椅子モブ乙女の繋ぐ道

青空里雨

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380.いい人


退出すると、カイルは懐に紙とペンをしまい、私を一点に見つめてくる。いつものことだが、いい顔をしている。特に何も言わないので、何も言わずに見つめ返していると、だんだん顔が近付いてきたので、ふいっと顔を逸らす。


「ぁ……。」

「やっぱマリアはスゲーや。最初のあのテンションとか考えてたん?」

「反応見て考えながらだね。最初の取り調べの時に一緒に共感する感じで聞き出したから。圧があると口を閉ざしちゃう人には、親近感を出しながら、言わせられてると思わない会話にすることかな。なぁなぁになり過ぎないように、さり気なく恩を着せる。」

「雇えるように話してあげるってやつか。確かに最後とか敬語だったし…スゲー。山とかのやつが大事なこと?」

「そうだよ。今日はそれと、図鑑を見ても難しい薬草を摘むのをどうしてたか聞きたかったから来たの。」

「この供述は後でミラ様に提出します。リデル様はソルロの仕事を誰がやるかなどの会議で不在でしたので。」

「ありがとうカイル。」

「……。」


見てる。ただ見てくる。


「カンナとかリンダのこととか、全然落ち込んでなかったな…。」

「マリアが落ち込ませる言い方をしていなかったからです。素晴らしい人です。」

「んだな…悪いことと、良いことを一緒に出して、良い事だけ広げてたし、落ち込む暇なくガンガン話してたもんな…。」

「そうだね。凰牙が、電気もない真っ暗な道で迷子になってて絶望してる時にフロウが来て、この先に馬車があるって言われたらどう?」

「泣くかも。超嬉しい。」

「真っ暗な道は変わらないのに、怖くないでしょ?」

「怖くないな。馬車があるのもデカイ。」

「馬車が見えなくても、信頼できる人が馬車があるって言うなら疑わないし、目に見えなくても馬車に乗れる未来が見えるでしょ。」

「…本当だ。確かにそれがフロウやマリアじゃなかったら逆に怖えーな。馬車なんてねーべって絶対付いて行かない。」

「マリアだからできることです。凄い人です。」

「今回は仕事の打算ありきだけどね。カイルにはバレバレでしょ?」

「はい。俺に接する時は、もっと自然に力を抜いてくれているし、可愛いが加わるから。」

「カイルも目力抜けや。どんだけ見てんだよ。」

「俺はいつもと変わりませんよ。」

「いつもより怖えーよ?狼みたいだぞ。」

「…狼ではありません。次に行きましょう。」

「次はどっちから?」

「カイルからでお願いしゃす。」

「はい。一番手前なので戻りましょう。」

「うん。手を繋ぐのね…。」

「……迷子になるといけないので。」


無自覚だったらしいが、離すつもりはなさそうだ。凰牙も慌てて私の裾を掴んでいる。

いい人の部屋の名札には、山菜の男と書いてあった。中に入ると、ソラの部屋の倍くらいの広さがあって、山菜の男は雑巾でトイレ掃除をしていた。


「…よしっ!トイレを使わせてくれて、ありがとうございます。次はお風呂を洗おう。」

「「……。」」


いい人である。


「掃除は後にしろ。」

「はい。え?あ!すいません気付かなくて。どうぞお掛けください!あ、初めまして。」

「初めまして。」

「掃除なんてしてたん?」

「はい。自分が使わせて貰ってるので、常に綺麗にしてます。手を洗うので少しだけ待ってください。」

「手を洗うのは急がなくていい。」

「はい。」

「凰牙も見習いなさいよ。」

「そうですよ。」

「…俺も毎日掃除してっから。」

「毎日汚すから、毎日大掃除になるのでしょう。クソムシ。」

「クソムシはまだ出てこねーよ?」


綺麗に手を洗った山菜の男は、自分のベットから布団を出して座布団にしようとしてくれたのを断って、カイルが座らせている。私達も普通に座る。


「渡した本は読んだか?」

「はい。でも読めない字があって…。」

「見せてみろ。」

「はい。」


山菜の男は机から本を持って来ようとしたが、カイルも一緒に机に行って、机に備えられた紙とペンで、辞書でも作成するように文字を沢山教えている。後は相続の手続きの仕方の指南をしたり、今後の知識を教えていて、まるで先生のようだ。格好良い…。

山菜の男からの質問に答えると、二人で戻り、また向き合って座った。山菜の男はもうしっかりカイルを見ている。


「それで、今後はどうする?」

「今後ですか…俺がやってたことの償いのためにも、何か人のためになることがしたいです。」

「お前がいたダベルの敷地には、孤児院が建てられることになった。お前が望むなら、そこで働くことを斡旋してやろう。」

「孤児院…でも俺、お婆さんの家と山を守らないと。その孤児院に俺が山からできることって何だろう…。」

「山があるのなら、薬草や山菜を売ればいいだろう。出店するのは学園を卒業しなければならないが、店に薬草を渡す契約をすればいい。今後、ダベルの領地に学園が作られて薬師になる者も出てくる。その時に薬草を仕入れるのがお前なら孤児達も安心だろう。」

「売るなんて…。」

「売るんだ。山の維持や家の維持にも金は必要だ。商売をしたくて店を出している者も、買って売る方が喜ぶ。同じ場所にいた者達なら騙し合いもしてこないし、お前も安心だろう。」

「維持って…掃除と…。」

「修繕費や家で生活すれば諸々の雑費も出てくる。そのことに関しては、俺が纏めて後日渡そう。」

「ありがとうございます、お兄さん。」

「カイル・アルニムだ。」

「カイルさん。」

「それで、お前の手続きには名前が必要だ。」

「カスでいいです…。」

「お前はカスじゃない。俺が考えてきた。お前が気に入ればその名をやろう。」

「名前…はい。」


カイルが考えてきた名前はライン。素敵な名前だ。


「ライン…俺の名前…ふふっ。」


可愛い笑顔。無垢な子供のようだ。これは婆さんも可愛がる。

頬を染めて駆け出したラインは、机から紙とペンを持ってきて、カイルに名前を書いてもらうと、大事に抱えて凄く嬉しそうに笑っている。


「グスッ…良かったな。ずっと名前なかったんだもんな。」

「はい!嬉しい…ありがとうございます、カイルさん。」

「気に入ったのなら何よりだ。薬草もいずれ誰かの手に渡れば必要な者を救える。そのためにも山を維持していかなければならない。チワワの薬草や法律のことも、ある程度は教えてやる。お前も学園に通え。」

「学園に…でも俺…金…。」

「学費は援助金で成り立つだろうから心配ない。孤児や平民が通う学園だ。薬学や商法を沢山学んで、そこで薬店を開く友人や繋がりを作っておけ。」

「友人…できるかな…。」

「お前ならできる。」

「でも友人からお金を取るなんて…。」

「個人的な金のやり取りは絶対にしてはいけない。商売は別だ。必ず金を取らないと、商法を学んだ相手にも失礼だ。」

「そうか…はい。俺の管理した薬草が、誰かのためになるのならやりたいです!」

「分かった。では、また来る。教えた文字を覚えて本を読み直しておけ。」

「はい!ありがとうございます、カイルさん。」

「気にするな、ライン。」

「へへっ…。」


退出します。カイルが素敵…


バタン


「カイル格好良い…素敵。」

「…好きです。」

「んふぅ…。」

「待って待って!唇触れそうだよ?ここ牢屋だからね?俺いるからね?」


お互いに両腕をソッと掴み合い、見つめ合って、気付けばカイルが至近距離にいた。確かに今、唇を触れさせたらカイルは暴走しそうだ。残念だけど離れて切なく見つめ合う。


「あ。マリーさんですぅ。」

「あ。リンだ。」

「…リン。話は聞けたのですか?」

「聞けましたぁ。」

「やったね。どうやって聞いたの?破壊しなかった?」

「破壊しないですよぉ?メチャメチャ詰め寄ってぇ、メチャメチャ脅かしてぇ、カタカタしてからぁ、実はもう解決しててぇ全部知ってますけどねぇ。チーワ孤児院のポポン。って言ってニコニコしたらぁ、急に怒り出しましたぁ。」

「性格が悪いと言われたのでは?」

「……言われてないですぅ。」

「言われたんだね。」

「言われたのでしょうね。」

「言われたんだな。それで話したん?それで話したのも凄くね?」

「圧倒的な恐怖から急に解放されて、緩みまくったんじゃない?」

「怒りまくってぇ緩みまくってぇ全部話したんでぇ、その後のことを教えてやったらぁ、喜んで触ろうとしてきたからぁ、叱りましたぁ。」

「叱り方が気になるけど…まぁ良かったよ。お疲れ。」

「触られませんでしたか?」

「触られてないですぅ。」

「触られてもいーべ?潔癖なんか?」

「クソムシぃ。」

「クソムシはまだ土の中で眠ってんぞ?リンも来んの?」

「どこにですぅ?」

「これから凰牙の取り調べしてた奴の所に行って終わり。ルーファスとも部屋で待ち合わせしてるから、部屋にいてもいいよ?」

「うーん…オウガの話なら興味ないからぁ、部屋に行ってますぅ。」

「なんか…空耳か?春だかんな。」

「ポチとダークもそろそろ起こしておいてください。」

「嫌ですぅ。」

「……。」

「じゃあ後でねー。」

「はぁーい。」


リンは微妙に困り顔で、無のカイルと顔を見合わせていたが、トコトコと部屋に戻って行った。

凰牙が向かう牢屋は奥に行って、右に曲がった突き当たり。引き返して左に行くが、またキョロキョロして、右に…行こうとしたのを、カイルと凰牙を挟んで肩をガシリと掴んで阻止する。


「迷子に巻き込むんじゃないよ!可愛いニャンコが家でご飯作って待ってんだよ!!冷めていくご飯と時計を見ながらしょんぼりしてたらどうすんの!!ウサギが張り付いたらどうすんの!!」

「そうですよ。しょんぼりするのは放っておいてもいいですが、ウサギが張り付いたら一大事です。俺が探すので、お前は大人しくついて来なさい。クソムシ。」

「クソムシじゃねーよ…俺。フロウに会いたい…。」

「風呂入りたいのはこっちだ!ったく…。」


凰牙は半泣きで私の裾をギュッと摘んで、トボトボついてくる。結局、トの部屋はラインの部屋の隣の隣だった。


「「……。」」

「そんな、怖えー顔で見んなし…。」


カイルと溜め息をついて名札を見る。エルドラド…長いので、結局はトの部屋だ。
その隣の部屋は、この世界では珍しい平仮名だ。名前…でちゅかって書いてある。クソガキ。馬鹿野郎。のポチが取り調べをしていた奴の部屋である。

凰牙をシャキッと立たせて、背中を押して先頭で入室させる。私とカイルは後ろで手を繋いで甘い雰囲気で寄り添っている。


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