしていた俺達も迷惑しているんだ!

梶木君は突拍子も無いところもあるから、彼女が騒ぎになるようなことを起こしたら、私は監督不行き届きで降格、最悪クビになるかもしれない!」

「そ……そんな大げさな。」

「フン。『安全圏』に居る奴に分かる訳ないか。
とにかく、まだ、うちの息子も大学を卒業できていないし、家のローンだってあるんだ!
アンタにも責任があるんだぞ!分かってんのか!?」

「……」

向井の剣幕に、金井戸は黙り込んだ。
昇進と言っても、本人にとって不本意なものもあるということか……
それならば、断ればいいだけの話だと思うが、そういう訳にもいかないのだろうか?
それにしても大人は何故、会社で責任を問われることや、クビになることを怖がるのだろうか?
それで死ぬわけでもないし、もしもクビになったって他の会社に行けばいいだけだろうに……

「申し訳ない……言い過ぎた。
まずは、上への報告と警察への通報は無しにして、君だけで探してもらえないか?
君は梶木君と多少は親しいのだろう?」

向井は金井戸に手を合わせた。
無茶苦茶なことを言うなぁ……

「分かりました。
私の方から直接、梶木さんの家に行ってみます。」

「ちょっ!」

俺は思わず声をかけた。
しかし二人は気付いてくれない。
金井戸さんも何、勝手に了承してんだよ!?

「じゃあ、頼んだよ!
分かったら、連絡してくれ。」

向井は、さっさと部屋を出て行ってしまった。

「……ごめんなさい。
急で申し訳ないのだけれど、同行してもらえるかしら?」

金井戸が深刻そうな顔を俺と百合子に向けた。
護衛期間中の出張は控えてもらうようにお願いはしているのだが、どうしたものか。
朱兄に聞いてみるかと思っていたら、すでに百合子がトランシーバーで誰かとやりとりを始めていた。
会話の内容から、多分、朱兄だろう。

「……分かりました。……はい。……はい。
ただ、私の方で一つ試せることがありますから、それで確実な場所をお知らせします……はい。……はい。…はい、承知しました。失礼します。」

「朱兄はなんて言っていた?」

「やはり、外出は許可出来ないとのことです。
その方のお住まいに行くのは、鶴星社長達の方で対応するそうです。」

まぁ、そうなるだろうとは思った。
俺達みたいな護衛の素人には荷が重い。

「金井戸さん。その欠勤されている方の身に着けていたもの、出来れば髪の毛などがあれば良いのですが、手に入れることは可能ですか?」

「髪の毛はちょっと……
でも、身に着けていたものなら彼女のデスク、更衣室のロッカーの中にあると思うわ。」

「……まずは、先ほど来た方に欠勤されている方のデスクにある私物を、全てここに持ってきて貰うように、お願いしていただけますか?」

百合子の指示に従い、金井戸は先ほど来た向井という男に内線をかけ、梶木という社員の持ち物を全て持ってきてもらうようお願いをした。

30分ほどすると白衣を着た女性社員が一人、ダンボール箱をもってきた。
金井戸は礼を言ってそれを受け取り、そのダンボール箱を百合子に渡した。
すると百合子はダンボールの中から何かを探し始めた。

その間、俺と金井戸は百合子の指示に従い、暁聖大帝国(日本)の全体の地図、その横に鳥飛光市内の地図を広げた。

「準備、ありがとうございます。
これから、梶木さんの居場所を、『探知』の魔法で探してみたいと思います。」

「え、そんなことが出来るの?」

「百合子って『探知』の魔法も使えるのか?」

思わず俺は、金井戸と似たような反応をしてしまった。
その反応に、百合子はクスリと笑った。

「ええ、この魔法は風の魔法ですから大丈夫なのです。
私は光と闇以外の魔法も使えるんですよ。
凱君はちゃんと覚えておいてくださいね。」

百合子はニッコリと得意気な顔をした。
確かに百合子がどんな魔法を使えるか、相棒として把握しておくことは重要だ。

「分かった。百合子は『探知』魔法も使える、と……
それで、探知には何を使うんだ?」

探知の魔法は、物に宿る気、思い、魔力から、それと同じ気や魔力を持った持ち主の場所を探し当てるもの。
応用すれば、魔力を帯びたものを探し出すことも出来そうだが、ピンポイントで分かるものでは無い。
それに、魔力や気の放出を防ぐもので覆ってしまう、そういった建物に居る(在る)場合、探知することは出来ないのだ。
であれば、とっくに降魔の神器も『X』も、どこにあるか見当がついているだろう。

「これを使います。」

百合子は手に持っていた梶木のものであろう爪切りを俺達に見せてきた。

「では、探知を開始します。」

百合子はそう宣言し、目を閉じると、梶木のものであろう爪切りを左手に、右手は地図にかざすと、俺達に聞こえるか聞こえないくらいの声で呪文を唱え始めた。
しかし……

「……え?」

百合子は小さく声を上げた。
魔法を開始して、まだ一分も経っていない。

「どうした?」

「ええと、梶木さん、会社にいるようです。
ちょうど一階の、この建屋の入り口に……」

俺と金井戸は無言で顔を見合わせた。
一体どういうことだ?
再び、百合子は探知の魔法を開始する。

「階段を昇って……二階に……」

二階、この事務所がある階だ。

「この部屋の方に向かってきています。」

百合子はそこで探知を止めた。

「この部屋……」

バン!という乱暴な音と共に、この執務室の扉が開いた。
そして、ぬっと一人の眼鏡をかけた私服の若い女がドア越しから、ぬっと顔だけを見せた。
能面のように無表情で顔色も悪い。

「か、梶木さん!?」

金井戸は思わず立ち上がった。
俺はさり気なく、金井戸と梶木の間に入った。
……嫌な予感がする。

「ちょうど貴女を探し……」

金井戸が梶木に声をかけると同時に、人事部の女性スタッフが梶木に声をかけた。

「ちょっと、梶木さん?そんなドアを乱暴……きゃあああ!」

悲鳴を上げて、女性スタッフはその場で腰を抜かしてしまった。
それを合図に、梶木は無言でこの部屋の中に入ってきたのだが、その左腕は歪に膨張し、緑色に変色していた。

「金井戸さん、奥へ!
百合子、金井戸さんを頼む!」

俺は金井戸と百合子に声をかけた。
エイチは危険を察し、ドアの近くに避難する。
その間に梶木の顔も体もみるみるうちに膨張しはじめ、来ていた服やジーンズがはち切れ、あっと言う間にオークに変貌を遂げた。

「え、え……か、梶木さん!?」

金井戸はショックを受け、茫然としていた。

「サチ…コ……コロス!ブヒィッ!」

俺は突進してくるオークの前に立ち塞がり、顔面に後ろ回し蹴りを叩き込んだ。

「グヒッ!」

俺の蹴りが顔面に入り、オークは金井戸の使っているデスクに突っ込んだ。
しかし、懲りずに立ち上がると軽々と机を持ち上げ、

「ジャマ!ブヒッ!」

こちらに投げつけてきた。

「のわっ!」

大きく激しい音が辺りに響き渡る。
俺は机をなんとかかわしたが、その中に入っていたものの一部が辺りに散らばった。

「お、おい!?一体、何事だ!?……ひっ!」

隣にいた男性社員の一人が顔を出すが、オークと部屋の惨状に小さく悲鳴を上げ、顔を引き攣らせた。

「おい!危ないからこっちに入ってくるな!」

俺が気を取られている隙に、オークは俺との距離を縮め、肘打ちをかましてきた。
こいつ、今までのオークより強い!

「ぐっ!」

なんとか防御したが、俺は壁に叩きつけられ、そのまま壁に押し付けられた。

「凱君!」

百合子が支援しようと俺に近づこうとする。

「待て!百合子!お前は金井戸さんから離れるな!」

俺の言葉に、百合子は動きを止めた。

俺はオークの腹に前蹴りを叩き込み距離を取るが、オークはぶつぶつと何かを呟くと、俺に向かって手を掲げ、素早く手と腕を下に振り下ろした。
その瞬間、俺の体に物凄い圧力が襲い掛かる。これは『重圧』の魔法だ。

「な、何?こっこいつ……魔法だと!?」

身動きの取れなくなった俺に追撃することなく、オークはニヤリと口元を歪めながら、窓際にいる百合子と金井戸に向かって両手を広げた。
まずい!
今の百合子は、魔法から身を守ることが出来る魔法『光の結界』を封じられている!
どうすれば!?
手を考えているうちに、あっと言う間にオークの両手の前に、巨大な岩の塊が出現し、

「二人とも逃げろ!」

「シネッ!サチコ!」

俺とオークのほぼ同時の叫び声と共に、巨大な岩の塊が百合子達に向かって放たれた!
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