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番外編
【あやかし狐3巻発売記念番外編】真珠貝の見る夢は
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※ミスで削除してしまったので上げ直しました
もしも、あの時、違う選択肢を選んでいれば。
そんな風に思ったことは一度や二度ではないはずだ。
たとえば、松林の入り口で鈴がシャンと音を立てた時──
──私はどこからか聞こえた鈴の音に、妙なくらい不安な気持ちをかき立てられていた。
このまま松林の中に向かう道に進めば、すぐに家に辿り着く。けれど、行かない方がいい。そんな気がする。
どうせ、あの家には誰もいない。唯一の家族である父を亡くしたばかりなのだ。
私は泣きたい気持ちで踵を返し、元来た道を戻る。走っているとすぐに、さっき別れたばかりのお静さんの後ろ姿が見えた。
「おや? 小春ちゃん、どうしたんだい。忘れ物?」
お静は私の足音に気付いて振り返る。
けれど私は走ったせいで息が荒く、すぐに返事が出来なかった。
それに、何と言えばいいのかも分からない。鈴の音がして急に不安になった、なんて言っても──
そんなことを考え、一言も発せない私の肩を、お静さんは軽く叩いた。
「小春ちゃん、やっぱりうちでご飯食べて行きなさいな」
「あううー!」
お静さんに背負われた八重ちゃんが、ふくふくした小さな手を伸ばし、私の着物をしっかりと握る。
「ほら、八重も小春ちゃんとご飯食べたいって。ね?」
そう穏やかに微笑まれ、私は小さく頷く。
「うんうん、よかった……小春ちゃん、ちょっと顔色が悪く見えてさ。心配だったんだ」
お静さんは、導くように私の背を押す。
ようやく荒かった息が整い、声を出すことが出来た。
「す、すみません。ご心配をおかけしてしまって……」
お静さんは笑いながら、私の背中をポンと叩いた。
「なーに言ってるの。小春ちゃんはまだ学生の年頃じゃないか。そのくらいの年はまだまだ子供だよ。子供ってのは、大人に迷惑かけていいものなの! そもそも小春ちゃんは普段からいい子で、これまで全然迷惑なんてかけてこないしさ、せめて心配くらいさせておくれよ」
背中を叩く手が温かい。
ぐっと胸が詰まり、涙が出そうになる。
私はやっとの思いで頷いた。
父が急に亡くなり、天涯孤独の身になってしまった私は世界にひとりぼっちという気持ちだった。
けれど、周囲には手を差し伸べてくれる優しい人たちがちゃんといたのだ。
私が周りを見えていなかっただけ。
冷え切っていた心がほかほかと温まっていくのを感じた。
賑やかなお静さんの家で夕食をご馳走された。
出来立ての温かい食事に楽しい会話。
お静の一家は九人家族で、とても賑やかな食卓なのだ。
お静の子供たちはみんな元気いっぱいで、よく食べる。
姑はお静と同じく明るい性格で、急に訪れた私を歓迎してくれた。
舅やお静の旦那はどちらかといえば物静かだが、私に気を遣ってくれて、ポツポツと話題を振ってくる。亡き父母の話を聞かせてもらった。こっそり涙を拭うことになったけれど、終始笑顔過ごせた。
お静もあれこれと世話を焼いてくれた。
「小春ちゃん、ちゃんと食べてるかい? うちはうるさいし、おかずも取り合いで悪いわね。まったく、お客さんがいるのに、うちの子供たちったら、誰も譲ろうとしないんだから!」
「いえ、ちゃんといただいてます。ご飯も美味しいです」
「小春ちゃんは食べ方が綺麗だし、亡くなったお母さんに似て、どことなく上品だねえ。うちに未婚の男がいたら嫁に来て欲しいくらいだよ」
「いえ、あの、そんな……」
お静の姑の言葉に、私は頬が熱くなるのを感じる。
慌てる私のお皿に、お静さんの一番上の子が、無言でおかずを入れた。
「あ、ヨシ坊、ありがとう」
ヨシ坊は口をしっかり閉じたまま首を横に振る。この子が赤ん坊の頃、子守りをしたことがある。
ヨシ坊はまだ尋常小学校に入って少しという年頃だが、寡黙な父親似でどこか大人びている気がした。
「……なあ、小春姉ちゃん、結婚するのか」
「え?」
突然ヨシ坊にそんな話を振られて、私は目を見開いた。
「し、しないわよ。相手もいないし……とりあえず仕事を探さなきゃいけないもの。しばらくはそれどころじゃないわ」
「そっか」
私は頷く。父が亡くなり、女学校は辞めてきたところだ。まずはどこか働ける場所を探さなければ、と思っている。
「……そんならさ。俺が大人になった時、小春姉ちゃんがまだ結婚してなかったら、うちに来い」
小春は再び目を丸くした。
周囲の家族に囃し立てられ、ヨシ坊は顔を赤くした。それでもキッパリと言う。
「うち、家族いっぱいだから、うちに来たら小春姉ちゃんも、寂しくないだろ!」
その言葉に、私は胸の中にじんわり温かいものが広がったように感じた。
「うん、ありがとね、ヨシ坊」
本当に結婚することになるとは私も思わないけれど、そう言ってくれる優しさが嬉しかった。
食事の後は、お静さんと旦那さんが家まで送り届けてくれた。
しかし、無人のはずの由良の家に明かりがついている。
明かりの消し忘れではない。どうも中に人がいるようだ。泥棒かもしれない。
見つかる前にお静さんたちと派出所に駆け込み、警官に着いてきてもらうと、そこには疎遠にしていた叔母夫婦がいた。
親戚とはいえ、留守の間に金目のものを持ち出そうとしていたことから、叔母夫婦は空き巣として警察に連れて行かれた。しかも、偽物の借用書が持ち物から出てきて、私相手に詐欺をしようとしていたと発覚したのだ。
あの時、お静の家に寄らず、一人で帰宅していたら、叔母夫婦に鉢合わせて大変な目にあっていたかもしれない。
その後もしばらくの間は近所の人が目を光らせて、叔母夫婦から私を守ってくれた。
それから私は亡き父の師匠から仕事を紹介してもらい、都会で働くことになった。
忙しい日々に慣れてきた頃、一人の男性を紹介された。穏やかで優しい人だ。
いい人ではあったが、恋という気持ちにはなれなかった。話を受けようかどうしようか迷っていた頃、女学生時代の友人から、代用教員にならないかと誘われた。
私は一念発起して代用教員として勤めることにし、結婚の方はお断りしてしまった。
それからも結婚相手を紹介されるたび、なんとなく『この人じゃない』と思ってしまい、結婚をすることはなかった。
代用教員として働きながら勉強をして検定に合格し、正規の教員免許を手に入れた。
結局、結婚せず子供もいなかったが、教員として子供たちに囲まれる日々を過ごした。
生涯が閉じるまで、そんな穏やかな幸せを享受したのだった──
と、いう夢を見た。
「とても長い夢でした。夢を見ている間はこれが真実なんだって、信じ切って疑いもしなくて」
私は縁側で玄湖にそんな話をしていた。
私の指には玄湖から贈られた真珠の指輪が日の光をじんわりと照り返している。
「今の生活に満足しているのに、どうしてあんな夢を見たのかしら」
「うーん、そうだねえ」
隣に座る玄湖は顎に手を当てて考えている。
どちらかといえば妖に嫁ぐことになった今の方がよっぽど夢みたいだ。
大きな屋敷で、優しい狐の妖の玄湖に愛され、血は繋がらないけれど、大切な家族がたくさんいる。由良の実家も手放すことなく済み、お静たちとも縁は繋がっている。それどころか、女学校時代の先輩である紫とは今では家族ぐるみでの付き合いがある。他にも再度繋がった縁があったり、新しい縁にも恵まれた。
今はとても幸せで、そしてこれからもずっとこんな時間が続くだろう。
なのに、平凡な人生を夢見てしまうのが不可解だった。
「うーん、それって蜃気楼じゃないかなぁ」
「蜃気楼って、あのもやもやっとして、遠くで景色が上下反転して見えるっていうやつですよね?」
詳しくは知らないが、温度差で遠くのものが鏡のように見える自然現象だったはずだ。
「それも蜃気楼だけどね、蜃という巨大な貝の妖が吐いた息が蜃気楼になるって言われているんだ。そして、蜃は不思議な夢を見せてくるとも聞くね」
「へえ、そうなのですか」
「うん。確か昨晩は、枕元にその真珠の指輪を置いていたよね」
私は左手の薬指に視線を落として頷いた。玄湖からもらったばかりで、なるべくそばに置いておきたかったのだ。
「ええ、指輪用の箱に入れて、枕元に置いていましたけど」
「もしかしたら、この真珠の持ち主だった貝は妖になりかけていたのかもしれないなぁ。食べてしまったから真実はもう分からないけどね」
「まあ……」
「これだけ立派な真珠だからね。他の貝より力があって長く生きていたんだろう。あのまま海にいたら、百年くらいで立派な蜃気楼になれたのかも。そんな貝の真珠を枕元に置いていたから、蜃気楼の夢を見たんじゃないかな」
「そうなんでしょうか」
「うん、きっとそうさ。これからは寝る時は箪笥にでも入れた方がいいね。まあ、面白い夢が見たいなら枕元に置くのもいいかもしれないけどさ」
それを聞いて私は首を横に振った。
「いえ、別の人生の夢に意味はないです。私は今がとても幸せなんですから。今晩からは枕元に置くのはやめます」
左手をそっと掲げる。薬指で真珠が淡く輝いている。
「でも、箪笥に仕舞うのではなく、夜の間の置き場を考えてみます。この子も居心地がいい場所で眠りたいんじゃないかしら」
たとえば、大きい箱にサラサラした海の砂を敷き詰めて、海のような青色の布を敷くのはどうだろう。
珊瑚のかけらや貝も周囲に置いて。
その方が、この真珠もよく眠れるだろう。
私がそう言うと、玄湖は私の肩を抱いた。
「小春さんは優しいねえ。そうだ、それなら今日は海に行かないかい? 一緒に砂浜を歩いて、よさそうなものを拾いに行こう」
「いいですね!」
「それに海に行くなら、せっかくだし釣りもしようか。魚がたくさん釣れたら、今夜はご馳走だよ」
私は頷いて、玄湖が差し出す手を握った。
今日も明日も、幸せな日々は続く。
きっと、私が生涯を閉じる日まで、ずっと。
おしまい
もしも、あの時、違う選択肢を選んでいれば。
そんな風に思ったことは一度や二度ではないはずだ。
たとえば、松林の入り口で鈴がシャンと音を立てた時──
──私はどこからか聞こえた鈴の音に、妙なくらい不安な気持ちをかき立てられていた。
このまま松林の中に向かう道に進めば、すぐに家に辿り着く。けれど、行かない方がいい。そんな気がする。
どうせ、あの家には誰もいない。唯一の家族である父を亡くしたばかりなのだ。
私は泣きたい気持ちで踵を返し、元来た道を戻る。走っているとすぐに、さっき別れたばかりのお静さんの後ろ姿が見えた。
「おや? 小春ちゃん、どうしたんだい。忘れ物?」
お静は私の足音に気付いて振り返る。
けれど私は走ったせいで息が荒く、すぐに返事が出来なかった。
それに、何と言えばいいのかも分からない。鈴の音がして急に不安になった、なんて言っても──
そんなことを考え、一言も発せない私の肩を、お静さんは軽く叩いた。
「小春ちゃん、やっぱりうちでご飯食べて行きなさいな」
「あううー!」
お静さんに背負われた八重ちゃんが、ふくふくした小さな手を伸ばし、私の着物をしっかりと握る。
「ほら、八重も小春ちゃんとご飯食べたいって。ね?」
そう穏やかに微笑まれ、私は小さく頷く。
「うんうん、よかった……小春ちゃん、ちょっと顔色が悪く見えてさ。心配だったんだ」
お静さんは、導くように私の背を押す。
ようやく荒かった息が整い、声を出すことが出来た。
「す、すみません。ご心配をおかけしてしまって……」
お静さんは笑いながら、私の背中をポンと叩いた。
「なーに言ってるの。小春ちゃんはまだ学生の年頃じゃないか。そのくらいの年はまだまだ子供だよ。子供ってのは、大人に迷惑かけていいものなの! そもそも小春ちゃんは普段からいい子で、これまで全然迷惑なんてかけてこないしさ、せめて心配くらいさせておくれよ」
背中を叩く手が温かい。
ぐっと胸が詰まり、涙が出そうになる。
私はやっとの思いで頷いた。
父が急に亡くなり、天涯孤独の身になってしまった私は世界にひとりぼっちという気持ちだった。
けれど、周囲には手を差し伸べてくれる優しい人たちがちゃんといたのだ。
私が周りを見えていなかっただけ。
冷え切っていた心がほかほかと温まっていくのを感じた。
賑やかなお静さんの家で夕食をご馳走された。
出来立ての温かい食事に楽しい会話。
お静の一家は九人家族で、とても賑やかな食卓なのだ。
お静の子供たちはみんな元気いっぱいで、よく食べる。
姑はお静と同じく明るい性格で、急に訪れた私を歓迎してくれた。
舅やお静の旦那はどちらかといえば物静かだが、私に気を遣ってくれて、ポツポツと話題を振ってくる。亡き父母の話を聞かせてもらった。こっそり涙を拭うことになったけれど、終始笑顔過ごせた。
お静もあれこれと世話を焼いてくれた。
「小春ちゃん、ちゃんと食べてるかい? うちはうるさいし、おかずも取り合いで悪いわね。まったく、お客さんがいるのに、うちの子供たちったら、誰も譲ろうとしないんだから!」
「いえ、ちゃんといただいてます。ご飯も美味しいです」
「小春ちゃんは食べ方が綺麗だし、亡くなったお母さんに似て、どことなく上品だねえ。うちに未婚の男がいたら嫁に来て欲しいくらいだよ」
「いえ、あの、そんな……」
お静の姑の言葉に、私は頬が熱くなるのを感じる。
慌てる私のお皿に、お静さんの一番上の子が、無言でおかずを入れた。
「あ、ヨシ坊、ありがとう」
ヨシ坊は口をしっかり閉じたまま首を横に振る。この子が赤ん坊の頃、子守りをしたことがある。
ヨシ坊はまだ尋常小学校に入って少しという年頃だが、寡黙な父親似でどこか大人びている気がした。
「……なあ、小春姉ちゃん、結婚するのか」
「え?」
突然ヨシ坊にそんな話を振られて、私は目を見開いた。
「し、しないわよ。相手もいないし……とりあえず仕事を探さなきゃいけないもの。しばらくはそれどころじゃないわ」
「そっか」
私は頷く。父が亡くなり、女学校は辞めてきたところだ。まずはどこか働ける場所を探さなければ、と思っている。
「……そんならさ。俺が大人になった時、小春姉ちゃんがまだ結婚してなかったら、うちに来い」
小春は再び目を丸くした。
周囲の家族に囃し立てられ、ヨシ坊は顔を赤くした。それでもキッパリと言う。
「うち、家族いっぱいだから、うちに来たら小春姉ちゃんも、寂しくないだろ!」
その言葉に、私は胸の中にじんわり温かいものが広がったように感じた。
「うん、ありがとね、ヨシ坊」
本当に結婚することになるとは私も思わないけれど、そう言ってくれる優しさが嬉しかった。
食事の後は、お静さんと旦那さんが家まで送り届けてくれた。
しかし、無人のはずの由良の家に明かりがついている。
明かりの消し忘れではない。どうも中に人がいるようだ。泥棒かもしれない。
見つかる前にお静さんたちと派出所に駆け込み、警官に着いてきてもらうと、そこには疎遠にしていた叔母夫婦がいた。
親戚とはいえ、留守の間に金目のものを持ち出そうとしていたことから、叔母夫婦は空き巣として警察に連れて行かれた。しかも、偽物の借用書が持ち物から出てきて、私相手に詐欺をしようとしていたと発覚したのだ。
あの時、お静の家に寄らず、一人で帰宅していたら、叔母夫婦に鉢合わせて大変な目にあっていたかもしれない。
その後もしばらくの間は近所の人が目を光らせて、叔母夫婦から私を守ってくれた。
それから私は亡き父の師匠から仕事を紹介してもらい、都会で働くことになった。
忙しい日々に慣れてきた頃、一人の男性を紹介された。穏やかで優しい人だ。
いい人ではあったが、恋という気持ちにはなれなかった。話を受けようかどうしようか迷っていた頃、女学生時代の友人から、代用教員にならないかと誘われた。
私は一念発起して代用教員として勤めることにし、結婚の方はお断りしてしまった。
それからも結婚相手を紹介されるたび、なんとなく『この人じゃない』と思ってしまい、結婚をすることはなかった。
代用教員として働きながら勉強をして検定に合格し、正規の教員免許を手に入れた。
結局、結婚せず子供もいなかったが、教員として子供たちに囲まれる日々を過ごした。
生涯が閉じるまで、そんな穏やかな幸せを享受したのだった──
と、いう夢を見た。
「とても長い夢でした。夢を見ている間はこれが真実なんだって、信じ切って疑いもしなくて」
私は縁側で玄湖にそんな話をしていた。
私の指には玄湖から贈られた真珠の指輪が日の光をじんわりと照り返している。
「今の生活に満足しているのに、どうしてあんな夢を見たのかしら」
「うーん、そうだねえ」
隣に座る玄湖は顎に手を当てて考えている。
どちらかといえば妖に嫁ぐことになった今の方がよっぽど夢みたいだ。
大きな屋敷で、優しい狐の妖の玄湖に愛され、血は繋がらないけれど、大切な家族がたくさんいる。由良の実家も手放すことなく済み、お静たちとも縁は繋がっている。それどころか、女学校時代の先輩である紫とは今では家族ぐるみでの付き合いがある。他にも再度繋がった縁があったり、新しい縁にも恵まれた。
今はとても幸せで、そしてこれからもずっとこんな時間が続くだろう。
なのに、平凡な人生を夢見てしまうのが不可解だった。
「うーん、それって蜃気楼じゃないかなぁ」
「蜃気楼って、あのもやもやっとして、遠くで景色が上下反転して見えるっていうやつですよね?」
詳しくは知らないが、温度差で遠くのものが鏡のように見える自然現象だったはずだ。
「それも蜃気楼だけどね、蜃という巨大な貝の妖が吐いた息が蜃気楼になるって言われているんだ。そして、蜃は不思議な夢を見せてくるとも聞くね」
「へえ、そうなのですか」
「うん。確か昨晩は、枕元にその真珠の指輪を置いていたよね」
私は左手の薬指に視線を落として頷いた。玄湖からもらったばかりで、なるべくそばに置いておきたかったのだ。
「ええ、指輪用の箱に入れて、枕元に置いていましたけど」
「もしかしたら、この真珠の持ち主だった貝は妖になりかけていたのかもしれないなぁ。食べてしまったから真実はもう分からないけどね」
「まあ……」
「これだけ立派な真珠だからね。他の貝より力があって長く生きていたんだろう。あのまま海にいたら、百年くらいで立派な蜃気楼になれたのかも。そんな貝の真珠を枕元に置いていたから、蜃気楼の夢を見たんじゃないかな」
「そうなんでしょうか」
「うん、きっとそうさ。これからは寝る時は箪笥にでも入れた方がいいね。まあ、面白い夢が見たいなら枕元に置くのもいいかもしれないけどさ」
それを聞いて私は首を横に振った。
「いえ、別の人生の夢に意味はないです。私は今がとても幸せなんですから。今晩からは枕元に置くのはやめます」
左手をそっと掲げる。薬指で真珠が淡く輝いている。
「でも、箪笥に仕舞うのではなく、夜の間の置き場を考えてみます。この子も居心地がいい場所で眠りたいんじゃないかしら」
たとえば、大きい箱にサラサラした海の砂を敷き詰めて、海のような青色の布を敷くのはどうだろう。
珊瑚のかけらや貝も周囲に置いて。
その方が、この真珠もよく眠れるだろう。
私がそう言うと、玄湖は私の肩を抱いた。
「小春さんは優しいねえ。そうだ、それなら今日は海に行かないかい? 一緒に砂浜を歩いて、よさそうなものを拾いに行こう」
「いいですね!」
「それに海に行くなら、せっかくだし釣りもしようか。魚がたくさん釣れたら、今夜はご馳走だよ」
私は頷いて、玄湖が差し出す手を握った。
今日も明日も、幸せな日々は続く。
きっと、私が生涯を閉じる日まで、ずっと。
おしまい
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