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3巻
3-1
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一章
松の香りがいっそう強まる六月の頃。
昨日から降り続いていた雨は、ようやく品切れと言わんばかりに、分厚い雲の隙間から久方ぶりの青空が覗いている。
晴れの日は好きだ。ポカポカと暖かく、洗濯物がよく乾く。干したての布団の匂いも心地よい。掃除をするのにも向いている。
しかし、私は雨の日も嫌いではない。
しとしとと優しい音が屋根を叩き、絶えず音がしているはずなのに、雨が降っていない時より、ずっと静かに感じる。黒松の林が湿気を孕んで濃い匂いになるのも、幼い頃の日々を思い出して好きだった。
しかし子供というのは、やはり晴れの日の方が好きなのだろう。
久しぶりの日差しが眩しい庭からは、弾けるような声が聞こえてくる。
「あめ、くもり、くもり、あーめ!」
「くもり、あめ、あめ、くーもり!」
石蹴りをして遊んでいる双子の人形の付喪神、南天と檜扇の声である。地面に幾つも連なった円を描き、石を蹴り入れる。そこまで片足でけんけんしながら飛び跳ねる遊び――けんけんぱ、だ。最近、雨と曇りばかり続いていたから、そのくさくさした気持ちが替え歌に表れているのだろう。
二人が遊ぶ姿を見ていると実に微笑ましい気持ちになる。
「ねえ、次は逆さになるのはどう?」
「うん、次は逆立ちでやろう!」
普通に足を使ったけんけんぱでは飽き足らず、逆立ちをして、更には片手で飛び跳ねている。
「二人とも、怪我しないようにね」
「全然平気だよ!」
「怪我しないよ!」
さすがに心配になって声をかけたが、無用だったようだ。
器用にぴょんぴょんと逆立ちのまま飛び跳ねている南天と檜扇の身体能力には、目を見張るものがある。以前、狐の親族である信田のところに少しの間修行に行っていたのだが、それ以来、身体能力がグッと上がった。その分、やんちゃにも磨きがかかり、近頃は見ていてドキドキしてしまうこともしばしばだ。
そんな双子は、家の中でじっとしているより、毎日外遊びで体力を使いたい様子である。人形の付喪神だけあって、梅雨時期の湿気が苦手というのもあるのかもしれない。
麦も彼らの周囲を、きゅんきゅん鳴きながらゴム鞠のように跳ね回っている。麦はスイカツラという犬神の一種だそうだが、シュルシュルうねる蛇の尻尾に目を瞑ればただの犬にしか見えない。
一方、牡丹は女の子だからか、それともこの尾崎家の屋敷神としての特性なのか、南天たちに比べれば随分と大人しい。今も縁側のへりに座り、足をパタパタさせながら、楽しそうに南天たちが遊ぶのを見ている。
そして、そんな子供たちを見守るように、この屋敷の主人であり私の旦那様である尾崎玄湖が、縁側にごろんと転がり、五本ある狐の尻尾をふさりふさりと揺らしていた。
私はその光景を見て目を細める。
なんの変哲もない、平和で穏やかな時間が過ぎていく。
ずっとこんな日が続けばいいのに、と思ってしまうのだ。
「ねえ、これなんの音?」
「ヘンテコな音がするよ」
不意に、南天と檜扇が逆立ちをやめて立ち上がった。キョロキョロとあたりを見回している。
「ふむ? 確かに不思議な音じゃ」
牡丹も狐の耳をピクピクと動かし、首を傾げた。
しかし私には何も聞こえない。妖である彼らは、ただの人間である私よりもずっと耳がいいのだ。
縁側に寝そべっていた玄湖が身を起こし、弾んだ声を上げた。
「おや、この音はあれだね。小春さん、聞こえるかい?」
「いえ、私には聞こえないです。どんな音が聞こえるのかしら?」
「そうだなぁ。上なら小春さんにも聞こえるかな」
「え?」
聞き返した私は、玄湖にさっと横抱きにかかえられた。
「ちょっと跳ぶよ」
玄湖は私を抱えたまま、ピョーンと屋根まで軽々と跳び上がる。
「きゃあっ!」
私は急なことに、玄湖の着物をぎゅうっと掴むことしか出来ない。
頬にびゅうっと風が吹き付けてくる。屋根の上は思いの外高い。ポカンと口を開けた南天たちがうんと小さく見えた。
「もう、なんなんですか、急に……!」
「ごめんごめん。ほら、耳を澄ませてごらん」
私は口を尖らせながらも、言われた通りに耳を澄ました。
風に乗ってかすかに聞こえてきたのは、笛や太鼓の軽快な音。
「お囃子の音だわ。お祭りがあるのね!」
「そういうこと」
私の気持ちは一気に舞い上がって自然と笑みが零れた。
玄湖は私を抱いて軽々と地面に降りる。
「主人様、いきなり牡丹の頭に乗らないでくださいまし!」
牡丹が薄桃色の頬をプクッと膨らませている。屋敷神の牡丹にとって、屋根は頭も同然なのだ。
玄湖は私を下ろした後、牡丹の銀色の髪をわしゃわしゃと撫でた。
「ごめんって。でも朗報だ。今日はお祭りがあるみたいだよ!」
「ええ、松林を抜けた集落の端に神社があるんです。そこで毎年、今くらいの時期にお祭りがあるから、その音でしょうね。なんだかお祭りの音ってそわそわしちゃう。行きたくなるわね」
私がそう言うと、南天と檜扇は目を輝かせた。
「お祭り、行ってみたい!」
声が綺麗に揃った。
「そうか。なら、みんなで行ってみるのもいいんじゃないか」
「いいですね」
玄湖の提案に私は頷く。お祭りと聞くと体が勝手にウキウキしてしまう。玄湖も同じ気持ちらしく、いつもにこやかな顔が更に上機嫌になっていた。
「お祭り……聞いたことはあるのですが、牡丹にはよく分かりませぬ。主人様、何をするのですか?」
牡丹は屋敷神として二百年近く生きているものの、屋敷の中しか知らないため、お祭りにピンときていないようだ。
「簡単に言うと、神社で神様を祀る儀式があるんだよ。牡丹を作る時に地鎮祭をしたけど、その頃の記憶はさすがにないか。私が牡丹に力を注ぎ込むようなことを、人はもっとちゃんとした形式でやっているんだよ」
「うーん、その頃のことはさすがに覚えておりませぬ。でも、それの何が楽しいのです?」
牡丹はくりんと首を傾げている。
「えっとね、娯楽の一種なのよ。神社に人がたくさん集まるし、屋台っていう簡易形式の小さなお店がたくさん出るの。飴細工や甘酒なんかの甘いものや、くじ引き、それから植木や小物、古着なんかも売っていたりね。見て回るだけで楽しいわよ」
「あと芝居小屋とか、水芸を見せてくれる人もいるよ。それから似顔絵描きや……そうそう、古本屋が来てて、抱え切れないくらい本を買ってしまったこともあったなぁ」
「ふふ、玄湖さんらしい」
私はクスクスと笑う。
「お祭りは本当に楽しいものだよ。百聞は一見にしかずと言うだろう」
「主人様や小春はお祭りが好きなのですね。では、牡丹も行ってみとうございます!」
「行きたーい!」
南天と檜扇も同じ気持ちのようで、ぴょんぴょん跳ねている。麦は分かっているのか、いないのか、ご機嫌そうに蛇の尻尾をうねらせた。
「それじゃあみんなでお祭りに行こうか!」
わあっと歓声が上がる。
キラキラした瞳の南天と檜扇を見て、思わず笑みが零れた。
「お囃子が聞こえたから、もう始まってるわね。準備をして、お重たちにも声をかけてみましょう」
はぁい、と南天たちは声を揃えて返事をした。
お重とお楽も誘ってみたが、二人はさほどお祭りに興味はないようだった。
「お祭りですか。屋台の食べ物って飴とかちまちまっとした、小さいのばかりじゃないですか。そういうのは何個食べても物足りなくてねえ。留守番してますよ」
「楽もあまり興味がありません……人も多いですし」
尾崎家の厨担当のお重は健啖家で、屋台の軽食ではなく、もっとしっかり食べたいようだ。そして洗濯担当のお楽は着道楽でもあり、お祭りの屋台にあるような古着屋では満足出来ないのだろう。
「あら、そうなのね。じゃあ、私たちだけで行ってくるわ」
「美味しそうなものが売ってたらお土産に買ってくるよ」
「ええ……いってらっしゃいませ」
「あたしらはそっちを楽しみにしてますよ!」
みんな口々にいってきます、と玄関先で大きな声を出して家から出た。
「牡丹、手を繋ごう!」
「牡丹は真ん中だよ!」
南天と檜扇は、まだ外出に慣れず、緊張しがちな牡丹を真ん中に挟み、手を繋いであげている。
随分とお兄さんらしくなったものだ。付喪神としては屋敷神である牡丹の方がずっと年上だけれど、外に出たことがない分、どことなく幼さが残っている。それに引き換え、南天と檜扇は初めて会った時に比べて、色々な経験を積んだからか、精神的に成長していると感じるのだ。きっとこれからもどんどん成長していくのだろう。
麦は玄湖の懐に入れてもらい、ちょこんと顔を出している。
「さあ、小春さんは私の手だよ」
「はい」
私は差し出された玄湖の手を握る。
成長したといえば玄湖もだ。ぐうたらな性分は相変わらずだが、それでも自発的に篠崎の手伝いをしたり、私のことも気にかけたりしてくれる。
それが嬉しくて、玄湖の温かい手をきゅっと握ると、玄湖は優しい笑みを私に向けた。
「小春さん、そんなにお祭りが楽しみなのかい?」
「それもですけど、こうしてみんなでお祭りに行く準備をしていたら、もうそれだけで楽しくて」
「うん、分かるよ。準備するのって前は面倒だと思ってたけどさ、最近は結構好きなんだ」
「お重やお楽が留守番なのは、ちょっとだけ残念かしら」
「二人にはお土産を買っていこう。団子か何か売ってたらいいねえ」
「主人様、早く参りましょう!」
牡丹がそう急かす。南天たちも早く行きたくてたまらない様子だ。
「おっと、ごめんよ。じゃあ行こうか」
松林を抜け、ぞろぞろと集落へ向かった。玄湖が南天たちを人の姿に見えるように術をかけているから、私たちはただの子連れの家族にしか見えないだろう。
周りには、これからお祭りに向かうらしい人たちが、なんとも浮き足だった様子で歩いている。お祭りと聞くと、誰しもあんなワクワクした顔になるものだ。もちろん、私たちも同様である。
「あれ、小春ちゃん?」
ふと、進行方向からやってくる人に声をかけられ、足を止めた。
そこにいたのはお静さんである。
お静さんは由良家の近所に住む人で、父の葬式でもお世話になったのだ。
「お静さん、お久しぶり! お静さんもお祭りに行ってたんですか?」
「うん。上の子たちが行きたいってせがむもんでね。でも、八重を連れてたら長居出来ないでしょう。上の子たちは旦那に任せて、先に帰るところ」
お静さんは五人の子持ちで、今は一番下の八重ちゃんを背負っている。お祭りは人が多いから、小さな子を連れていくと大変だろう。
「八重ちゃん、随分大きくなりましたね」
八重ちゃんはもう赤ちゃんというより、すっかり幼児と言えそうな外見になっていた。お静さんにおんぶ紐が食い込んでいるのを見ると、結構重そうだ。
「でしょう。この頃はだいぶ喋るのも上手になってきたんだよ」
前に見たのは昨年の秋頃で、その時はまだむにゃむにゃとしか喋れなかったが、今は丸々とした手足を元気に振り回し、「あーちゅり!」と大きな声を出している。きっと、お祭りと言いたいのだろう。その可愛らしさに頬が緩む。
「小春ちゃんも元気そうでよかったよ。結婚したって噂は聞いたけど、旦那さんとそのお子さんたち?」
「あ、はい」
「ご挨拶が遅れました。尾崎玄湖と申します」
玄湖はスッと背筋を伸ばし、お静さんに挨拶をした。
お静はそんな玄湖を見て頬を染めている。
「あらまあ……素敵な人じゃないの! いいご縁があってよかったねえ」
南天たちも次々に挨拶をした。
「元気でいい子たちねえ」
お静さんは南天たちの元気な挨拶にニッコリ笑う。
「おばちゃん、赤ちゃん可愛いね! 名前はなんていうの?」
「八重っていうのよ」
「八重ちゃん! 可愛い!」
「わあ、ほっぺぷにぷにじゃ」
八重ちゃんの可愛らしさに、三人とも目尻を下げ、ニコニコしている。
そんな南天たちにお静さんは優しい視線を向け、それから私の顔を覗き込んだ。
「小春ちゃん、幸せそうねえ。元治さんが見たらどれほど喜ぶか──あっ、そうそう、小春ちゃん、ちょっといいかい?」
お静さんはハッと何かを思い出したらしく、私の耳元で囁いた。
「この間ね、あんたの叔母さん夫婦をこの近くで見かけたんだよ」
「まあ……叔母夫婦をですか? 何かされませんでしたか?」
「集落のあたりをウロウロしていたんだ。特に何かされたりはしなかったけど、一応ね。言っちゃ悪いけど、素行が悪くて元治さんも手を焼いていただろう? 小春ちゃんがお嫁に行ったなら、今由良の家は無人だろうし、気を付けておいた方がいいと思って。本当にねえ、小春ちゃんのご両親はあんなにしっかりしたいい人たちだったのに」
「え、ええ。気を付けます……」
叔母夫婦はかつて、私に偽の借用書を突き付けて、見知らぬ老人の妾にしようとしたことがあった。玄湖が助けてくれなければ、今頃どうなっていたか分からない。その時、玄湖に頼んで、叔母夫婦が由良の家に手を出せないように松林に結界を張ってもらっているが、しばらくの間は気を付けていた方がよさそうだ。
「大丈夫。あの人たちがまた何かしてきても、私が追い返してあげるからさ」
玄湖は優しい声で私の肩を軽く叩いた。
お静さんはばつが悪そうな顔で苦笑する。
「あらま、聞こえてました? でも、頼りになりそうな旦那さんでよかったねぇ、小春ちゃん!」
「ええ。とっても優しくて、素敵な人なんですよ」
八重ちゃんはお静さんの背中で大人しくしていたが、急に手足をジタバタと振り回し始めた。
「かぁちゃ! おにぎょー、きちゅねー! かぁちゃー!」
「おっと、どうしたの八重。飽きちゃったかな。小春ちゃん、ごめん、そろそろ行くわ。もし子供が出来たら、いつでも相談に乗るから遠慮なく言ってね!」
お静さんは背中の八重ちゃんをあやしながら、去っていった。
「牡丹は赤ちゃんを見たのは初めてじゃ。なんと可愛らしいことか……」
牡丹は頬を紅潮させ、お静さんたちが去っていった方を何度も振り返っている。
「なあ、小春の赤ちゃんはまだなのじゃろうか。夫婦の間には赤ちゃんが生まれるものだと聞いたことがある」
牡丹は期待のこもった眼差しで私を見上げた。
「えっ、小春の赤ちゃん? 見たーい!」
それを聞き付けた南天と檜扇が、目を輝かせて声を揃える。
「いつ生まれるの? 明日? 明後日?」
「そ、そんなすぐには……」
「じゃあいつ? 来週? 来月?」
こちらも期待のこもったキラキラした二対の目が見上げてくる。私にはまだ妊娠の兆候は一切ない。困り果てた私は、とりあえず笑ってこの場を誤魔化した。
「え、ええと……赤ちゃんは授かりものだから、いつとは言えないの」
「小春さんの赤ちゃんか。きっと可愛いだろうねぇ」
蕩けそうな笑顔の玄湖が、握ったままの私の手をそっと指で撫でてくる。
玄湖にまでそう言われて、私はボッと顔が熱くなった。あくまで授かりものだし、焦る必要はないけれど、いずれは玄湖との子供が欲しいと思っている。この調子なら、きっと南天たちも可愛がってくれるだろう。
「でも、今の子──八重ちゃんだっけ。私たちの本当の姿が見えているみたいだったね」
「あ、おにぎょー、きちゅねってそういうことですか」
おそらく、お人形、狐と言いたかったのだろう。牡丹は屋敷神だが、狐耳があるので狐ということか。
「そうだろうね。あれくらい幼い頃は、妖を見ることの出来る子もそこそこいるみたいだよ。七歳までは神のうち、って言葉があるけれど、その年までは不思議な力があるって意味も含まれているんじゃないかな。小春さんが狐の術だけ見破れるのも、もしかしたら赤ちゃんの時からあの松林の中の家で過ごして、狐の妖力に耐性が出来たからかもしれないね」
そんなことを話しながら歩いているうちに、集落の神社に着いた。
鳥居の周囲に提灯がたくさん飾られている。
お囃子に人の声。神社に入る前から賑やかだ。
「今日は特別にお邪魔させていただくよ」
玄湖はそう言ってから鳥居をくぐる。
「こちらの神様も玄湖さんのお知り合いなんですか?」
「ここは稲荷神社じゃないから、知り合いってほどではないけれど、ご近所ではあるからね、面識くらいはあるよ。特別なおもてなしはしないけど遊んでいってってさ。それに小春さんのことも知ってるみたいだよ。小さい頃からよく来てたんだろう?」
「えっ、まさか覚えていてくださるなんて……」
「ここの神様は慈悲深くて優しい方だからね」
「嬉しいです」
子供の頃は毎年お祭りに行っていたし、初詣や何やらで、たびたび神社に足を運んだものだ。神様が自分のことを覚えていてくれたというのは、少し不思議だったが、じんわりとした嬉しさが胸に広がる。
「さて、お祭りを楽しむ前にお参りだよ」
「そうですね」
気が急いて走り出しそうな南天たちをしっかり捕まえて、私と玄湖は参道を歩く。参道の左右に屋台が出ていて心惹かれるが、まずはお参りだ。
「初夏のお祭りは疫病退散や無病息災を祈願していることが多いんだ。この神社もそうみたいだね」
「じゃあ、家族みんなが病気にならないようにお祈りしますね」
「うん。そうしよう」
そんな話をしながらお参りを済ませ、待望の屋台を見て回る。太鼓やお囃子の音に気分が浮き立つ。
「玄湖さん、飴細工ですって」
私は飴細工の屋台の前で足を止めた。様々な動物を模った飴が飾られている。
「お、いいね、子供たちの分を作ってもらおうかな。お任せで頼むよ」
「はいよ!」
「わあぁ、すごーい!」
目の前で飴細工が作られるのを見て、南天たちは目を輝かせた。大人の私でも、うにょうにょとした柔らかい飴に様々な色がつき、あっという間に動物や魚の形が出来ていくのを見るのは楽しい。
「牡丹のは兎じゃ!」
「赤い魚!」
「黒い魚!」
牡丹はピンク色の兎を作ってもらい、南天は赤い金魚、檜扇は黒い金魚で、色違いのお揃いだ。
「よかったわね」
「で、ですが、可愛過ぎて食べられぬ……」
牡丹はそう言いながら、兎の飴をクルクルと回している。
「うう、顔は可愛くて無理じゃ。でもここは耳が可愛いし、ひっくり返しても尻尾が可愛い! ど、どうすれば食べられるのじゃ……!」
牡丹こそ、そんな可愛いことを言うものだから、私も玄湖も笑いを堪え切れない。
ちなみに麦は犬のフリをしないといけないので、飴細工はお預けである。きゅふんと悲しそうに鼻を鳴らした。
松の香りがいっそう強まる六月の頃。
昨日から降り続いていた雨は、ようやく品切れと言わんばかりに、分厚い雲の隙間から久方ぶりの青空が覗いている。
晴れの日は好きだ。ポカポカと暖かく、洗濯物がよく乾く。干したての布団の匂いも心地よい。掃除をするのにも向いている。
しかし、私は雨の日も嫌いではない。
しとしとと優しい音が屋根を叩き、絶えず音がしているはずなのに、雨が降っていない時より、ずっと静かに感じる。黒松の林が湿気を孕んで濃い匂いになるのも、幼い頃の日々を思い出して好きだった。
しかし子供というのは、やはり晴れの日の方が好きなのだろう。
久しぶりの日差しが眩しい庭からは、弾けるような声が聞こえてくる。
「あめ、くもり、くもり、あーめ!」
「くもり、あめ、あめ、くーもり!」
石蹴りをして遊んでいる双子の人形の付喪神、南天と檜扇の声である。地面に幾つも連なった円を描き、石を蹴り入れる。そこまで片足でけんけんしながら飛び跳ねる遊び――けんけんぱ、だ。最近、雨と曇りばかり続いていたから、そのくさくさした気持ちが替え歌に表れているのだろう。
二人が遊ぶ姿を見ていると実に微笑ましい気持ちになる。
「ねえ、次は逆さになるのはどう?」
「うん、次は逆立ちでやろう!」
普通に足を使ったけんけんぱでは飽き足らず、逆立ちをして、更には片手で飛び跳ねている。
「二人とも、怪我しないようにね」
「全然平気だよ!」
「怪我しないよ!」
さすがに心配になって声をかけたが、無用だったようだ。
器用にぴょんぴょんと逆立ちのまま飛び跳ねている南天と檜扇の身体能力には、目を見張るものがある。以前、狐の親族である信田のところに少しの間修行に行っていたのだが、それ以来、身体能力がグッと上がった。その分、やんちゃにも磨きがかかり、近頃は見ていてドキドキしてしまうこともしばしばだ。
そんな双子は、家の中でじっとしているより、毎日外遊びで体力を使いたい様子である。人形の付喪神だけあって、梅雨時期の湿気が苦手というのもあるのかもしれない。
麦も彼らの周囲を、きゅんきゅん鳴きながらゴム鞠のように跳ね回っている。麦はスイカツラという犬神の一種だそうだが、シュルシュルうねる蛇の尻尾に目を瞑ればただの犬にしか見えない。
一方、牡丹は女の子だからか、それともこの尾崎家の屋敷神としての特性なのか、南天たちに比べれば随分と大人しい。今も縁側のへりに座り、足をパタパタさせながら、楽しそうに南天たちが遊ぶのを見ている。
そして、そんな子供たちを見守るように、この屋敷の主人であり私の旦那様である尾崎玄湖が、縁側にごろんと転がり、五本ある狐の尻尾をふさりふさりと揺らしていた。
私はその光景を見て目を細める。
なんの変哲もない、平和で穏やかな時間が過ぎていく。
ずっとこんな日が続けばいいのに、と思ってしまうのだ。
「ねえ、これなんの音?」
「ヘンテコな音がするよ」
不意に、南天と檜扇が逆立ちをやめて立ち上がった。キョロキョロとあたりを見回している。
「ふむ? 確かに不思議な音じゃ」
牡丹も狐の耳をピクピクと動かし、首を傾げた。
しかし私には何も聞こえない。妖である彼らは、ただの人間である私よりもずっと耳がいいのだ。
縁側に寝そべっていた玄湖が身を起こし、弾んだ声を上げた。
「おや、この音はあれだね。小春さん、聞こえるかい?」
「いえ、私には聞こえないです。どんな音が聞こえるのかしら?」
「そうだなぁ。上なら小春さんにも聞こえるかな」
「え?」
聞き返した私は、玄湖にさっと横抱きにかかえられた。
「ちょっと跳ぶよ」
玄湖は私を抱えたまま、ピョーンと屋根まで軽々と跳び上がる。
「きゃあっ!」
私は急なことに、玄湖の着物をぎゅうっと掴むことしか出来ない。
頬にびゅうっと風が吹き付けてくる。屋根の上は思いの外高い。ポカンと口を開けた南天たちがうんと小さく見えた。
「もう、なんなんですか、急に……!」
「ごめんごめん。ほら、耳を澄ませてごらん」
私は口を尖らせながらも、言われた通りに耳を澄ました。
風に乗ってかすかに聞こえてきたのは、笛や太鼓の軽快な音。
「お囃子の音だわ。お祭りがあるのね!」
「そういうこと」
私の気持ちは一気に舞い上がって自然と笑みが零れた。
玄湖は私を抱いて軽々と地面に降りる。
「主人様、いきなり牡丹の頭に乗らないでくださいまし!」
牡丹が薄桃色の頬をプクッと膨らませている。屋敷神の牡丹にとって、屋根は頭も同然なのだ。
玄湖は私を下ろした後、牡丹の銀色の髪をわしゃわしゃと撫でた。
「ごめんって。でも朗報だ。今日はお祭りがあるみたいだよ!」
「ええ、松林を抜けた集落の端に神社があるんです。そこで毎年、今くらいの時期にお祭りがあるから、その音でしょうね。なんだかお祭りの音ってそわそわしちゃう。行きたくなるわね」
私がそう言うと、南天と檜扇は目を輝かせた。
「お祭り、行ってみたい!」
声が綺麗に揃った。
「そうか。なら、みんなで行ってみるのもいいんじゃないか」
「いいですね」
玄湖の提案に私は頷く。お祭りと聞くと体が勝手にウキウキしてしまう。玄湖も同じ気持ちらしく、いつもにこやかな顔が更に上機嫌になっていた。
「お祭り……聞いたことはあるのですが、牡丹にはよく分かりませぬ。主人様、何をするのですか?」
牡丹は屋敷神として二百年近く生きているものの、屋敷の中しか知らないため、お祭りにピンときていないようだ。
「簡単に言うと、神社で神様を祀る儀式があるんだよ。牡丹を作る時に地鎮祭をしたけど、その頃の記憶はさすがにないか。私が牡丹に力を注ぎ込むようなことを、人はもっとちゃんとした形式でやっているんだよ」
「うーん、その頃のことはさすがに覚えておりませぬ。でも、それの何が楽しいのです?」
牡丹はくりんと首を傾げている。
「えっとね、娯楽の一種なのよ。神社に人がたくさん集まるし、屋台っていう簡易形式の小さなお店がたくさん出るの。飴細工や甘酒なんかの甘いものや、くじ引き、それから植木や小物、古着なんかも売っていたりね。見て回るだけで楽しいわよ」
「あと芝居小屋とか、水芸を見せてくれる人もいるよ。それから似顔絵描きや……そうそう、古本屋が来てて、抱え切れないくらい本を買ってしまったこともあったなぁ」
「ふふ、玄湖さんらしい」
私はクスクスと笑う。
「お祭りは本当に楽しいものだよ。百聞は一見にしかずと言うだろう」
「主人様や小春はお祭りが好きなのですね。では、牡丹も行ってみとうございます!」
「行きたーい!」
南天と檜扇も同じ気持ちのようで、ぴょんぴょん跳ねている。麦は分かっているのか、いないのか、ご機嫌そうに蛇の尻尾をうねらせた。
「それじゃあみんなでお祭りに行こうか!」
わあっと歓声が上がる。
キラキラした瞳の南天と檜扇を見て、思わず笑みが零れた。
「お囃子が聞こえたから、もう始まってるわね。準備をして、お重たちにも声をかけてみましょう」
はぁい、と南天たちは声を揃えて返事をした。
お重とお楽も誘ってみたが、二人はさほどお祭りに興味はないようだった。
「お祭りですか。屋台の食べ物って飴とかちまちまっとした、小さいのばかりじゃないですか。そういうのは何個食べても物足りなくてねえ。留守番してますよ」
「楽もあまり興味がありません……人も多いですし」
尾崎家の厨担当のお重は健啖家で、屋台の軽食ではなく、もっとしっかり食べたいようだ。そして洗濯担当のお楽は着道楽でもあり、お祭りの屋台にあるような古着屋では満足出来ないのだろう。
「あら、そうなのね。じゃあ、私たちだけで行ってくるわ」
「美味しそうなものが売ってたらお土産に買ってくるよ」
「ええ……いってらっしゃいませ」
「あたしらはそっちを楽しみにしてますよ!」
みんな口々にいってきます、と玄関先で大きな声を出して家から出た。
「牡丹、手を繋ごう!」
「牡丹は真ん中だよ!」
南天と檜扇は、まだ外出に慣れず、緊張しがちな牡丹を真ん中に挟み、手を繋いであげている。
随分とお兄さんらしくなったものだ。付喪神としては屋敷神である牡丹の方がずっと年上だけれど、外に出たことがない分、どことなく幼さが残っている。それに引き換え、南天と檜扇は初めて会った時に比べて、色々な経験を積んだからか、精神的に成長していると感じるのだ。きっとこれからもどんどん成長していくのだろう。
麦は玄湖の懐に入れてもらい、ちょこんと顔を出している。
「さあ、小春さんは私の手だよ」
「はい」
私は差し出された玄湖の手を握る。
成長したといえば玄湖もだ。ぐうたらな性分は相変わらずだが、それでも自発的に篠崎の手伝いをしたり、私のことも気にかけたりしてくれる。
それが嬉しくて、玄湖の温かい手をきゅっと握ると、玄湖は優しい笑みを私に向けた。
「小春さん、そんなにお祭りが楽しみなのかい?」
「それもですけど、こうしてみんなでお祭りに行く準備をしていたら、もうそれだけで楽しくて」
「うん、分かるよ。準備するのって前は面倒だと思ってたけどさ、最近は結構好きなんだ」
「お重やお楽が留守番なのは、ちょっとだけ残念かしら」
「二人にはお土産を買っていこう。団子か何か売ってたらいいねえ」
「主人様、早く参りましょう!」
牡丹がそう急かす。南天たちも早く行きたくてたまらない様子だ。
「おっと、ごめんよ。じゃあ行こうか」
松林を抜け、ぞろぞろと集落へ向かった。玄湖が南天たちを人の姿に見えるように術をかけているから、私たちはただの子連れの家族にしか見えないだろう。
周りには、これからお祭りに向かうらしい人たちが、なんとも浮き足だった様子で歩いている。お祭りと聞くと、誰しもあんなワクワクした顔になるものだ。もちろん、私たちも同様である。
「あれ、小春ちゃん?」
ふと、進行方向からやってくる人に声をかけられ、足を止めた。
そこにいたのはお静さんである。
お静さんは由良家の近所に住む人で、父の葬式でもお世話になったのだ。
「お静さん、お久しぶり! お静さんもお祭りに行ってたんですか?」
「うん。上の子たちが行きたいってせがむもんでね。でも、八重を連れてたら長居出来ないでしょう。上の子たちは旦那に任せて、先に帰るところ」
お静さんは五人の子持ちで、今は一番下の八重ちゃんを背負っている。お祭りは人が多いから、小さな子を連れていくと大変だろう。
「八重ちゃん、随分大きくなりましたね」
八重ちゃんはもう赤ちゃんというより、すっかり幼児と言えそうな外見になっていた。お静さんにおんぶ紐が食い込んでいるのを見ると、結構重そうだ。
「でしょう。この頃はだいぶ喋るのも上手になってきたんだよ」
前に見たのは昨年の秋頃で、その時はまだむにゃむにゃとしか喋れなかったが、今は丸々とした手足を元気に振り回し、「あーちゅり!」と大きな声を出している。きっと、お祭りと言いたいのだろう。その可愛らしさに頬が緩む。
「小春ちゃんも元気そうでよかったよ。結婚したって噂は聞いたけど、旦那さんとそのお子さんたち?」
「あ、はい」
「ご挨拶が遅れました。尾崎玄湖と申します」
玄湖はスッと背筋を伸ばし、お静さんに挨拶をした。
お静はそんな玄湖を見て頬を染めている。
「あらまあ……素敵な人じゃないの! いいご縁があってよかったねえ」
南天たちも次々に挨拶をした。
「元気でいい子たちねえ」
お静さんは南天たちの元気な挨拶にニッコリ笑う。
「おばちゃん、赤ちゃん可愛いね! 名前はなんていうの?」
「八重っていうのよ」
「八重ちゃん! 可愛い!」
「わあ、ほっぺぷにぷにじゃ」
八重ちゃんの可愛らしさに、三人とも目尻を下げ、ニコニコしている。
そんな南天たちにお静さんは優しい視線を向け、それから私の顔を覗き込んだ。
「小春ちゃん、幸せそうねえ。元治さんが見たらどれほど喜ぶか──あっ、そうそう、小春ちゃん、ちょっといいかい?」
お静さんはハッと何かを思い出したらしく、私の耳元で囁いた。
「この間ね、あんたの叔母さん夫婦をこの近くで見かけたんだよ」
「まあ……叔母夫婦をですか? 何かされませんでしたか?」
「集落のあたりをウロウロしていたんだ。特に何かされたりはしなかったけど、一応ね。言っちゃ悪いけど、素行が悪くて元治さんも手を焼いていただろう? 小春ちゃんがお嫁に行ったなら、今由良の家は無人だろうし、気を付けておいた方がいいと思って。本当にねえ、小春ちゃんのご両親はあんなにしっかりしたいい人たちだったのに」
「え、ええ。気を付けます……」
叔母夫婦はかつて、私に偽の借用書を突き付けて、見知らぬ老人の妾にしようとしたことがあった。玄湖が助けてくれなければ、今頃どうなっていたか分からない。その時、玄湖に頼んで、叔母夫婦が由良の家に手を出せないように松林に結界を張ってもらっているが、しばらくの間は気を付けていた方がよさそうだ。
「大丈夫。あの人たちがまた何かしてきても、私が追い返してあげるからさ」
玄湖は優しい声で私の肩を軽く叩いた。
お静さんはばつが悪そうな顔で苦笑する。
「あらま、聞こえてました? でも、頼りになりそうな旦那さんでよかったねぇ、小春ちゃん!」
「ええ。とっても優しくて、素敵な人なんですよ」
八重ちゃんはお静さんの背中で大人しくしていたが、急に手足をジタバタと振り回し始めた。
「かぁちゃ! おにぎょー、きちゅねー! かぁちゃー!」
「おっと、どうしたの八重。飽きちゃったかな。小春ちゃん、ごめん、そろそろ行くわ。もし子供が出来たら、いつでも相談に乗るから遠慮なく言ってね!」
お静さんは背中の八重ちゃんをあやしながら、去っていった。
「牡丹は赤ちゃんを見たのは初めてじゃ。なんと可愛らしいことか……」
牡丹は頬を紅潮させ、お静さんたちが去っていった方を何度も振り返っている。
「なあ、小春の赤ちゃんはまだなのじゃろうか。夫婦の間には赤ちゃんが生まれるものだと聞いたことがある」
牡丹は期待のこもった眼差しで私を見上げた。
「えっ、小春の赤ちゃん? 見たーい!」
それを聞き付けた南天と檜扇が、目を輝かせて声を揃える。
「いつ生まれるの? 明日? 明後日?」
「そ、そんなすぐには……」
「じゃあいつ? 来週? 来月?」
こちらも期待のこもったキラキラした二対の目が見上げてくる。私にはまだ妊娠の兆候は一切ない。困り果てた私は、とりあえず笑ってこの場を誤魔化した。
「え、ええと……赤ちゃんは授かりものだから、いつとは言えないの」
「小春さんの赤ちゃんか。きっと可愛いだろうねぇ」
蕩けそうな笑顔の玄湖が、握ったままの私の手をそっと指で撫でてくる。
玄湖にまでそう言われて、私はボッと顔が熱くなった。あくまで授かりものだし、焦る必要はないけれど、いずれは玄湖との子供が欲しいと思っている。この調子なら、きっと南天たちも可愛がってくれるだろう。
「でも、今の子──八重ちゃんだっけ。私たちの本当の姿が見えているみたいだったね」
「あ、おにぎょー、きちゅねってそういうことですか」
おそらく、お人形、狐と言いたかったのだろう。牡丹は屋敷神だが、狐耳があるので狐ということか。
「そうだろうね。あれくらい幼い頃は、妖を見ることの出来る子もそこそこいるみたいだよ。七歳までは神のうち、って言葉があるけれど、その年までは不思議な力があるって意味も含まれているんじゃないかな。小春さんが狐の術だけ見破れるのも、もしかしたら赤ちゃんの時からあの松林の中の家で過ごして、狐の妖力に耐性が出来たからかもしれないね」
そんなことを話しながら歩いているうちに、集落の神社に着いた。
鳥居の周囲に提灯がたくさん飾られている。
お囃子に人の声。神社に入る前から賑やかだ。
「今日は特別にお邪魔させていただくよ」
玄湖はそう言ってから鳥居をくぐる。
「こちらの神様も玄湖さんのお知り合いなんですか?」
「ここは稲荷神社じゃないから、知り合いってほどではないけれど、ご近所ではあるからね、面識くらいはあるよ。特別なおもてなしはしないけど遊んでいってってさ。それに小春さんのことも知ってるみたいだよ。小さい頃からよく来てたんだろう?」
「えっ、まさか覚えていてくださるなんて……」
「ここの神様は慈悲深くて優しい方だからね」
「嬉しいです」
子供の頃は毎年お祭りに行っていたし、初詣や何やらで、たびたび神社に足を運んだものだ。神様が自分のことを覚えていてくれたというのは、少し不思議だったが、じんわりとした嬉しさが胸に広がる。
「さて、お祭りを楽しむ前にお参りだよ」
「そうですね」
気が急いて走り出しそうな南天たちをしっかり捕まえて、私と玄湖は参道を歩く。参道の左右に屋台が出ていて心惹かれるが、まずはお参りだ。
「初夏のお祭りは疫病退散や無病息災を祈願していることが多いんだ。この神社もそうみたいだね」
「じゃあ、家族みんなが病気にならないようにお祈りしますね」
「うん。そうしよう」
そんな話をしながらお参りを済ませ、待望の屋台を見て回る。太鼓やお囃子の音に気分が浮き立つ。
「玄湖さん、飴細工ですって」
私は飴細工の屋台の前で足を止めた。様々な動物を模った飴が飾られている。
「お、いいね、子供たちの分を作ってもらおうかな。お任せで頼むよ」
「はいよ!」
「わあぁ、すごーい!」
目の前で飴細工が作られるのを見て、南天たちは目を輝かせた。大人の私でも、うにょうにょとした柔らかい飴に様々な色がつき、あっという間に動物や魚の形が出来ていくのを見るのは楽しい。
「牡丹のは兎じゃ!」
「赤い魚!」
「黒い魚!」
牡丹はピンク色の兎を作ってもらい、南天は赤い金魚、檜扇は黒い金魚で、色違いのお揃いだ。
「よかったわね」
「で、ですが、可愛過ぎて食べられぬ……」
牡丹はそう言いながら、兎の飴をクルクルと回している。
「うう、顔は可愛くて無理じゃ。でもここは耳が可愛いし、ひっくり返しても尻尾が可愛い! ど、どうすれば食べられるのじゃ……!」
牡丹こそ、そんな可愛いことを言うものだから、私も玄湖も笑いを堪え切れない。
ちなみに麦は犬のフリをしないといけないので、飴細工はお預けである。きゅふんと悲しそうに鼻を鳴らした。
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