7 / 17
第1章:ナナと、再出発のカフェ
第7話「わたし、ここでやっていきたい」
しおりを挟むそれは、ほんのささいな会話だった。
「ナナさん、ひとつ聞いてもいいですか?」
「どうぞ」
「……このカフェ、正式に“働く場所”として……私が、いてもいいですか?」
そのとき、ナナは一瞬だけ目を細めた。そして――ふわりと笑った。
「ずっと、そう言ってくれるのを待っていました」
それから数日。
ひなたは“研修スタッフ”から“正式スタッフ候補”という立場になった。
とはいえ、環境は変わらない。
変わったのは、自分の心の持ち方だった。
――でも、やっぱり不安はある。
この場所で、自分は“本当に役に立てているのか”。
その日も、カフェには青山さんが来ていた。
あのコーヒー体験以降、彼は週2回のペースで来店している。
「今日はな、ちょっと別メニューでやろうと思ってな」
「別メニュー?」
彼が持参したのは、レトロな手動ミルと、古びたレシピノート。
かつて店で出していたという“特製ブレンド”を再現したいというのだ。
「でもな、これが……やっぱり、うまくいかねぇ」
青山さんは、片手での豆計量やミル操作に苦戦していた。
「悔しいんだよ。“この香り”をもう一度、思い出させたいのに……」
その時、ひなたの頭の中に浮かんだのは、病院でやっていた"工程分析”だった。
「青山さん、これ、私に少し考えさせてもらっていいですか?」
ひなたはその夜、自宅に持ち帰った。
工程を書き出し、何に苦戦し、どこで補助が必要なのか、すべて分解した。
●豆の計量
●ミルへの移動
●ミルの安定性
●回転操作
●粉の取り出し
●ブレンド比率の調整
そのひとつひとつに、「一緒にやる」ことでできる形が見えてきた。
次の日。
「青山さん、今日は“共同作業”でいきませんか?」
「なんだそりゃ」
「“コーヒー職人×OT助手”。二人で一杯、作るっていうのも、作業じゃないですか?」
ひなたは豆を計量、レオはミルの固定を手伝い、ナナが“配合チェック”を手伝う。
そして青山さんは、片手でゆっくり、でも確かな手応えでハンドルを回す。
「……これだ。これこれ……!」
粉になった瞬間、空気が変わる。
深く、やさしく、懐かしい香りがカフェ中に満ちる。
「これが、俺の味だよ」
それは、青山耕平が再び“店主”になった瞬間だった。
その日の営業後、スタッフルームでひなたは全員に囲まれていた。
「改めて、ひなたさんにお聞きします」
ナナの声が静かに響く。
「わんだふるOTカフェの一員として、共に“誰かのしたい”を支えていく意思はありますか?」
「……はい」
ひなたは胸を張った。
「私はここで、“もう一度誰かの役に立ちたい”って思えた。
失っていた“自信”も、“支援の意味”も、全部ここにありました」
「それが言えるなら、大丈夫だよ!」
ミルクがぴょんっと飛びつき、タロウが「よっしゃ正式採用だぁ!」と叫び、レオが「契約書はPDFで送ります」と即答する。
「契約とかあるの!?」
「あります。あとクラウド勤怠管理も導入済みです」
「犬なのに……働き方改革……!」
その夜。
帰り道の途中、ひなたはスマホのカメラを空に向けた。
雲の切れ間に、ひとすじの光がさしている。
「私、ようやく“居場所”ができたんだな」
そうつぶやいたとき――
ふと、スマホにメッセージが届いた。
「おめでとう。
また、誰かと向き合えるようになって、よかったな」
送り主は、同期の野上。
この場所を教えてくれた、あの日の言葉が浮かぶ。
「お前が好きそうなとこ見つけた。しゃべる犬がいるカフェ。OTっぽいことやってる。」
次の日。
カフェの入り口に、新しい名札が掛けられていた。
「神崎ひなた(作業療法士)スタッフ認定」
誰よりも優しく、誰よりもあったかい、
“わんだふる”な日々が、今ここから始まる。
0
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる