鳥籠の中の執行者

蒼森丘ひもたか

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第二話

張り巡らされた糸の中で(上)⑥

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〇5月某日 ダスク魔道教団施設


「幸子や…幸子……起きなさい。」

薄暗い空間で幸子は意識を取り戻した。
黒髪の美しい少女が、幸子の両腕を掴み、顔を心配そうに覗きこんでいた。

「あれ、女神様?」

この少女は、幸子が高校生になってから、時折、夢の中に現れ、色んな助言をしてくれる存在だ。
最初は、自分が夢の中で生み出した存在でしかないと思っていたが、幸子にとって『忌まわしい事件』の真相を教えてくれたことで、幸子は彼女のことを『女神様』と呼ぶようになった。
女神様と喧嘩をしたこともあるが、幸子にとっては姉のような存在だった。

「そうだ、私は妙な男の子と、男の人に眠らされて……
……女神様、一体、ここは何処なの?」

「貴女を眠らせて、運んできた男達の施設よ。
でも落ち着いて。
彼らは幸子に危害は加えない、寧ろ味方になってくれる。
『あの男』から、幸子の命を守ってくれる人達なのよ。」

「あの男達が、味方ですって?
それに、あの男って誰?
……もしかして、また照正てるまささんのこと!?」

照正とは、幸子の恋人である。
恋人が疑われていることを察し、不機嫌な顔になった幸子を、『女神様』は一瞬、憐れむような目で見つめるが、

「いいえ……違うわ。」

苦笑いを浮かべ、首を振って否定した。

女神様のその笑みと否定が、諦めによるものだとは気づかずに、幸子は女神様に興奮気味に言葉を続けた。

「そうよね!
女神様が今まで教えてくれたことは、ほとんどが真実で、それで私はとても助けられていたわ。
でも、照正さんに関しては、私も手を尽くして調べてみたけど、的外れもいいところだったじゃない。
照正さんはハンサムだから、そういう噂が立ちやすいし、男どもから妬まれることだって……」

恋人の弁護をし始めた幸子の言葉を遮り、『女神様』は諭すように言い聞かせる。

「照正のことは分かったから……
とにかく、幸子。
彼らとは友好的に接してちょうだい。
悪いようにはされないだろうし、貴女の心強い味方となってくれるから。」

「分かったわよ。
それと……ごめんなさい。」

幸子は、恋人の事が絡み、熱くなって言い過ぎてしまったことを『女神様』に謝った。

「いいのよ。
じゃあ、しっかりね。」

女神様は落ち込んだ娘を慰めるように、幸子の頭を撫でると微笑み……


……
そこで、幸子は目を覚ました。

「ここ…は?」

5月某日、鳳凰院自動車研究所に勤める金井戸幸子が、鶯黒 悠らに拉致された時に遡る。

幸子は、清潔感のある白いベッドの上に寝かされていた。
上半身を起こし、辺りを見回す。
着ていた上着は、部屋の入口近くにあるハンガーラックに丁寧にかけられおり、履いていたパンプスも、ベッドのすぐ近くに並べてあった。

部屋はとても広く、テーブルや椅子、ベッド等の家具類は、焦げ茶色の美しい木製のもので統一されており、幸子は思わず「わぁ~」と感嘆の声を上げた。
幸子はGWの前にテレビで紹介されていた、観光地にあるペンションの一室の事を思い出していた。

「旅行先で、こんなところに泊りたいと思っていたのよね。
って……見とれている場合じゃない!
一体、ここはどこなのよ!」

幸子はベッドの横の、窓を覆っていた白いカーテンを、勢いよく開けた。
即座に顔に差し込んできた日の光を手で遮りつつ、窓の外に広がる景色を見渡す。
上空には清々しい青空が、下方には鬱蒼とした森が広がっていた。
日の高さから見て、昼前といったところだろうか。

幸子は、眠りにつく前のことを思い出そうと、記憶を辿り始めた。

「私は、会社に向かうため、駅の近くでタクシーを捕まえようとしていて、そこで不良に絡まれている男の子に出会って……」

その後、催眠術か何かで眠らされて、ここに運ばれてきたことは、女神様も言っていたのだから確かだろう。
その直前の会話は、まだ思い出せないのだが……

(無理やり眠らせて、こんなところに連れて来る奴らなんて、犯罪者以外の何者でもないわ。
そんな奴らが、私の心強い味方になるなんて……)

幸子は夢に出てくる『女神様』の言葉を、今は完全に信じている訳では無い。
確かに、女神様を尊敬し信じる切欠となった

『中学校で自殺したとされた弟・有希は、実はいじめグループの主犯格の少年である中村に、教室で首を絞められて殺された』

と教えてくれた話は本当だった。
もちろん幸子自身も自殺したことが信じられなかったため、弟のクラスメイト全員を捕まえて問い質した。
すると放課後、たまたま教室に残っていたという生徒が、いじめっ子達が有希に対し一方的にプロレスごっこを仕掛け、その際に中村が有希の首を締め上げ、そのまま死んでしまったということを話してくれたのだ。
確かに、女神様の教えてくれた話と一致した。

もちろん、真相を知った幸子は、この事を公にして、加害者達に出来る限り厳しい処罰を訴えたが、結果的には幸子や両親にとって、納得の出来る形で終わることは無かったのだが……

他にも、自分がこれから関わる人や会社、買い物に行こうとしている店やレストラン、病院等について注意すべき点、もしくは最初から関わらない方が良いかを、前もって教えてくれた。
お陰で今までしなくていい苦労を、大抵は回避することができたのだ。

そこから、幸子は女神様の言う事を疑うことなく信じるようになった訳だが、それに綻びを生じたのが、幸子の恋人である銀堂寺 照正ぎんどうじ てるまさが、幸子の目を盗んで何人もの女性社員達と浮気をしている、という話だった。
不安になって、先輩に紹介してもらった探偵に素行調査を頼んだことがあるが、結局、そんな事実は出てこなかった。
何より、一緒に居て、銀堂寺から自分以外の女の痕跡を、見つけることは無かった。
そもそも、銀堂寺は開発設計部のエースで、多忙の身だ。
女遊びをしている時間も余裕も無いはず……

そんな事を考えていると、幸子はとても大切な事を思い出した。

「やばい!会社に連絡しなきゃ!
いえ!だったら、警察に連絡をした方が……」

混乱しながらも、電話を探そうと動いた矢先のことだった。
ドアをノックする音が聞こえ、幸子は驚きに身を強張らせた。

「金井戸様、起きていらっしゃいますか?」

外から穏やかな男の声がする。
とにかく、今は平静を装い対応するしかない。
幸子はドアに近づくと、気持ち大きな声で返事をした。

「はい……もう起きています。」

「そうですか、入ってもよろしいかな?」

「え、ええ。どうぞ。」

幸子は周りから度胸があると言われているが、流石にこの状況では不安と緊張で心臓が口から飛び出そうだった。

「失礼しますよ」

断りの返事の後、部屋に黒いローブを着た2人の男が入ってくる。
鳥飛光は魔法使い達が多くいる街なのだから、ローブを着た人間は珍しくないのだろうが、それ以上に男達から感じる異様な雰囲気に、幸子は息を飲んだ。

一人は白髪に褐色の長身美形の男性で、幸子は初対面では無いような気がした。
もう一人は、幸子よりも背の低く、頭髪の薄い、眼鏡をかけた中年男性だった。
中年男性の方は、幸子と目が合うと「ん~」と唸りながら、幸子の足から顔まで視線を動かし、最後は目を細めてニンマリ笑みを浮かべる。
自分を性的な目で見ている感じはしないのだが、その不気味さに幸子は思わず顔を引きつらせた。
それを察したのか、中年の男は慌てた様子で弁明した。

「ああ、これは失礼。
可愛がっている姪にそっくりで、つい見とれてしまいました。
私、影住 勝かげすみ まさると申します。
こちらは……」

「改めまして、私は獅々取 咲夜ししどり さくやと申します。
精神科医をやっております。
まずは貴女を、少々強引な方法でここに連れてきてしまったことを、お詫びしたい。」

獅子取と名乗った美形男性が、幸子に向かって深々と頭を下げる。

「あ、貴方は今朝の!」

幸子は、この男が、あの少年に『咲夜先生』と言われていたことを思い出した。
抗議の声を上げようとするが、影住が割って入った。

「ああ、獅々取君の事は、責めないでいただきたい。
あれは、私の指示で仕方なく行ったこと。
あのような強引な方法を取ったのは、貴女を『邪悪な者』から守るために、仕方が無かったのです。」

影住は幸子に非礼を詫びると、頭を深々と下げた。

(私を『邪悪な者』から守る、ですって?
女神様の言っていたことと一致するけど……

でもね、女神様。
人の触れられたくない過去に無神経に触れた上、無理やり拉致するような男達なんて、私は信用できないわ。)

幸子は、なるべく平静を装いながら、

「その……ですね。
詳しくお話を伺いたいところですが、先に会社と連絡を取りたいので、電話をお借りしてもよろしいですか?」

と、切り出したが、これは嘘である。
警察に連絡をして、この男達を捕まえてもらおうと考えていた。

「んー……申し訳ございませんねぇ。
ここには電話は無いのですよ。」

影住は困ったように眉をハの字にして、自分の顎を撫でた。

「え……嘘でしょ!
私は忙しいの!帰してもらわないと困るんです!」

幸子は思わず感情的に喚きたてた。

「まぁまぁ、落ち着いて……
ご安心下さい。
ここでは時間は経過しません。」

幸子を宥めるように、獅々取が言う。

「え?時間が、経過しない?」

鳥飛光に通うようになってから、幸子の想像を超える事象が多すぎて、理解が追い付かないこともあるが、真顔で言う獅子取が、嘘を言っているようには見えなかった。

「ここを戻れば、朝の8時です。
ご希望であれば、会社の前に『門』を開きましょう。」

そこで、影住が一歩前に出る。

「獅々取君。彼女は日本……いや今は『暁聖大帝国』でしたかな?
あまり魔術とは縁がほとんど無いのですから、証拠をお見せしなければ信じては貰えませんよ。」

影住は右腕を水平方向に上げると、ブツブツと何かを呟きはじめ、

「フゥン!」

と、気合を入れるように声を上げた。
腕から垂直にピンと立てた右手が、黒い煙のようなものに包まれ、右手から10cm程離れた場所に、ドアと同じ高さと幅くらいの光のモヤが現れた。

影住は無言で笑みを浮かべながら、左手で幸子を光のモヤの近くに来るよう促した。
幸子が恐る恐る、そのモヤを覗き込むとそこは、

「鳥飛光の駅前……時間は…」

幸子は駅でいつも見る時計を見つけ、時間を確認する。
その針は8時ちょうどを示していた。

「ここから出ることも可能ですが、ここはちょっと目立ちすぎますから、ご遠慮いただいた方が身のためでしょう。」

「え?」

「この『転移動』の魔法は、鳥飛光では『禁呪』と呼ばれるものの一つに指定されておりましてね。
使った事ところを警察に見られでもすれば、遅刻欠勤どころの話では済みませんからね。」

そう言うと、影住は口元を笑みで歪めた。
確かに、鳥飛光に来る前、その準備講習会で『禁呪』に関して説明を受けていた。
絶対に関わってはいけないものだとも……
幸子は慌てて、光のモヤから離れた。
そして、この男達は、言う通りにしなければ、帰すつもりは無いのだろう、と幸子は悟った。

「一体、貴方達は何者なんですか?
私を邪悪な者から守るなんて言っていたけど……
私は不相応な地位も頂いていますが、普通のOLなんです。
今まで生きていて、人から恨まれるようなことをした覚えは一切ありません!」

『恨まれるようなことをした覚えが無い』
恨みを買っている人間ほど無自覚なものはない。
笑いそうになった獅々取は、幸子から顔を背けた。

幸子の訴えに、影住は顎に手をやり、考える仕草をしつつ、

「そうですねぇ……
貴女を狙う邪悪な者、それに我々が何者かは、ここで我々が行っている事を見ていただきながら説明した方が、理解が早いかもしれませんね。」

影住は真剣な表情で幸子の目を見た。

「影住様、流石にそれは、性急すぎると思います。
何より彼女には、刺激が強すぎると思うのですが……」

獅々取が影住の耳元に顔を近づけて進言した。

「彼女に協力いただくために、遅かれ早かれ知っていただく必要がある。
何より、肝の据わったお嬢さんだ。
心配あるまい。」

さっさと帰りたい幸子は、影住の提案に応じることにした。

「構いません。
早いところ、私に見せたいものを見せて、私を狙う『邪悪な者』とは何か、説明をお願いします。」

幸子の言葉に、影住はニヤリと笑みを浮かべた。

「そうこなくては。
では、行きましょうか。
我等が聖なる執行の場に……」

獅々取と影住は、部屋から先に出ると、案内をするように廊下側に手を出して、幸子を部屋から出るように促した。
幸子は気持ちを落ち着かせるため、一度だけ深呼吸をすると、二人に従い部屋を出た。

それが戻る事の出来ない非日常への入り口だとは知らずに……
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