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顔がない
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重機の事故だった。
私は、故人様を紹介する文章の打ち合わせに、奥様に話を聞きに行った。
⸻
奥さんは、静かな人だった。
取り乱すこともなく、椅子に座り、両手を膝に置いている。
「いい人だったんです」
ぽつりと、そう言った。
「幸せでした」
それだけで、十分だった。
⸻
「穏やかな顔で、よかったです」
その言葉に、私は一瞬だけ言葉を失った。
「お顔、ご覧になられたのですか?」
「ええ」
迷いのない返答だった。
「いつもの顔で。安心しました」
⸻
事務所に戻ると、処置にあたった上司が焼肉弁当を食べていた。
白いご飯と、照りのある肉。
湯気が立っている。
さっきまでの空気とは、あまりにもつながらない。
私は、奥さんの言葉をそのまま伝えた。
「奥様、穏やかな顔でよかったって」
上司は、箸を止めた。
「顔?」
少しだけ考えてから、言った。
「ないよ」
あっさりと。
「どうしようもないから、顔のとこ、隠した」
それだけ言って、また食べ始めた。
「よく食べれるね。その処置のあとに」
私が言うと、
「うまいわ。仕事のあとの飯は」
と、いつも通りの声で返ってきた。
⸻
奥様の言葉。上司の言葉。
どちらが正しいのか、という話ではない。
現場としての事実は、ひとつだ。
けれど、
あの奥さんの言葉も、嘘には聞こえなかった。
⸻
葬儀が終わった帰り際、奥さんは深く頭を下げた。
「ありがとうございました」
そして、少しだけ微笑んだ。
「最後まで、あの人らしい顔でいてくれて」
⸻
その夜、ふと思い出した。
奥さんの言葉ではない。
あのとき、奥さんが見ていた場所だ。
⸻
何もないはずの空間に、
確かに「誰か」がいるように、視線を置いていた。
まるでそこに、
見慣れた顔があるかのように。
⸻
顔は、なかった。
それが事実だ。
⸻
それでも、
あの人は、最後まで守ったのかもしれない。
見せるべき顔を。
たった一人にだけは、
何も変わらないままの顔を。
⸻
もし、そうだとしたら。
あの奥さんが見たものは、
幻ではない。
⸻
――彼は、守ったのだ。
愛する人だけには。
私は、故人様を紹介する文章の打ち合わせに、奥様に話を聞きに行った。
⸻
奥さんは、静かな人だった。
取り乱すこともなく、椅子に座り、両手を膝に置いている。
「いい人だったんです」
ぽつりと、そう言った。
「幸せでした」
それだけで、十分だった。
⸻
「穏やかな顔で、よかったです」
その言葉に、私は一瞬だけ言葉を失った。
「お顔、ご覧になられたのですか?」
「ええ」
迷いのない返答だった。
「いつもの顔で。安心しました」
⸻
事務所に戻ると、処置にあたった上司が焼肉弁当を食べていた。
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湯気が立っている。
さっきまでの空気とは、あまりにもつながらない。
私は、奥さんの言葉をそのまま伝えた。
「奥様、穏やかな顔でよかったって」
上司は、箸を止めた。
「顔?」
少しだけ考えてから、言った。
「ないよ」
あっさりと。
「どうしようもないから、顔のとこ、隠した」
それだけ言って、また食べ始めた。
「よく食べれるね。その処置のあとに」
私が言うと、
「うまいわ。仕事のあとの飯は」
と、いつも通りの声で返ってきた。
⸻
奥様の言葉。上司の言葉。
どちらが正しいのか、という話ではない。
現場としての事実は、ひとつだ。
けれど、
あの奥さんの言葉も、嘘には聞こえなかった。
⸻
葬儀が終わった帰り際、奥さんは深く頭を下げた。
「ありがとうございました」
そして、少しだけ微笑んだ。
「最後まで、あの人らしい顔でいてくれて」
⸻
その夜、ふと思い出した。
奥さんの言葉ではない。
あのとき、奥さんが見ていた場所だ。
⸻
何もないはずの空間に、
確かに「誰か」がいるように、視線を置いていた。
まるでそこに、
見慣れた顔があるかのように。
⸻
顔は、なかった。
それが事実だ。
⸻
それでも、
あの人は、最後まで守ったのかもしれない。
見せるべき顔を。
たった一人にだけは、
何も変わらないままの顔を。
⸻
もし、そうだとしたら。
あの奥さんが見たものは、
幻ではない。
⸻
――彼は、守ったのだ。
愛する人だけには。
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