あやかし狐の身代わり花嫁

シアノ

文字の大きさ
表紙へ
3 / 52
1巻

1-3

しおりを挟む
「こぉんこん。花嫁様、あやかし屋敷にようこそ」

 尾崎は芝居がかった言い回しで私の手を引いて松林を歩く。逃がさないためなのか、その手を離そうとはしない。
 しかし、暗闇の中、ぐいぐいと手を引っ張られていても、不思議と松の根につまずくことはなかった。
 我が由良家から尾崎の屋敷まで高々数分。その時間で心の準備が出来るはずもない。あやかしがたくさんいる場所で三ヶ月も過ごすだなんて、とにかく不安でならなかった。
 私は歩きながら尾崎に尋ねた。

「あの……私、人間ってバレたらいけないんですよね?」
「そうですよ。あやかしにもよりますが、人が好きで人に交じって暮らす者がいれば、人が嫌いで虎視眈々こしたんたんと命を狙う者、食べ物として見る者もおりますね。屋敷には色々住み着いておりますから、さてさてどれがどれやら……」
「そんなの無責任じゃないですか! 私はただの人間です。あの花嫁の狐だって、私をすぐに人間だって見破ったのに」
「確かにそうですねえ。せっかく連れ帰ったのに、すぐにかじられてはたまりません」

 尾崎は足を止め、ううんとうなる。
 その気の抜けた声は、私を守る気がなさそうに聞こえて更に不安がつのる。

「とりあえず化け狐と化け狸の親戚ってことにしときましょうか。ほらさっきの二人、まさにそんな感じだったでしょう」

 私もそれには同意見だったので、そんな場合じゃないはずなのにクスッと笑いが漏れた。

「本物の狐のあやかしから見てもそう見えます?」
「ええ。欲深が人の皮をかぶっているようにしか見えませんでした。あやかしだってねえ、心根の綺麗な人間の方が好きに決まってます。ま、それとは別に悪い奴なら食っていいなんて考えるあやかしもおりますけれど」

 そうか狐か、と尾崎がぼそりと呟く。

「お嬢さん、これを」

 尾崎はたもとを探って鈴を一つ取り出した。
 尾崎のたもとには色々な物が入っているらしい。

「その鈴、さっきの……?」
「ええ。お嬢さんの家まで私を案内してくれた鈴です。こいつは、元はお燦狐さんぎつねの持ち物ですからね。狐の妖気が染み付いています」

 お燦狐とは、逃げた狐の花嫁の名前だろうか。鈴を手渡された私はマジマジと見つめる。

「これをどうすれば?」
「飲んでください」
「ええっ!」

 私は驚き、再度鈴を見た。私の親指の爪より少し大きい。しかも金属製だ。そんなものを飲み込んだら喉に詰まってしまいそうだ。

「無理です!」
「でもこいつを飲んでくれれば大体の問題は解決しますよ?」
「この大きさじゃ物理的に厳しいですし……何よりあやかしの道具なんて飲めません!」

 飲み込んだら、一体どうなることか。そんな恐ろしいことはごめんだった。
 私は半ば押し付けるように尾崎に鈴を返す。

「大丈夫、こいつはそこそこ古いけど、まだ付喪つくもがみになるほどじゃありません。飲んだところで、たまーにお腹の中で鳴るくらいでしょう」

 鈴は尾崎の手のひらの上で勝手にシャンと音を立てた。まるで意思があって返事をしたみたいではないか。

「大丈夫じゃありません! 気味が悪い!」
「うーん困りましたねえ……」

 まったくもって困ってなさそうな声色で、尾崎は肩をすくめた。

「お嬢さん、ちょっとごめんなさいよ。ほんの少ーしだけ辛抱していてくださいな」
「だから、い――」

 嫌だと言う途中、突然私の喉が凍りついた。
 喉だけではない。体も動かせない。それは狐の嫁入りを邪魔してしまった時と同じだった。体の自由がどこかに行ってしまったかのようだ。
 動かせるのは視線のみで、尾崎をにらむことすら出来ない。

「まあ、ちょこっと乱暴なやり方ですけどね。でも、もういい加減、嫁を連れ帰らねば屋敷の者に怪しまれますし」

 尾崎はそう言いながら狐面に手をかけ、少し上にずらした。狐面で隠れていた鼻と口があらわになる。

(なんだ、ちゃんと顔があるんじゃない)

 なんとなく、あの狐面の下はのっぺらぼうかもしれないと思っていた私は、拍子ひょうし抜けした。
 すっと通った鼻筋に形のいい唇。ボサボサの蓬髪ほうはつを見なければ、鼻から下は男前と言えるかもしれない。上半分が見えないから正しい判断は出来ないが。
 ついあらわになった狐面の下の顔に意識が向いてしまって、尾崎のしようとしていることに気付くのが遅れた。
 尾崎は私のあごをわずかに持ち上げ、唇を開かせた。体が動かないから尾崎の思うままだ。無理矢理鈴を飲ませる気だと悟った時には、全てが遅かった。
 尾崎は己の舌を出して鈴を載せると、パクリと口に含んだ。
 そのまま彼の顔が近付いてくる。何をするつもりなのか、問わなくても分かった。

(やめてっ――!)

 拒絶の言葉は声にならない。
 おでこに狐面がこつりとぶつかる。
 まったく動かない唇に尾崎の唇が触れた。
 ――口付けられてしまった。
 しかもそれだけにとどまることなく、触れ合った唇の合間から、何か金臭い味のする液体が流れ込んでくるではないか。

「はい、ごっくん」

 尾崎は唇を離し、小さい子供に薬を飲ませるみたいに、私の喉を軽く撫でる。
 口の中に液体が溜まったせいか、それとも尾崎が喉だけ動かしたのか。
 ――ごくん。
 私は口の中の液体を飲み込んでしまった。
 あやかしから口移しで与えられたわけの分からない液体を。
 口付けをされた衝撃と合わせて、頭が真っ白になっていく。

「いやあっ‼」

 無我夢中で、目の前の尾崎を突き飛ばす。
 しかし、直前でひょいっと尾崎にその手を避けられ、私はその場に尻餅をついてしまった。
 いつの間にか、体が動くようになっている。でも、なんにも嬉しくない。そででゴシゴシと口を拭う。

「ひどいっ! なんてことをするのよっ!」
「そんな。私はお嬢さんのためを思って」

 尾崎はとてもそうは思っていないような声色で言った。

「だって大きくて飲み込めないって言うから、わざわざ鈴を液体にしたんですよ。ちゃんとお腹の中に入ってから、固体に戻るようにして。それもこれもお嬢さんの体に負担をかけないためにしたことです」
「だ、だからって……!」
「三ヶ月後の親族会議が終わったら取り出してあげましょう! 鈴が教えてくれるから、それまではどうせ逃げられませんしね」

 私のお腹の中でシャンと鈴が鳴る。慌ててお腹を押さえた。
 本当に体の中にあやかしの鈴を入れられてしまったのだ。顔からさあっと血の気が引いていく。

「もう嫌ぁっ! どうして私がこんな目に!」

 高ぶる感情に任せて大声を上げた。
 もう泣きたい。

「そりゃあ、禁足地に足を踏み入れてしまった自分のせいでしょう」
「黙っててよ! そんなの私にだって分かってるわよっ!」

 だからといって感情を我慢出来るものでもない。

「……そんなに嫌だったんですか?」
「嫌に決まってるじゃない!」
「でも、その鈴はお嬢さんのことを気に入ってるみたいですよ」

 また一つ、お腹の中でシャンと音が鳴る。

「きっと、お嬢さんを助けてくれると思いますけどねえ。魑魅ちみ魍魎もうりょうの巣みたいなところに行くわけですし、味方は多い方がいいですよぉ」
「うるさいっ!」

 私は頭にカッと血が昇り、すぐ側に落ちている松ぼっくりを拾って投げた。
 ちょうど狐面の位置を直していた尾崎の、その狐の鼻っつらに松ぼっくりが当たり、ポコンといい音がする。

「あ痛ッ!」

 尾崎はしゃがみ込んで狐面を押さえた。
 そこまで痛いはずはないだろうが、ほんの少しだけ私の溜飲りゅういんが下がった。


 気を取り直して私たちは尾崎の屋敷の近くまでやって来た。
 いや、それでも気が重いことには変わりない。そっと鈴の入ったお腹を撫でる。
 身動きをしても音が鳴ることがないのは不幸中の幸いだった。そもそもお腹の中だというのに振って鳴らすのと同じ音が出るのだから、見た目通りの鈴ではなく、あくまで特別なあやかしの鈴ということなのだろう。

「それじゃあお嬢さん……いや、ここからは小春さんと呼ばせてもらいますね」
「はあ……」
「やはり鈴を飲んだからでしょう。小春さんからわずかに妖気を感じるようになりました。これでまあ人間と見破られる確率も減ったことでしょう」

 私にはさっぱり分からないが、尾崎がそう言うのなら効果はあったのかもしれない。
 松林がぽっかりと開き、二つの門に挟まれた不思議な橋が現れる。

「さて、ここから先はいつバレてもおかしくありません。今のうちに少し話をすり合わせておきましょう。まず、私のことを尾崎さんと呼ぶのはやめましょう」
「じゃあなんと呼べば?」
「私には、尾崎玄湖くろこって名前がございます」

 尾崎――いや玄湖はそう言いながら己の狐面を指差した。

「分かりました。では、玄湖さんで」

 どうせ逆らったところで鈴を取り出してもらうまでは逃げられない。これではまるで首に鈴を付けられた猫だ。うんざりした気分で息を吐く。

「ああ、夫婦になるとはいえ、しとねを共にすることはありませんからご安心を。それでもたまには夫婦に見えるよう振る舞ってもらいます」
「はい」

 三つ指でも付いて出迎えればよいのだろうか。あやかしの作法などまったく分からない。渋々ながらそう返事をした。

「あの、小春さんって、か弱い見た目のわりにかなり気が強いですねえ。ね、そんなにつんけんしないでくださいよぉ」
「別に、私はさっさと役目を果たして家に帰りたいだけです! 誰も見てないところでまで演技をする必要はないでしょう!」

 ふん、と私はソッポを向いた。
 玄湖はへにょへにょとした情けない声を出す。

「……すみませんでした。あんなことはもうしませんから」
「そうですね! もう頭からかじられたって構わないってなれば、親族会議で全部ぶちまけてやりますから。私をこれ以上怒らせないでくださいね!」

 そうきっぱり言って玄湖を見れば、不思議と狐面の眉が下がって見える。

「わ、分かりました。じゃあ、無事に三ヶ月後の親族会議を乗り切ることが出来たら、小春さんの望みを何か一つ叶えましょう。あやかしに叶えられる望みだけになりますが。……この最後の尻尾しっぽに誓います」

 玄湖はそう言って赤茶けた己の尻尾しっぽを掴む。大きくてふさふさしているが、よく見るとしばらく洗っていない犬の尻尾しっぽみたいで汚らしい。
 私は思いっきり眉を寄せる。

「その望みは全部終わってからよね。それはそれとして、玄湖さんの髪の毛と尻尾しっぽ、なんだか汚いです! 花嫁のフリをさせたければ、それ、どうにかしてください!」

 指を突き付けると、狐面がガクガクと縦に揺れた。

「……大人しそうな娘に見えたのに」

 ぼそりと小声でそう言うのが聞こえたので、思いっきりにらみ付けてやる。
 震え上がった玄湖の尻尾しっぽがピーンと伸びた。
 まったく、昨今の女学生をめないでいただきたい。

「で、ええと、さっきも言いましたが、小春さんは化け狐と化け狸の親戚です。お父様は人間だった半妖ということにしておきましょうか。半妖ゆえに人の世界で育てられたので、あやかしの世界には詳しくない。そう言い張ればよろしいでしょう」
「分かりました」

 大人しく相槌あいづちを打つと玄湖はホッとしたように息を吐いた。

「あと、屋敷には大なり小なりあやかしがウロウロしています。奉公人は全て把握していますから、後で紹介します。それ以外の小さなあやかしやら勝手に入り込んでいる居候いそうろうやらは私も把握出来ていません。多分、変なあやかしが近寄ればその鈴が教えてくれるでしょうから、私や奉公人の側に行くようにしてくださいな」
「その奉公人にも私が人間ってことは言っちゃ駄目なんですよね」
「はい。万が一、そっちから話がバレたら困りますし。ついうっかりで口を滑らせることってあるでしょう」

 まさに玄湖こそペラペラと口を滑らしそうな男だ。しかし秘密を知る者は少ない方がいいと納得して頷く。
 あまり時間はなく、さっと話をすり合わせた私たちは尾崎家の門前に立った。

「そういえば、どうして門が二つあるんですか?」

 私はずっと気になっていたことを尋ねる。

「ああ、この門は大事なものを守るためにあるのですよ」
「お屋敷のことですか?」
「いえ、屋敷には基本的に私がいますし、奉公人もおりますから。それに人のように泥棒に入られることも、そうそうありませんしねぇ。あやかしってのは金銭や物に執着するより、妖気や強さに執着する方が多いもんでねぇ。弱いあやかしはまた違いますが、ある程度長く生きたあやかしにゃそういう傾向があります」
「じゃあ、一体何を守っているんですか?」
「この川ですよ。……言いそびれていましたが、小春さん、この川に下りて水遊びをするなんてことは絶対に、絶対にやめてくださいね」
「水遊びなんてしません! 小さい子供じゃあるまいし」
「いや、そうならいいんですけど。まあ、林の側から川に入ったくらいなら、たまーに事故が起きるくらいで済むでしょうが……門と門の間、この橋の側から川へ下りたら――多分死にます」

 死ぬときた。私は眉を寄せて川面を覗く。
 澄んだ水がさらさらと流れていく様子はただの川にしか見えない。

「この川は、彼方あちら此方こちらが混ざり合っているんです。特に混ざりが強いのがこの橋の部分で。この場所を封印して、出来るだけ周囲に影響を出さないようにしているのがこの二つ門というわけです」

 玄湖は首を傾ける。

「そうですねえ、小春さんに分かりやすく例えると三途さんずかわでしょうか。極楽に繋がっていればまだいいでしょうが、地獄に出るかもしれませんし、全然別の場所に出るかもしれません。あやかしの力でもどうにもならない川ですから」

 その声は今までの飄々ひょうひょうとしたものとは違い、真剣な色を帯びている。

「ま、この二つ門を守るために私の屋敷があり、私がいるのですよ。それじゃあ、ようこそ狐の屋敷へ」

 お腹の中で鈴がシャンと音を立てた。
 それを合図としたように、ギイッと音を立てて門が開いていく。しかし橋の上に人影はない。誰かが開けたわけでなく、ひとりでに開いたようだ。
 やはりあやかしの屋敷は不思議だらけだ。屋敷側の門もいつの間にか開いている。少しだけ不気味に感じた。

「足元に気を付けてくださいね」
「はい――」

 そう返事をして玄湖の後に続き、一歩足を踏み出したところでシャンと鈴が鳴り、心臓がドキリと大きな音を立てた。

「きゃっ⁉」
「ぎゃうんっ!」

 足元に、なにやらぐにゃりとした感触と、生き物らしい鳴き声。
 どうやら何かを踏み付けてしまったらしい。
 私は慌てて踏み付けたものから足を離そうとタタラを踏む。わずかに傾斜のある橋の上だから余計によたついてしまった。そのまま己の足にもう片方の足を引っ掛けてつんのめる。あっと思った時には、もう川へと落ちる角度で足を滑らせていた。

(あ、まずい――)

 橋の上から落ちたら死ぬという言葉を思い出して、ゾッと血の気が引いた。しかし傾く体は、もう自力で立て直せない。刹那せつなの瞬間に数々のことが脳裏をよぎる。私は迫りくる川面に、ぎゅっと目を閉じた。

「――危ないっ!」

 声と共にグイッと手を引っ張られ、ぐるりと視界が回る。そのまま硬いものに鼻っつらを打ち付けた。しかし、川には落ちずに済んだようだった。
 思わず止めていた呼吸を再開する。はっはっと走ったみたいに息が荒く、心臓がバクバクと激しい音を立てている。おそるおそる目を開けると黒い物が見えた。いや紋付もんつきはかまを着た玄湖の体だ。ちょうど胸のあたりに顔をぶつけたらしい。

「もう、気を付けてと言ったそばから! さすがの私も肝が冷えましたよぉ!」
「あ、ありがとうございます……」

 私は玄湖の腕の中にいた。引っ張られた勢いで抱き付くような体勢になっていたらしい。慌てて腕の中から出ようとしたが、力尽くで止められる。

「小春さん、嫌なのは分かります。でもお願いだから橋の上で暴れるのだけはよしてください。本当に洒落にならない。橋を渡るまで、手だけ繋がせてください」
「は、はい……」
「体を離しますから、ちょいと落ち着いて、大きくゆーっくり息をして」

 玄湖に言われた通り大きく息を吸って吐いた。
 私が落ち着いたのを見計らって玄湖はそっと体を離した。私の手首は握ったままだ。

「落ち着きましたね。じゃあ、行きましょう」
「はい……ごめんなさい」

 幼い子供みたいに取り乱してしまって恥ずかしい。しかし、軽薄で頼りにならないと思っていた玄湖だが、一応私のことを案じてくれているらしい。勝手に口付けられたのはまだ許せないが、ほんの少しだけ見直した。

「あの、そういえば私が踏んでしまったものって……」

 橋を渡り終えてからキョロキョロとあたりを見回す。
 なんだか柔らかく、生き物のような感触だった。しかも思いっきり踏んでしまった。今更ながらに少し心配になってくる。

「ああ、スイカツラっていうあやかしです」
「スイカツラ? 忍冬すいかずらって植物なら知ってますけど」
「いえいえスイカツラでいいんです。犬神の一種ですよ。ほら、そこに」

 玄湖が指差した先、門の陰からおそるおそるこちらを覗く小さな姿があった。
 柴犬の子犬によく似ている。大きさはねずみより一回り大きいくらい。実際の子犬よりも小さい。毛並みは茶色、目と鼻は黒。鼻周りの毛が黒く、わずかに垂れた耳の感じは近くの集落で生まれた子犬にそっくりだ。いや、ずんぐりむっくりとした短い手足や胴体は、子犬というよりまだ歩行もおぼつかないよちよちの赤ちゃんの頃を彷彿ほうふつとさせる。

「踏んでしまってごめんなさい」

 私はしゃがみ込んでスイカツラに向かって話しかけた。スイカツラは首を傾げているだけで門の陰から出てこようとしない。

「あの、おびえさせてしまったでしょうか。結構強く踏んでしまったから、怪我してるかも」

 玄湖にそう言うと、彼は笑いながら首を横に振った。

「大丈夫ですって。あやかしは頑丈ですし、人や獣と姿形が似ていてもまったく同じに骨や内臓があるとは限りません。私も何度か踏ん付けたことありますがね、その程度じゃ怪我なんてしませんよ。大体スイカツラが無遠慮に足元に絡んでくるのが悪いんですから」
「でも……」
「それにそいつらは人型のあやかしほど知恵もありません。ほとんど獣のようなものです。小春さんは犬神って分かりますか?」
「ええと、聞いたことはあるんですが、詳しくは……」
「ここいらじゃ、この屋敷にくらいしかいませんが、人にく犬のあやかしです。人が飼い慣らすことも出来ます。……というか犬神を飼い慣らして式神として使役し、狙った相手に取りかせる血筋の人間がいるんです」

 玄湖の説明はなんだかおっかない。

「……怖いあやかしなんですか?」
「いいえ、ちーっとも。この屋敷にいるのはみんな野良の犬神ですしねぇ。野良犬がウロウロしてるようなものですよ。寄ってきたら撫でてみたらどうでしょう。なつくかもしれませんよ」

 玄湖はそう言って声を上げて笑う。その様子にちょっとホッとした。

「そうですか。……じゃあ、おいでー」

 再度スイカツラに声をかけると、垂れた耳をピクリと動かした。隠れていた門の陰からちょこちょこと出てくる。歩き方もあどけない子犬のようで愛らしい。
 やはり小さい。こんなに小さな生き物を踏んでしまった罪悪感がある。

「きゅうん」

 鳴き声まで子犬だ。
 サイズが小さいただの子犬にしか見えない。そう思ったところで門の陰からスイカツラの全身が現れ、私は凍り付いた。
 柴犬に似ているなら、くるりとした巻き尾のはずだ。けれど私の目に入ってきたスイカツラの尾はニョロニョロと長い、へびみたいな尻尾しっぽだった。
 トカゲとも違う。スイカツラが歩けばまさにへびのような動きで蛇行しながら尻尾しっぽも地面をっている。

「きゅん」

 私の足元まで来て立ち止まったスイカツラ。尻尾しっぽもしっかり見える位置だ。
 まさにへび尻尾しっぽのようなうろこが見て取れた。くるりと巻いていることは巻いている。想定していた柴犬の巻き尾とはまったく違ってとぐろを巻いているのだけれど。

「……し、尻尾しっぽへびなんですね」
「そういえばそうだねえ。抱き上げてみたらどうだい?」
「……今度にしておきます」

 その言葉が分かったのか、スイカツラはその場からタタッと走り去った。
 尻尾しっぽもしゅるしゅると本体の後ろをっていく。
 私はその光景を見て息を吐いた。

(……本当にあやかし屋敷なんだ。気を抜かないようにしなきゃ)

 屋敷へ歩き出した玄湖の後ろを歩きながら、私はそう強く決心をした。


しおりを挟む
表紙へ
感想 6

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

香死妃(かしひ)は香りに埋もれて謎を解く 

液体猫
キャラ文芸
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞受賞しました(^_^)/  香を操り、死者の想いを知る一族がいる。そう囁かれたのは、ずっと昔の話だった。今ではその一族の生き残りすら見ず、誰もが彼ら、彼女たちの存在を忘れてしまっていた。  ある日のこと、一人の侍女が急死した。原因は不明で、解決されないまま月日が流れていき……  その事件を解決するために一人の青年が動き出す。その過程で出会った少女──香 麗然《コウ レイラン》──は、忘れ去られた一族の者だったと知った。  香 麗然《コウ レイラン》が後宮に現れた瞬間、事態は動いていく。  彼女は香りに秘められた事件を解決。ついでに、ぶっきらぼうな青年兵、幼い妃など。数多の人々を無自覚に誑かしていった。  テンパると田舎娘丸出しになる香 麗然《コウ レイラン》と謎だらけの青年兵がダッグを組み、数々の事件に挑んでいく。  後宮の闇、そして人々の想いを描く、後宮恋愛ミステリーです。  シリアス成分が少し多めとなっています。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。