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3巻
3-2
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「後で食べ物を分けてあげるから、少し我慢しておくれ」
玄湖がそう言い聞かせている。
それから古本屋の屋台にふらふらと引き寄せられそうになる玄湖を引き戻し、みんなで一回ずつくじ引きをした。お菓子が当たれば麦にあげようと思っていたが、当たったのは幼い女の子が喜びそうな小さな人形である。赤い帽子をかぶった女の子の人形で、くりくりとした大きな目が可愛らしい。
「ねえ牡丹、このお人形あげようか?」
「むう、牡丹はそこまで子供ではないのじゃ」
幼い外見ながら、二百年近く生きている屋敷神なので、人形には興味がないようだ。
「それなら、今度会った時に八重ちゃんにあげようかしら」
人形には紐がついていたので、落とさないように帯紐に引っ掛けておいた。
屋台を見て回るうちに、だんだんと日が沈んでいく。いつの間にか周囲は薄闇に包まれ、空は藍色を濃くしていた。参道には提灯や松明が灯り、ぼんやりと光る橙色の灯りは不思議な郷愁を感じさせる。
お祭りはもう少し遅くまでやっているみたいだが、子供向けの屋台は早々に店じまいを始めていた。子供はそろそろ帰る時間で、母親に手を引かれ、ぐずりながら家路につく子供の姿をちらほら見かける。暗くなると大人向けの芸物が増えるし、お酒を飲んでいる人も増える。
子供の頃、私も同じようにまだ帰りたくないと駄々をこね、父に抱っこされて半ば無理やり連れ帰られたことがあった。今も、もう少しお祭りを楽しみたい気はしたが、南天たちを連れている以上、そろそろ帰った方がいいだろう。
「もう暗くなっちゃいましたね。名残惜しいですけど、帰りましょうか」
私がそう言うと、玄湖は私の耳元に口を寄せた。
「一旦帰ってから、もう一度来ないかい? 今度は私と二人きりで」
その甘い囁き声に、私は胸がドキドキするのを止められなかった。
コクンと頷くと、玄湖は私を熱のこもった眼差しで見つめた。透き通った金色の瞳が橙色の灯りのせいでいつもより濃い色に見える。ドキドキが増して、なかなか頬の熱が冷めてくれない。そんな私に、玄湖は内緒だよ、と言うように、唇の前に人差し指を立てたのだった。
「おっと、帰る前に、お重たちにお土産を買っていかなきゃ。そこの焼き団子がいいんじゃないかい?」
すぐ側の屋台から、いい香りが漂ってくる。味噌ダレにつけた団子を炭で炙っているのだ。団子はまん丸ではなく、少し平べったい形をした三つの団子が、普通よりも長い串に打たれている。それが炙られて、じゅうっと音を立てているのだ。そんな香りと音で刺激されては、食欲が掻き立てられるのも当然だろう。
私だけでなく、南天に檜扇はもちろんのこと、牡丹までもが口をゆるゆるにして焼き団子を見つめていた。
「いい香り。美味しそうですね」
玄湖は頷いて、屋台の店主に声をかけた。
「すまないが、残っている団子を全て買わせておくれ」
全部と言われ、店主は目を丸くした。
「全部ですかい? そろそろ店じまいしようと思ってたから、うちは何本でも構わないけど、串に刺したのは三十本はありますよ?」
「もちろん。うちは大家族でね、留守番している家族の分も欲しいからさ」
「そうでしたか。じゃ、今焼きますんで、少しお待ちを」
売れ残りそうだった団子が全て売れたのが嬉しいらしく、店主は愛想よく団子を焼き始めた。
「焼けてるのを今ここで一本ずつ食べよう。こういうのは焼きたてが一番だからね。麦も食べたいだろう? そろそろ暗くなってきたから、出ても構わないよ」
「きゅん!」
玄湖は焼けた団子を人数分受けとって言った。
大人しく玄湖の懐に潜っていた麦は威勢よく飛び出し、玄湖が差し出した焼き団子に食らいつく。
「ああ、もう、火傷するってのに、食い意地が張ってるんだから……」
玄湖は苦笑しながらみんなに団子を配る。炭で炙られていたから串まで熱い。団子も相当の熱さだろう。
私も麦に負けじと熱々の団子を齧った。
歯に染みそうなほどの熱。もっちりとした弾力が強めの団子に、わずかに焦げた甘味噌が香ばしく絡んでいる。そこにほんのりと爽やかな柑橘の風味を感じた。
「ちょっと柚子みたいな風味がありますね」
「うちの団子は特製の柚子味噌ダレなんです。美味しいでしょう」
団子を焼きながら店主が説明してくれた。私は大きく頷く。
「ええ、とっても美味しい!」
端の方の焦げて硬くなった味噌ダレが、絶妙に団子の食感を変えるのもいい。なかなかの大きさだが、ぺろっと食べてしまった。
南天たちも夢中になって食べている。口の周りをベタベタに汚しているから、食べ終えたら顔を拭いてやらなければ。
「さてと、団子が冷めないうちにお重とお楽に持って帰ろう」
玄湖は南天たちを促した。
まだ帰りたくなさそうにしていた子供たちだったが、温かい団子から立ち上る香りに、渋々ながら頷く。
私たちは焼き上がった大量の団子を持って帰宅した。
「ただいま! お重、お楽、お土産よ」
「おや、こりゃ美味そうな団子だね! さっそくいただこうか」
「まあ……いい香りですこと。お土産をありがとうございます」
お重とお楽は焼き団子のお土産を喜んでくれた。さっき食べたばかりの南天たちも、再び焼き団子に手を伸ばしている。
焼き団子はかなり大きめだったし、屋台で他にも飲み食いしていたので、私は既にお腹がいっぱいだったが、妖のみんなは食欲旺盛なのだ。
「……小春さん。今のうちに」
玄湖がちょいちょいと合図をするのが見えた。
みんなが焼き団子に夢中になっているうちにと、玄湖に手を引かれた。そっと屋敷から出て、再び神社に向かう。
みんなには内緒というのが、ちょっぴり悪いことをしている気分になってくる。
「ふふ、みんなにバレたら、抜け駆けだって怒られてしまうかしら」
「小春さんだって、たまには怒られるのもいいかもしれないよ。私はしょっちゅうだけどさ」
手を繋いで歩きながら二人でクスクス笑い合った。
日は完全に沈み、松林の中はもう真っ暗だ。玄湖に手を引いてもらわないと、松の木にぶつかってしまうだろう。
暗い松林から出て再度やってきた神社の参道は、提灯で煌々と照らされ、昼間以上に賑わっている。普段と違う、お祭りの時にしか見られない光景に目を細めた。
どぉんどぉんとお腹に響くような太鼓の音に、軽やかな笛の音、屋台にズラッと並んだ売り物の風鈴が、チリチリとひと足先に夏らしい音を立てている。それに人々のざわめきや笑い声が混ざり合って、参道は不思議な雰囲気が満ちていた。
お酒が振る舞われているらしく、酔っ払った人もちらほら見かける。怖そうな見せ物小屋に覗きからくり、甲高い鳥のような声で歌う三味線弾きなど、さっき南天たちと回った時とは芸物の雰囲気も異なっていた。
「小春さん、ちょっと向こうの方に行ってみようか」
「向こう?」
表参道以外にも屋台が出ていたのだろうか。
疑問に思ったが、玄湖に誘導されるままついていく。
細い道を何度か曲がると、提灯の明るさが途切れ、薄暗い道に出た。道の両端に植えられた柳の木が左右から枝を垂らして道を塞いでいる。
玄湖は柳の枝を暖簾のようにひょいとくぐり、私の頭に引っかからないよう、手で押さえてくれた。
「ありがとうござ──」
言いかけた言葉はぷつりと途切れた。
目の前に、それまでなかったはずの賑やかなお祭りの光景が広がっていたからだ。
「──わあ……!」
大きく目を見開いた私に、玄湖が言った。
「夜だけの妖のお祭りだよ。ここの神社の神様は心が広くてね、妖もお祭りを楽しめるように裏参道を開放してくれているのさ」
提灯の代わりに裏参道を照らしているのは鬼火だ。口をぱっくり開けた化け提灯も交ざって周囲を照らしている。
屋台にいるのも、法被を着た毛むくじゃらの妖だ。あちらで三味線を引いているのは猫又だろうか。尻尾が二股に分かれ、にゃあにゃあと楽しそうに歌っている。
屋台に売っているのも不思議なものばかり。古い煙管にキラキラした石、欠けた食器だけを並べられている屋台もある。
「おや、あれは全部付喪神の食器だねえ。それにあの風鈴は妖の鱗で出来ているみたいだ。涼しげな音じゃないけど面白いねえ」
一見すると硝子の風鈴なのに、風が吹くたびにチリンではなくギャオウと不思議な鳴き声を上げている。よく見ると目が付いていて、キョロリと動く。
「ええ、面白いです!」
普通の食べ物も売っているが、店主も客も妖のようだ。目の前で焼きとうもろこしを購入した美女は、長い髪を手のように使い、頭の後ろにある大きな口でパクパクと食べている。私は目まぐるしくあちこちをキョロキョロした。
「妖が多いから、小春さんは私の腕に掴まって」
「は、はい」
そうは言うが、腕に掴まると体を密着させることになり、少々恥ずかしい。
手を繋ぐだけにしておこうと思った私の目に飛び込んできたのは、屋台で売っている巨大なトカゲだった。黒っぽいトカゲが何匹も縄で縛られ、吊るされている。
どうやらトカゲの生き血を売っているようで、吊るされたトカゲはまだ生きていて、時折ビクンと震える。
「くっ、玄湖さんっ……!」
私は恐ろしさのあまり、玄湖の腕にぎゅうっとしがみついた。
「ほら、だから言ったじゃないか」
玄湖はそう言いつつも、優しい仕草で私の髪を撫でてくれた。
「あれが見えないところまで行ったら声をかけてあげるから、そのままくっついているんだよ」
「は、はい……」
玄湖の腕に顔を押し付けたまましばらく歩く。もう大丈夫と言う声に、ようやく顔を上げた。トカゲの姿はどこにも見えず、ホッと息を吐く。
「ちょっと刺激が強かったかな」
「す、すみません……取り乱してしまって」
「謝らなくていいよ。また怖かったら今みたいに顔を伏せていいからね。でも、私に抱きつく小春さんは可愛かったなぁ」
玄湖は目尻を下げている。
「も、もう……」
怒りたいけれど、玄湖にしがみついていては格好がつかない。口を尖らせて軽く睨む。
「ふふ、上目遣いで怒る小春さんも可愛い」
そんな風に言われてしまっては、私に出来るのは頬を赤らめることくらいだ。
気を取り直して、妖のお祭りを見て回る。怖いものもあるにはあるが、ワクワクするのは人のお祭りとそう変わらない。
「さっきみたいに変わったものも売っているけれど、ここにいるのは普段は人に紛れて暮らしている妖ばかりだ。神社の神様から場所をお借りしていることもあって、人を襲うような危険な妖はいないから安心しておくれ」
「おーい! 玄湖じゃないか。玄湖の花嫁さんも! 俺だよぉ、司波だよ!」
ふと聞き覚えのある声に振り向くと、以前、篠崎の屋敷で会った男が、屋台から身を乗り出して手を振っていた。
「おや、司波さんもお祭りに来ていたんだね」
司波は丸みを帯びた顔に人懐っこい笑みを浮かべた。
「ああ、今来たとこでね、これから売り物を並べるところなのさぁ。玄湖、可愛い花嫁さんとデートかい。いいじゃないか。花嫁さんになんか買ってやりなよぉ!」
司波は目配せをして、玄湖を肘で突いた。
「まーったく、司波さんったら商売上手なんだから。可愛い花嫁さんにって言われたら断りにくいじゃないか。で、今日は何を売るんだい?」
今来たばかりと言う司波の屋台には、まだ何も並べられていない。
「司波さんは何屋さんですか?」
「俺はねえ、季節のものや珍しいものを仕入れて、あちこちで売ってるんだぁ。今日の売り物は団扇だ。最近暑くなってきただろう」
司波はガサゴソと荷物を漁り、屋台に数枚の団扇を並べた。
「あっ、これ……いや、なんでもないよ」
わざとらしく玄湖は目を逸らしている。理由が分からず、私は首を傾げた。
団扇には白地に様々な絵が描かれている。全て手描きだ。
「どれも綺麗な絵ですね」
「お、さすが玄湖の可愛い花嫁さんだ。お目が高い! でも、ただの団扇じゃないんだよ。これは鳥の妖の羽を仕込んでいてね、一度手に取って扇いでみたら分かるさ」
「では、ちょっと失礼しますね」
私は朝顔が描かれた団扇を自分に向けて扇いでみる。すると、軽く扇いだだけとは思えない涼風がさあっと吹いていった。
「わあ、涼しい!」
「だろだろ? ずっと使えるものじゃあないけどね、夏の間くらいはもつよ。効果が切れてからは普通の団扇としても使える。これからどんどん暑くなるし、一枚どうだい?」
「いいですね。あの、玄湖さん、団扇を買ってもいいですか?」
「分かったよ。小春さんに夏の間涼しく過ごしてもらえるなら。ほら、この花模様なんか可愛いんじゃないかな?」
玄湖が指差したのは、ピンク色の花の絵が可愛らしい団扇だ。他にも二色の紫陽花や涼しげな流水模様、金魚に西瓜まであって、どれも夏らしく風情がある。
「……でも、なんだかこの狐の絵に惹かれます」
私はズラッと並んだ色とりどりの団扇の中で、隅っこにポツンと置かれた狐の団扇が気になってしまった。
真ん中に大きな絵が描かれている他の団扇に比べて、狐は控えめな大きさで周囲に桔梗の花がポツンポツンと描かれている。他の夏らしい絵に比べ、秋の花である桔梗は季節外れだし、余白が多く、華やかさでは負けている。けれど、なんとも言えない魅力を感じた。その狐がちょうど玄湖と同じ赤茶色というのも気に入ったし、青い星形の桔梗の花も涼しげでいいと思ったのだ。
「これにします」
「そ、そんなのじゃなくて、他にもっと華やかな絵がたくさんあるじゃないか……それ、売れ残りだよ。柄も夏っぽくないしさぁ」
玄湖はしどろもどろにそう言った。こんな言い方をするのは珍しい。
首を捻った私に、司波は言った。
「んんん、もしかして、玄湖はなんにも説明してないのかい? 玄湖の花嫁さん、それは玄湖が描いたやつだぜ。いやあ、本当にお目が高いなぁ。売れ残りっちゃ売れ残りだけど、中の妖の羽は新しいものだから、他のと同じように使えるしさぁ」
「え、玄湖さんが描いたんですか!?」
「そうともよ。何年か前にも団扇を作ったんだが、途中で絵師が逃げちまって。玄湖が昔絵を描いてたのを思い出してさ、何枚か描いてもらったんだ。その最後の一枚がこれさあ!」
「いやいや、絵にもハマッてちょっと描いたりしたけどさ、所詮素人の趣味だし……絵師の描いた団扇と並べると、こんなの未熟で恥ずかしいったら」
「玄湖がこんな風に恥ずかしがるなんて初めてだ。お前、花嫁さんを貰って随分変わったなあ」
「や、やめておくれよ」
玄湖は顔が真っ赤だった。こんな姿は見たことがない。
私は狐の団扇をギュッと握った。
「私これにします! 玄湖さんが買ってくれないなら、自分で買います! おいくらですか?」
司波はケラケラと笑う。
「そう言ってもらえて嬉しいねえ。その団扇は花嫁さんにあげるよ。玄湖、せっかくだし家族の分も何枚か買っていきなよ」
「それはいいですね。これがあれば涼しく過ごせそうですもん」
「……司波さんたら、本当に商売上手なんだから。もう、仕方ないなあ」
玄湖は結局家族の人数分の団扇を買ってくれた。
「えへへ、毎度ありぃ」
「司波さん、しばらくは仕事を手伝ってやらないからね!」
玄湖がむくれたように言うと、司波は頭を抱えた。
「そう言うなってえ。また頼むよ! 玄湖は手先が器用だから何作っても上手じゃんかぁ」
そのやり取りがおかしくて、クスッと笑う。
そういえば、以前篠崎の屋敷でも、司波に頼み込まれて玄湖は彼の手伝いをしていた。きっとあの時も、こういうものを作るのを手伝っていたのだろう。
「情報もやるからさっ! なあって!」
「……うん? 情報ってなんだい」
「それが、妖の天敵が東京周辺に出没してるらしくてさぁ、そいつに見つかった妖はただじゃすまないってよ。鬼の里の若い衆が襲われて、なんとか逃げたけど、大怪我したんだって。玄湖のとこにゃ、ちびっこいのも多いし、気を付けろよぉ」
物騒な話に私は眉を寄せた。
「まあ……妖にも天敵なんているんですか?」
玄湖や篠崎の強さは別格だろうが、鬼の娘でわずか三歳の皐月姫ですら、私より力持ちで身体能力が高いのだ。そんな妖に天敵がいるとは思ってもみなかった。
そんな私に司波はヘラヘラ笑いながら言う。
「ああ、天敵ってのは人間のことさ。人間って不思議だよなぁ。妖が見えたり見えなかったりするくせに、時には妖を退治するほど強いのもいるんだから」
司波の言葉に私は凍りついた。
人間が、妖の天敵。
そんなことは考えたこともなかった。
玄湖が私の肩を軽く叩く。
「小春さん、お坊さんや陰陽師が悪い妖を退治した、なんて昔話を聞いたことがあるだろう。そういうことが出来る人間もたまにいるってだけの話だよ。最近の妖は人間と共存しようって大人しくしてるのが大半だし、人間全てを天敵と思っているわけじゃないからね」
私は無言で頷く。
そうだとしても、司波の情報は昔話ではなく、今の話なのだ。
司波はしょんぼりと眉を下げた。
「悪いこと言っちゃったな。でも、変な意味じゃないんだよぉ。俺は玄湖の可愛い花嫁さんに、嫌な思いをさせるつもりはなかったんだってば」
「分かってるって。気を付けるように言いたかっただけだろう? 帰ったら、みんなにも伝えよう。小春さんも外に行く時はなるべく一人にならないようにね」
「そ、そうします」
「それじゃ、気を取り直して、お祭りを楽しもうじゃないか」
私はコクンと頷く。せっかくのお祭りだし、と気分を切り替えた。
裏参道のお祭りも表と変わらず、妖たちは楽しそうに過ごしていた。何に使うのか分からない不思議なもの、大きな鱗や貝殻などのキラキラした綺麗なものも売っている。時折、トカゲや蛇のような怖いものも売っていたが、そんな屋台の前を通る時は玄湖にしがみついてやり過ごした。
たまに、体の透けた人が交じっていることもあった。魂だけの存在らしく、神様の慈悲でここで最期に遊んでから彼方へ向かう人なのだろう、と玄湖から教えてもらった。
玄湖と二人きりで屋台を見て回るのは楽しい。久しぶりのデートなのだ。そう考えると自然と顔が綻び、胸には甘いときめきが湧き上がる。
「小春さん、随分歩いたけど疲れていないかい?」
「大丈夫ですけど、結構遅くなっちゃいましたね」
楽しくてついつい長居してしまい、すっかり夜が更けていた。
南天たちはもう寝ているかもしれない。
「──あら? あんなところに小さな子が」
不意に目に入ったのは、牡丹と同じくらいの身長の女の子だ。
妖だらけの人混みの中、トコトコと歩いている。
ここにいるということは、彼女も妖なのだろうか。しかし、尻尾やツノもなく、どこにも妖らしさがない。体が透けていることもなく、ごく普通の子供のように見える。ちょうど髪の毛も牡丹と同じおかっぱ頭だ。時折足を止めては、キョロキョロと誰かを探すように細い首を巡らせている。
玄湖がそう言い聞かせている。
それから古本屋の屋台にふらふらと引き寄せられそうになる玄湖を引き戻し、みんなで一回ずつくじ引きをした。お菓子が当たれば麦にあげようと思っていたが、当たったのは幼い女の子が喜びそうな小さな人形である。赤い帽子をかぶった女の子の人形で、くりくりとした大きな目が可愛らしい。
「ねえ牡丹、このお人形あげようか?」
「むう、牡丹はそこまで子供ではないのじゃ」
幼い外見ながら、二百年近く生きている屋敷神なので、人形には興味がないようだ。
「それなら、今度会った時に八重ちゃんにあげようかしら」
人形には紐がついていたので、落とさないように帯紐に引っ掛けておいた。
屋台を見て回るうちに、だんだんと日が沈んでいく。いつの間にか周囲は薄闇に包まれ、空は藍色を濃くしていた。参道には提灯や松明が灯り、ぼんやりと光る橙色の灯りは不思議な郷愁を感じさせる。
お祭りはもう少し遅くまでやっているみたいだが、子供向けの屋台は早々に店じまいを始めていた。子供はそろそろ帰る時間で、母親に手を引かれ、ぐずりながら家路につく子供の姿をちらほら見かける。暗くなると大人向けの芸物が増えるし、お酒を飲んでいる人も増える。
子供の頃、私も同じようにまだ帰りたくないと駄々をこね、父に抱っこされて半ば無理やり連れ帰られたことがあった。今も、もう少しお祭りを楽しみたい気はしたが、南天たちを連れている以上、そろそろ帰った方がいいだろう。
「もう暗くなっちゃいましたね。名残惜しいですけど、帰りましょうか」
私がそう言うと、玄湖は私の耳元に口を寄せた。
「一旦帰ってから、もう一度来ないかい? 今度は私と二人きりで」
その甘い囁き声に、私は胸がドキドキするのを止められなかった。
コクンと頷くと、玄湖は私を熱のこもった眼差しで見つめた。透き通った金色の瞳が橙色の灯りのせいでいつもより濃い色に見える。ドキドキが増して、なかなか頬の熱が冷めてくれない。そんな私に、玄湖は内緒だよ、と言うように、唇の前に人差し指を立てたのだった。
「おっと、帰る前に、お重たちにお土産を買っていかなきゃ。そこの焼き団子がいいんじゃないかい?」
すぐ側の屋台から、いい香りが漂ってくる。味噌ダレにつけた団子を炭で炙っているのだ。団子はまん丸ではなく、少し平べったい形をした三つの団子が、普通よりも長い串に打たれている。それが炙られて、じゅうっと音を立てているのだ。そんな香りと音で刺激されては、食欲が掻き立てられるのも当然だろう。
私だけでなく、南天に檜扇はもちろんのこと、牡丹までもが口をゆるゆるにして焼き団子を見つめていた。
「いい香り。美味しそうですね」
玄湖は頷いて、屋台の店主に声をかけた。
「すまないが、残っている団子を全て買わせておくれ」
全部と言われ、店主は目を丸くした。
「全部ですかい? そろそろ店じまいしようと思ってたから、うちは何本でも構わないけど、串に刺したのは三十本はありますよ?」
「もちろん。うちは大家族でね、留守番している家族の分も欲しいからさ」
「そうでしたか。じゃ、今焼きますんで、少しお待ちを」
売れ残りそうだった団子が全て売れたのが嬉しいらしく、店主は愛想よく団子を焼き始めた。
「焼けてるのを今ここで一本ずつ食べよう。こういうのは焼きたてが一番だからね。麦も食べたいだろう? そろそろ暗くなってきたから、出ても構わないよ」
「きゅん!」
玄湖は焼けた団子を人数分受けとって言った。
大人しく玄湖の懐に潜っていた麦は威勢よく飛び出し、玄湖が差し出した焼き団子に食らいつく。
「ああ、もう、火傷するってのに、食い意地が張ってるんだから……」
玄湖は苦笑しながらみんなに団子を配る。炭で炙られていたから串まで熱い。団子も相当の熱さだろう。
私も麦に負けじと熱々の団子を齧った。
歯に染みそうなほどの熱。もっちりとした弾力が強めの団子に、わずかに焦げた甘味噌が香ばしく絡んでいる。そこにほんのりと爽やかな柑橘の風味を感じた。
「ちょっと柚子みたいな風味がありますね」
「うちの団子は特製の柚子味噌ダレなんです。美味しいでしょう」
団子を焼きながら店主が説明してくれた。私は大きく頷く。
「ええ、とっても美味しい!」
端の方の焦げて硬くなった味噌ダレが、絶妙に団子の食感を変えるのもいい。なかなかの大きさだが、ぺろっと食べてしまった。
南天たちも夢中になって食べている。口の周りをベタベタに汚しているから、食べ終えたら顔を拭いてやらなければ。
「さてと、団子が冷めないうちにお重とお楽に持って帰ろう」
玄湖は南天たちを促した。
まだ帰りたくなさそうにしていた子供たちだったが、温かい団子から立ち上る香りに、渋々ながら頷く。
私たちは焼き上がった大量の団子を持って帰宅した。
「ただいま! お重、お楽、お土産よ」
「おや、こりゃ美味そうな団子だね! さっそくいただこうか」
「まあ……いい香りですこと。お土産をありがとうございます」
お重とお楽は焼き団子のお土産を喜んでくれた。さっき食べたばかりの南天たちも、再び焼き団子に手を伸ばしている。
焼き団子はかなり大きめだったし、屋台で他にも飲み食いしていたので、私は既にお腹がいっぱいだったが、妖のみんなは食欲旺盛なのだ。
「……小春さん。今のうちに」
玄湖がちょいちょいと合図をするのが見えた。
みんなが焼き団子に夢中になっているうちにと、玄湖に手を引かれた。そっと屋敷から出て、再び神社に向かう。
みんなには内緒というのが、ちょっぴり悪いことをしている気分になってくる。
「ふふ、みんなにバレたら、抜け駆けだって怒られてしまうかしら」
「小春さんだって、たまには怒られるのもいいかもしれないよ。私はしょっちゅうだけどさ」
手を繋いで歩きながら二人でクスクス笑い合った。
日は完全に沈み、松林の中はもう真っ暗だ。玄湖に手を引いてもらわないと、松の木にぶつかってしまうだろう。
暗い松林から出て再度やってきた神社の参道は、提灯で煌々と照らされ、昼間以上に賑わっている。普段と違う、お祭りの時にしか見られない光景に目を細めた。
どぉんどぉんとお腹に響くような太鼓の音に、軽やかな笛の音、屋台にズラッと並んだ売り物の風鈴が、チリチリとひと足先に夏らしい音を立てている。それに人々のざわめきや笑い声が混ざり合って、参道は不思議な雰囲気が満ちていた。
お酒が振る舞われているらしく、酔っ払った人もちらほら見かける。怖そうな見せ物小屋に覗きからくり、甲高い鳥のような声で歌う三味線弾きなど、さっき南天たちと回った時とは芸物の雰囲気も異なっていた。
「小春さん、ちょっと向こうの方に行ってみようか」
「向こう?」
表参道以外にも屋台が出ていたのだろうか。
疑問に思ったが、玄湖に誘導されるままついていく。
細い道を何度か曲がると、提灯の明るさが途切れ、薄暗い道に出た。道の両端に植えられた柳の木が左右から枝を垂らして道を塞いでいる。
玄湖は柳の枝を暖簾のようにひょいとくぐり、私の頭に引っかからないよう、手で押さえてくれた。
「ありがとうござ──」
言いかけた言葉はぷつりと途切れた。
目の前に、それまでなかったはずの賑やかなお祭りの光景が広がっていたからだ。
「──わあ……!」
大きく目を見開いた私に、玄湖が言った。
「夜だけの妖のお祭りだよ。ここの神社の神様は心が広くてね、妖もお祭りを楽しめるように裏参道を開放してくれているのさ」
提灯の代わりに裏参道を照らしているのは鬼火だ。口をぱっくり開けた化け提灯も交ざって周囲を照らしている。
屋台にいるのも、法被を着た毛むくじゃらの妖だ。あちらで三味線を引いているのは猫又だろうか。尻尾が二股に分かれ、にゃあにゃあと楽しそうに歌っている。
屋台に売っているのも不思議なものばかり。古い煙管にキラキラした石、欠けた食器だけを並べられている屋台もある。
「おや、あれは全部付喪神の食器だねえ。それにあの風鈴は妖の鱗で出来ているみたいだ。涼しげな音じゃないけど面白いねえ」
一見すると硝子の風鈴なのに、風が吹くたびにチリンではなくギャオウと不思議な鳴き声を上げている。よく見ると目が付いていて、キョロリと動く。
「ええ、面白いです!」
普通の食べ物も売っているが、店主も客も妖のようだ。目の前で焼きとうもろこしを購入した美女は、長い髪を手のように使い、頭の後ろにある大きな口でパクパクと食べている。私は目まぐるしくあちこちをキョロキョロした。
「妖が多いから、小春さんは私の腕に掴まって」
「は、はい」
そうは言うが、腕に掴まると体を密着させることになり、少々恥ずかしい。
手を繋ぐだけにしておこうと思った私の目に飛び込んできたのは、屋台で売っている巨大なトカゲだった。黒っぽいトカゲが何匹も縄で縛られ、吊るされている。
どうやらトカゲの生き血を売っているようで、吊るされたトカゲはまだ生きていて、時折ビクンと震える。
「くっ、玄湖さんっ……!」
私は恐ろしさのあまり、玄湖の腕にぎゅうっとしがみついた。
「ほら、だから言ったじゃないか」
玄湖はそう言いつつも、優しい仕草で私の髪を撫でてくれた。
「あれが見えないところまで行ったら声をかけてあげるから、そのままくっついているんだよ」
「は、はい……」
玄湖の腕に顔を押し付けたまましばらく歩く。もう大丈夫と言う声に、ようやく顔を上げた。トカゲの姿はどこにも見えず、ホッと息を吐く。
「ちょっと刺激が強かったかな」
「す、すみません……取り乱してしまって」
「謝らなくていいよ。また怖かったら今みたいに顔を伏せていいからね。でも、私に抱きつく小春さんは可愛かったなぁ」
玄湖は目尻を下げている。
「も、もう……」
怒りたいけれど、玄湖にしがみついていては格好がつかない。口を尖らせて軽く睨む。
「ふふ、上目遣いで怒る小春さんも可愛い」
そんな風に言われてしまっては、私に出来るのは頬を赤らめることくらいだ。
気を取り直して、妖のお祭りを見て回る。怖いものもあるにはあるが、ワクワクするのは人のお祭りとそう変わらない。
「さっきみたいに変わったものも売っているけれど、ここにいるのは普段は人に紛れて暮らしている妖ばかりだ。神社の神様から場所をお借りしていることもあって、人を襲うような危険な妖はいないから安心しておくれ」
「おーい! 玄湖じゃないか。玄湖の花嫁さんも! 俺だよぉ、司波だよ!」
ふと聞き覚えのある声に振り向くと、以前、篠崎の屋敷で会った男が、屋台から身を乗り出して手を振っていた。
「おや、司波さんもお祭りに来ていたんだね」
司波は丸みを帯びた顔に人懐っこい笑みを浮かべた。
「ああ、今来たとこでね、これから売り物を並べるところなのさぁ。玄湖、可愛い花嫁さんとデートかい。いいじゃないか。花嫁さんになんか買ってやりなよぉ!」
司波は目配せをして、玄湖を肘で突いた。
「まーったく、司波さんったら商売上手なんだから。可愛い花嫁さんにって言われたら断りにくいじゃないか。で、今日は何を売るんだい?」
今来たばかりと言う司波の屋台には、まだ何も並べられていない。
「司波さんは何屋さんですか?」
「俺はねえ、季節のものや珍しいものを仕入れて、あちこちで売ってるんだぁ。今日の売り物は団扇だ。最近暑くなってきただろう」
司波はガサゴソと荷物を漁り、屋台に数枚の団扇を並べた。
「あっ、これ……いや、なんでもないよ」
わざとらしく玄湖は目を逸らしている。理由が分からず、私は首を傾げた。
団扇には白地に様々な絵が描かれている。全て手描きだ。
「どれも綺麗な絵ですね」
「お、さすが玄湖の可愛い花嫁さんだ。お目が高い! でも、ただの団扇じゃないんだよ。これは鳥の妖の羽を仕込んでいてね、一度手に取って扇いでみたら分かるさ」
「では、ちょっと失礼しますね」
私は朝顔が描かれた団扇を自分に向けて扇いでみる。すると、軽く扇いだだけとは思えない涼風がさあっと吹いていった。
「わあ、涼しい!」
「だろだろ? ずっと使えるものじゃあないけどね、夏の間くらいはもつよ。効果が切れてからは普通の団扇としても使える。これからどんどん暑くなるし、一枚どうだい?」
「いいですね。あの、玄湖さん、団扇を買ってもいいですか?」
「分かったよ。小春さんに夏の間涼しく過ごしてもらえるなら。ほら、この花模様なんか可愛いんじゃないかな?」
玄湖が指差したのは、ピンク色の花の絵が可愛らしい団扇だ。他にも二色の紫陽花や涼しげな流水模様、金魚に西瓜まであって、どれも夏らしく風情がある。
「……でも、なんだかこの狐の絵に惹かれます」
私はズラッと並んだ色とりどりの団扇の中で、隅っこにポツンと置かれた狐の団扇が気になってしまった。
真ん中に大きな絵が描かれている他の団扇に比べて、狐は控えめな大きさで周囲に桔梗の花がポツンポツンと描かれている。他の夏らしい絵に比べ、秋の花である桔梗は季節外れだし、余白が多く、華やかさでは負けている。けれど、なんとも言えない魅力を感じた。その狐がちょうど玄湖と同じ赤茶色というのも気に入ったし、青い星形の桔梗の花も涼しげでいいと思ったのだ。
「これにします」
「そ、そんなのじゃなくて、他にもっと華やかな絵がたくさんあるじゃないか……それ、売れ残りだよ。柄も夏っぽくないしさぁ」
玄湖はしどろもどろにそう言った。こんな言い方をするのは珍しい。
首を捻った私に、司波は言った。
「んんん、もしかして、玄湖はなんにも説明してないのかい? 玄湖の花嫁さん、それは玄湖が描いたやつだぜ。いやあ、本当にお目が高いなぁ。売れ残りっちゃ売れ残りだけど、中の妖の羽は新しいものだから、他のと同じように使えるしさぁ」
「え、玄湖さんが描いたんですか!?」
「そうともよ。何年か前にも団扇を作ったんだが、途中で絵師が逃げちまって。玄湖が昔絵を描いてたのを思い出してさ、何枚か描いてもらったんだ。その最後の一枚がこれさあ!」
「いやいや、絵にもハマッてちょっと描いたりしたけどさ、所詮素人の趣味だし……絵師の描いた団扇と並べると、こんなの未熟で恥ずかしいったら」
「玄湖がこんな風に恥ずかしがるなんて初めてだ。お前、花嫁さんを貰って随分変わったなあ」
「や、やめておくれよ」
玄湖は顔が真っ赤だった。こんな姿は見たことがない。
私は狐の団扇をギュッと握った。
「私これにします! 玄湖さんが買ってくれないなら、自分で買います! おいくらですか?」
司波はケラケラと笑う。
「そう言ってもらえて嬉しいねえ。その団扇は花嫁さんにあげるよ。玄湖、せっかくだし家族の分も何枚か買っていきなよ」
「それはいいですね。これがあれば涼しく過ごせそうですもん」
「……司波さんたら、本当に商売上手なんだから。もう、仕方ないなあ」
玄湖は結局家族の人数分の団扇を買ってくれた。
「えへへ、毎度ありぃ」
「司波さん、しばらくは仕事を手伝ってやらないからね!」
玄湖がむくれたように言うと、司波は頭を抱えた。
「そう言うなってえ。また頼むよ! 玄湖は手先が器用だから何作っても上手じゃんかぁ」
そのやり取りがおかしくて、クスッと笑う。
そういえば、以前篠崎の屋敷でも、司波に頼み込まれて玄湖は彼の手伝いをしていた。きっとあの時も、こういうものを作るのを手伝っていたのだろう。
「情報もやるからさっ! なあって!」
「……うん? 情報ってなんだい」
「それが、妖の天敵が東京周辺に出没してるらしくてさぁ、そいつに見つかった妖はただじゃすまないってよ。鬼の里の若い衆が襲われて、なんとか逃げたけど、大怪我したんだって。玄湖のとこにゃ、ちびっこいのも多いし、気を付けろよぉ」
物騒な話に私は眉を寄せた。
「まあ……妖にも天敵なんているんですか?」
玄湖や篠崎の強さは別格だろうが、鬼の娘でわずか三歳の皐月姫ですら、私より力持ちで身体能力が高いのだ。そんな妖に天敵がいるとは思ってもみなかった。
そんな私に司波はヘラヘラ笑いながら言う。
「ああ、天敵ってのは人間のことさ。人間って不思議だよなぁ。妖が見えたり見えなかったりするくせに、時には妖を退治するほど強いのもいるんだから」
司波の言葉に私は凍りついた。
人間が、妖の天敵。
そんなことは考えたこともなかった。
玄湖が私の肩を軽く叩く。
「小春さん、お坊さんや陰陽師が悪い妖を退治した、なんて昔話を聞いたことがあるだろう。そういうことが出来る人間もたまにいるってだけの話だよ。最近の妖は人間と共存しようって大人しくしてるのが大半だし、人間全てを天敵と思っているわけじゃないからね」
私は無言で頷く。
そうだとしても、司波の情報は昔話ではなく、今の話なのだ。
司波はしょんぼりと眉を下げた。
「悪いこと言っちゃったな。でも、変な意味じゃないんだよぉ。俺は玄湖の可愛い花嫁さんに、嫌な思いをさせるつもりはなかったんだってば」
「分かってるって。気を付けるように言いたかっただけだろう? 帰ったら、みんなにも伝えよう。小春さんも外に行く時はなるべく一人にならないようにね」
「そ、そうします」
「それじゃ、気を取り直して、お祭りを楽しもうじゃないか」
私はコクンと頷く。せっかくのお祭りだし、と気分を切り替えた。
裏参道のお祭りも表と変わらず、妖たちは楽しそうに過ごしていた。何に使うのか分からない不思議なもの、大きな鱗や貝殻などのキラキラした綺麗なものも売っている。時折、トカゲや蛇のような怖いものも売っていたが、そんな屋台の前を通る時は玄湖にしがみついてやり過ごした。
たまに、体の透けた人が交じっていることもあった。魂だけの存在らしく、神様の慈悲でここで最期に遊んでから彼方へ向かう人なのだろう、と玄湖から教えてもらった。
玄湖と二人きりで屋台を見て回るのは楽しい。久しぶりのデートなのだ。そう考えると自然と顔が綻び、胸には甘いときめきが湧き上がる。
「小春さん、随分歩いたけど疲れていないかい?」
「大丈夫ですけど、結構遅くなっちゃいましたね」
楽しくてついつい長居してしまい、すっかり夜が更けていた。
南天たちはもう寝ているかもしれない。
「──あら? あんなところに小さな子が」
不意に目に入ったのは、牡丹と同じくらいの身長の女の子だ。
妖だらけの人混みの中、トコトコと歩いている。
ここにいるということは、彼女も妖なのだろうか。しかし、尻尾やツノもなく、どこにも妖らしさがない。体が透けていることもなく、ごく普通の子供のように見える。ちょうど髪の毛も牡丹と同じおかっぱ頭だ。時折足を止めては、キョロキョロと誰かを探すように細い首を巡らせている。
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