17 / 52
2巻
2-1
しおりを挟む
一章
鬱蒼とした黒松の林の奥に、不釣り合いなほど立派な屋敷がある。
ぐるりと土塀に囲まれた屋敷の前には小川が流れ、橋がかけられている。その橋を挟むように門が二つ。
そんな少し不思議な屋敷の主人は人ではない。五本の尻尾を持つ狐の妖なのだ。
名前を尾崎玄湖という。
――そして私は、玄湖に嫁いだ人間の花嫁なのである。
すっかり慣れた尾崎家で、私は今日も掃除に精を出していた。
シャッ、シャッ、シャッと畳の目に沿って、箒が軽やかな音を奏でる。私は掃除をする音が昔から好きだった。
「ふう、綺麗になったわ」
塵一つない畳を見て満足する。さて、畳の掃き掃除が終わったら次は乾拭きだ。
「綺麗になってくれてありがとう。これからもよろしくね」
いつも通り、そう言いながら拭き清めて終了だ。
掃除はいい。屋敷は綺麗になるし、気分もスッキリする。新しい畳特有の、藺草の匂いが心地よかった。
私が来た頃は、見る影もないほどボロボロの屋敷だった。襖や障子には穴が開き、畳は色褪せ毛羽立っていた。それが今、こんなにも綺麗になったのは、修繕をしたからではない。この屋敷自体が妖だからだ。屋敷神といって、付喪神の一種らしい。
そのため、この屋敷の主人である玄湖が特別に力を注ぐか、私が丁寧に掃除をすると、不思議なことに屋敷神が元気になり、屋敷はもちろん、畳や襖まで新品同様に変わるのだ。
それどころか、勝手に増築して部屋が増えることも珍しくない。どんな理屈で部屋が増えるのか、私にはさっぱり分からない。朝起きると、知らない部屋が出来ていたりするのだ。本当に妖屋敷は不思議なことだらけだ。
今掃除しているこの部屋も、最近出来たばかりの部屋だった。
「おーい、小春さん、ここにいたんだね。また掃除をしていたのかい」
襖がスッと開き、ひょっこり顔を出したのは愛しい旦那様である玄湖だ。
玄湖は赤茶色の髪と、同じ色の五本の尻尾を持つ強い狐の妖である。しかし一見そうは見えない。優しげに垂れた目と上品な顔立ちに、玄湖の柔和な性格が表れているからだろう。
「そろそろ切り上げるところですよ」
「しまった、出遅れたな。もう私が手伝うことはないようだね」
玄湖は首を傾けて、綺麗になった室内を見渡した。
「さすが小春さん。どこもかしこもピッカピカだ。でも小春さんには、もっと私を頼ってもらいたいんだけどなぁ」
「お掃除は私がしたくてしてるんですから。それに、今日は力仕事がなかったけれど、必要な時は玄湖さんにお願いしますから」
「ああ、その時は任せておくれ!」
玄湖は腕を曲げて、力こぶを作る仕草をしてみせた。
散らかすのが大の得意で掃除は苦手な玄湖だったが、今は私が頼めば手伝ってくれるようになった。妖だからうんと力持ちで、重いものを動かす時にはありがたい。
「小春さん、掃除が終わったのなら、一緒にお茶にしよう」
「ええ。じゃあ掃除用具を片付けてきちゃいますね」
「それは私が片付けておくよ。手を洗って先に居間に行っていておくれ」
「え、でも、これくらい自分でします」
そう言ったが、玄湖は笑みを深めて私の手から掃除用具を取り上げた。
「いいんだよ。私の可愛い花嫁さんに少しくらい何かしてあげたいのさ」
玄湖は垂れた片目をパチリと瞑ってみせた。
可愛い花嫁さんと言われ、じわじわと頬が熱くなってしまう。
「小春さん、ほっぺが桜色になっているよ。ああ、可愛いなあ……うーん、桜より薄紅色の牡丹かな?」
「も、もう、玄湖さんてば……」
私はほんのり熱くなった頬を押さえた。
玄湖の本当の花嫁になってから、玄湖は私を大切にしてくれる。可愛い花嫁さんと呼んで隙あらば甘やかそうとしてくるのだ。嬉しいが少しだけ気恥ずかしい。そう思ってしまうのは、私が人に頼ることにあまり慣れていないせいかもしれない。玄湖もそれを分かっているようで、少しずつ慣れさせてくれている。そういう気遣いを感じるたびに、胸がほかほかするのだった。
「今日のおやつはお重特製の草団子だよ。私もこれを片付けたらすぐに行くから、先に食べていておくれ」
「はい。じゃあ、お先にいただいていますね」
手を洗い、外に面した回り廊下を歩いていると、向こうからパタパタと軽い足音が聞こえた。双子の人形の付喪神である南天と檜扇、それから犬神の一種、スイカツラの麦だ。彼らは走ってやって来て、私の前で足を止めた。
「あっ、小春だ!」
「ねえ小春、おやつ食べた?」
「きゅうー!」
「緑色でね、甘いのがあるよ!」
「草団子って言うんだって!」
「きゅんっ!」
彼らは一気に捲し立てた。あまりの騒々しさに私は笑ってしまう。子供らしく元気いっぱいだ。
私は屈んで南天たちに視線を合わせた。
「今から食べるわ。みんなはもう食べたの?」
「うん! きな粉いっぱいでね」
「うん! 餡子もあるんだよ」
「んきゅー」
麦に至っては、思い出したのか口からポタポタ涎が垂れている。それだけ美味しかったらしい。
「ふふ、よかったわね」
私は手拭いを取り出して麦の口を拭き、それから南天と檜扇の頭を撫でた。二人はえへへ、と恥ずかしそうにはにかんだ。
そっくりな顔だが、赤い髪が南天、黒い髪が檜扇である。かつてどうもとこうもと名乗っていた彼らは、玄湖の作った双子人形が付喪神になった妖だ。付喪神になりかけていた時、彼らは一度、創造主である玄湖に壊されている。それもあって、一時は玄湖のことを恨んでいたが、今は屈託なく笑う可愛い子供たちだ。
南天たちと別れ、私は居間に入る。
お重とお楽が南天たちの食べ終えた皿を片付けているところだった。
「おや小春奥様、いいところに。この草団子、出来立てですから美味しいですよ」
重箱婆という狸の妖であるお重が食卓を指し示した。
食卓の大皿の上には一口サイズの草団子が山のように積み上がっている。その数に私は目を丸くした。
「まあ、たくさん作ったのね」
「草団子はたくさんあるに越したことはないんです。旦那様がうんと召し上がりますから。さあさ、小春奥様もお好きなだけ召し上がれ!」
お重はニコニコしながら小皿に草団子をポンポンと山盛りにして、私の前に置いた。
十個以上ありそうだ。お重の作るものはなんでも美味しいが、さすがにおやつにしては多過ぎる量に私は苦笑する。
「とっても美味しそう。でも……ちょっと多いかしら」
「あら、そうですか?」
お重はキョトンと目を丸くする。人間の私に比べて妖は食べる量が多いのだ。普段の食事は私が食べきれる量にしてもらっているが、それでもお重はたまに盛り過ぎてしまう。それが好意からなのは分かっているのだが。
「この半分くらいの量で十分だわ」
私は小皿の草団子を、半分ほど大皿に戻した。
お楽が私の前にお茶を置く。緑が鮮やかな草団子に合わせて、お茶も香り高い緑茶である。
「まったく、お重は加減を知らないのですから……」
お楽は袖で口元を押さえ、お重を当て擦った。狢であるお楽は狸のお重と喧嘩ばかりしている。
「どれだけ多くたっていいんです。余ったって旦那様がペロッと食べちまいますからね。まったく、お楽こそ、さっきは草団子をバクバク食べていたくせにさ!」
お重は唇を尖らせる。
「バ……バクバクなんて食べていませんっ……!」
「いーや、食べてたね! ふんだ、上品ぶっちゃってさ!」
お重とお楽は火花を散らして睨み合う。しかし、これで案外仲が良く、言い合っているのも二人の日常だった。喧嘩するほど仲がいいという言葉がピッタリの二人なのである。
「まあまあ、二人ともそれくらいで。そうだ、南天たち、草団子が美味しかったって喜んでいたわよ」
私がそう言うと、二人は喧嘩をやめてニッコリ笑う。
「あの子たち、たくさん食べていましたからね。こっちも作り甲斐があるってもんです。さっきも南天はきな粉、檜扇は餡子をたっぷりつけて。美味しい美味しいってニコニコしてね。可愛い子たちですよ」
お楽もコクンと頷き、優しく目を細めた。
「麦もお腹がまん丸になるまで食べていました。あの子たちは本当に仲が良くて。いるだけで屋敷が明るく感じます……」
「あたしもそう思いますよ。あたしらと旦那様しかいない時は、この屋敷も薄暗くてねえ。ほら、お楽が薄暗ーい性格なもんだからさ!」
「な、なんですって……!」
「ああもう、二人とも喧嘩しないの」
私は苦笑して二人を止める。
とはいえ、古参の使用人である二人が、新参者の南天や檜扇を気に入ってくれている様子に安心した。
「でも、確かに私がこの屋敷に来た時とは大違いだわ。こうしてみんなと一緒にいられて、美味しいものを食べて……幸せだなって思うの」
「小春奥様……」
お重とお楽は嬉しそうに微笑んだ。
「――る……ぃ……」
ふと、襖の方から何か聞こえた気がして振り返った。しかし襖は閉まったままだ。気のせいだったのだろうか、と私は首を傾げる。
「あら……旦那様が来たようですね」
お楽の言葉に耳を澄ませると、玄湖の足音が近付いてくるのが聞こえた。さっきの物音はきっと玄湖の足音だったのだろう。
「さあ小春奥様、どんどん草団子を召し上がってくださいよ。遠慮していたら旦那様にぜーんぶ食べられちまいますからね!」
お重に促され、私はクスクス笑って頷いた。
「ええ、そうするわ」
ちょうど襖が開き、玄湖が部屋に入ってきた。
「――おや、私の噂話をしていなかったかい?」
「いえ、なんでも。玄湖さん、掃除用具を片付けてくださってありがとうございます」
「いやいや。大したことじゃないさ」
玄湖は私に微笑んでから、食卓の草団子に視線を向ける。
「美味しそうな草団子だねえ。餡子ときな粉、どちらをつけようか……いや、両方でもいいか」
玄湖は草団子に目を輝かせて私の隣に座った。
私は一足先に艶々と美味しそうな草団子を口に運んだ。
蓬の爽やかな香りと、もっちりとした食感にうっとりする。ほのかな甘みがあるので何もつけなくても美味しい。玄湖のようにきな粉や餡子をつけて食べるのも良さそうだ。
玄湖は餡子をたっぷり載せた草団子を頬張り、幸せそうに目を細めた。
「美味しいねえ。小春さん、こっちの餡子つきのも食べてごらんよ。ほら、あーんして」
玄湖は蕩けるような笑みを浮かべ、私の口元に餡子をつけた草団子を持ってくる。
「ほらほら、落ちちゃうから早く」
そう急かされて、私は差し出された草団子をパクッと口にした。丁寧にこしてある餡子の甘さが口いっぱいに広がる。そのまま食べるのもいいが、餡子と一緒に食べるのも美味しい。しかしそれ以上に恥ずかしくなってしまった。
「も、もう玄湖さんってば、自分で食べるのに……」
「ふふ、照れる小春さんが可愛いものだからさ」
「もうっ!」
私は照れ隠しに頬を膨らませて玄湖の腿をペチリと叩く。それから私はクスクスと笑った。玄湖も優しい顔で笑っている。
――玄湖に嫁いで、私は幸せだ。
玄湖はだらしないし、ぐうたらなところもある。しかし、その分おおらかで優しい。五本の尻尾を持った強い狐の妖で――そして私の大切な旦那様なのだ。
次の日の朝、私は困り果てて息を吐いた。
朝起きて、身繕いを済ませて廊下を歩いていたら、また見覚えのない襖を見つけてしまったのである。最近、屋敷神が妙に活動的で、部屋が増えることが多い。
ちょうどそこに、寝起きの玄湖がのそのそ歩いて来た。
「おはようさん……どうかしたかい?」
「あ、玄湖さん、おはようございます。見てください。また部屋が増えているんです」
「おやおや、ここのところ毎日だねえ」
玄湖は寝起きのボサボサ頭を傾けてそう言った。
「ええ、後で掃除しなきゃ」
「小春さん、無理して掃除しなくていいんだからね」
「でも、出来たばかりの部屋ってちょっと埃っぽいんです。それに掃除ついでに間取りを調べておきたいから。私、屋敷の中で迷わないように紙に書き付けているんですよ」
屋敷はとても広いのだ。続き部屋になっていて他の部屋に繋がっていることもあるので、逐一確認しておかなければならない。
しかしそれも毎日になると修正が大変だ。気が付けば白い紙に書き込みがみっちり増えていた。そろそろ大きい紙に書き写した方がいいかもしれない。
玄湖は私の書き付けを覗き込んだ。
「うわぁ、記録するのも楽じゃないね。それにしても、なんでこうも部屋が増えるんだろう。部屋が増えるのは前からだけれど、ここまで頻繁じゃなかったよ」
「そうなんですか? 玄湖さんが五尾に戻って、屋敷に力をいっぱい注ぎ込んでいるからだと思っていました」
屋敷神は玄湖が妖力を注ぎ込んで管理していると聞いていた。
しかし玄湖は首を横に振る。
「それが、ここ一週間くらい屋敷に力を注いでいないんだよ。なのに、やけに屋敷神の力が増しているんだよねえ。なんていうか、力を持て余しているみたいでさ」
「どうかしたのかしら……」
私は立派な木目の柱に手を当てる。ツルッとした感触の柱をゆっくり撫でた。
「ねえ、屋敷神さん。もう部屋を増やさなくていいのよ。これ以上はお掃除も大変だし、私、屋敷で迷子になっちゃったら困るわ」
「はは、小春さんの言葉なら通じるかもしれないねえ。さ、朝餉を食べに行こうじゃないか」
「その前に髪の毛を整えなきゃ。玄湖さんったら、寝癖でボサボサですよ!」
私は柱から手を離して玄湖の袖を掴んだ。
「――て、……そ……の」
その時、不意に声のようなものが聞こえて、私は玄湖の袖からパッと手を離した。
「どうしたんだい?」
「何か、声みたいなのが聞こえたんですが……」
子供のような甲高い声。だが、この場には私と玄湖しかいない。
玄湖も首を傾げている。
「玄湖さんには聞こえませんでしたか」
「聞こえなかったよ。庭で遊んでいる南天や檜扇の声じゃないかな」
「あ、きっとそうですね」
子供の声は遠くてもよく響くものだ。
「さ、小春さん、私の髪の毛を梳かしておくれ。このままじゃお重に怒鳴られてしまうよ。今日あたり、お重特製の葱入り卵焼きが出ると思うのさ。私はあれが好きでねえ。こんなボサボサ頭のままじゃ、怒ったお重に卵焼きの数を減らされるかもしれない!」
戯けた玄湖の言葉に、私はクスッと笑う。
「ええ、玄湖さんの寝癖は私に任せてください。尻尾も艶々にしますからね」
「うん。それで、朝餉の後は一緒に掃除しようか。まあ私はあまり掃除の役には立たないけどさ、応援なら任せておくれ」
「玄湖さんの応援なら心強いです」
玄湖は嬉しそうに垂れた目をますます下げたのだった。
「お葱が入った卵焼き、美味しかったですね。しっとりして、ほんのり甘くて……」
朝食後、回り廊下を歩きながら、私は食べたばかりの味を思い出していた。ついつい緩んでしまう頬を押さえる。お重特製の葱がたっぷり入った卵焼きは、出汁と葱の風味が合わさってとても美味しかった。
「そうだろう。お重の料理はなんでも美味しいけどね。私は卵焼きならうんと甘いやつより、今朝くらいのほのかな甘さのものが好きだねえ」
「私は甘いのも好きです。実家にいた頃は、甘いお菓子はたまにしか食べられなかったので、甘い卵焼きがご馳走だったんですよ」
「そうなのか。だからかなぁ。小春さんって、甘いもの食べると幸せそうに微笑むもんねえ」
「もう――」
軽口を叩く玄湖をペチリとやろうとして手を振り上げたその時、ズンッと下から突き上げる激しい揺れに襲われた。
「きゃっ!」
「小春さん!」
よろめいた私を、玄湖が庇うように抱きしめた。
「い、今の……地震ですか?」
「……いや、違うな。庭の木の方を見てごらん。枝が揺れていない。この屋敷だけが揺れたんだ」
「そんな、どうして……」
「屋敷神だ。今、力の流れが少し見えた。しかしなんでこんな真っ昼間に……」
玄湖は私を抱きしめたまま、天井の方を向いてキョロキョロしている。
「あ、あの……もう大丈夫だから離してくださいな」
「ああ、ごめんごめん」
私は玄湖の腕の中から逃れ、ドキドキしていた胸を押さえる。
「たぶん、また屋敷神が部屋を増やしたんだろうけど、随分乱暴だったねぇ」
「わ、私がもう増やさなくていいなんて言ったから、怒ってしまったんでしょうか」
私はおそるおそる尋ねたが、玄湖は首を傾げた。
「さあねえ。人の形を持たない付喪神との意思疎通は難しい。私でも何を考えているかまでは、さすがに分からないよ」
「あの、新しい部屋を探してきてもいいですか?」
「私も行くよ」
私は玄湖にくっついて屋敷内をうろうろと歩いた。
この屋敷はざっくりと、玄関から向かって右側が台所や洗い場、使用人用の部屋となっていて、左側には居間や玄湖と私の部屋、客間などがある。
部屋が増えるのは左側の奥のことが多い。不思議なことに、部屋が増え、屋敷内がどれだけ広くなっても、庭が狭くなることはない。つまり、外から見える屋敷と屋敷内では広さに差があるようなのだ。そんなことあり得るのかと最初のうちは混乱したが、妖の屋敷はそういうものだからと玄湖に言われてしまってはどうしようもない。人間の私は、妖の関わることで悩むだけ無駄なのかもしれない。
しかし、屋敷の内部が広くなればなるほど、玄湖の目の届かない場所が増えてくる。たまに、空き部屋にどこからともなく野良の妖が入り込むことがあるのはそのせいだろう。
なんの害もない妖ならまだいいが、稀に人を食う妖が交じっていることがあり、ただの人間である私には危険なのだ。もちろん玄湖を筆頭に、家族はみんな私を助けてくれるけれど、人を食う妖とは遭遇自体したくない。
しばらくすると、屋敷の奥に、見覚えのない部屋を見つけた。
「玄湖さん、この部屋!」
部屋の襖には、薄紅色の牡丹の花が描かれていた。これまでの部屋とはその点で異なっている。
「他の部屋と襖絵が違いますね。元々あった部屋はそれぞれ襖絵が違いますけど、最近増えた部屋はどれも同じだったでしょう」
「そうだねえ。この部屋は特別なのかもしれないな」
「欄間の彫刻も牡丹の透かし彫りですね」
緻密で立体的な牡丹の彫刻が見事だった。襖絵も、牡丹の花に落ちた露が光って見えるほど色鮮やかだ。絵から瑞々しさが伝わってくる。今にも花の香りがしそうだった。
きっと玄湖の言う通り、特別な部屋なのだろう。
鬱蒼とした黒松の林の奥に、不釣り合いなほど立派な屋敷がある。
ぐるりと土塀に囲まれた屋敷の前には小川が流れ、橋がかけられている。その橋を挟むように門が二つ。
そんな少し不思議な屋敷の主人は人ではない。五本の尻尾を持つ狐の妖なのだ。
名前を尾崎玄湖という。
――そして私は、玄湖に嫁いだ人間の花嫁なのである。
すっかり慣れた尾崎家で、私は今日も掃除に精を出していた。
シャッ、シャッ、シャッと畳の目に沿って、箒が軽やかな音を奏でる。私は掃除をする音が昔から好きだった。
「ふう、綺麗になったわ」
塵一つない畳を見て満足する。さて、畳の掃き掃除が終わったら次は乾拭きだ。
「綺麗になってくれてありがとう。これからもよろしくね」
いつも通り、そう言いながら拭き清めて終了だ。
掃除はいい。屋敷は綺麗になるし、気分もスッキリする。新しい畳特有の、藺草の匂いが心地よかった。
私が来た頃は、見る影もないほどボロボロの屋敷だった。襖や障子には穴が開き、畳は色褪せ毛羽立っていた。それが今、こんなにも綺麗になったのは、修繕をしたからではない。この屋敷自体が妖だからだ。屋敷神といって、付喪神の一種らしい。
そのため、この屋敷の主人である玄湖が特別に力を注ぐか、私が丁寧に掃除をすると、不思議なことに屋敷神が元気になり、屋敷はもちろん、畳や襖まで新品同様に変わるのだ。
それどころか、勝手に増築して部屋が増えることも珍しくない。どんな理屈で部屋が増えるのか、私にはさっぱり分からない。朝起きると、知らない部屋が出来ていたりするのだ。本当に妖屋敷は不思議なことだらけだ。
今掃除しているこの部屋も、最近出来たばかりの部屋だった。
「おーい、小春さん、ここにいたんだね。また掃除をしていたのかい」
襖がスッと開き、ひょっこり顔を出したのは愛しい旦那様である玄湖だ。
玄湖は赤茶色の髪と、同じ色の五本の尻尾を持つ強い狐の妖である。しかし一見そうは見えない。優しげに垂れた目と上品な顔立ちに、玄湖の柔和な性格が表れているからだろう。
「そろそろ切り上げるところですよ」
「しまった、出遅れたな。もう私が手伝うことはないようだね」
玄湖は首を傾けて、綺麗になった室内を見渡した。
「さすが小春さん。どこもかしこもピッカピカだ。でも小春さんには、もっと私を頼ってもらいたいんだけどなぁ」
「お掃除は私がしたくてしてるんですから。それに、今日は力仕事がなかったけれど、必要な時は玄湖さんにお願いしますから」
「ああ、その時は任せておくれ!」
玄湖は腕を曲げて、力こぶを作る仕草をしてみせた。
散らかすのが大の得意で掃除は苦手な玄湖だったが、今は私が頼めば手伝ってくれるようになった。妖だからうんと力持ちで、重いものを動かす時にはありがたい。
「小春さん、掃除が終わったのなら、一緒にお茶にしよう」
「ええ。じゃあ掃除用具を片付けてきちゃいますね」
「それは私が片付けておくよ。手を洗って先に居間に行っていておくれ」
「え、でも、これくらい自分でします」
そう言ったが、玄湖は笑みを深めて私の手から掃除用具を取り上げた。
「いいんだよ。私の可愛い花嫁さんに少しくらい何かしてあげたいのさ」
玄湖は垂れた片目をパチリと瞑ってみせた。
可愛い花嫁さんと言われ、じわじわと頬が熱くなってしまう。
「小春さん、ほっぺが桜色になっているよ。ああ、可愛いなあ……うーん、桜より薄紅色の牡丹かな?」
「も、もう、玄湖さんてば……」
私はほんのり熱くなった頬を押さえた。
玄湖の本当の花嫁になってから、玄湖は私を大切にしてくれる。可愛い花嫁さんと呼んで隙あらば甘やかそうとしてくるのだ。嬉しいが少しだけ気恥ずかしい。そう思ってしまうのは、私が人に頼ることにあまり慣れていないせいかもしれない。玄湖もそれを分かっているようで、少しずつ慣れさせてくれている。そういう気遣いを感じるたびに、胸がほかほかするのだった。
「今日のおやつはお重特製の草団子だよ。私もこれを片付けたらすぐに行くから、先に食べていておくれ」
「はい。じゃあ、お先にいただいていますね」
手を洗い、外に面した回り廊下を歩いていると、向こうからパタパタと軽い足音が聞こえた。双子の人形の付喪神である南天と檜扇、それから犬神の一種、スイカツラの麦だ。彼らは走ってやって来て、私の前で足を止めた。
「あっ、小春だ!」
「ねえ小春、おやつ食べた?」
「きゅうー!」
「緑色でね、甘いのがあるよ!」
「草団子って言うんだって!」
「きゅんっ!」
彼らは一気に捲し立てた。あまりの騒々しさに私は笑ってしまう。子供らしく元気いっぱいだ。
私は屈んで南天たちに視線を合わせた。
「今から食べるわ。みんなはもう食べたの?」
「うん! きな粉いっぱいでね」
「うん! 餡子もあるんだよ」
「んきゅー」
麦に至っては、思い出したのか口からポタポタ涎が垂れている。それだけ美味しかったらしい。
「ふふ、よかったわね」
私は手拭いを取り出して麦の口を拭き、それから南天と檜扇の頭を撫でた。二人はえへへ、と恥ずかしそうにはにかんだ。
そっくりな顔だが、赤い髪が南天、黒い髪が檜扇である。かつてどうもとこうもと名乗っていた彼らは、玄湖の作った双子人形が付喪神になった妖だ。付喪神になりかけていた時、彼らは一度、創造主である玄湖に壊されている。それもあって、一時は玄湖のことを恨んでいたが、今は屈託なく笑う可愛い子供たちだ。
南天たちと別れ、私は居間に入る。
お重とお楽が南天たちの食べ終えた皿を片付けているところだった。
「おや小春奥様、いいところに。この草団子、出来立てですから美味しいですよ」
重箱婆という狸の妖であるお重が食卓を指し示した。
食卓の大皿の上には一口サイズの草団子が山のように積み上がっている。その数に私は目を丸くした。
「まあ、たくさん作ったのね」
「草団子はたくさんあるに越したことはないんです。旦那様がうんと召し上がりますから。さあさ、小春奥様もお好きなだけ召し上がれ!」
お重はニコニコしながら小皿に草団子をポンポンと山盛りにして、私の前に置いた。
十個以上ありそうだ。お重の作るものはなんでも美味しいが、さすがにおやつにしては多過ぎる量に私は苦笑する。
「とっても美味しそう。でも……ちょっと多いかしら」
「あら、そうですか?」
お重はキョトンと目を丸くする。人間の私に比べて妖は食べる量が多いのだ。普段の食事は私が食べきれる量にしてもらっているが、それでもお重はたまに盛り過ぎてしまう。それが好意からなのは分かっているのだが。
「この半分くらいの量で十分だわ」
私は小皿の草団子を、半分ほど大皿に戻した。
お楽が私の前にお茶を置く。緑が鮮やかな草団子に合わせて、お茶も香り高い緑茶である。
「まったく、お重は加減を知らないのですから……」
お楽は袖で口元を押さえ、お重を当て擦った。狢であるお楽は狸のお重と喧嘩ばかりしている。
「どれだけ多くたっていいんです。余ったって旦那様がペロッと食べちまいますからね。まったく、お楽こそ、さっきは草団子をバクバク食べていたくせにさ!」
お重は唇を尖らせる。
「バ……バクバクなんて食べていませんっ……!」
「いーや、食べてたね! ふんだ、上品ぶっちゃってさ!」
お重とお楽は火花を散らして睨み合う。しかし、これで案外仲が良く、言い合っているのも二人の日常だった。喧嘩するほど仲がいいという言葉がピッタリの二人なのである。
「まあまあ、二人ともそれくらいで。そうだ、南天たち、草団子が美味しかったって喜んでいたわよ」
私がそう言うと、二人は喧嘩をやめてニッコリ笑う。
「あの子たち、たくさん食べていましたからね。こっちも作り甲斐があるってもんです。さっきも南天はきな粉、檜扇は餡子をたっぷりつけて。美味しい美味しいってニコニコしてね。可愛い子たちですよ」
お楽もコクンと頷き、優しく目を細めた。
「麦もお腹がまん丸になるまで食べていました。あの子たちは本当に仲が良くて。いるだけで屋敷が明るく感じます……」
「あたしもそう思いますよ。あたしらと旦那様しかいない時は、この屋敷も薄暗くてねえ。ほら、お楽が薄暗ーい性格なもんだからさ!」
「な、なんですって……!」
「ああもう、二人とも喧嘩しないの」
私は苦笑して二人を止める。
とはいえ、古参の使用人である二人が、新参者の南天や檜扇を気に入ってくれている様子に安心した。
「でも、確かに私がこの屋敷に来た時とは大違いだわ。こうしてみんなと一緒にいられて、美味しいものを食べて……幸せだなって思うの」
「小春奥様……」
お重とお楽は嬉しそうに微笑んだ。
「――る……ぃ……」
ふと、襖の方から何か聞こえた気がして振り返った。しかし襖は閉まったままだ。気のせいだったのだろうか、と私は首を傾げる。
「あら……旦那様が来たようですね」
お楽の言葉に耳を澄ませると、玄湖の足音が近付いてくるのが聞こえた。さっきの物音はきっと玄湖の足音だったのだろう。
「さあ小春奥様、どんどん草団子を召し上がってくださいよ。遠慮していたら旦那様にぜーんぶ食べられちまいますからね!」
お重に促され、私はクスクス笑って頷いた。
「ええ、そうするわ」
ちょうど襖が開き、玄湖が部屋に入ってきた。
「――おや、私の噂話をしていなかったかい?」
「いえ、なんでも。玄湖さん、掃除用具を片付けてくださってありがとうございます」
「いやいや。大したことじゃないさ」
玄湖は私に微笑んでから、食卓の草団子に視線を向ける。
「美味しそうな草団子だねえ。餡子ときな粉、どちらをつけようか……いや、両方でもいいか」
玄湖は草団子に目を輝かせて私の隣に座った。
私は一足先に艶々と美味しそうな草団子を口に運んだ。
蓬の爽やかな香りと、もっちりとした食感にうっとりする。ほのかな甘みがあるので何もつけなくても美味しい。玄湖のようにきな粉や餡子をつけて食べるのも良さそうだ。
玄湖は餡子をたっぷり載せた草団子を頬張り、幸せそうに目を細めた。
「美味しいねえ。小春さん、こっちの餡子つきのも食べてごらんよ。ほら、あーんして」
玄湖は蕩けるような笑みを浮かべ、私の口元に餡子をつけた草団子を持ってくる。
「ほらほら、落ちちゃうから早く」
そう急かされて、私は差し出された草団子をパクッと口にした。丁寧にこしてある餡子の甘さが口いっぱいに広がる。そのまま食べるのもいいが、餡子と一緒に食べるのも美味しい。しかしそれ以上に恥ずかしくなってしまった。
「も、もう玄湖さんってば、自分で食べるのに……」
「ふふ、照れる小春さんが可愛いものだからさ」
「もうっ!」
私は照れ隠しに頬を膨らませて玄湖の腿をペチリと叩く。それから私はクスクスと笑った。玄湖も優しい顔で笑っている。
――玄湖に嫁いで、私は幸せだ。
玄湖はだらしないし、ぐうたらなところもある。しかし、その分おおらかで優しい。五本の尻尾を持った強い狐の妖で――そして私の大切な旦那様なのだ。
次の日の朝、私は困り果てて息を吐いた。
朝起きて、身繕いを済ませて廊下を歩いていたら、また見覚えのない襖を見つけてしまったのである。最近、屋敷神が妙に活動的で、部屋が増えることが多い。
ちょうどそこに、寝起きの玄湖がのそのそ歩いて来た。
「おはようさん……どうかしたかい?」
「あ、玄湖さん、おはようございます。見てください。また部屋が増えているんです」
「おやおや、ここのところ毎日だねえ」
玄湖は寝起きのボサボサ頭を傾けてそう言った。
「ええ、後で掃除しなきゃ」
「小春さん、無理して掃除しなくていいんだからね」
「でも、出来たばかりの部屋ってちょっと埃っぽいんです。それに掃除ついでに間取りを調べておきたいから。私、屋敷の中で迷わないように紙に書き付けているんですよ」
屋敷はとても広いのだ。続き部屋になっていて他の部屋に繋がっていることもあるので、逐一確認しておかなければならない。
しかしそれも毎日になると修正が大変だ。気が付けば白い紙に書き込みがみっちり増えていた。そろそろ大きい紙に書き写した方がいいかもしれない。
玄湖は私の書き付けを覗き込んだ。
「うわぁ、記録するのも楽じゃないね。それにしても、なんでこうも部屋が増えるんだろう。部屋が増えるのは前からだけれど、ここまで頻繁じゃなかったよ」
「そうなんですか? 玄湖さんが五尾に戻って、屋敷に力をいっぱい注ぎ込んでいるからだと思っていました」
屋敷神は玄湖が妖力を注ぎ込んで管理していると聞いていた。
しかし玄湖は首を横に振る。
「それが、ここ一週間くらい屋敷に力を注いでいないんだよ。なのに、やけに屋敷神の力が増しているんだよねえ。なんていうか、力を持て余しているみたいでさ」
「どうかしたのかしら……」
私は立派な木目の柱に手を当てる。ツルッとした感触の柱をゆっくり撫でた。
「ねえ、屋敷神さん。もう部屋を増やさなくていいのよ。これ以上はお掃除も大変だし、私、屋敷で迷子になっちゃったら困るわ」
「はは、小春さんの言葉なら通じるかもしれないねえ。さ、朝餉を食べに行こうじゃないか」
「その前に髪の毛を整えなきゃ。玄湖さんったら、寝癖でボサボサですよ!」
私は柱から手を離して玄湖の袖を掴んだ。
「――て、……そ……の」
その時、不意に声のようなものが聞こえて、私は玄湖の袖からパッと手を離した。
「どうしたんだい?」
「何か、声みたいなのが聞こえたんですが……」
子供のような甲高い声。だが、この場には私と玄湖しかいない。
玄湖も首を傾げている。
「玄湖さんには聞こえませんでしたか」
「聞こえなかったよ。庭で遊んでいる南天や檜扇の声じゃないかな」
「あ、きっとそうですね」
子供の声は遠くてもよく響くものだ。
「さ、小春さん、私の髪の毛を梳かしておくれ。このままじゃお重に怒鳴られてしまうよ。今日あたり、お重特製の葱入り卵焼きが出ると思うのさ。私はあれが好きでねえ。こんなボサボサ頭のままじゃ、怒ったお重に卵焼きの数を減らされるかもしれない!」
戯けた玄湖の言葉に、私はクスッと笑う。
「ええ、玄湖さんの寝癖は私に任せてください。尻尾も艶々にしますからね」
「うん。それで、朝餉の後は一緒に掃除しようか。まあ私はあまり掃除の役には立たないけどさ、応援なら任せておくれ」
「玄湖さんの応援なら心強いです」
玄湖は嬉しそうに垂れた目をますます下げたのだった。
「お葱が入った卵焼き、美味しかったですね。しっとりして、ほんのり甘くて……」
朝食後、回り廊下を歩きながら、私は食べたばかりの味を思い出していた。ついつい緩んでしまう頬を押さえる。お重特製の葱がたっぷり入った卵焼きは、出汁と葱の風味が合わさってとても美味しかった。
「そうだろう。お重の料理はなんでも美味しいけどね。私は卵焼きならうんと甘いやつより、今朝くらいのほのかな甘さのものが好きだねえ」
「私は甘いのも好きです。実家にいた頃は、甘いお菓子はたまにしか食べられなかったので、甘い卵焼きがご馳走だったんですよ」
「そうなのか。だからかなぁ。小春さんって、甘いもの食べると幸せそうに微笑むもんねえ」
「もう――」
軽口を叩く玄湖をペチリとやろうとして手を振り上げたその時、ズンッと下から突き上げる激しい揺れに襲われた。
「きゃっ!」
「小春さん!」
よろめいた私を、玄湖が庇うように抱きしめた。
「い、今の……地震ですか?」
「……いや、違うな。庭の木の方を見てごらん。枝が揺れていない。この屋敷だけが揺れたんだ」
「そんな、どうして……」
「屋敷神だ。今、力の流れが少し見えた。しかしなんでこんな真っ昼間に……」
玄湖は私を抱きしめたまま、天井の方を向いてキョロキョロしている。
「あ、あの……もう大丈夫だから離してくださいな」
「ああ、ごめんごめん」
私は玄湖の腕の中から逃れ、ドキドキしていた胸を押さえる。
「たぶん、また屋敷神が部屋を増やしたんだろうけど、随分乱暴だったねぇ」
「わ、私がもう増やさなくていいなんて言ったから、怒ってしまったんでしょうか」
私はおそるおそる尋ねたが、玄湖は首を傾げた。
「さあねえ。人の形を持たない付喪神との意思疎通は難しい。私でも何を考えているかまでは、さすがに分からないよ」
「あの、新しい部屋を探してきてもいいですか?」
「私も行くよ」
私は玄湖にくっついて屋敷内をうろうろと歩いた。
この屋敷はざっくりと、玄関から向かって右側が台所や洗い場、使用人用の部屋となっていて、左側には居間や玄湖と私の部屋、客間などがある。
部屋が増えるのは左側の奥のことが多い。不思議なことに、部屋が増え、屋敷内がどれだけ広くなっても、庭が狭くなることはない。つまり、外から見える屋敷と屋敷内では広さに差があるようなのだ。そんなことあり得るのかと最初のうちは混乱したが、妖の屋敷はそういうものだからと玄湖に言われてしまってはどうしようもない。人間の私は、妖の関わることで悩むだけ無駄なのかもしれない。
しかし、屋敷の内部が広くなればなるほど、玄湖の目の届かない場所が増えてくる。たまに、空き部屋にどこからともなく野良の妖が入り込むことがあるのはそのせいだろう。
なんの害もない妖ならまだいいが、稀に人を食う妖が交じっていることがあり、ただの人間である私には危険なのだ。もちろん玄湖を筆頭に、家族はみんな私を助けてくれるけれど、人を食う妖とは遭遇自体したくない。
しばらくすると、屋敷の奥に、見覚えのない部屋を見つけた。
「玄湖さん、この部屋!」
部屋の襖には、薄紅色の牡丹の花が描かれていた。これまでの部屋とはその点で異なっている。
「他の部屋と襖絵が違いますね。元々あった部屋はそれぞれ襖絵が違いますけど、最近増えた部屋はどれも同じだったでしょう」
「そうだねえ。この部屋は特別なのかもしれないな」
「欄間の彫刻も牡丹の透かし彫りですね」
緻密で立体的な牡丹の彫刻が見事だった。襖絵も、牡丹の花に落ちた露が光って見えるほど色鮮やかだ。絵から瑞々しさが伝わってくる。今にも花の香りがしそうだった。
きっと玄湖の言う通り、特別な部屋なのだろう。
35
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
香死妃(かしひ)は香りに埋もれて謎を解く
液体猫
キャラ文芸
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞受賞しました(^_^)/
香を操り、死者の想いを知る一族がいる。そう囁かれたのは、ずっと昔の話だった。今ではその一族の生き残りすら見ず、誰もが彼ら、彼女たちの存在を忘れてしまっていた。
ある日のこと、一人の侍女が急死した。原因は不明で、解決されないまま月日が流れていき……
その事件を解決するために一人の青年が動き出す。その過程で出会った少女──香 麗然《コウ レイラン》──は、忘れ去られた一族の者だったと知った。
香 麗然《コウ レイラン》が後宮に現れた瞬間、事態は動いていく。
彼女は香りに秘められた事件を解決。ついでに、ぶっきらぼうな青年兵、幼い妃など。数多の人々を無自覚に誑かしていった。
テンパると田舎娘丸出しになる香 麗然《コウ レイラン》と謎だらけの青年兵がダッグを組み、数々の事件に挑んでいく。
後宮の闇、そして人々の想いを描く、後宮恋愛ミステリーです。
シリアス成分が少し多めとなっています。
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。