双子の姉は令嬢で、妹の私は使用人だけれど、特に問題は無い。

黒鯖

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第6話「貴族令嬢とは」前

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10歳から使用人を始めて6年。
始めはお皿洗いから始まり、本邸の掃除、そのうち、給仕もさせてもらえるようになった。
それでも、来客の応対、お茶会の給仕など人目のある仕事に携わることはなかった。
来客があれば使用人用の別館に押し込められ、お茶会にいたっては準備の段階から近づくことを許されなかった。
それはそうだろう。
男爵たちからすれば、変装魔法で姿を変えているとはいえ、私の存在をできるだけ人に知られたくないだろうし。
お茶会の準備を手伝わせて、わざと不手際を起こされたりするかもしれないと考えれば関わらせたくないだろう。
けれど、最近は使用人が減ってきている。
何か問題を起こしたという話も聞かないのに、見かけなくなる。
見かけなくなってどうしたのかと周りに聞いて、解雇されたと知るということが続いた。
気づけば、両手で足りるような人数になっていた。
執事のアランさん、家政婦長のマーガレットさん、夫人の侍女をしているエイミーさん。
お嬢様の侍女になったアンナにサーシャさん、男爵の従者になったロンくん。
あとは私に使用人の仕事を教えてくれた先輩のジェーンさん、コックのアンドレさん。
魔法があるといえど、この人数で大きなお屋敷の手入れや洗濯を行い、食事の給仕をし、主人の世話もする。
使用人たち一人一人の仕事が増えてきた。
実質、屋敷の掃除や洗濯をするのは、私とジェーンさんだけになってしまうのは仕方ない。
コックのアンドレさんだって少し前まではキッチンメイドがいたのに、今や私とジェーンさんが仕事の合間に手伝えたら手伝うくらいで、ほぼ一人で料理を作っている。
そんな感じでどこも手一杯だから、私を人目に晒さないようになどと言っている場合じゃなくなったのだろう。
最近はお茶会の準備どころか、当日まで駆り出されることが当たり前になってきた。
いや、変装魔法を使っているのだから大丈夫だろうと開き直ったのかもしれない。
さすがにお嬢様のお茶会には駆り出されたことはないが、男爵夫人が開くものにはほぼ毎回のように駆り出される。
初めてお茶会の給仕をやることになって、その時に起こったちょっとした出来事が原因だと思う。

男爵たち以外への給仕は初めてだったし、お茶会の給仕はまたちょっと違う雰囲気だった。
念入りに掃除させられたティールームで、私は多少緊張しつつもこれと言った問題もなく仕事をこなしていた。
むしろ、家格が上の客人を迎えることになった奥様の方が緊張していたような印象を受けた。
部屋の隅に控えながら社交界の噂が何気なく話される様子を眺めて、こうやって情報交換するのかと感心した。
しかし、その手に入れた話の真偽を確認しないといけなかったり、やっぱり貴族って大変だなと煩わしさも感じた。
私がのんきにそんな感想を抱いていた時、失敗しないようにと気を張り過ぎてしまったためか奥様は、賓客からの合図に気づかなかった。
格や身分が上の人は帰る際に言葉を発さずに合図を出して帰ることを知らせてくる。
この世界の貴族社会におけるルールなのか、前世の貴族もそんなことをしていたのかは知らないが、口に出せばいいのにと考える自分に、どうやってみても貴族が向いてないと痛切に感じた。
帰る際の合図にも種類があって、“貴族から貴族への合図”と“貴族から使用人への合図”は違う。
賓客の侯爵夫人が出した合図は、“貴族から貴族への合図”だった。
使用人はこの合図を習うことはないため、知らない。
たとえ知っていても反応しない。
使用人に反応させないための合図。
貴族から貴族への帰る旨を伝える合図が出されるということは、格下とはいえ貴族に対して、お前が使用人のように案内しろということになる。
つまり、お前は貴族に相応しくないから、使用人のように私を迎えの馬車のところまで連れて行けということで最大の屈辱になるのだとか。
けれど、その賓客からの合図を奥様は見逃してしまった。
人によっては、貴族から貴族への案内の合図を屈辱だからと、あえて、無視する貴族もいるらしい。
もちろん、それは一時的に自尊心を守れるが、のちにもっとひどい目に遭うので、実際にそんなことをする貴族は少ない。
そもそも、この貴族から貴族への案内の合図は、格上から格下に行われるものなのだから、無視したら痛い目見るのは当然だ。
お前自ら案内をするのなら今回のことは水に流してやろうという合図でもある。
ほんの少しの屈辱で被害を最小限に食い止めることができるなら、と普通は案内する。
だから、見逃していたなんてことは言い訳にはならない。
逆に、客が来ていたのに別のことに気を取られて気づかなかったのかと、貴族としてありえないと非難される。
このままでは男爵家が大変なことに、と思い、さっと奥様にお茶をお注ぎするついでに合図のことを耳打ちした。
勝手に、飲み切ってもいないお茶を注ぎ足されたことに眉を寄せる奥様も、耳打ちされたことに焦って視線を侯爵夫人の方へと向けた。
貴族たるものいかなる時も冷静でいること、らしいので、心情が丸わかりのこの行動もまた侯爵夫人には不愉快だったのか、侯爵夫人の眉間に一瞬シワができた。
見間違いかと思うほど一瞬だったのが、さすが侯爵夫人ということだろう。
侯爵夫人はにこりと笑っているが、気づかなかったことや感情を隠せてない行動に腹を立てているのがわかる。
これはあえて、怒っているのがわかるように感情を表に出しているのだろう。
再度出された侯爵夫人からの合図に、慌てて立ち上がって、奥様自ら案内を始めた。
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