葬祭会館で働いて

夕暮

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葬祭会館で働く私の記録

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あれは、本当に「何もなかった」で済む話なのか。
――葬祭会館で20年働く私の記録

怖い話には、必ず「理由」があると思っていた。
光の反射、疲労、思い込み。
説明できるものばかりだと。
けれど――
説明がつく話ばかりを見てきた人間ほど、
説明できないものに出会ったとき、言葉を失う。


最初の違和感は、防犯カメラだった。
会館の奥、誰もいないはずの厨房。
流し台に向かって、影が歩いている。
一人ではない。
二人、三人――いや、それ以上。
列をなして、静かに。
同じ方向へ。
「……水を求めて歩いている?」
そんな言葉が、頭に浮かんだ。

だが映像を確認すると、
それは車のライトによる影だった。
あまりにも整然とした、ただの錯覚。
このとき私は、確信した。
「怖い話は、だいたい説明がつく」と。

だが――
説明のつかないものは、職場ではなく、
家で起きた。

激務が続いていた夜。
ふと目を開けると、
ベッドの横で大きな女が膝をついて、
私を見ていた
長い黒髪。
不自然なほど大きな体。
夢だと思った。
目を閉じる。
開ける。
――いる。
もう一度。
――まだ、いる。
三度目で、確信に変わった。
これは夢ではない。
恐怖より先に、怒りが込み上げる。
「……何なんだ」
その瞬間、女は消えた。



不可解な出来事は続く。
会社で見えない何かに
服を引っぱられる感触。
二度。はっきりと。
同僚に話したが、怪訝な顔をされて終わった。

それ以来、この話はしていない。
この手の話は、孤立する可能性がある。


ーーしかし、私より不可解な出来事を訴えている人が職場にいた。視えるという、十歳年上の上司。上司と過ごした日々を語れば、尽きない
上司は、妙なところで几帳面な人だった。
ある日、「これ貼っとけ」と言って、紙を一枚よこした。
そこには、福沢諭吉の名言が印刷されていた。
内容はもう覚えていない。
ただ、角をきっちり揃えて机に貼れと、やけに細かく指示されたことだけは覚えている。 
そんな人だった

ある夜、彼はご遺体を迎えに搬送に行かなければならなくなった。
会社で車に荷物を積み込んでいると、倉庫の前で2本の手が何かを手繰り寄せている
一緒に搬送に向かう女性従業員が、電気のコードを巻いているのだろう
気にもとめなかった
しかし、ふと、横を見ると彼女がいる。振り返って倉庫を見れば、手はまだ何かを手繰り寄せている。
真夜中の会館。当番は二人のみ。
他に誰もいないはず。
荷物は積んだか?と彼女に確認し、急いでその場から離れた

確認しなかった。
誰の手だったのかも、
本当に見えていたのかも。

ただ一つ、はっきりしているのは——

あの夜、彼の認識では
「三人分の気配」があったということだけだ。

そうして私は夜の倉庫に、1人で行けない日が続き、あの夜がやってきた

20日間連続出勤をこなしていた時期。
疲れ果て、家に帰り倒れ込む
眠れない日々が続いた。寝坊したらどうしようと怖くて眠れない。それでも数時間はいつの間にか眠る。
ふと目を覚ますと、カーテンの横に「片目」だけがあった。
こちらをじっと見ている。
青い目で 30センチくらいある
瞬きができない。
しばらく見つめ合う
そして、その目は移動しながら、
ゆっくりと消えていった。

夢だったのか。
そう思いたいが、あの時も意識ははっきりしていた。

そんな体験も、上司の話に比べれば、些細なことだった。

上司はご遺族の前では別人のように整った言葉を使うのに、裏に回ると、どうでもいい話で笑わせようとする。
正直、何が面白いのか分からないことも多かった。そんな彼がいない日に、私にとって、忘れられない、あの日がやってきた。


※(この先、グロテスクな描写があります。心身に不調を与える可能性があります。画面を閉じることを推奨します。それでも読みたい方は自己責任でお願いします。こちらは責任を負いかねます)


葬祭会館での仕事は、神経を疲れさせる。だが、それ以上に、心に見えないダメージを与えられることもある。

ある日、検死された男性のご遺体が、警察によって運ばれ、倉庫に置かれた。立ったまま亡くなったという。

縦に1本、横に数本――メスの跡が残るその体は血で覆われ、拭き取る必要があった。
タオルで血を拭き取りながら、私は思った。

「……においが、魚に似ている。」

不謹慎だと思ったが、確かにスーパーの魚売り場のあの、新鮮な美味しそうなにおいだった。
私は黙って拭き取った。

数日後、いつものスーパーで買い物をしていると、魚売り場の前であの光景が頭にフラッシュバックした。
吐き気が込み上げ、買い物を切り上げ、家に帰るしかなかった。

友人に誘われたお寿司屋でも、入り口から先に進めない。
一瞬、現実が揺らぐようだった。

その結果、一年間、魚を口にできなかった。
そして十年以上経った今でも、蒸しエビだけは、どうしても食べられない。

黙って残す私を見て、夫は言った。

「これが、何かに似てるんだね」

そして、私の残した蒸しエビを、そっと食べてくれた。

そんな私の深刻な悩みを、鼻で笑い飛ばす上司
ギャンブルは一通りやっていた。
競馬も、パチンコも、競艇も、聞けば大体手を出している。勝った話はよくするが、負けた話はあまりしない。
それでも、翌日には何事もなかったように出勤してきて、同じように名言を語り、同じように冗談を言っていた。

奇妙なことに、これらの現象はすべて、
その上司が在職していた時期に集中している。

ある日彼は
49日のお客様の家を訪ねた帰り道、
屋根から白いものが立ち昇るのを見て、
こう言った。
「あぁ、成仏されたね」
そして――

その上司が辞めた途端、
私の体験は、ぴたりと止まった。

子どもの頃、こんな話を聞いたことがある。

「霊感は、うつる」
もちろん、根拠はない。
だが、環境や思い込みが、
人の感覚を変えることは、確かにある。

だから私は、今でも言い切っている。
「あれは、何もなかった」と。
屋根から昇った白い煙も。
――
そして、今でも刺身を食べる時、あのメスが入った肉片を思い出す。
新鮮な魚のにおい。

そういえば、あれも確かに新鮮だった
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