鳥籠の中の執行者

蒼森丘ひもたか

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プロローグ

プロローグ 空見 凱

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この町には小学校に上がる前に引っ越してきたと話すと、クラスメイトから、外はどんな感じだったのか、どうやって来たのか、良く聞かれることがある。
正直、この町来る前の事は、ガキだったせいか、あまり覚えていない。

しかし、来た時の『あの出来事』は、つい先日の事のようにはっきりと覚えていた。
俺が危うく殺されかけたり、人生を変えるような出会いがあったり……
とにかく色んな事があった。
クソな思い出か、いい思い出かは仕分けし辛い出来事だが、思い返してみて頭に焼き付いた言葉がある。

「もしも、魔法が使えたら、どんな魔法をつかってみたい?」

大抵の幼い子供は、そんな問いに目を輝かせながら想像を広げ、思いついたことをニコニコしながら答えるのだろうが、今も昔も、俺、鷹空たかそら……いや、空見 凱そらみ がいにとって、忌々しい『呪いの言葉』でしかなかった。

そんな『呪いの言葉』を、初めて耳にしたのは、この日初めて会った叔父の口からだった。
この時の俺は、電車のロングシートに膝立ちになり、窓の外の風景を眺めていた。
見たことが無い場所の風景を見て、とてもワクワクしていたと思う。

そんな俺に、隣に座っていたオールバックの青い髪、切れ長の目、血色の悪い顔色の黒いスーツの、いかにも怪しい男が、夢丸出しの質問をしてきたのだから少し驚いた。

鷹見 蒼錬たかみ そうれん
俺の父親の弟……俺の叔父にあたる男との初めての出会いだった。

唐突な質問に、アニメか何かで見た黒い帽子とローブに身を包んだ老婆の姿、バカでかい頭の犬や猫などの動物たちが踊りまわっている姿が頭に浮かぶ。
魔法が何か、いまいち理解できていなかった俺には、叔父のこの時の質問に上手く答えることができなかった。

「んー……分かんない。」

蒼錬の方を向き、そう答えると、再び窓の外に広がる青空と田んぼに目を向けた。

「田んぼばっかりだね、どんだけのお米が出来るんだろう?」

そんなことよりも、今日の昼食は何が食べられるかの方が楽しみだった。
この時は、隣にいた不健康そうな叔父が、豪勢な飯を食わせてくれるのではないかと、少し期待していたと思う。

「ふふ、そうか、凱君は魔法には興味が無いか。
まぁ、君くらいの子供なら、魔法よりも美味い食べ物の方に興味があるだろうな。」

蒼錬は小バカにしたように鼻で笑った。
ああ、そうだ、思い出した。
このクソ叔父のせいで、俺はこの後とんでもない目に遭い、この日の昼食と夕食は病院で食う羽目になったのだ。
いかにも健康に良さそうな、味の薄い卵焼きと味噌汁の味は今でも覚えている。

そんなことになることも露知らず、山や田んぼ、畑だらけの牧歌的な風景を見ることに飽きた俺は、ふと車内を見渡した。
車内の前方には、大柄でサングラスをかけた黒いスーツの男が、後方には男と同じ格好をした長身の女が、ドアを塞ぐように控えていた。
今思えば、俺達が逃げようとしたときに、道を塞ぐ役目を担っていたのだろう。

「残念だけど、この子は魔法の素養は無いよ。」

俺の隣に座っていた鷹空 怜姫たかそら れいきが無感情に正面を向きながら答えた。
長い黒髪を後ろで結んだ、細身で色白の美人、俺の自慢の母親だ。

「ようやく口をきいてくれましたね、怜姫義姉さん。
気分はどうですか?」

叔父は、お袋に向けて気遣いの言葉を口にすると、お袋の少し膨らんでいるお腹に目を向けた。
お袋は、この時、俺の妹・蒼姫そうきを身籠っていた。
叔父の視線からかばうように、お袋は白いセーターに包まれたお腹を手で覆った。

「お前に心配される筋合いは無い。」

「妊娠しているのだから、大人しく着いてきて欲しいものですね。
貴女に、うちの部下が何人病院送りにされたことか……」

「いきなり取り囲んで『自分たちに大人しく着いてこい』と言う連中に、黙って着いていく訳が無いだろう。」

「そうでしたか……
紳士的に対応するように指示はしていたつもりだったのですが、申し訳ございません。」

蒼錬は謝罪を口にした。

そもそも、どういう経緯でこんな電車に乗り、血色悪い叔父なんざの隣に座って、魔法がどうのこうのと話をしていたのかというと、あの日、俺とお袋は家の近所の商店街に買い物に出かけていた。
その最中、俺達は黒いスーツの男3人にいきなり囲まれ、

「鷹空 怜姫。
その子と一緒に、我々と一緒に来て欲しい。
……言う事を聞かなければ……分かっているだろ?」

と男の一人が、俺に視線を向けた。
その瞬間、お袋は話していた男を上段蹴りでなぎ倒した。
蹴り倒した男の後ろにいた男達が、

「この野郎!」

と、慌ててて取り押さえようと向かってきたが、お袋はあっという間に残りの男も蹴り技で倒した。

俺のお袋は、そこそこ格闘技の世界で名が知れた存在だったから、たまに勝負を挑んでくる輩がいた。
だからといって本当に勝負に応じるのは色々と問題になるから、普段は説得して追い返すようにしていた。
しかし、この時のお袋は掴みかかってきた男達を躊躇いなく蹴り倒し、物陰に潜んで様子を伺っていた蒼錬が慌てて、

「ソーリーソーリー、乱暴はやめて欲しい」

とふざけた台詞を口にしながら出てきたのだ。
お袋に『父が、兄が』どうのこうのと、当時の俺にはよく分からない話をしてから、着いてきて欲しいと頭を下げた。
それに、おふくろが渋々従ったのだ。

それから黒塗りの大きな車に乗せられて1時間くらい乗ったと思う。
窓はカーテンに覆われ、外の様子を知ることは出来ず、退屈になった俺が外を見ようとカーテンをあけようとしたら、黒服の男に遮られた。

目的地に到着し、車を降ろされると、そこは地下の駅だった。
俺達はそこに停車していた黒塗りの電車に乗せられ、陰気な叔父と肩を並べていた、という訳だ。

「最初から、アンタが顔を見せていれば、余計な怪我人ださずに済んだだろうさ。
それよりもアンタ、確か市長なんだよね。
公務ほったらかしで、義理の姉と甥を出迎えるなんて、多少は人間らしいところもあるんだな。」

そう、皮肉っぽく、お袋が言うと、

「そう嫌わないで欲しいものですね。
奇遇ですが、うちの家内も妊娠していまして、私も、もうすぐ父親になります。
親として先輩である義姉さんを、おもてなしするのも一つの勉強だと思いましてね。」

「そいつはおめでとう。
しかし、アンタの心変わりなんて信用できないね。」

そう言うなり、お袋は俺の手を掴むと、少し強引に立ち上がらせ、叔父から一歩離れた。
それに合わせて蒼錬が立ち上がる。
今まで軽口を叩いていた男とは思えない、冷たい目をしていた。

「義姉さんは凱には魔力が無いと言ったが、父・蒼源そうげんはそう思っていないようだ。」

今までとは違い、冷たさを感じさせる威圧的な低い声……
これがこの蒼錬という男の本性だった。

「蒼源様が……やはり目当ては凱か」

そう呟いたお袋の顔からは血の気が引いていた。
いつもは、どこか飄々としているが、こんな顔を見たのは、この時が初めてだったかもしれない。
目の前の義弟・蒼錬に対してではなく、『蒼源』という存在が、俺に興味を持ったことに恐怖を抱いていたのだ。

「本当は直々に父が出向く予定だったが、私が出迎えさせて欲しいと頼んだ。
凱も、そのお腹の子も、鷹見家……私達に災いを呼ぶかもしれないからな。」

蒼錬が手を俺達に向けると、お袋の腕と脚に小さな風の渦が巻き付いた。

「くっ……」

「母ちゃん!?」

あの時はまだ幼かった俺も、小さな風の渦が、お袋の身動きを取れなくしているのだと直感的に理解した。

「あらかじめ『風枷かぜかせ』の魔法を、そこの札に仕込んでおいた。
しかし、こんなに簡単に拘束できるとは思わなかったな。
空見流格闘術そらみりゅうかくとうじゅつ空術師範くうじゅつしはん』の名が泣くぞ?
それとも、やはり身重だと勘も鈍るものなのかな。」

いつの間にか、自分達の周りを黄色い札が取り囲んでいた。

鷹見家の家系魔術の一つ『符術』だ。
札にあらかじめ魔法や式神(妖怪や魔獣)を仕込んでおき、少量の魔力を込める、呪文を唱える等、発動条件を札ごとに与えておくことで、即座に魔法を発動させることが出来るのだ。

俺は咄嗟に、おふくろを自由にするため拘束しているであろう風の渦に手を伸ばそうとした。

「凱、それに触るな!」

俺はお袋の怒鳴り声で、風の渦から反射的に飛び退いた。
そして、どうしていいか分からない俺は、元凶である蒼錬を怒鳴りつけた。

「おい!母ちゃんを放せ!」

蒼錬はチラッと腕にした時計に目を向け、次に俺に冷たい視線を向けた。

「どうやら蒼次も怜姫も、お前に魔法のことは詳しく話をしていなかったようだな。
まぁ、どうでもいいことだ。

さて、凱よ。
これから私はお前と、お前の大事な母ちゃんを真っ二つにしようと思う。」

そういうと俺たちに手の平を向けた。

「待ちな蒼錬!
これは蒼源様の意志なのか!」

お袋の怒声が列車内に響く。
蒼錬は考えるように顎に手をやると、すぐに口元をニヤリと歪め、

「義姉と甥が激しい抵抗をしたため、部下の安全を考え止むを得ず……
で、理由はつかないかな?」

この時、俺は蒼錬から、言いようもない圧を感じ始めていた。
それと同時に、周囲の空気の流れの不自然さに戸惑いを感じていた。

抵抗しなければ、お袋も俺も殺される。
そう、直感的に思った瞬間、俺の体は自然に動いていた。

「うわあああああああ!」

俺は叫び声を上げながら蒼錬に飛び掛かる。

「なんだと!」

蒼錬の驚いた声。
自分でも驚くくらい凄まじい速さだったと思う。
しかし……次の瞬間、俺の体を『何か』が袈裟がけに切り裂いた。
俺の体から血が噴き出し、同時に体に衝撃が走る。
風の力で対象を切り裂く『風刃ふうじん』の魔法だ。

「痛っ!」

「凱っ!」

風の渦の拘束が解けたのだろうか、お袋が俺に駆け寄り、ハンカチで傷口を押さえた。
圧迫感と共に痛みが走る。

「まさか立ち向かってくるとは、幼いのに母親譲りの闘争心だな。
それに……」

蒼錬は驚きの表情を見せ、自分の頬に触れた。
俺がやったのか分からないが、蒼錬の頬は刃で切り裂いたように血を流していた。

お袋は最初、泣きそうな顔をしながら、俺の傷口を抑えていたが、
傷が深くないことを知ったのか安堵の表情を浮かべ、蒼錬の方を睨みつけた。
睨まれた蒼錬は両手を挙げ、

「申し訳ない。凱、義姉さん。
これはちょっとしたテストだったんだ。」

「テスト……だと?」

お袋が蒼錬に凄む。
確かに蒼錬から、今まで感じていた圧迫感が消えていた。

「凱の傷は見ての通り浅いでしょう?
それに、治療の手筈は整っていますから……」

蒼錬がそう言うと、ちょうど電車が止まった。
どうやら、目的地に着いたらしい。
ドアが開き、

「お願いできますか?」

蒼錬が外の誰かに声をかけると、パタパタという足音と共に何者かが列車に走りこんできて、倒れている俺に駆け寄ってきた。

そして、石鹸の香りと共に、俺の顔を栗色のふんわりとしたものが撫でた。

「今、治療をしますね。」

栗色の長い髪、白いワンピースに身を包んだ少女が、俺の体にある傷口のあたりに手をかざすと、傷口が光に包まれる。

「お、お前は……」

「しゃべらないで……安心して下さい。
私は百合子ゆりこと申します。
貴方の治療を任されている者です。」

今まで出会ったことのない美少女だった。
これが俺の、仕事の相棒となる『小夜啼 百合子さよなき ゆりこ』との初めての出会いだった。


そんな邂逅をぶち壊すように、叔父のご機嫌な声が聞こえてきた。

「ようこそ、鳥飛光市とばいひかりしへ。我々、鷹見家は貴方達を歓迎する。」

緊張感から解放された俺は、暖かい光に包まれながら気を失った。

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