鳥籠の中の執行者

蒼森丘ひもたか

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第一話

胎動する闇⑦

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鳥飛光駅


夕方5時、空の色が紫色に染まり始めたころ。
俺、空見 凱は鳥飛光駅に、ある任務のため訪れていた。
ここは鳥飛光市の中心部だ。
鳥飛光は自然の多いド田舎といった風景も多いが、それでも駅周辺は繁華街ということもあり、昼夜問わず人通りも多く、大きなビルが、いくつも立ち並んでいた。

『表の世界』の都会の駅と違うのは、一日の列車の運行が少ない鳥飛光線の改札口は、列車がしばらく来ないこともあって、それほど賑わっておらず、代わりにバスターミナルやタクシー乗り場に人が集まっているところだ。
もちろん、人々を乗せたバスやタクシーが頻繁に行き来している。

昼間に、駅の近くにある鳥飛光神社が爆破された時は、この辺りも騒然としていたらしいが、その騒ぎは既に治まっていた。

今、俺の視線の先にある大きなビルには、大型のテレビが設置されており、そこには鳥飛光市市長である蒼錬のおっさんが開いた、緊急会見の様子が映し出されている。

放送の内容は、昼過ぎの緊急会合で決まった、

『高校生以下は夕方5時以降、大人でも夜8時には外を出歩くことを禁止する』

という外出制限だ。
その理由は、市内で起こった神社爆破テロ行為が関係しているとだけ伝えられた。
夜は化物が闊歩しやすくなる事を伝えると、大きな混乱を招く恐れがある為、とりあえず伏せて伝えることとなったのだ。
一部の人は、脚を止めて大型テレビに見入ったり、放送の内容について、友人や同僚らしき人同士で話をしている様子も見受けられた。

俺は中学二年生ということもあり、市の決めた通りに早く帰らなければならない。
……なんて、言いたいところだが、残念ながら俺はそのルールからは外れているのだ。

「本当に、こんなところにいるのかよ……」

俺は早速、ある『捕獲任務』のため、改札口の隣にある駅ビルの壁を背に、座り込んで待機していた。
見つめる2m先には、要が用意した害獣捕獲用の檻と、その中には俺の秘蔵の水着娘満載の、グラビア雑誌が置いてある。
傍から見れば、さぞ間抜けな光景だろう。

俺は、要のおっさんから手渡された捕獲対象の写真を、ポケットから取り出して確認した。
精悍な顔つきをしたドーベルマン……こいつがこの捕獲任務のターゲットなのだ。
しかし、本当にこの犬が、こんな罠にひっかかるのだろうか?

俺は、俺にこんな恥ずかしい思いをさせてくれている、要との会話を思い出していた。


一時間前の鷹見邸の大広間にて……。

一方的に降魔の神器奪還任務を押し付けらえた俺は、朱王の爺さんや小夜啼、雀木のおばさん達から弄られ、励まされ、グッタリとしていた。
ちなみに闇華のおばさんは会議が終わると、さっさと帰り、蒼錬も蒼安も、いつの間にか居なくなっていた。

叔父の二人は忙しい立場にあるし、夕方の市民に向けた会見準備もあるから、さっさと仕事に戻るのは当たり前の行動に思えるが、俺に何か言いたいことは無かったのだろうか?

「凱、早速だが、一つ仕事だ。」

要のおっさんが、座り込んでいた俺に一枚の写真を渡してきた。
キリっとしたドーベルマンの写真だった。

「ん、なんだ?このカッコいい犬は……」

「『魔具探知犬』だ。
異能系犯罪捜査のために駆り出される、魔法具が秘めている魔力に、鼻が利く特別な犬だ。」

「ああ、魔具探知犬ねぇ……
それなら、鶴星の家で何度か見たことがあるぜ。」

その『魔具探知犬』はとても貴重な存在で、鳥飛光市に16匹しかいないと聞いている。
鶴星家では、その魔具探知犬や警察犬、その指導手育成のための訓練所運営を、事業の一つとしているため、鶴星家との付き合いが長い俺は、魔具探知犬を目にする機会が何度かあった。

「探知系の魔法は色々あるが、精度の高い魔法は魔力も多く消費するし、準備に時間のかかるものも多い。
それを考えると、魔具探知犬の探知能力は、魔法具に分類される降魔の神器探しに打って付け、というわけだ。」

確かに、探知魔法どころか魔法自体使えない俺にとって、魔具探知犬のサポートは大いに助かる。

「それで、この犬を貸し出してくれるという訳か?」

「いや、その犬が脱走したので、捕まえてくれという依頼だ。」

「知るかっ!」

俺は即答すると、写真を放って畳の上に寝転んだ。
そんなもん自分達で探すか、探偵にでも依頼しろという話だ。

「話を最後まで聞け。
探して捕まえれば、その犬を無償で貸してくれることになった。」

「その話、本当か?
数少ない魔具探知犬を簡単に貸し出すなんて、随分と気前のいい話だろ。
警察はこういうことに融通の利かないイメージがあるんだが……」

「鳥飛光市の警察は、鳥飛光公安委員会の管轄下にある。
つまり鳥飛光魔術4公家や鶯黒、小鳥遊家の意向で、どうにでもなるからな。」

さっきの大広間に居た面々か。
早速、警察に俺達に協力するように働きかけたのだろう。

「だとしても、俺は犬探しなんてしたことないぜ。
やっぱり、そういうのが得意な探偵とかに依頼したら?」

すると要は、

「そこなんだが……
我々には予算が……つまり金が無いのだ。」

と真顔で宣う。

「あのクソジジイ……
俺達に神器を奪還させるつもりがあるのか?」

「安心しろ。
この犬は何度も脱走し、いつも決まった場所で捕獲されるようだ。」

「そういうものか?
いやいや、待てよ。
そんなことよりも、脱走を何度もしているだと?
捕まえたとしても、そんな犬が使い物になるのか!?」

「フッ。
手懐ける方法はあるさ。
それに捕獲の方法も既に考えてある。」

珍しく要のおっさんは、得意げに笑みを浮かべた。
こいつは信頼できそうだ。



……
………回想終わり。

で、この状況というわけだ。
道行く人が、俺に向ける視線が痛い。

そもそも、何で犬を釣る餌が女の子の沢山載ったグラビア雑誌かというと、写真の犬は人間の女の子が大好きらしい。
しかも、ミニスカートを履いた女子大生やOLが大好きという、とんでもない変態犬なのだ。
しかも18歳未満には一切興味を示さないという、こだわりも持ち合わせている。
女なら見境なく擦り寄るようなアホ犬で無いことだけが、唯一の救いだった。

以前、こいつが警官に捕獲されたときは、駅前のゴミ箱に捨ててあったH本を漁っているところを御用になったらしい。
なんとも情けない場面だったことは、想像に難くない。

しかし、こんな凛々しい犬がねぇ……
犬も見かけによらないものだ。

そこで件の犬が、雑誌の表紙にある童顔巨乳水着娘に釣られて檻に入ったら、俺の手にある紐を引くことで、檻の扉がガシャンと降りて捕獲成功!という作戦だ。
せめて犬が入ったら、自動で扉が閉まる檻は用意できなかったものか……
そうであれば、こんな恥ずかしい思いをせずに済むのによ。

要のおっさんの、あの得意げな笑みは、全く信用できないものだという事が分かった。
奴は蒼源のジジイの、優秀な右腕じゃなかったのか?

とりあえず、交番のおまわりさんに話は通してあるから、不安なく仕事に集中出来る……訳が無い。
今も、近くを通りかかった女子高生の二人組が、俺のこの姿を見るなり、『何あれ?超ウケる~』と大笑いしながら通り過ぎて行った。
思春期真っ只中の俺には、とても辛いものがある。

「畜生……帰りてぇ……」

しかも今日は、蒼姫と蒼彦の誕生日。
皆がうちに集まって、お誕生日会をやることになっているのだ。
俺の足なら、ここから15分もあれば家に帰れるから、開催時間の15分前までは粘ってみるか。
そんなことを考えていると……

「きゃっ!なに、この子!?」

女の子の小さい悲鳴が耳に入ったので、俺は咄嗟に駅ビル前の広場に目を向けた。

「がう!わんわん!」

柴犬くらいの大きさの垂れ耳で丸っこい犬が、ミニスカート姿の若い女性の眩しい太ももに触れようと、その女性を二足歩行で追い回していた。

「な、なんだ?あいつは?」

俺が捜している犬では無いが、鼻の下を伸ばし、口からだらしなく涎を垂らしている姿は、スケベ親父そのものだった。
出来れば関わり合いになりたくないが、放ってはおけない。
何より、あの犬の存在は、明らかに俺の仕事の邪魔になる。
俺は檻から離れ、女性と犬の元に向かうと、

「ほれ、こいつをやるから、そのお姉さんから離れな。」

犬の前に腰を降ろし、あらかじめ買っておいた高級ドッグフードの缶詰を犬の前に突き出す。
もちろん、要の金で買ったものだ。

「うぅ?……わんわん!」

しかし、このブサイクな犬コロはドッグフードを一瞥しただけで、再び女性の太ももに飛びつこうとする。

「だから離れろと言っているだろうが!」

俺は咄嗟に犬の胴を両手で捕まえ、ひょいと持ち上げるが、犬は俺の手を振りほどこうと激しく暴れ始めた。

「ぐるるるる!わん!わん!がう!」

こ、こいつ、小さい割に力があるな。

「おい!やめろ!暴れるな!
おい、アンタ、いい、今のうちに逃げてくれ!」

俺は、もがく犬をなんとか抱えながら、ミニスカート姿の女性に、ここから逃げるよう促した。

「え、ああ、ありがとうございます。」

女性は俺に礼を言うと、パタパタとその場から走り去った。

それを見届けている隙に、犬は俺の腕から脱出し、くるんと一回転して着地し、俺の方を向き直った。

「おっ!お見事。」

俺は思わず拍手をしてしまうが、相当お怒りのようで俺に向かって吠え始めた。

「がるるるる!わん!わん!うう!わん!」

いい太もも娘を見つけたのに、お前、何してくれたんだワン!
といったところだろうか?
……仕方が無い。

「そんなに怒るなよ。
ああ、分かった、分かったよ。
俺もお姉さんのいい太ももを見れたし、お礼にいいモノを見せてやるから付いてこい。」

俺は檻の方を指差す。

「が、がう?」

犬っころは警戒して後退る。

「お前をあの檻に入れるつもりはねぇよ。
お前が好きな女の子のグラビア雑誌を貸してやる。」

俺は一人、檻の近くに戻ると、座っていた場所に置いてあった白いビニール袋から、予備に持ってきてあったグラビア雑誌を取り出した。
そして、少し遠くで警戒している犬に、水着娘の表紙を見せながら振って見せる。

「わん!わん!」

犬は吠えながら尻尾を振り、興奮気味にこちらに駆け寄ると、俺の持っていたグラビア雑誌を、前足を使って奪おうとしてくる。

「慌てるなよ。
ほれ、汚すんじゃないぞ。」

俺はグラビア雑誌を犬の前に置いてやると、犬はハァハァ息をしながら、器用に前足でページをめくり始め、あるページでぴたりと止まった。

「おっ!お前、この子が好きなのか!?
分かる奴だなぁ。
俺も可愛いと思っていたんだよ。
特に……」

「うひゃん!わん!わん!」

俺達は何故か意気投合し、グラビア雑誌を見ながら鼻の下を伸ばしていた。

すると突然、布のようなものが俺の目を覆った。

「うおっ!なんだ?」

咄嗟にそれをはぎ取ると、それは制服のポケットに突っ込んでいたはずの、ユリ柄ハンカチだった。

「わう?」

犬が首を傾げ、不思議そうに俺を見た後、改札の方に少し駆け寄り吠え始めた。

「わん!わん!」

そちらの方を向くと、今朝、不良共に襲撃されたとき、近くに潜んでいた栗色の髪の黒いローブの奴(多分、女)が柱から顔を出し、こちらの様子を伺っていた。
フードからはみ出した栗色の髪と、ぷくーっと大きく膨らませた頬が、ここからでもよくわかる。

なんか……怒っている?

「おい、黒いフードの奴!そこを動くな。
ちょっと話が……」

俺が大声を出すと、奴はびっくりしてピョンと飛び上がり、走って逃げてしまった。
やはりあの栗色の髪は……

「ん!」

追いかけようとした矢先、禍々しい気が身体に走る。

「な、なんだ、この感覚は!?」

「がるるるる!わん!わん!」

犬の奴も、俺と同じものを感じ取ったのか、ある方向を向いて激しく吠え始めた。
この犬……?
確かに、この犬が向かって吠える先から、禍々しい雰囲気を感じていた。

「あっちは、駅前商店街の方だな。」

俺は、魔法能力は皆無だが、こういう勘だけは良く当たるのだ。
俺と犬は、示しを合わせる訳でも無く、駅前商店街の方に向かって走り出した。
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