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番外編
【あやかし狐2巻発売記念番外編】隠れ里にて
しおりを挟む※2巻の内容を含むので、2巻を読んだ後に読むことをおすすめします。
私と玄湖、そして麦は屋敷の修繕が済むまでの間、篠崎邸を訪れていた。
篠崎の住むこの隠れ里は四季が入り乱れ、まさに桃源郷のような場所だった。桃の花や熟した桃の果実でどこにいてもほんのりと甘い香りがしている。
どこを見ても綺麗で、のんびり過ごすには心地よい場所なのだった。
私と玄湖は、離れの庭で麦と鞠投げ遊びをして遊んでいた。
「きゅうん!」
「小春さん、麦が鞠を投げて欲しいってさ」
「ええ。麦、いくわよ」
麦に鞠を投げてやると、器用に蛇の尾で跳ね返したり、口に咥えて受け止めたりしている。
「どうだい、麦は鞠を返すのが上手になっただろう」
「本当に上手ね! すごいわ、麦」
「きゅー!」
「少し前は顔にぶつけたりしていたのにさ」
玄湖がクスッと笑いながら鞠を投げた。
弾んだ鞠を麦は受け止め、器用に鼻で突いて返してくる。私に返ってきたのでまた鞠を投げてやる。何度か繰り返し、麦は疲れてきたのか、蛇の尻尾を使ってがむしゃらに鞠を弾き返した。
すると、鞠はあさっての方向に飛んでいく。ポーンと半円を描いて茂みの中に消えてしまった。
「きゅひぃん……」
「あらら。どっちに飛んでいっただろう」
「私、落ちた方が見えたから取りに行ってきますね」
「小春さん、お願いするよ。麦も随分疲れたみたいだから、水を飲ませてくる」
麦はぜいはあと息をしている。鞠投げが楽しくて夢中になっていたが、そろそろ体力の限界のようだ。
玄湖が麦を抱きかかえて離れの方に戻っていくのを見守り、私は茂みの方に向かった。
「確か……こっちの方向に……」
茂みを掻き分け、葉の生い茂る桃の木の枝を避けながら鞠を探すと、不意にぽっかりと開けた場所に出た。
すぐそばに篠崎邸の母屋が建っている。どうやら母屋の裏手側に出たようだ。
ふと、てーんてーんと鞠を突く音がしている。
音の方向を探すと、面布をした小狐が鞠を突いていた。姿からして、篠崎の配下である小狐なのは間違いないが、彼らはみな面布で顔を隠しているし、声も姿もそっくりで、少年姿とはいえとても大人びた話し方をするものだから、こんな風に鞠を突いて遊んでいる姿はとても新鮮だった。
小狐は鞠を弾ませ、足の間を潜らせたり、トーンと高く弾ませてくるりと一回転してまた足の間に通している。その流れるような動きに私は目を見張った。
「あっ……」
小狐は私がいることに気がついたのか、鞠を突く手を止めた。
「あの、邪魔をしてしまってごめんなさいね」
「も、申し訳ございません! この鞠はお客様のものでしたか」
「ええ、そうなの。ねえ、貴方とっても鞠突きが上手ね。もしよければ、もう少し遊んでも構わないわ」
「い、いえ。どうか、このことはご内密に……」
小狐は私に鞠を差し出してくる。
みな同じ姿に見え、個性も感じさせない小狐たちだったが、実際はそんなこともないのかもしれない。
差し出した手の甲がいつもよりほんのり赤く染まっているのを見て私は微笑んだ。
「うん、誰にも言わないから──」
そう笑いかけた時、母屋から声が聞こえた。
「おい、厨番の小狐!」
目の前の小狐と同じ声である。
「野菜の処理は全て済ませたのか? もう四半時切っているぞ!」
そしてあちこちから返事が聞こえてくる。声は全て小狐のもので、どうやらこの辺りは厨番の小狐たちが野菜を切ったり剥いたりしている場所のようだ。彼ら小狐は各々役割分担して働いているのだ。
さっきまで鞠で遊んでいた小狐は慌てたように、少し離れた場所に置いてある笊を振り返った。笊にはさやいんげんがたっぷりと山になっている。この小狐の仕事はさやいんげんの筋取りのようだ。
しかし、筋が取れているさやいんげんはごくわずか、拳くらいの量しかない。
「あわわ……」
小さな声で小狐が呟くのが聞こえてしまう。
「ねえ、時間までにさやいんげんの筋取りを終わらせないといけないのよね?」
小狐はこっくり頷いた。
「でも、鞠が転がってきたから遊んじゃった?」
また、彼は頷く。
だんだんと面布をした顔が俯いていく。
「終わらないとどうなるの?」
「お、怒られてしまいます……」
「時間までに終わりそう?」
とうとう小狐は黙り込んでしまった。
「仕方ないわねえ」
私は鞠を置いて小狐の小さな背中を軽く叩いた。
「手伝ってあげる。二人ならすぐ終わるわ」
「お客様にそんなことをさせるわけには……」
「上手な鞠突きを見せてもらったお礼よ。それに、私は鞠突きよりも、さやいんげんの筋取りの方がずっと得意なの」
これは本当の話だ。
掃除が好きなようにさやいんげんの筋取りも好きなのである。私はこういう細々した作業が苦にならない性質なのだ。むしろ、ピーッと綺麗に筋が取れた時は気持ちいいくらいである。
しかし、尾崎家に嫁いでからというもの下にも置かないほど大切にされ、家事はあまりさせてもらえない。さらに篠崎邸に来ている今は掃除をすることもないため、少々暇を持て余しているのだ。
むしろ、思いっきり筋取りをしたら楽しいかもしれないなんて思ってしまうほど。
「鞠で遊んでいたことも内緒にしていてあげるし、筋取りも時間までに間に合ったら貴方は怒られないんだし。ね、いいでしょう?」
「は、はい……」
小狐は手をもじもじさせていたが頷いてくれたのだった。
私と小狐は、せっせとさやいんげんの筋取りをして山のようなさやいんげんの処理を済ませた。
「間に合ったわね」
「あの、ありがとうございました」
「いいのよ。私、働く方がすっきりするの。そのさやいんげん、お夕飯で出るのでしょう。楽しみにしているから」
小狐はぺこっと頭を下げ、山のようなさやいんげんの入った笊を抱えて厨の勝手口に消えていった。
私は離れに戻り、心配そうな顔をしていた玄湖に小狐を手伝っていたとだけ話した。
「小春さんの手から春の緑みたいな香りがするよ」
そう言って私の指の爪先に口付けをする。
「もう、玄湖さんったら……」
「だって小春さんは指まで可愛くてたまらないものだからさ」
私は熱くなる頬を感じながら、私の大きな狐に微笑んだのだった。
数日後、屋敷の修繕が終わったと連絡を受け、私たちは帰ることにした。
荷物をまとめ、篠崎に挨拶をして母屋の玄関から出ると、小狐たちがずらりと並び、頭を下げていた。
「尾崎様、またのお越しを楽しみにしております」
「小狐たち、滞在中は世話になったね」
「もてなしてくれてありがとう。おかげでとても楽しかったわ」
最後に彼らに手を振ると、小狐のうちの端っこの一人が両手をくいっと動かした。
その手の動きはさやいんげんの筋を取るときのように見える。きっと彼があの時の小狐なのだろう。
私はその小狐に再び手を振ると、彼ももう一度深々と頭を下げてくれたのだった。
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