逆襲のグレイス〜意地悪な公爵令息と結婚なんて絶対にお断りなので、やり返して婚約破棄を目指します〜

シアノ

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14 発熱

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 私は自分の気持ちがよくわからない。
 レオンを怖がって何年も避けていたはずなのに、一緒に出かけると楽しい。

 不思議と安心出来る気がしてしまう。かつて、いじめてきた相手にそう思ってしまう私はおかしいのだろうか。

 ──どうしてこんな気持ちになってしまうの?



 部屋に戻った私はぼんやりと栞を眺める。レオンが似ていると言った灰色のウサギ。
 栞を手で弄び、クルクルと回した。

「うーん……なんだか考えても考えてもまとまらない!」

 私はため息を吐いてライティングデスクに突っ伏した。
 頭の中がぐちゃぐちゃで、とても落ち着いていられない。

「お嬢様、お茶をお持ちしまし──お嬢様!?」
「え?」

 お茶の配膳に来たガラが素っ頓狂な顔を上げた。

「お顔が真っ赤です! ちょっと失礼しますね。あー熱がありますねぇ」
「そう?」

 私は頬に手を当てる。手がなんだかホカホカしている気がしていたが、熱がある実感はなかった。

「いえ、ご自分じゃわからないだけですよ。うーん三十八度近くありそうです。お茶ではなく林檎のすりおろしを用意して貰いますから、とりあえず横になってくださいな」
「う、うん……」
「お薬とー、氷嚢と……あ、お嬢様、ベッドにご本を持ち込んではいけませんからね。少しお待ちくださいね」

 ガラはパタパタと足音を立てて部屋から出て行った。


 ※※※


 どうやら風邪を引いたらしい。それから夜中にかけて熱がぐんぐん上がっていった。
 喉の痛みや咳はなかったが、体の節々が痛い。

 うつらうつらしては目を覚ます。何度も寝たり起きたりしていたせいか今が何時頃なのかもわからない。窓の外が暗いことから、きっと夜なのだろう。

「お嬢様、起きました? 汗をかいてますね。体を拭きますから。着替えもしましょう」

 ガラは献身的に看病をしてくれる。

「あら、お嬢様、肩のところにあざみたいなの出来てますよ! ぶつけたりしたんですか?」
「え、あざ……?」

 ふと思い出したのは昼間に移動遊園地で、レオンの横にいる私に嫉妬した女性から鞄をぶつけられたことだ。

「ええ、矢羽みたいな形のあざです。拭いても落ちないから汚れとかじゃないですね。痛みます?」
「ううん、全然痛くないの。心当たりはあるから気にしないで」

 大して痛くはなかったが、鞄の金具なんかが当たったのかもしれない。

「そうですか……? 痛みが出たらすぐ言ってくださいね。塗り薬をもらってきますから。あーもう、私が頑張って育てたお嬢様の玉の肌なのに」
「なぁにそれ」

 私はガラにクスクス笑う。

「はい、おしまいですよ。寝てくださいね」

 最後に氷嚢の氷を新しいものに変えてくれる。新しい氷嚢は冷たくて心地いい。

「……そういえば、レオンが顔が赤いから風邪かもって言ってたっけ」

 自分でも気付いていなかった体調不良が、レオンにはわかったのだ。

「レオンは……どうして私が風邪だってわかったのかしら……」

 私が呟くとガラは呆れたように腰に手を当てた。

「お嬢様、熱のある時にはあれこれ考えない方がいいですよ。まあ、でもきっと、お嬢様のことをよく見てらっしゃるからなんじゃないですか?」
「よく見てるって、どうして……?」
「もう、惚気ですか? 大切な相手のことはじっくり見つめたり、観察してしまうものだと思いますよ」
「……大切……」

 私はガラの言葉をおうむ返しする。
 熱のせいか妙に顔が熱い。

「婚約者なんですし、大切なのは間違いないですよ。それにお嬢様とは幼馴染なのでしょう。付き合いも長いでしょうし、顔色の変化とかも、見ていたらわかるものなのかもしれませんね。……って、お嬢様。熱上がってますね。もー、ほらほら、寝てくださーい!」
  「うん、ありがと」

 私は目を閉じる。しかしそれまで眠ってばかりいたせいか、いっこうに眠りは訪れない。

 ──私はレオンの顔をちゃんと見ていたことあったかしら。一応見てはいるけど、すぐに目を逸らしていた気がする。
 もしレオンが体調不良になったら、私にも気がつけるのかしら。



 翌日もまだ熱があり、私はベッドで横になるだけの生活をしていた。午後になる頃には下がりつつあったけれど、ガラからまだ寝ているように言われて大人しく従っていた。

「はあ……本が読みたいんだけどなぁ……」
「ダメですよ。お嬢様、ちょっと髪を整えてもよろしいですか?」
「え、どうして?」
「レオン様がいらしてます。お見舞いしたいそうですので」
「えっ、こんな姿なのに!?」

 汗をかくので何度か着替えてはいるが、寝巻き姿だ。髪を整えたくらいで人に見せられるようなものではない。

 しかしガラはニッコリ笑う。

「お嬢様は寝巻き姿でも可愛らしいですよ。それにレオン様ですから大丈夫だと思いますよ!」
「いや、レオンなら余計に大丈夫じゃないわよー!」
「ですけど、もういらしてますし」
「わ、私は病人なのに……」
「それだけ元気なら病人でも挨拶くらい出来ますよ。寝巻きも綺麗なのに着替えたばかりですから平気ですって」

 ガラはそう言いながら髪をざっと整えてくれる。

「でも──」
「寝巻き姿なんか見せたら俺が嫌いになる……とは思わないのか、グレイス?」
「レ、レオン!?」

 扉越しにレオンの声がして、私は目を丸くした。

「あら、レオン様ですね。では私は退出いたしますので、ごゆっくりどうぞー」

 オホホ、とガラは澄ました笑い声を立てながら部屋を後にする。
 しかしレオンは入ってこない。律儀に入室の許可を待っている。

「……入っていいか?」
「ダメって言ったら?」
「入室の許可をくれるまでここで何時間でも待つ」

 私はそれを聞いて息を吐く。

「もう……入っていいわよ。でもまだ熱があるから、少しだけね」

 私が諦めてそう言うと、扉の開く音がした。
 レオンがツカツカとベッドサイドに歩み寄る足音も聞こえる。

 レオンは魔術騎士団の制服のままだった。

「グレイス、やっぱり風邪だったな。まだ頬が赤い。熱は高いのか?」
「さっき少し下がったんだけどね。その制服、レオンは仕事中なんじゃないの?」
「グレイスが熱を出したって聞いて、急いで終わらせてきた。まあ、後でまた戻るんだが」
「そんな状態で、部屋に入れてくれるまで何時間でも待つなんて言ったの?」

 私はおかしくなってクスクス笑った。

「当然だ」

 何故か胸を張って威張ったように言うレオン。

「思っていたより元気そうでよかったよ。お見舞いにベリーのシロップ漬けを持ってきたから、お湯で割って飲んでくれ。体が温まるし、風邪に効くとうちの母のおすすめの品だ」
「オーガスタおば様の? わあ、ありがたく頂くわ!」

 レオンの母親で公爵夫人のオーガスタおば様が選んだものなら、味も効能も間違いない。

「それと、久しぶりにお茶がしたいと言っていたから、元気になったら付き合ってやってくれるとありがたい」 
「ええ、是非にと伝えて。あ、そうだわ。レオン、悪いんだけどツィツィーに餌をやってもらえないかしら。デスクの上にある鳥籠があるでしょう」

 私はふと思い出してレオンに言う。
 銀鳥は本物の生物ではないので、本来は毎日の餌は不要なのだが、寝込んでいて昨日今日と餌をあげられないのが気になっていたのだ。

「ツィツィー?」
「銀鳥の名前よ。ツィーツィーって鳴くから」
「ふうん、可愛いな」
「でしょう! ロベリア……私の友人なんだけど、彼女は猫にニャンニャンって付けるのと同レベルだとか、ネーミングセンスが幼児って笑うのよ」

 私がそう言うとレオンは口元を押さえて笑いを堪えている。肩が震えているから耐えているのが丸わかりだ。

「ねえ、やっぱりレオンもおかしいって思う?」
「い、いや……可愛いと思うのは本当だ」
「本当に?」
「本当に本当だ」
「肩が震えてるじゃない!」
「震えてない。本当に可愛いと思っている!」

 決して笑っていると認めないレオンは、そう強く言い張るのだった。
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