迦国あやかし後宮譚

シアノ

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5巻

5-3

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 牢内は小部屋くらいの広さがあり、鉄格子の内側には何もない。岩肌から剥落した小石や砂利が落ちている程度だ。ポタポタと冷たい雫が天井から落ちてくるのもあって、あまり居心地いい場所とは言えない。
 鉄格子の一部に扉がめ込んである。しかし錠前がついていて、出られそうにない。
 鉄格子の外の壁面に松明がかけてあった。おかげで周囲が真っ暗にはならず助かる。また私たちを凍死させないようにするためか、鉄格子から手を伸ばしても届かない位置に火鉢が置いてあった。寒いし地面は冷たいが、火鉢のおかげで凍え死ぬほどではない。
 どこからか風の流れを感じる。壁の松明が風に呼応して微かに揺れているのだ。通風口があるのかもしれない。これなら酸欠の心配もなさそうだ。
 とりあえず私から見える位置に白呈孝や見張りの人間の姿はない。
 それだけで少し安心し、ホッと息を吐く。ここがどこだか分からないが、なんとか逃げ出せないだろうか。
 鉄格子には私の腕くらいなら出せそうな隙間がある。しかし松明や火鉢には手が届きそうにない。
 他に何かないかと鉄格子に近寄ると、暗がりでギラッと二つの光が反射した。あの巨大な虎の妖の目だ。光の届かない暗がりに潜んでいる様子である。
 私が鉄格子に近付いても、特に牙を剥いたり唸ったりしてこない。伏せたまま、こちらを見ているだけのようだ。
 白呈孝はこの虎の妖を使って私たちを攫った。多分、この妖に言うことを聞かせられるのだろう。逃げないように見張りもさせているのかもしれない。その前に、鍵がかかっていて出られないのだが。
 窓もないから、ここがどこなのか、今の時刻すら見当もつかない。見える範囲にはこの虎の妖だけだ。とはいえ、こんな巨大で恐ろしげな虎の妖に敵いっこないのは、攫われた時に身に染みていた。鉄格子に近付くと視線を寄越すから、簡単には逃してはくれないだろう。
 鉄格子からゆっくり離れると、虎の妖はこちらに興味をなくしたように目を閉じた。やはり、私たちを見張っている。

「ん……」

 青妃の呻き声がしたので私は彼女のそばに戻った。
 まぶたが震え、ゆっくりと目が開いた。青い瞳に焦点が合い、私に向けられる。

「……り、じゅ」
「無事ですか? 痛いところは? せ──」
「しっ!」

 青妃、と呼ぼうとした私の口を手で塞いだ。

「瑞雪、よ」

 その青い瞳は真剣味を帯びている。目覚めたばかりだが、既に状況を理解しているようだ。今の行為もただ名前で呼んでほしいという我儘ではなさそうである。
 不意に思い出したのは、白呈孝が私たちを攫った時の言葉だ。
 彼は『どちらが朱貴妃だ』と言っていた。
 つまり、白呈孝の狙いは私なのだ。そして、御簾の後ろにいた私たちのどちらが朱貴妃なのか区別が付かないため、二人纏めて攫ったのだろう。
 ここでの会話も聞かれている可能性がある。青妃はそれを察して青妃と呼ばないように私の口を塞いだのだ。私がそれを理解して頷くと、青妃はようやく手を離した。
 私のせいで体の弱い青妃を巻き込んでしまったのに、彼女は淡く微笑んだままだ。

「大丈夫よ。わたくしが貴方を帰してあげるから」

 そう言いながら私の頬を撫でる。そんな優しく励ますような言い方は、従姉妹なだけあって雨了に似ている気がした。
 とりあえず、鉄格子の外に虎の妖がいることだけ伝えると、青妃は出来るだけ距離を取るように壁際に寄った。

「なるべく小声で。貴方は無事ね?」
「ええ、瑞雪は」
「怪我はないわ。あの虎の妖に運ばれる最中に気絶してしまったみたい」
「わ、私も同じです」
「そう……ねえ、わたくしたちを攫ったあの男のことなのだけど……」
「白呈孝、でしたよね」

 私がそう言うと、青妃は眉を寄せた。そしてどこか遠くを見つめるように視線を彷徨わせる。

「……違うと思うわ。あの男の姿は確かに白呈孝だった。でも、白呈孝ではない気がする」

 青妃は白呈孝に面識がある様子だった。その彼女がそう言うくらいだ。

「ということは、偽者ですか」

 昨年末、後宮に刺客が入り込んだ。紫色の勾玉の力で宦官かんがん変化へんげし、すり替わったのだ。同じ勾玉を黄夕燕も入手し、私の命を救ってくれた。彼女は、あの勾玉は身に付けるだけで望んだ姿に変われるのだと言っていた。入手手段は謎のまま。少なくとも二つあったのだから、他に幾つかあってもおかしくはない。

「……でも、それじゃおかしいのよ。あの男の声は確かに白呈孝の声に聞こえたの」
「え?」
「わたくしが白呈孝の声を聞き間違えるはずがないのに」

 あの勾玉で変化へんげをすると、外見は見分けがつかないくらいそっくりになるのだが、声と影だけは変えられないはずだ。
 どうしてだろう。私が首を捻った時、カツンカツンと足音が聞こえた。

「来た……!」
「いいこと? 何も言わないで、わたくしに任せて」

 青妃はそう囁く。私はおずおずと頷いた。
 足音は一人分ではない。おそらく二人分だ。どうやら階段があるらしい。音の響きから、上がる足音ではなく、降りてくる足音のようだから、ここは地下洞窟なのかもしれない。

「──おや、目を覚ましたか」

 白呈孝が、壁際で身を寄せる私と青妃に冷たい視線を向けてくる。偽者かもしれないが正体が分からない今は、とりあえず白呈孝と呼んでおこう。
 白呈孝は愛嬌のある顔立ちに似合わない傲慢そうな表情で片眉を上げた。この寒い中、自分だけ温かそうな毛皮を羽織っているのが腹が立つ。それだけでなく、彼から嫌な気配が漂ってくる気がした。見ているだけでザワッと背中が粟立つような何かを感じる。
 彼の後ろに女が一人立っていた。
 着崩した着物の胸元が大きく開き、露骨なほど胸の谷間が覗いている。そんな薄着で寒くないのだろうか。白呈孝が毛皮を纏っているから余計に落差があった。
 切れ長の瞳とぽってりと厚みのある唇が色っぽい。絶世の、とは付かないまでも、かなりの美女である。二十代の半ばから後半くらいだろうか。胸元と尻は豊かで、砂時計のように胴がきゅっとくびれている。
 しかし、その瞳はどこを見ているのか、温度感がなく、妙に達観しているように見えた。それだけではない。全身から嫌な気配が漂ってくる。それも白呈孝から感じるものより何倍も強い気配だ。姿はごく普通の女だが、得体の知れない感じがする。なんとなく、目を合わさない方がいい気がして、怯えているふりで顔を伏せた。

「ふん、明るいところで見ても、どちらが朱貴妃か分からないではないか。どっちも十五、六の小娘で、上質の着物を着ている。おい、どっちだ?」

 白呈孝は私たちをジロジロと見て言った。こんな時でなければムッとしたくなるほど無遠慮な視線と物言いだ。
 白呈孝は私たちに声をかけたのではないらしい。背後の女が私たちに目を向ける。目が合わないようにそっと様子を窺うが、相変わらず温度感がない目をしている。白呈孝の背後にいて、態度からも共犯者であるはずだが、何を考えているのかさっぱり理解出来ない。意思疎通が出来ない虫と対峙しているかのような心地がした。
 女は私と青妃をじっくりと見た後、ぽってりとした色気のある唇を開いた。

「……見たところ、どちらも霊力に溢れておりますわ。朱貴妃は巷で女神の化身と呼ばれるほどの力があるはず。どちらでもおかしくはありませんわね」
紫蝶しちょうでも分からないのか」
「ええ。逆に言えば、どちらでも使えるかと思いますが」

 紫蝶と呼ばれた女は頷く。
 ふうむ、と白呈孝は腕を組んだ。

「だが、使うのなら、より優れた方を使いたい。そうだろう?」
「もちろんです。その方が力が増すはず……」

 使う? 力が増すとは、どういうことだろう。
 彼らの会話に、心の中で首を捻る。
 どうも霊力がある方を望んでいるようだ。
 私を狙ったということは、私に何かをさせたいのだろうか。私には夏の蛇退治のせいで女神の化身だとか龍の守護神とかいう変な噂が流れてしまっている。しかし、実際の私はそこまで特別なことなど出来ない。妖や幽霊の姿を見るとか、寝ている間に魂を飛ばす程度だ。

「おい、お前たち。どちらが朱貴妃だ? 正直に答えろ」

 白呈孝は尊大な態度でそう言った。腕を組み、指をトントンさせている。なんとも癇に障る話し方だ。

「わたくしよ」

 青妃が私の手を押さえるようにギュッと握り、そう言った。

「貴方たち、皇帝陛下の寵愛が深いこのわたくしに何の用かしら。貴方、確か白琅国の王太子、白呈孝ね」
「へえ、この顔を知っているのか」

 白呈孝はニヤッとして己の顎を撫でた。

「ええ。年明けすぐの貴妃きひになる式典に出席していたのを覚えているわ」
「ああ、そうか。式典か……確かにそうだな」

 白呈孝は納得したように頷き、それから私を指差した。

「それじゃあ、そっちの小娘は誰なんだ」
「この子はりん家の娘よ。凛莉珠というの」
「凛……?」

 首を傾げた白呈孝に、紫蝶が囁く。

「凛という姓は中央に近い有力な一族です。書物にも度々その名が記されて──」
「そ、それくらい知っている! 余計なことを言うな!」

 白呈孝はカッと頬を赤らめ、紫蝶にそう吐き捨てた。その態度から凛家のことは知らなかったのだろう。しかし怒鳴られた紫蝶は気分を害した様子もなく、黙って白呈孝に頭を下げた。

「出過ぎた真似をいたしました」
「私が言っているのは、なんで無関係の小娘があそこにいたのかということだっ!」

 白呈孝は苛立った様子で鉄格子を蹴る。ガァンと金属が響く音がした。怒鳴る度に声が裏返っている。

「おい、答えろ!」

 白呈孝に指を突きつけられ、青妃は淡々と答えた。

「凛莉珠はわたくしのお気に入りの娘よ。陛下に次の妃嬪候補として紹介する予定であの場に呼んでいたの。この子に手出ししたら許さないわ」

 青妃は私を庇うように前に一歩出る。
 その毅然とした態度に、白呈孝はニヤリと嫌な笑みを浮かべる。

「……そうだなぁ、抵抗せず私の言うことを聞くなら、そっちの小娘の命は助けてやってもいい」

 猫撫で声で、その言い方は非常に胡散臭い。しかし青妃は躊躇いなく頷いた。

「ええ。わたくしはどうなっても構わない。ただし、この子に手出しするなら、わたくしはこの場で舌を噛んで死ぬわ。わたくしに用があるのでしょう? わざわざ殺さずにこんなところに連れてくるくらいですもの。わたくしに死なれたら困るのではないかしら?」

 青妃は、そうきっぱりと言い切った。
 そんなことしないでと言いたいけれど、青妃からは何も言うなというように手を強く握られる。私は俯き、唇を噛むことしか出来なかった。

「ふうむ。確かにこの風格であれば貴妃きひの位に相応しいな。見目もいいし、こちらが朱貴妃だろう」

 白呈孝は勝手に納得したようだ。
 確かに平凡な私より、人形のように造作が整っており、かつ気品に溢れた青妃の方が皇帝の寵愛が深い貴妃きひらしく見えるのも当然だ。

「よし、では準備に取り掛かるか。紫蝶、行くぞ」
「かしこまりました」

 白呈孝はもう用は済んだとばかりに踵を返す。紫蝶も付き従い、去っていった。
 足音が聞こえなくなるほど離れてから、青妃はふらつきながらその場に座り込んだ。

「だ、大丈夫ですか!」
「……き、緊張したわ……もう話しても大丈夫そうね。多分、あの男にはここでの会話は聞かれていないみたいだわ」

 青妃の体がふるふると震えていた。体が弱い彼女に無理をさせてしまったのだ。

「……すみません。私のために」
「何を言っているの。莉珠、よく黙っていてくれたわね」

 青妃は震える手で私の頭を撫でた。

「いいこと? わたくしが朱貴妃よ。それだけは間違えないで」

 白呈孝は青妃を本物の朱貴妃だと信じ込んだようだが、得体の知れない紫蝶の方は怪しい。何を考えているかさっぱり分からない。それは青妃も同意見だと言う。
 念には念を入れて、また鉄格子のそばから離れ、壁際に寄って小声で話すことにした。

「やっぱり、あれは白呈孝じゃないわね。歩き方も話し方もまったくの別人よ。それも随分と小物のようだわ。高慢で随分と自尊心が高いようだけれど、実力が伴っていない。典型的な何も為せない男ね」

 辛辣な言い方だが、私もそれは同意見だった。後宮にもああいう高慢な宮女きゅうじょ宦官かんがんがはちょくちょくいて、自分より立場が弱い者に当たり散らすのを何度も見てきた。

「それに顔だけでなく、名前も知らないみたいでしたね」

 朱貴妃の名前が朱莉珠であると知っていれば、私が凛莉珠と名乗ったことでおかしく感じるはずだ。しかしそんな様子はなかった。

「一般的に高貴な人の名前はみだりに教えないものなの。名前の公開もしていないはずよ。仮に知ったとしても触れ回っていいことではないし、下手をすれば罪になってしまうから、無関係の者では名前を知らないのは当然でしょうね」

 青妃と白呈孝が会話する傍ら、私の方は松明によって出来た影を観察していたが、白呈孝の影は本体と大きな差がなかった。本人の影のように見えたのだ。
 それを告げると、青妃は眉を寄せた。

「ということは、勾玉の力で変化へんげしているのではないわよね。でも、あの男が本物の白呈孝じゃない理由はいくつかあるわ。第一に、この顔を見てわたくしが誰か気付かないのはおかしいわ。本物の白呈孝は雨了にもわたくしにも子供の頃から面識があるの。直接会話をするのは数年ぶりとはいえ、式典で顔を合わせることはあったし、まったく覚えていないことはないでしょう?」

 確かに、と頷く。青妃は雨了の子供の頃にそっくりだ。実際の年齢よりいくつか若く見えるのもあり、幼い頃から外見はそう大きく変わっていないのだろう。しかも彼女はこんなにも美少女なのだ。一度見たら忘れられるものではない。

「第二に、白呈孝は新年の式典に出席していたわ。しかもかなり前の方にいたのはわたくしも確認しているの。なのに朱貴妃の顔が分からないなんておかしいでしょう。着物もそう。どちらも良い仕立ての着物だけれど、白琅の王太子ともあろうものが、どちらが貴妃きひの纏う着物か見分けられないはずがないのよ。白琅は宝石の鉱山と加工職人の国なんだもの。その王太子として相応しい審美眼を持っているわ」
「なるほど」

 着物や装飾品には格がある。妃で公主でもある青妃が着ている着物はもちろん高級品だが、貴妃きひの私の方が格上になるように調整されているのだろう。ちなみに私の審美眼は全然ダメなので、どっちもいい着物としか分からないのだが。そう告げると青妃は微笑む。

「それが普通なのよ。逆に言えば、あの男はごく普通の審美眼しか持ち合わせていない。そして第三に、あの白呈孝はわたくしの青い目の意味を知らなかった。雨了も普段人前に出る時は冕冠を被って、顔や青い目を見えにくくしているでしょう。この目のことも誰にでも教えることじゃない。青い目の意味を知らないのは、政治の中枢に関われない人間ってこと。それに凛家のことも知らないくらいだったもの。偉そうにしていたけれど、所詮、その程度の立場の者ってことよ」

 青妃がそこまで言うのだから、あの白呈孝が本人ではないのは間違いなさそうだ。

「瑞雪はあの紫蝶という女性に見覚えはありましたか?」
「いえ、知らないわ。でもなんだかすごく嫌な感じがしたのよね……」
「私も同意見です」
「偽の白呈孝よりあの人こそ、油断しない方がいいでしょうね」

 温度感のないあの瞳、全身から感じる嫌な気配。白呈孝とは違う意味で危険な感じがしていた。

「準備と言っていましたけど……大丈夫でしょうか」

 青妃は私の身代わりとして、朱貴妃だと名乗ったのだ。何か目的があるようだったが、何をされるか分かったものではない。

「さあ、あの者たちが何のつもりで攫ったのか分からないけれど、何かに利用するつもりなのでしょう。でも、朱貴妃を殺したいのなら、攫うよりあの場で二人とも殺してしまえばずっと簡単のはずよ。あんなに恐ろしい虎の妖もいたんだもの。だから、利用価値がある間は殺される心配はないわ。……でも、貴方は違う。貴方のことを逃すよう交渉したけれど、約束が守られるとは限らないわ。だからわたくしが連れて行かれた後はなんとか逃げることを考えて。ごめんなさい……わたくしにはこれくらいしか出来なくて……」

 青妃は私の手をぎゅっと握って言った。
 身代わりになった自分が大変な目に遭うかもしれないのに、私のことを心配してくれているのだ。
 十年前、彼女は襲われた雨了を逃がすため、着物を取り替え、挙句死にかけるほどの大怪我を負ったのだと聞いている。なのに今も私を助けようとしてくれる。その身を捧げるような献身に、グッと胸が詰まるのを感じた。

「大丈夫です」

 私は青妃の青い瞳を見つめて安心させるように言った。

「あんなに騒ぎになっていたし、きっともう雨了が探しているはずです」
「でも、ここがどこだかも分からないのよ。気絶していたからどれだけ時間が経ったか……。宮城からとても遠いところかもしれないわ」

 しかし私には雨了からもらった首飾りがある。これはただの首飾りではない。

「大丈夫、これがあります」

 私は青妃の手を取り、自分の胸元に押し当てた。
 言葉にせずとも、ここに雨了の鱗があると気付いた青妃の目が大きく見開いた。瞳は歓喜に潤み、雨上がりのようにキラッときらめく。

「ああ……よかった……!」

 雨了は龍の力で愛妃である私がどこにいるか分かるのだ。私が雨了の鱗を身につけているなら、もっと詳しい位置を感じ取れると言っていた。私がこの首飾りを持っている限り、雨了がきっと見つけてくれるという安心感があった。

「雨了と合流出来たら瑞雪のことも助けに行きますから」
「いえ、貴方はわたくしのことより、自分の安全のことだけを考えて。約束通り解放されればいいけれど、もしされなかったら、なんとかこの牢から脱出するのよ。ここが宮城からどれくらい離れているか見当もつかない。雨了がこの場所を突き止めたとしても、辿り着くまでに、うんと時間がかかってしまうかもしれないわ」
「でも、扉に鍵が……」

 脱出するにはこの牢の鍵を開けなければならない。しかし私には鍵開けなど出来ないし、鉄格子の外には虎の妖が見張っている。

「──なあ、鍵のことなら俺に任せてくれないか」

 突然そんな声がして、私はギクリと体を震わせた。

「は、白呈孝……っ!?」

 その声は、あの白呈孝のものに間違いない。
 足音もしなかったのに、いつの間に。
 そう思って鉄格子の外を向いたが、肝心の白呈孝の姿はどこにもない。

「あ、あれ?」

 キョロキョロとあたりを見回すが、牢屋の外にいるのは、暗がりで伏せている虎の妖だけである。

「ねえ、今の声って……」

 幻聴ではないらしく、青妃もきょとんとした顔で細い首を巡らせ、不思議そうに顔を傾けている。

「下だ、下!」

 また声がする。確かに声は下の方から聞こえてくるのだが。

「もしかして、地面に穴でも開いてます?」
「違う。こっちだっての!」

 見つけられないことに苛立ったのか、声色が変わる。
 鉄格子の下の隙間に、何やら蠢く影があった。

「あっ! あそこに!」

 視線を向けると、鉄格子の隙間から小さな影がスルリと入り込んできたではないか。

「な、何かいるわ! 入ってきた!」
「ったく、何か、じゃねえよ。お前らを助けに来てやったんだろうが!」

 そう言ってそいつは胸を張った。どこからどう見ても猿の姿で。


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