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第二話
張り巡らされた糸の中で(上)④
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朱兄は、先ほど俺達が出会った場所の近くで、車を止めた。
「どうしたんだ?こんなところで車を止めて。」
「おまえと小夜啼さんに、前もって話をしておきたいことがあってな。
……ここで、神器に関わる手掛かりを探っていたんだろ?」
朱兄は死体の捨てられていた場所を指差した。
「まぁ、そうだけど。」
朱兄は懐からこぶし大くらいの水晶玉を取り出し、助手席に座っていた俺に手渡してきた。
「これは?」
俺の後ろの後部座席から、百合子が顔を覗かせ、水晶玉を観察し始めた。
「映像、動画水晶のようですが……」
「ここにあった遺体の一つの、胃の中にあった水晶玉だ。」
「え……おっと!」
その言葉に、俺は水晶玉を落としそうになり、慌ててキャッチした。
「おいおい、大切に扱ってくれよ。
悪い。言葉が足りなかった……そいつは複製品だから安心しろ。
いくら鶴星セキュリティサービスが鳥飛光警察と協力関係にあるとは言っても、遺留品を貸してはくれないよ。」
俺の嫌そうな顔を見て、朱兄が言葉を付け加えた。
ちなみに、映像や動画用の水晶玉は撮影した映像を封じておくことが出来る代物で、動画を撮ってビデオレターに使うこともできるし、風景をいくつも撮影して封じ、アルバムのように使うことも出来る便利な魔具だ。
「元の水晶玉は司法解剖の際に出てきたものでな、
魔具探知犬も体内にある魔具までは感知できないらしい。
だから、そいつの発見まで時間がかかったようだ。」
朱兄はそういいながら俺の手にある水晶玉に触れた。
すると水晶玉の真上に鮮明で立体的な映像が浮かび上がる。
照明に照らされた空間に、目の辺りを黒い仮面で覆った黒いローブ姿の人物が椅子に座り、脚を組んでいた。
そいつは、ローブについている小型のマイクを手で掴むと、
『あーあー!本日は晴天なりー。マイクテステス!
あー……オッケー、オッケー!』
と、マイクに向かって声を出し、画面外にいる誰かとやり取りをしているのだろうか、手でOKの合図を出している。
このふざけた態度と声には覚えがあった。
「あ!こいつ、シュテンドウジと一緒にいたダスク教の奴だ!」
「なに……こいつが?」
朱兄は驚きの声をあげた。
百合子も声は出さないものの驚いた顔をしている。
『鷹空 凱君、見てくれているかな?
不完全とはいえ、あのシュテンドウジを倒し、降魔の剣を取り戻したことに、僕らはとても驚いたよ。
おめでとう!』
あのガキは身振り手振りしながら、俺への祝福の言葉を口にすると、パチパチと拍手をし始めた。
「もしかして、これって俺宛てのメッセージなの?」
「……ああ。」
俺の質問に、朱兄は険しい顔をしながら短く答えた。
『申し訳ないけど、僕の素顔と名は、ここで明かすことは出来ない。
この映像を、どこの誰が見ているか分からないからさ。
……分かってくれるよね?
しかし、そうだな……
僕の事は“マスティマ”と呼んで欲しい。』
だったら、こんなもん作って死体に入れておくなよと、俺はマスティマと名乗るガキに心の中でつっこみを入れた。
そこまで話したマスティマは、右腕のローブを引き上げ、前腕に刻まれた黒い蛇の紋様をこちらに見せつけてきた。
『鶯黒や小夜啼の人間がこれを見れば、僕がダスク魔道教団の幹部ということは理解できるだろう。』
「こんなガキが幹部だと?
百合子、こいつの言っていることはマジなのか?」
百合子は映像に少し顔を近づけると、コクリと頷いた。
「はい。彼の言っていることは間違いありません。
それも教祖の側近クラスかと……」
マスティマは、さらに続けた。
『ところで、君は僕達ダスク魔道教団が金銭と引き換えに暗殺や復讐の手助けをしていることは知っているかな?
日本……今は暁聖大帝国か。
君たちの言う『表の世界』では結構盛況でね、お客さんも多いんだ。』
“必殺なんとか人”のつもりなのかね。
楽しげに話しているコイツからは、サイコ野郎の臭いがプンプンするけどな。
『それでね、一件ご依頼がある訳だけど、僕のワガママで、その依頼は鳥飛光で“遂行”することにした。
凱君、そこで一つ提案だ。
僕たちと“ゲーム”をしてみないかい?』
マスティマはカメラとなっている水晶玉に顔を近づけると、誘惑するように優しく囁いた。
思わず、俺は水晶から顔を引く。
しかし、ゲームだと?
『僕らの今回の殺しのターゲットは、鳳凰院自動車研究所に勤務する、吾太丘 鼓舞一、吾太丘 太郎丸、そして金井戸 幸子の三人だ。
6月14日から7月9日までの4週間、その三人を僕達から守ることが出来れば君の勝ち。
その際には、降魔の神器を一つ、返してあげよう。
更に、ダスク魔道教団は、この三人の命を狙うことは、金輪際無い。』
降魔の神器を一つ返すだと?
その言葉に、俺は動揺した。
それと『鳳凰院自動車』は『表の世界』の会社じゃ、世界的に超有名な会社の一つで、その研究所が、10年近く前に鳥飛光に建てられた。
今も表の世界から、多くの人が通勤していると聞く。
……そういえば、さっき餓鬼に襲われていた奴も、鳳凰院自動車研究所の社員だと名乗っていた。
こんな時間に居るのだから、あいつはこちらに住んでいるのかもしれない。
『…とはいっても、24時間いつでも誰でもと言ったら、育ちざかりの君には酷な話だろ?
それに授業の遅れを少しでも減らすよう、学校から補修の課題だってあるかもしれない。
更に君たちの場合、慣れない仕事でヘマをした時に、反省会をする必要もあるだろうからねぇ?』
画面外から、男か女か判別が付かない、下品な笑い声が聞こえてくる。
ジョークのつもりなのだろうが、俺には何が面白いのか分からない。
『そこで、僕達ダスク教はターゲットを鳳凰院自動車研究所の就業時間8時30分~17時30分の間しか狙わないことにしよう。
ただし、ターゲットが休んで自宅や社宅に居る場合でも、僕たちは彼らの命を狙いに行かせてもらうから、そこは注意して欲しい。
更に出血大サービス。ここ重要だよ。
まず、1週目の6月14日から18日の間は金井戸 幸子だけを狙う。
2週目の6月21日から25日の間は吾太丘 太郎丸。
3週目の6月28日から7月2日の間は吾太丘 鼓舞一。
4週目の7月5日から7月9日は三人全員を狙う。
この間に一人でも死んでしまった時点でゲームオーバー。
神器は手に入らないし、その後、僕らは手段を選ばずに、残りの2人を始末する。』
俺が少なからず動揺しているのと、情報量が多いせいで、イマイチ理解が追い付いていないのだが、俺達からすると有利な条件に聞こえる気がする。
『ただし、ゲームに参加できるのは鷹空 凱君、あの頭の悪そうな魔具探知犬、それと小夜啼 百合子だけだ。
警察や警備会社が研究所に配備されるのは構わないけど、あくまでもターゲットを狙っている最中に警護をするのは、凱君と小夜啼百合子、魔具探知犬だけだよ。
その間、警察や警備会社の連中の支援は認めない。
もしも、こちらが攻撃したときに、彼らが凱君達の手助けをした場合、ゲームオーバーとする。
ああ、間違っても鳥飛光魔術4公家の当主クラスの人間が介入するのは厳禁だ。
……流石に面倒だからね。
これも発覚した時点でゲームオーバーだ。』
ターゲットを守るという点に関しては、それほど不安が無い。
百合子には、大抵の物理攻撃や魔法も防いでしまう強力な防護結界魔法がある。
しかし、魔力が尽きれば防御魔法も終わる訳で、それまでに俺が相手を撃退できるかにかかっているわけか……
いや、そもそもの話、こいつらが根本から約束を守るような奴らなのか、そこを疑うべきだろう。
『どうかな?
まぁ、君達が参加しなければ、ターゲットの3人は、14日の内に始末するだけだ。
クライアントを説得するのも、骨が折れたんだ。
是非とも参加して欲しいね。
ゲームの参加意思が少しでもあるのなら、6月14日月曜日の8時30分に、二人と一匹で鳳凰院自動車研究所の正門に来ることだ。
疑問点もあるだろうから、質問はその時にして欲しい。
その後、参加、不参加の意志表示をしてもらっても構わない。
その場で、僕を殺すか、捕まえにくるというのも、アリかもね。
もちろん、その対策は、最大限していくつもりだ。
ああ!凱君が、この映像を開催当日前までに見てくれていることを、切に願っているよ。
一人で勝手に盛り上がって話をした僕が、とても滑稽に見えてしまうだろうからね。』
マスティマは挑発するように口元を笑みで歪めた。
『それじゃあ、凱君、それに百合子お姉ちゃん。
当日、会えることを期待しているよ。
またね~』
マスティマが手を振ったところで、水晶玉の映像は消え去った。
「何が『またね~』だ。ふざけた野郎め。」
毒づいた俺に、朱兄が神妙な面持ちで、
「映像を見てもらった早々、決断を促すのは申し訳無いと思っているが時間が無い。
俺が確認したいのは、マスティマと名乗っていた奴の話に、お前達に乗る意志があるかだ。」
と、聞いてきた。
神器捜索も行き詰っているし、藁にも縋る気持ちはあるのは確かだが、罠の可能性も高い。
それに魔術師でもない人間を護るということに、俺は慣れていない。
「俺は迷っているかな。
ここは要や蒼源のジジイに相談して……」
「そうじゃない。
俺はお前と小夜啼さんの正直な気持ちが聞きたいんだ。
……質問をもっと根本的なものに変えようか。」
朱兄は少し強い口調で問い返してきた。
「朱兄?」
「神社を破壊され神器が盗まれ、要さんが神器捜索の指揮を執っていることは聞いていたが、まさか2人が神器を捜索しているとは……その映像を見るまで知らなかったよ。
神器捜索は当主達に命令されて、仕方なくやっているんじゃないのか?」
確かに俺は神器捜索を好きでやっている訳では無い。
しかし、鳥飛光のそこら中に化物が溢れ、蒼姫達に襲い掛かるなんてことは、あってはならないとは思っている。
しかし、ジジイに命令されたから仕方なく、という側面は拭いきれていない。
神器を全て取り戻せば、鷹見の当主候補になれるという話も出たが、そんなものには全く興味は無い。
今、俺がサボることなく神器捜索に協力しているのは、疎遠になっていた百合子と一緒にいられるからというのが一番の理由だった。
気になる幼馴染と一緒に居られるから、なんて言ったら朱兄にシバかれそうだな。
「それはまぁ……誰かがやらなければいけないことだし……」
俺は歯切れの悪い答えを返した。
朱兄はそれを聞くと、呆れたのか大きな溜息をついた。
「いいか、凱。
神器を奪われたのは4公家の大人の、俺達の怠慢が引き起こしたものだ。
まだ子供のお前が付き合う必要なんて一切ない!」
朱兄は吐き捨てるように言う。
この人は4公家自体に良い感情は持っていないからな……
そこで、今まで黙っていた百合子が口を開いた。
「神器が無い状態が続けば、鳥飛光は悪魔たちによって大きな破壊と混乱が引き起こされることになります。
その神器を取り戻すために頑張っている凱君の力になりたい。
それが私の理由です。」
百合子の方は、優等生的な理由を口にする。
「凱君の力になりたい……か。
小夜啼さん。ダスク魔道教団は邪悪な教団と幼い頃から教えられてきた君は、神器奪還の実働に、そこそこ出来るとはいえ、少年少女の二人だけで当たるのが妥当だと、本当に思っているのかい?」
「それは……見定めている最中です。」
朱兄のどこか責めるような問いに、百合子は一瞬言葉を詰まらせつつも、平静を装うように瞳を閉じて答えた。
「随分と余裕だね。
…そうか、君からすればダスク教の連中は、凱を守りながらでも戦うことが出来る、取るに足らない連中だという訳か?」
朱兄の言葉が終わると、俺は思わず朱兄の左肩を掴んでいた。
「おい朱兄。百合子が俺を守る?
流石にその言い方、俺の方がカチンと来るんだけど?
それに、百合子の事を責めてねぇ?おかしくねぇか?」
「凱君、やめてください。」
俺は百合子の言葉に従い、朱兄の肩から手を離した。
「悪い……
お前達に選択権が無いのは分かっているが、神器捜索が2人の意志に反しているというならば、俺の方から明日にでも蒼源様に進言したい。」
「朱兄、蒼源のジジイは端から神器奪還を、俺を鍛えるための修行の一環と位置付けているようだから、誰が何を言っても俺達を神器奪還の任から外すことは無いと思うよ。」
「あの人は孫がどうなっても構わないのか……」
朱兄は視線を上に向けて、呆れたようにぼやいた。
「あとは朱兄、はっきり言えることは、俺は今更、手を引こうとは思っていないよ。
結果的に蒼姫達を守ることに繋がるなら尚更だ。」
「……分かったよ。
とにかく、研究所の護衛の件も含めて、要さんと話をしてみる。」
俺達の今の覚悟や理由に納得は言っていないようだが、朱兄は要と話をすることを決めて、
気持ちが落ち着いたようだ。
そういえば、あの映像の中で気になったことがある。
「百合子、あの『マスティマ』というガキに心当たりは無いか?
お前の事を『百合子お姉ちゃん』って言っていたよな?」
「……その、まさかとは思うのですが……似ているんです。
3年前に亡くなった鶯黒 悠君に。」
俺の問いに百合子は、神妙な面持ちになりつつ答えた。
鶯黒 悠……
鶯黒家は、鳥飛光魔術4公家と並ぶ、鳥飛光でも有名な魔道士一族だ。
その現当主・鶯黒 闇華の息子で、将来の当主候補だった少年。
歳は俺の一つ下で、鷹見邸に訪れたところを何度か見かけたことはあるが、話をした記憶は無い。
女の子のような容姿をしていたが、男だと聞いて驚いた覚えがある。
その後、原因は分からないが亡くなったと聞いて、同じくらいの歳の奴が亡くなったことに、ショックを受けたことだけは覚えている。
あの時は、鶯黒家はもちろん、4公家や小鳥遊の連中が皆、慌ただしかったことも……
「百合子は、その鶯黒 悠と仲が良かったのか?」
「いえ、鶯黒家の当主候補に、小夜啼の人間が近づくことは出来ません。
特に私が悠君に近づくことは、闇華おばさまも、それに母も許しませんでした。
だから、私が悠君とお話をしたことも、数えるくらいです。
でも、悠君の事は他人のように思えなくて……
それは、お互い立場が似ていたからかもしれませんね。」
百合子はどこか悲しげに呟いた。
将来はお互い当主となる身だからこそ、鶯黒 悠を気にかけていたということか……
どちらにしろ、鶯黒 悠が死んでいるから、マスティマとは別人ということになる。
『実は生きていて、ダスク教に入りました』……なんてことも無い訳じゃないが、なんのためにという話だし、百合子には悪いが、俺には関係のない話だ。
敵である以上、いずれはぶっ倒して、とっ捕まえて神器の情報を吐かせるまでだ。
「俺も鶯黒家と親しい訳じゃないが、祭事の警備を任されたときに悠君を見かけることはあったね。
悠君は無口で大人しい子という印象だったよ。
俺には水晶が映した饒舌な少年と、鶯黒 悠君が同一人物だとは思えないな。」
と朱兄。
「……今は考えても仕方が無い。
とにかく、お前達を送るとしよう。」
朱兄は小夜啼邸と鷹見邸に向けて車を発進させた。
「どうしたんだ?こんなところで車を止めて。」
「おまえと小夜啼さんに、前もって話をしておきたいことがあってな。
……ここで、神器に関わる手掛かりを探っていたんだろ?」
朱兄は死体の捨てられていた場所を指差した。
「まぁ、そうだけど。」
朱兄は懐からこぶし大くらいの水晶玉を取り出し、助手席に座っていた俺に手渡してきた。
「これは?」
俺の後ろの後部座席から、百合子が顔を覗かせ、水晶玉を観察し始めた。
「映像、動画水晶のようですが……」
「ここにあった遺体の一つの、胃の中にあった水晶玉だ。」
「え……おっと!」
その言葉に、俺は水晶玉を落としそうになり、慌ててキャッチした。
「おいおい、大切に扱ってくれよ。
悪い。言葉が足りなかった……そいつは複製品だから安心しろ。
いくら鶴星セキュリティサービスが鳥飛光警察と協力関係にあるとは言っても、遺留品を貸してはくれないよ。」
俺の嫌そうな顔を見て、朱兄が言葉を付け加えた。
ちなみに、映像や動画用の水晶玉は撮影した映像を封じておくことが出来る代物で、動画を撮ってビデオレターに使うこともできるし、風景をいくつも撮影して封じ、アルバムのように使うことも出来る便利な魔具だ。
「元の水晶玉は司法解剖の際に出てきたものでな、
魔具探知犬も体内にある魔具までは感知できないらしい。
だから、そいつの発見まで時間がかかったようだ。」
朱兄はそういいながら俺の手にある水晶玉に触れた。
すると水晶玉の真上に鮮明で立体的な映像が浮かび上がる。
照明に照らされた空間に、目の辺りを黒い仮面で覆った黒いローブ姿の人物が椅子に座り、脚を組んでいた。
そいつは、ローブについている小型のマイクを手で掴むと、
『あーあー!本日は晴天なりー。マイクテステス!
あー……オッケー、オッケー!』
と、マイクに向かって声を出し、画面外にいる誰かとやり取りをしているのだろうか、手でOKの合図を出している。
このふざけた態度と声には覚えがあった。
「あ!こいつ、シュテンドウジと一緒にいたダスク教の奴だ!」
「なに……こいつが?」
朱兄は驚きの声をあげた。
百合子も声は出さないものの驚いた顔をしている。
『鷹空 凱君、見てくれているかな?
不完全とはいえ、あのシュテンドウジを倒し、降魔の剣を取り戻したことに、僕らはとても驚いたよ。
おめでとう!』
あのガキは身振り手振りしながら、俺への祝福の言葉を口にすると、パチパチと拍手をし始めた。
「もしかして、これって俺宛てのメッセージなの?」
「……ああ。」
俺の質問に、朱兄は険しい顔をしながら短く答えた。
『申し訳ないけど、僕の素顔と名は、ここで明かすことは出来ない。
この映像を、どこの誰が見ているか分からないからさ。
……分かってくれるよね?
しかし、そうだな……
僕の事は“マスティマ”と呼んで欲しい。』
だったら、こんなもん作って死体に入れておくなよと、俺はマスティマと名乗るガキに心の中でつっこみを入れた。
そこまで話したマスティマは、右腕のローブを引き上げ、前腕に刻まれた黒い蛇の紋様をこちらに見せつけてきた。
『鶯黒や小夜啼の人間がこれを見れば、僕がダスク魔道教団の幹部ということは理解できるだろう。』
「こんなガキが幹部だと?
百合子、こいつの言っていることはマジなのか?」
百合子は映像に少し顔を近づけると、コクリと頷いた。
「はい。彼の言っていることは間違いありません。
それも教祖の側近クラスかと……」
マスティマは、さらに続けた。
『ところで、君は僕達ダスク魔道教団が金銭と引き換えに暗殺や復讐の手助けをしていることは知っているかな?
日本……今は暁聖大帝国か。
君たちの言う『表の世界』では結構盛況でね、お客さんも多いんだ。』
“必殺なんとか人”のつもりなのかね。
楽しげに話しているコイツからは、サイコ野郎の臭いがプンプンするけどな。
『それでね、一件ご依頼がある訳だけど、僕のワガママで、その依頼は鳥飛光で“遂行”することにした。
凱君、そこで一つ提案だ。
僕たちと“ゲーム”をしてみないかい?』
マスティマはカメラとなっている水晶玉に顔を近づけると、誘惑するように優しく囁いた。
思わず、俺は水晶から顔を引く。
しかし、ゲームだと?
『僕らの今回の殺しのターゲットは、鳳凰院自動車研究所に勤務する、吾太丘 鼓舞一、吾太丘 太郎丸、そして金井戸 幸子の三人だ。
6月14日から7月9日までの4週間、その三人を僕達から守ることが出来れば君の勝ち。
その際には、降魔の神器を一つ、返してあげよう。
更に、ダスク魔道教団は、この三人の命を狙うことは、金輪際無い。』
降魔の神器を一つ返すだと?
その言葉に、俺は動揺した。
それと『鳳凰院自動車』は『表の世界』の会社じゃ、世界的に超有名な会社の一つで、その研究所が、10年近く前に鳥飛光に建てられた。
今も表の世界から、多くの人が通勤していると聞く。
……そういえば、さっき餓鬼に襲われていた奴も、鳳凰院自動車研究所の社員だと名乗っていた。
こんな時間に居るのだから、あいつはこちらに住んでいるのかもしれない。
『…とはいっても、24時間いつでも誰でもと言ったら、育ちざかりの君には酷な話だろ?
それに授業の遅れを少しでも減らすよう、学校から補修の課題だってあるかもしれない。
更に君たちの場合、慣れない仕事でヘマをした時に、反省会をする必要もあるだろうからねぇ?』
画面外から、男か女か判別が付かない、下品な笑い声が聞こえてくる。
ジョークのつもりなのだろうが、俺には何が面白いのか分からない。
『そこで、僕達ダスク教はターゲットを鳳凰院自動車研究所の就業時間8時30分~17時30分の間しか狙わないことにしよう。
ただし、ターゲットが休んで自宅や社宅に居る場合でも、僕たちは彼らの命を狙いに行かせてもらうから、そこは注意して欲しい。
更に出血大サービス。ここ重要だよ。
まず、1週目の6月14日から18日の間は金井戸 幸子だけを狙う。
2週目の6月21日から25日の間は吾太丘 太郎丸。
3週目の6月28日から7月2日の間は吾太丘 鼓舞一。
4週目の7月5日から7月9日は三人全員を狙う。
この間に一人でも死んでしまった時点でゲームオーバー。
神器は手に入らないし、その後、僕らは手段を選ばずに、残りの2人を始末する。』
俺が少なからず動揺しているのと、情報量が多いせいで、イマイチ理解が追い付いていないのだが、俺達からすると有利な条件に聞こえる気がする。
『ただし、ゲームに参加できるのは鷹空 凱君、あの頭の悪そうな魔具探知犬、それと小夜啼 百合子だけだ。
警察や警備会社が研究所に配備されるのは構わないけど、あくまでもターゲットを狙っている最中に警護をするのは、凱君と小夜啼百合子、魔具探知犬だけだよ。
その間、警察や警備会社の連中の支援は認めない。
もしも、こちらが攻撃したときに、彼らが凱君達の手助けをした場合、ゲームオーバーとする。
ああ、間違っても鳥飛光魔術4公家の当主クラスの人間が介入するのは厳禁だ。
……流石に面倒だからね。
これも発覚した時点でゲームオーバーだ。』
ターゲットを守るという点に関しては、それほど不安が無い。
百合子には、大抵の物理攻撃や魔法も防いでしまう強力な防護結界魔法がある。
しかし、魔力が尽きれば防御魔法も終わる訳で、それまでに俺が相手を撃退できるかにかかっているわけか……
いや、そもそもの話、こいつらが根本から約束を守るような奴らなのか、そこを疑うべきだろう。
『どうかな?
まぁ、君達が参加しなければ、ターゲットの3人は、14日の内に始末するだけだ。
クライアントを説得するのも、骨が折れたんだ。
是非とも参加して欲しいね。
ゲームの参加意思が少しでもあるのなら、6月14日月曜日の8時30分に、二人と一匹で鳳凰院自動車研究所の正門に来ることだ。
疑問点もあるだろうから、質問はその時にして欲しい。
その後、参加、不参加の意志表示をしてもらっても構わない。
その場で、僕を殺すか、捕まえにくるというのも、アリかもね。
もちろん、その対策は、最大限していくつもりだ。
ああ!凱君が、この映像を開催当日前までに見てくれていることを、切に願っているよ。
一人で勝手に盛り上がって話をした僕が、とても滑稽に見えてしまうだろうからね。』
マスティマは挑発するように口元を笑みで歪めた。
『それじゃあ、凱君、それに百合子お姉ちゃん。
当日、会えることを期待しているよ。
またね~』
マスティマが手を振ったところで、水晶玉の映像は消え去った。
「何が『またね~』だ。ふざけた野郎め。」
毒づいた俺に、朱兄が神妙な面持ちで、
「映像を見てもらった早々、決断を促すのは申し訳無いと思っているが時間が無い。
俺が確認したいのは、マスティマと名乗っていた奴の話に、お前達に乗る意志があるかだ。」
と、聞いてきた。
神器捜索も行き詰っているし、藁にも縋る気持ちはあるのは確かだが、罠の可能性も高い。
それに魔術師でもない人間を護るということに、俺は慣れていない。
「俺は迷っているかな。
ここは要や蒼源のジジイに相談して……」
「そうじゃない。
俺はお前と小夜啼さんの正直な気持ちが聞きたいんだ。
……質問をもっと根本的なものに変えようか。」
朱兄は少し強い口調で問い返してきた。
「朱兄?」
「神社を破壊され神器が盗まれ、要さんが神器捜索の指揮を執っていることは聞いていたが、まさか2人が神器を捜索しているとは……その映像を見るまで知らなかったよ。
神器捜索は当主達に命令されて、仕方なくやっているんじゃないのか?」
確かに俺は神器捜索を好きでやっている訳では無い。
しかし、鳥飛光のそこら中に化物が溢れ、蒼姫達に襲い掛かるなんてことは、あってはならないとは思っている。
しかし、ジジイに命令されたから仕方なく、という側面は拭いきれていない。
神器を全て取り戻せば、鷹見の当主候補になれるという話も出たが、そんなものには全く興味は無い。
今、俺がサボることなく神器捜索に協力しているのは、疎遠になっていた百合子と一緒にいられるからというのが一番の理由だった。
気になる幼馴染と一緒に居られるから、なんて言ったら朱兄にシバかれそうだな。
「それはまぁ……誰かがやらなければいけないことだし……」
俺は歯切れの悪い答えを返した。
朱兄はそれを聞くと、呆れたのか大きな溜息をついた。
「いいか、凱。
神器を奪われたのは4公家の大人の、俺達の怠慢が引き起こしたものだ。
まだ子供のお前が付き合う必要なんて一切ない!」
朱兄は吐き捨てるように言う。
この人は4公家自体に良い感情は持っていないからな……
そこで、今まで黙っていた百合子が口を開いた。
「神器が無い状態が続けば、鳥飛光は悪魔たちによって大きな破壊と混乱が引き起こされることになります。
その神器を取り戻すために頑張っている凱君の力になりたい。
それが私の理由です。」
百合子の方は、優等生的な理由を口にする。
「凱君の力になりたい……か。
小夜啼さん。ダスク魔道教団は邪悪な教団と幼い頃から教えられてきた君は、神器奪還の実働に、そこそこ出来るとはいえ、少年少女の二人だけで当たるのが妥当だと、本当に思っているのかい?」
「それは……見定めている最中です。」
朱兄のどこか責めるような問いに、百合子は一瞬言葉を詰まらせつつも、平静を装うように瞳を閉じて答えた。
「随分と余裕だね。
…そうか、君からすればダスク教の連中は、凱を守りながらでも戦うことが出来る、取るに足らない連中だという訳か?」
朱兄の言葉が終わると、俺は思わず朱兄の左肩を掴んでいた。
「おい朱兄。百合子が俺を守る?
流石にその言い方、俺の方がカチンと来るんだけど?
それに、百合子の事を責めてねぇ?おかしくねぇか?」
「凱君、やめてください。」
俺は百合子の言葉に従い、朱兄の肩から手を離した。
「悪い……
お前達に選択権が無いのは分かっているが、神器捜索が2人の意志に反しているというならば、俺の方から明日にでも蒼源様に進言したい。」
「朱兄、蒼源のジジイは端から神器奪還を、俺を鍛えるための修行の一環と位置付けているようだから、誰が何を言っても俺達を神器奪還の任から外すことは無いと思うよ。」
「あの人は孫がどうなっても構わないのか……」
朱兄は視線を上に向けて、呆れたようにぼやいた。
「あとは朱兄、はっきり言えることは、俺は今更、手を引こうとは思っていないよ。
結果的に蒼姫達を守ることに繋がるなら尚更だ。」
「……分かったよ。
とにかく、研究所の護衛の件も含めて、要さんと話をしてみる。」
俺達の今の覚悟や理由に納得は言っていないようだが、朱兄は要と話をすることを決めて、
気持ちが落ち着いたようだ。
そういえば、あの映像の中で気になったことがある。
「百合子、あの『マスティマ』というガキに心当たりは無いか?
お前の事を『百合子お姉ちゃん』って言っていたよな?」
「……その、まさかとは思うのですが……似ているんです。
3年前に亡くなった鶯黒 悠君に。」
俺の問いに百合子は、神妙な面持ちになりつつ答えた。
鶯黒 悠……
鶯黒家は、鳥飛光魔術4公家と並ぶ、鳥飛光でも有名な魔道士一族だ。
その現当主・鶯黒 闇華の息子で、将来の当主候補だった少年。
歳は俺の一つ下で、鷹見邸に訪れたところを何度か見かけたことはあるが、話をした記憶は無い。
女の子のような容姿をしていたが、男だと聞いて驚いた覚えがある。
その後、原因は分からないが亡くなったと聞いて、同じくらいの歳の奴が亡くなったことに、ショックを受けたことだけは覚えている。
あの時は、鶯黒家はもちろん、4公家や小鳥遊の連中が皆、慌ただしかったことも……
「百合子は、その鶯黒 悠と仲が良かったのか?」
「いえ、鶯黒家の当主候補に、小夜啼の人間が近づくことは出来ません。
特に私が悠君に近づくことは、闇華おばさまも、それに母も許しませんでした。
だから、私が悠君とお話をしたことも、数えるくらいです。
でも、悠君の事は他人のように思えなくて……
それは、お互い立場が似ていたからかもしれませんね。」
百合子はどこか悲しげに呟いた。
将来はお互い当主となる身だからこそ、鶯黒 悠を気にかけていたということか……
どちらにしろ、鶯黒 悠が死んでいるから、マスティマとは別人ということになる。
『実は生きていて、ダスク教に入りました』……なんてことも無い訳じゃないが、なんのためにという話だし、百合子には悪いが、俺には関係のない話だ。
敵である以上、いずれはぶっ倒して、とっ捕まえて神器の情報を吐かせるまでだ。
「俺も鶯黒家と親しい訳じゃないが、祭事の警備を任されたときに悠君を見かけることはあったね。
悠君は無口で大人しい子という印象だったよ。
俺には水晶が映した饒舌な少年と、鶯黒 悠君が同一人物だとは思えないな。」
と朱兄。
「……今は考えても仕方が無い。
とにかく、お前達を送るとしよう。」
朱兄は小夜啼邸と鷹見邸に向けて車を発進させた。
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