鳥籠の中の執行者

蒼森丘ひもたか

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第一話

胎動する闇⑥

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鳥飛光警察署 留置場


小さな窓と鉄格子に仕切られた一室。
一人のリーゼント頭の少年が、脚を抱えて震えながら蹲っていた。

少年の名は杉野 修一すぎの しゅういち
凱を襲った5人組のリーダーで、鳥飛光市の不良高校として悪名高い『鳥飛光市立北山高等学校』に通う高校3年生だ。
校内ではもちろん、住んでいる北山町でも札付きのワルとして有名だった。

修一は今までも補導された経験が何度もあったが、今回はいつもと状況が違っていた。
下っ端の警官から説教されて終わるのかと思ったが、最初から高圧的な刑事5人に囲まれ、未成年者への配慮が一切無い、酷い取り調べを受けた。
それに、いつもは決まって母親が迎えに来るが、今回はそれもない。

修一は警察に捕まった朝から夕方の4時まで、ずっと取り調べを受けていたが、これ以上、取り調べても何も出ないだろうと判断されたのか、ようやく解放され、署内にある留置場に入れられた。
凱を一緒に襲撃した仲間達が、どうしているのかも分からなかった。
取り調べの時に殴られた頬が腫れて痛むが、それ以上に、これから自分はどうなるんだろう、という不安と恐怖に、体が震えて仕方が無かった。

『ガキのうちに、シャバに出られると思うなよ』

取り調べが終わった後、凄んできた刑事の言葉が、ずっと耳から離れない。
最初は、ここを出たらマスコミにでも駆け込んでやろうと思っていたが、そんな気持ちは、とうに失せていた。

「……おふくろ、なんで迎えに来ないんだよ。」

弱気になったのか、思わず母を呼んでしまう。

「不思議だねぇ。
いつもは、お母さんのこと、邪険にしているくせに……」

どこからともなく、少年の声が聞こえてくる。
この声には覚えがあった。
顔を上げ、鉄格子の方に目を向けるが、今は入口の前に見張りの警官は居ない。
修一は不安げに、辺りを見回した。

「後ろだよ。」

その声に勢いよく後ろを振り返ると、黒いフードで顔を隠した少年が宙に浮いていた。
一体どこから、どうやって入った?
当たり前の疑問が頭を占める前に、修一の不安感は怒りに転じた。

「あ…あ…ああッ?てめぇ!」

昨日の夕方、駅前で仲間と遊んでいたところに、この少年が声をかけてきたのだ。

『東が丘中学校に通う、鷹空 凱たかそら がいを襲撃して欲しい』と。

「てめぇのせいで、こんなことになっちまったぞ!
どうしてくれんだ!ああ?」

怒りで、自分が留置場に居ることを忘れた修一は、怒鳴り散らしながら少年に掴みかかろうとする。
しかし、ひらりとかわされ、畳の上に転がった。

「おいおい、それは逆恨みだね。
危ない仕事にリスクは付きものさ。
それに、昨日はお金を見て、皆であんなに喜んでいたじゃない。」

フードから除く、少年の口元がニヤリと歪む。

「ふざけんな!5万円と違法魔道具じゃ安すぎだ!」

修一達は半年前から遊ぶ金欲しさに、鳥飛光駅前の繁華街を中心に、ひったくり、それにサラリーマンや中高生を脅して、金を巻き上げたりしていた。
しかし、派手にやりすぎたせいで、鳥飛光駅周辺の警官の巡回が厳しくなり、強盗をするのが難しくなっていた。
そこに、この偉そうな少年が、黒いローブを着た男二人を引き連れ、依頼を持ちかけてきたのだ。

それなりに、危険な修羅場を潜り抜けてきた修一の勘が、

『その金には手を出すな』

と警鐘を鳴らしたが、金が手に入って喜ぶ仲間達の手前、情けないことは言い出せなかった。

「折角、依頼を遂行しようとしてくれたのに邪魔が入ってね。
君たちの雄姿を見届けられなかったし、助けることが出来なかったんだよ。
ごめんねぇ。」

少年は手を合わせて、謝る仕草を見せてきた。

(このクソガキ、完全に俺の事をナメていやがる。)

修一は、この生意気な少年を思う存分ぶん殴ってやりたいが、音もなく留置場の鉄格子を潜り抜け出来る魔道士になどに、自分が太刀打ち出来ないことは分かっていた。
ならば、出来る限り言葉で憂さ晴らしをするしかない。
無論、危害を加えられない程度にだが……

「ヘッ!余裕かましているけどよぉ、お前らのこと、ポリ公に洗いざらいゲロったぜ?
それに、あの違法魔道器も持っていかれたからな。
あれで足が付いて、お前らが捕まるのも、時間の問題じゃねぇか?」

「ふーん。別にいいけどね。
それぐらいのことで、『僕ら』のことを捕まえられるわけないからさ。
……それよりもさ、なんで僕が君の前に現れたか分かるかい?」

少年は修一を挑発するように、顔を突き出して口元に笑みを浮かべた。

心底気に食わないガキだ。
修一は舌打ちをすると、少年を睨みつけた。

「失敗したんだから金を返せ……じゃねぇよな?」

もし、そう言うなら、成功報酬にしろ、と言いたい。
しかし、そもそも依頼は鷹空凱の襲撃であって、結果は求められていない。
修一は自分の中で屁理屈を並べた。
そうしていると熱くなっていた頭が急に冷め、一つの不安が修一の頭をよぎる。

(こいつ、まさか……俺を始末しに来たんじゃないだろうな?)

そう考えた途端、修一の額に急に冷たい汗が流れ始め、更に呼吸は荒くなり始めた。

(待て、落ち着け、こいつが俺を殺したところで、今更何になる?
いや、だったら何故、俺の前に現れた?)

とにかく、修一は恐怖していることを悟られないよう少年を睨みつけ、精一杯の警告をする。

「手荒な事するつもりなら、大声を出すぜ?」

「どうぞ、どうぞ。
いくらでも大声を出していいよ。
この警察署の皆様には、深ーい眠りについてもらっているからさぁ。」

少年の低い声に、修一の恐怖心は一気に限界を超え、咄嗟に後ろにあった鉄格子にしがみ付き、ありったけの声で助けを呼んだ。

「こ、ここ、こっちに来るなぁー!殺されるっ!
誰か!誰か助けてくれぇー!」

少年は自分の口元を手で押さえ、プッと吹き出して笑った。

「君ねぇ、今の話を聞いていなかったの?
留置担当官だけじゃなくて、署内のおまわりさん全員に眠ってもらっているから、ここに来ることはできないんだよ。」

少年はスッと一瞬で、修一との距離を詰めると、修一の頬に手を当てた。

「落ち着いてよ。
怖がらせるつもりは無かったんだ。
杉野 修一君……『僕ら』は“昔から”君に期待をしていたんだよ。
だから、こうやって、君を助けに来た。」

「お、俺にき、期待?
俺を助けに、だと?
ウ、ウソ、言うんじゃねぇ……」

それは、心の奥底では自己肯定感の低かった修一にとって、予想外の言葉だった。
自分のような虫けらに、そんな価値があるのか?
幼い頃から劣悪な環境に置かれていた修一の自尊心は、とうの昔に失われており、自分に価値など無いと、自然と考えるようになっていた。
今までは自分を持ち上げるような言葉を本気にすることは無かったし、それを口にする人間は、自分を罠に嵌めようとしたり、利用しようとしているのでは無いかと真っ先に疑った。
しかし、今は不思議と、そんな気持ちは沸きあがってこなかった。
先ほどまで、憎悪と恐怖心を抱いていた相手にも拘わらずだ。

それどころか、少年の優しい声と頬を優しく撫でる手に、修一の恐怖心と警戒心が少しづつ和らいでいく。
そもそも、目の前にいるのは『少年』なのだろうか?
フードから伸びた艶のある黒い髪、透き通るような白い肌、濡れたピンク色の唇。
それに気分が落ち着く、とても良い香りがするのだ。

「落ち着いてきたかい。
少し君の、昔の話をしようか。
君が10歳の時に出来たお父さん、とても酷い奴だったよね?」

その言葉に修一は、苦く辛い日常を思い出す。

(10歳……あの頃は本当に辛かった。
でも、何故、こいつがそれを?)

修一の頭が、再び不安に支配され始める。

「新しいお父さん、君や君のお母さんに暴力振るって酷い奴だったよね。
……君が怒って殺しちゃったのも無理は無いよ。」

少年の『君が怒って殺しちゃった』という言葉に、修一の頭の中は真っ白になった。
再び、体中から冷たい汗が流れ始め、呼吸が荒くなり始める。

「はぁ、はぁ……な、なんで、そ、それを……」

記憶の奥底に封印し、忘れていた過去だった。


杉野修一は元々、『表の世界』の東京で暮らしていた。
家族は母親だけという母子家庭。
母は親、親戚との中が冷え切っていたため支援も無く、いつも貧しかった。

修一の母は感情の起伏が激しく、まるで二重人格者のような人で、優しい時もあれば荒れて修一に手を上げることも度々あった。
その気質により引き起こされるトラブルは、家の中だけに留まらず、近所や会社にまで及んでいた為、修一の母の評判は最悪だった。
会社に居づらくなって退職したり、クビになる事も多々あって、後に結婚するまで、職を転々としていた。

劣悪な家庭環境に追い打ちをかけるように、修一は小学生の頃、同級生達から酷いいじめを受けていた。
同年齢の子に比べて体が小さいことや家庭環境を理由に、酷い暴力を受けることも度々あった。

修一が10歳になる頃、修一の母親は、当時の勤め先の上司と結婚することになった。
父親がいないことを馬鹿にされた経験がある修一にとっては、とても喜ばしいことであったが、現実はそんなに甘くなかった。

新しい父の家に引っ越してから、一か月経ったある日、継父は『修一が自分を馬鹿にしている』という事実無根を理由に、暴力を振るい始めたのだ。
父親という存在と、どう向き合えばよいか分からずに戸惑っていたのは確かだが、決して馬鹿になどしてはいない。
完全な難癖で、今思えば修一を虐待するための口実だったのだろう。
貧困生活に逆戻りしたくない理由もあってか、修一の母は息子が夫に暴力を振るわれるのを、見て見ぬふりをした。

更にひと月経つと、修一の母の掃除の仕方が酷いという継父の一言がきっかけで、夫婦喧嘩が始まるようになった。
流石に力では男に敵わず、修一の母は喧嘩の度によく殴られた。
その度に頬を腫らし、修一に泣きながら愚痴をこぼすが、その愚痴に強い共感を示さないと、今度は修一が母に殴られた。
また、継父は酒好きで酒癖も悪く、酔ったタイミングで虐待や夫婦喧嘩が始まると、修一や修一の母に対する暴力も激しさを増した。

しかし、地獄のような生活に耐える心にも限界は訪れる。
修一が小学6年生となった年の夏休み、8月の夜のことだった。
酒を飲んで酔っぱらった継父が母と喧嘩を始め、継父が母の腹の辺りを蹴り上げたのが引き金だった。
頭に血が昇った修一は、台所にあった漬物石を掴むと、継父の頭を背後から思いっきり殴打してしまったのだ。
継父は、血だらけになりながら何が起こったのか理解できぬまま、修一の方を振り返った。
怒りに我を忘れた修一は鬼のような形相となり、獣のような咆哮を上げ、継父の頭にもう一度、漬物石を振り下ろした。
更に修一は、石で頭を殴られたことにより意識が朦朧としている継父に馬乗りになると、漬物石を何度も何度も、力の限り振り下ろした。

「ぐげっ!しゅ、しゅういち、やめてくれ、し、しんじまう」

今まで散々自分と母を苦しめてきた男だ。
いくら哀願し苦痛の声を上げようとも、許してやろうなどと、どうして思えるのか?
それどころか、継父が苦痛の悲鳴を上げる度に、石で殴打する度に、歯が折れ、目が潰れ、肉片と血が飛び散る度に、修一の心は今まで経験したことがない喜び、楽しさ、充実感に支配されていった。
獣のような怒りの咆哮は、いつの間にか笑い声に変わっていた。

今思えば、止めにすら入らなかった母親は、この時どうしていたのだろうか?
その時の状況に恐怖していたのか、それとも喜んでいたのか、それは知る由もない。

しかし、修一はこの出来事を機に、大人というものは、母も含めて、自分の事など守ってくれず、全く当てにならない、信用ならない存在だと悟った。

そして『力こそが全て』ということを。

やがて、何度殴打したかは分からないが、継父の顔が見る影も無く、ぐちゃぐちゃになり、苦痛の呻きも、荒々しかった呼吸も止まった頃、修一はようやく血と肉片のこびり付いた漬物石を手から離した。

修一は、それからの事をよく覚えていない。
母から強く抱きしめられたこと。
知らない黒いコートを着た男にビジネスホテルに連れていかれ、一人で宿泊したこと。
それくらいしか記憶に無いのだ。

その後、殺したはずの継父は、家の近所の電柱に車で突っ込んで事故死したことになっていた。
自分が継父を殴殺したのは夢で、事故死したのが真実だと、自分に言い聞かせた。

この日を境に修一は、内に秘めていた暴力性を開花させた。
手始めに、自分をいじめていた同級生を全員半殺しにしたり、自分達を邪険にしていた引っ越し前の近所の住人を襲撃したり、年上の中学生を相手に喧嘩をするようにまでなっていった。
更に、今まで従っていた母に対しても反抗的になり、親子喧嘩も度々起こるようになった。
修一の評判は、複雑な家庭環境の可哀想な子から、手の付けられない悪ガキへと180度変わってしまった。


親子共々、近所や継父の親戚からも疎まれて、死んだ継父の家に居づらくなった修一の母は、渋々、何者かの伝手を頼り、修一が中学生に上がると同時に、鳥飛光市に引っ越しすることにしたのだった。

しかし、修一も、修一の母も、魔法の素養は高いとは言えなかった。
魔法の素養が無い者が差別を受ける……
鳥飛光の一部の人間の、歪んだ慣習にさらされることになってしまったのだ。
凱に放った魔法が、そこそこ強力だったのは、違法魔道器の力に過ぎない。

修一は、新しく越してきた鳥飛光でも、落ちこぼれの烙印を押されたことにより、それが更なる暴力行為や犯罪に走らせる要因となってしまった。
そして、今に至る。

「いや、待てよ。
あの、ろくでなしを殺したのは俺じゃない。
あれは夢だ!そうだ、そうだろ?」

狼狽える修一に少年が耳元で囁く。

「違うよ。あれは現実。
『僕の仲間達』が君のお母さんに頼まれて偽装したんだ。
それに、君たちが鳥飛光に引っ越し出来たのも、『僕の仲間達』の手引きによるものだよ。
笑いながら人を殺すことができる、君のような人間は、いつか利用できると思っていたからね。」

少年は修一の手を掴むと、どこから取り出したのか、継父を殺すために使った血塗れの漬物石を、修一の手の上に置いた。

「これは、その仲間達から預かったものだ。
君に返すよ。」

「ひいっ!
こ、これは……あの時の!?」

修一の手に、あの日の感覚が蘇り、漬物石を持ったまま膝から崩れ落ち座り込んだ。

「別に君は悪くない。
世間はいつも君たちに冷たかった。
『平等で公平な世の中を』といいつつ、君たちはいつまでも救われずに見捨てられていた。」

「俺達は……見捨てられていた?」

「そうだろ?
君が辛いときに、誰か助けてくれたかい?
実の母親でさえ、君が理不尽な暴力を振るわれていても助けてくれなかった。
見返してやろうじゃないか。
君を虫けら扱いし、見て見ぬふりをした奴らを……
奪い殺し、奴らに君が味わった地獄、屈辱を味合わせてやろうよ。」

少年の声が、修一の弱った心をゆっくりと満たしていく。

「そうだ……なんで俺ばかり辛い酷い目に遭うんだ。
あの野郎は殺されて同然のクズ野郎だった!
それに、どいつもこいつも俺の事を見下して馬鹿にしやがって……
ぶっ殺す……ぶっ殺してやる!」

修一は、継父を殺した時のように獣のような怒鳴り声を上げると、怒りに任せにて血塗れの漬物石を壁に叩きつけた。

「うんうん。
気合十分だね。
……そろそろいいかな。」

少年が宙に手をかざすと、宙に剣が浮かび上がる。
銀色に輝く長い刀身と宵色の柄、それに緑色の光る石に装飾された美しい剣。

この剣は『降魔の剣』

鷹見家が護る東流神社に納められていた、降魔の神器の一つである。

「喜ぶといい。
君の事を、とても強い御方が気に入ってくれた。
降魔の神器の中でも、最強と言われている降魔の剣でなくては、君の中に、その御方を上手く留めることが出来ないかもしれないんだよ。」

しかし、この時には既に、少年の声は修一の耳に届いていなかった。
修一は自分の体に、とても強い力が纏わりついてくることに気を取られていたのだ。

『その飢えた心、この俺に委ねろ。
その乾いた魂を存分に満たしてやろう。
……あの継父を殺したときのように。』

「お、お前は誰だ?」

『俺はお前を救う者だ。
修一よ、良く聞くがよい。
お前は今まで、どれだけの理不尽に耐えてきた?
幼い頃は、同級生や大人達に馬鹿にされ、蔑まれ、誰からも理不尽に暴力を受けた。
母親ですら、お前の事を邪魔者扱いしていたのだぞ。』

「ああ。俺は、同級生から、先公からも馬鹿にされ、母からも邪魔者扱いされてきた。
……ずっと我慢してきたんだ。」

『しかし、お前は自らの心に正直になり、血のつながらない父親を殺した。
お前は自らを、それまで大切だと思っていた母を守り、自分の未来を切り開いた。
そして、似た境遇の者達に、お前は希望を与えた。
お前は誠に強き者だ。』

修一の心の中に、自分に優しくしてくれていたときの母が、自分を慕ってくれている仲間達の顔が浮かんできた。

「そうだ。
俺はかけがえの無いものをこの力で守り!この力で仲間を、欲しいものを手に入れてきた!」

『お前を苦しめる敵は、善人面をして自分達に都合の良い偽善を並べ立て、お前を、お前の友を亡き者にしようとする外道共だ!

『人に優しく』『暴力は振るうな』……くだらん戯言だ!
そんな外道共から擦りこまれた偽善など、とっとと捨て去ってしまえ!
それは、お前を不幸に留めるための忌々しい呪いにすぎん!
俺と共に、持つ者から富を奪い、心の赴くまま殺し、食い荒らしてやろうぞ!』

「奪い……殺し……食う……」

『俺と一つになるのだ!
さすれば、お前は何者にも負けない強き者となる。
俺と共に、この国を支配する王となるのだ!』

修一は目を見開くと、ニヤリと口元を歪め、

「ああ、俺に何者にも負けない力をくれ!
ムカつく奴らを、馬鹿にする奴らを皆殺しにできる力を!
そして、暴力に身を委ねる度に、心のどこかに感じる罪悪感からも解放してくれ!」

修一の体から黒い瘴気が立ち昇り始め、それを見た少年もニヤリと笑う。
それは修一が、人間・杉野修一と決別する準備が出来たことを意味していた。

「契約成立……だね。」

少年が修一を指差すと、浮かんでいた降魔の剣が、修一の頭上にゆらゆらと移動した。
次に、剣がくるりと回転し、その刃の先端を修一に向けた後に静止すると、修一の体から立ち昇る黒い瘴気と、降魔の剣が交わり始めた。

「黒き闇の神よ!この強き魂を持つ者・杉野 修一に、かつて賊と虐げられし神を降ろし給え!」

少年は、そう高らかに唱えると、勢いよく手を振り下ろす。
すると、修一の脳天に降魔の剣が深々と突き刺さり、あっという間に股を貫通した。

「ほんげええええええええええええええええ!」

修一は苦痛の叫び声を上げながら、体中から血を噴き出し、畳の上をのたうち回る。

「声帯貫いたのに、面白い叫び声をするものだね。
さて……うまくいくかな?」

少年は、まるで、くじ引きの結果を待つように、修一が苦しみもがく姿を、満面の笑みを浮かべながら見下ろしていた。

やがて、それが10分ほど続くと、修一はぴたりと動かなくなった。
今度は体がバキバキと音を立てながら、大きく膨張し始める。
どちらかと言えば小さかった修一の体は、見る見るうちに倍以上に膨れ上がっていく。

急激に、僅かな時間で、あっという間に大男と化した『修一』は、ふらりと立ち上がった。
しかし、天井に頭をぶつけてしまい、自分の体を見回した。

「ふぅううううう……
ああー……窮屈な体だなぁ」

修一は身長だけでなく、体もボディビルダーのような筋肉に覆われていた。
少年は修一の前に立つとニコリと笑みを浮かべながら声をかけた。

「久しぶりの体はどうです?気に入りましたか?」

「……脆弱だが、背に腹は代えられんからな。
ところで、小僧、お前の名は?」

『修一だった者』の問いに、少年は被っていた黒いフードを脱いだ。
白い肌とサラッとした黒髪、血のように赤い瞳をした美しい少年だった。

「僕は鶯黒 悠おうぐろ ゆうと申します。
シュテンドウジ様、あなたの御力を我々にお貸しください。」

シュテンドウジ。
平安時代、京の都を荒らしてまわった、最強の鬼の名だ。

修一の体を得たシュテンドウジは、首の辺りをボリボリと掻きながら、悠の問いに首肯した。

「うむ。分かっておる。『契約』だからな。
それよりも鶯黒とやら、美味い酒と食い物のある場所を教えてくれ。
力を取り戻すために腹ごしらえをせねばならん。
俺の好きな『食い物』が何かは……分かっておるな?」

「うってつけのところがありますよ。
それに『食事』にはちょうどいい時間です。
貴方の言う、美味しい食べ物も沢山ありますから。」

悠がニヤリと笑った。

「そうかそうかぁ!……期待しておるぞ!」

シュテンドウジはニンマリと笑みを浮かべ、口の端から涎を垂らし、舌なめずりをした。
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