絶対盟約の美少年従者(メイデンメイド)

あさみこと

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#016 静寂を破る嵐

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 野村くんとの一件の後、僕と肆谷副会長はそのまま生徒会室へと向かった。襟間会計が、これまでの事件に関するデータを改めて整理しておきたいと要請したためだ。部屋に入ると、そこには襟間会計だけでなく、玖代会長、三鳥書記、そして美王先生の姿もあった。
「まず、我々と『敵』との最初の接触は、電車内で発生した痴漢魔の暴走事件。これが全ての始まりです」
 襟間先輩が手元のタブレットを操作すると、室内の大型モニターに最初の事件の概要が映し出された。
「これを、七座さんと漆館さんの二名が見事に鎮圧。しかしその翌日、痴漢魔をスカウトしたと思われる男が報復として仲間を連れ、お二人を襲撃。これを、応援に駆けつけた肆谷副会長を加えた三名で撃退し、二名の身柄確保に成功しました」
「そして、この時点で得られた情報ですが……残念ながら、かなり限定的なものとなりました。高速移動の機術を使う男は最後まで口を割らず、銃を使っていた男から聞き出せたのも、『デバイスを配布し、勧誘活動を行う末端のメンバーが存在する』ということだけ。情報統制が徹底されているようです」
 襟間先輩の報告に、部屋の空気が重くなる。
「これだけの情報で、一体どうしろって話よね。滑川も野村も、『それ以外の選択肢はない』というくらい、精神的に追い詰められていた。やはり、相手には人間の過去や現在の状況、更にはその気性までをも読み取る、何らかの手段があると考えた方がよさそうね」
「そんなの……もう、捕まえようがなくないですか?」
 僕の弱気な発言を、肆谷副会長が強い意志の宿った瞳で遮った。
「いいえ、ある。欲望に唆された人間は、決してその欲望を我慢しきれない。必ずどこかで綻びが生まれるはずよ。私たちは、それを掴む。掴んで、決して離さない」
 固く握りしめられた彼女の拳に、その並々ならぬ決意が表れていた。
「とはいえ……これだけの情報では、我々だけで敵の正体に迫るのは、少々骨が折れそうですね」
 玖代会長が憂い顔で呟いた、その時だった。
「仕方ないわねぇ……。それなら、まず捜査範囲を絞ることが先決かしら」
 それまで黙って話を聞いていた美王先生が、意味ありげにそう漏らした。
「捜査範囲を絞る?」
「そう。例えば、うちの『組織に勧誘されそうな生徒』を事前にリストアップし、監視下に置くことがいいんじゃないかって話」
「我々がこれまでに確保した、滑川さんや野村さんのような境遇の生徒に、目星をつけておくというわけですね?」
 玖代会長の問いに、美王先生は頷いた。
「えぇ。特に一年生は、まだ機術の扱いに慣れてなくて、この時期になると理想と現実のギャップに苦しむ子がちらほら出てき始めるのよ。そういった心の隙を、敵は巧みに突いてくるんじゃないか、って思って」
「入学して二ヶ月が経ち、そろそろ出来る生徒と出来ない生徒の差が、はっきりと見え始める頃ですからね」
 襟間先輩の言葉に、僕は自分のクラスの何人かの顔を思い浮かべた。実技の授業で、上手くいかずに舌打ちをしていた生徒。休み時間に、エリート家系の同級生を妬むような悪口を言っていた生徒……。
「一度は『機術師になれる』という夢を見せられた後で挫折したら、最初から不合格だった者たち以上に心を拗らせるかもしれないわね。厄介なことに、機術の基礎知識はあるわけだから、それなりに手のかかる相手になるでしょうし」
 肆谷副会長の懸念に、美王先生は応えた。
「そこでうちの教師陣とも協力して、特に危なそうな『予備軍』を十名くらい絞って、こっちのネットワークで監視対象とするわ。――あぁ、そのリストはこっちだけの秘密ね。みんなに教えちゃうと、どうしてもその子たちを意識しちゃって不自然な対応になっちゃいそうだから。ハルくんとか美羽ちゃんは特に顔に出そうだし」
「うっ……それは……」
「そ、そんなことは!ない……と思います……多分……」
「否定する必要ないわよ。私たちみたいにクールな方がいいってわけでもないんだから。感情が出るのはこういうのには不向きってだけで見てて安心するって取柄でもあるわけだし。美羽はよくそう言われるでしょ」
「えへへ……それは……そう、だね……」
「そういうことだから、事件が起きるまではみんなは普段通り学生生活を楽しみなさい」
 こうして、僕たちの日常の裏で、静かなる捜査網が張られることになった。僕たちの知らないところで、監視対象リストに載った生徒たちが、今この瞬間も心の闇を育てているのかもしれない。その綻びが、いつ、どこで顔を出すのか。僕たちは、次なる事件の発生を、ただ待つことしかできなかった。

 休日の午後。僕は自室で、杏那さんと二人、穏やかな時間を過ごしていた。窓から差し込む陽光は柔らかく、部屋には彼女が淹れてくれた紅茶の香りが満ちている。機術研究部の課題である物理学のレポートに頭を悩ませてはいるものの、隣で優雅にページをめくる彼女の横顔を見ているだけで、不思議と心は安らいだ。
 しかし、僕の頭の片隅には、先日の美王先生の言葉が重くのしかかっていた。
『組織に勧誘されそうな生徒を事前にリストアップし、監視下に置く』
 本当に、僕たちのクラスからそんな生徒が出るなんてことがあるんだろうか……。昨日まで笑い合っていたクラスメイトが、心の内に深い闇を抱えているのかもしれない。そう思うと、教室の賑わいさえもどこか虚ろなものに感じられた。
「そういえば……今週、星山くん、一度も学校に来なかったね」
 ぽつりと、僕は隣の杏那さんに話しかける。
「星山くんを疑っているのですか? 彼は、そのようなことをする方には見えませんけれど」
 杏那さんが静かにカップを置いた。
「でも、『人は見かけによらない』って言うし……。実技の成績、伸び悩んでたみたいだから。まさか、ということも……」
 僕がそんな不安を口にした、その時だった。杏那さんのスマートフォンが、甲高い着信音を響かせた。ディスプレイに表示されているのは、『美王 零音』の文字。スピーカーモードに切り替わったその向こうから聞こえてきたのは、いつになく緊迫した、僕たちの顧問の声だった。
「――こっちで見張っていた対象の一人が、敵組織と思わしき男と接触したわ!」
 心臓が、氷水に浸されたように冷たく縮こまった。
 先生の話によると、接触したのは残間怜士ざまれいと。一年三組……隣のクラスの生徒だ。美王先生から聞いた残間くんの人物像だが、いつも一人でライトノベルを読んでいる物静かな生徒。そしてその本の内容は、主人公が理不尽な目にあいながらも、やがて圧倒的な力を手に入れ、自分を虐げた悪人たちを木っ端微塵に打ちのめしていく、というジャンルのものばかりだったらしい。
 残間くん自身、機術を始めとした学業全般の成績が芳しくなく、「物語の主人公のように、手軽に絶大な力を手に入れたい」と願って、悪魔に魂を売り渡してしまうのではないか――そんな僕たちの懸念は、最悪の形で的中してしまったのだ。
 追跡によれば、残間くんは組織の男に案内され、秘密の通路を通って彼らのアジトへと向かったという。知らせを受けた僕、杏那さん、鍔井くん、そして生徒会の四人と美王先生を加えた八名は、すぐさまアジトへの急襲作戦を開始した。
 そして、今まさに得た情報によれば、アジト内部では、残間くんが紙の資料を用いた説明を受けている最中だという。それを受け、美王先生から杏那さんと三鳥先輩に、何やら特別な指示が下されたようだが……。
 錆と油の匂いが立ち込める廃工場の深部。僕と鍔井くんの二人は、別ルートから突入する生徒会や先生たちとの合流地点で、静かに息を潜めていた。やがて、インカムから届く合図と共に、僕たちは重い鉄の扉を蹴破り、内部へと突入する。
 その瞬間、アジト内に凄まじい突風が吹き荒れた。
「この風は……! 三鳥先輩の!」
 僕たちの突入と同時に、アジトの天井に空けられたダクトから吹き込んだ暴風は、部屋の中央にいた男たちが広げていた大量の紙の資料を、目にも留まらぬ速さで巻き上げる。純白の紙片が竜巻のように渦を巻き、男たちの視界を完全に奪った。
 そして、風に乗って乱れ飛ぶ無数の紙片に向かって、僕たちとは反対側の扉から突入した杏那さんの重力操作が放たれる。
「はあっ!」
 重力の影響を受けた紙は、まるで意思を持っているかのように綺麗に束ねられ、一つの巨大な塊となって僕たちの手元へと殺到してきた。
「皆さん! 拾えるだけ拾ってくださいまし!」
「わっ! とととととっ……!」
 僕たちは必死に手を伸ばし、雪崩れ込んでくる紙の束を受け止める。腕の中に収まったそれらに記されていたのは、敵組織の内部構造や、保有する機術に関するものと思われる、生々しい情報だった。
「お、お前ら、何者だ!」
「あっ! 晴人くんたち! やったんだね!」
 部屋の奥から、数人の男たちの動揺した声と、それとは対照的な、弾んだ声が聞こえてくる。見れば、別行動を取っていた生徒会と美王先生、そして百瀬さんが、男たちと対峙していた。
「今どき、アナログな紙の資料で説明会なんてしてるからよ。美羽ちゃんの突風と、杏那ちゃんの重力操作を組み合わせた、『ごっそり情報漏洩作戦』、大成功ってわけね~」
「えへへ、やりました!」
 美王先生と三鳥先輩が得意げに胸を張る中、僕は、敵の男たちの中にいたクラスメイト――残間くんに、厳しい視線を向けた。
「残間くん……。僕は、君のことを良く知らないから説教みたいなことはあまり言えない。けど、こいつらは、自分たちの幸せのためなら、世界の平和なんてどうでもいいって本気で思ってるような連中なんだ。君は、そんな奴らに手を貸すのか!?」
「……何を言っているのか、分からないな。彼らは、本気でこの世界を正しい方向へ変えようとしている。僕は、その思想が正しいと思った。ただ、それだけだ」
「笑わせるわね。あんたたちの言う『正しい世界』なんて、結局は自分たちの幸せが最優先で、他人の幸福は二の次、三の次になる世界じゃない。それって、悪役が勝利して迎えるバッドエンドそのものよ。そのどこが正しいっていうのよ」
 肆谷副会長の言葉に、残間くんは氷のように冷たい声で言い返す。
「自分が幸せで満たされていなければ、他人の幸せのことなんて考えられない。彼らは、まず自分たちが幸せだからこそ、僕の幸せも考えてくれたんだ」
 その時、敵の男の一人が、何かに気づいたように叫んだ。
「あれ? そういえば、さっきより人数が少なくないか……? あっ!」
 男たちが気づいた時には、もう遅かった。先ほどの混乱の最中、美王先生が、奪い取った資料を持って、既にアジトから脱出していたのだ。
「しまった! おい、ヴァッソー! 奴を追え! あの資料が外部に漏れたら、俺たちの首が飛ぶぞ!」
「分かった。――マッハ・オン!」
 ヴァッソーと呼ばれた男の姿が掻き消える。超高速移動の機術だ。
「またあの手の輩か……! 美羽、出番よ!」
「任せて! ――大気圏をも貫いてスカイハイ・フライ!」
 肆谷副会長の指示一下、三鳥先輩が空を駆け、高速で離脱した男を追う。
「こうなったら仕方ない! 外部に連絡して、応援を……!」
 残された男たちが通信機器を取り出す。だが、その表情はすぐに焦りへと変わった。
「な……どうなっているんだ、これは!?」
「無駄です。この一帯には、私と鍔井さんが共同開発した特殊な妨害電波を流しています。外部との通信は、一切できません」
 襟間先輩が、淡々とした口調で事実を告げる。
「さて、どうする? 私たちは、あんたたち全員を捕まえて、吐ける情報を根こそぎ吐き出させたいわけなんだけど」
 肆谷副会長の挑発的な言葉に、男たちの顔色が変わる。
「……こうなったら、ここでこいつらを始末するしかねぇ! おい、残間とか言ったな! お前も、さっきくれてやった力で戦え! なあに、俺たちの機術はそこらの学生が使うものとはレベルが違う。負けるはずがねぇよ!」
「……分かった。僕の理想の世界のためにも、そうさせてもらう」
「残間……!」
 残間くんを含め、敵は四人。対する僕たちは六人だ。数の上では有利だが、僕たち1年生が、どこまで生徒会の助けになれるか...
 戦いの火蓋は、今、切って落とされた。
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