黎明のアンファング

あさみこと

文字の大きさ
4 / 50

#004 非可換な命題

しおりを挟む
 アンファングを元の位置、地下ドックのケイジへと静かに戻す。全システムがスリープモードへと移行していくのを確認しながら、僕は深い溜息を禁じ得なかった。隣でセカンダリシートから降り立った琴吹さんが、事態の重さをようやく実感したのか、狼狽したように声を震わせている。
「……どうしましょう、物部くん。これ、どうやって説明すれば……」
 彼女の混乱を尻目に、僕は思考を切り替え、現状で取りうる最も合理的な選択肢を実行すべく、手元の端末でとある人物の連絡先を呼び出した。僕の行動に気づいた彼女が、訝しげな視線を向けてくる。
「……誰に電話を?」
蟹江翔太かにえかぶと教授。僕の研究室の指導教官ですよ」
「ええ!?こんな時間に電話をかけて出るわけないじゃないですか!?」
「いえ。蟹江教授は最先端の発見についていく為、自分が認めた相手に対してはすぐさまその発見を共有できるよう、どんな時でも連絡が取れる大音量の目覚まし付きの電話番号を教えてもらっています。そこにかければいい。まぁ勿論余程のことじゃないと機嫌を損ねますが……」
「えぇ……」
 コール音が数回鳴った後、スピーカーから聞き慣れた、理知的で、そしてどこかこの世界の全てを睥睨しているかのような声が聞こえてきた。
『何だね、物部くん? この電話番号にかけてわざわざ夢の中の私を叩き起こしに来たということは、余程の発見があったということで間違いあるまいな?』
「蟹江教授。今から僕が話す事象を、ありのまま観測してください」
 僕は前置きを省略し、単刀直入に事実を告げた。
「……アンファングを、僕とここにいるもう1人の手で起動させ、正体不明の敵性存在と交戦しました」
 一瞬の沈黙。それは驚愕か、あるいは僕の報告を吟味しているのか。やがて、電話の向こうで衣擦れの音がし、教授の声がした。
『……なるほど。君が間違い電話をごまかすためにつまらない嘘をついているとは思えない。分かった、すぐに向かう。全てのログデータを保全し、何人たりともアンファングに近づけるな!』
 通話が切れる。僕は端末をしまい、琴吹さんに向き直った。
「……どうでしたか?」
「今から来る、とのことです」
「い、今からですか!?もう深夜3時を回っていますよ!?」
「不測の事態、特に今回のような第一種接触《ファーストコンタクト》の可能性がある事象においては、初動の対応速度がその後の全てを決定します。合理的な判断でしょう」
 僕は淡々と事実を述べたが、その時。
 ギュゴ~……グルグルグル……♡
「あっ……これは……!」
 彼女の体内から、先程の怪獣にも負けず劣らずの唸り声が上がった。アドレナリンが切れ始めた身体は、急激に生理的な欲求を訴え始めていたらしい。
「……空腹ですね。エネルギー補給が必要です。近くのコンビニへ行きますが」
 こほん、と。顔を赤らめながら咳払いをして彼女は言った。
「僕も同行しましょう。あなたにもしものことがあれば……」
「え?」
「アンファングという、現状唯一の観測装置を動かせなくなりますから」
「……はぁ」
 彼女は呆れたような、しかしどこか安堵したような複雑な溜息をついた。
「お金は多めに持って行った方がいいでしょう。その体格なら2000円分くらいは食べるでしょうから」
「し、失礼な!」

 コンビニへの夜道を行く途中、琴吹さんが口を開いた。
「……ずっと言おうと思っていましたが」
「何です?」
「物部くんは、私に対する敬意や配慮というものが欠けてると思うんです」
「は?」
「私はですね、一応貴方よりも年上なんですよ。私は大学院1年生。そして物部くんが大学4年生であることも知ってます。物理学科の稀代の天才なんて呼ばれてて有名ですから」
「……研究者の貴女が年功序列だなんてナンセンスな考え方に頼るおつもりですか?研究者の世界は実力主義が基本でしょう。結果が出せなければ年上だろうが高学歴だろうが下に見られる。そういう世界ですよ」
「ふむ……では物部くんは、余程ご自分の研究に自信があると?」
「当然です。僕が開発したのは、アンファングの慣性制御システム。これは量子力学の不確定性原理を応用し、機体の各部にかかる未来の慣性の確率を無数に存在する可能性の中から、最も負荷の少ない未来へと観測・収束させ、内蔵AIにそれを選ばせるという常軌を逸したものです。これにより、アンファングへの負担の大幅な軽減に成功し、軽量化や無駄のない動きへの貢献に一役買っています。どうです?これを僕が作ったんです。そんな僕の研究より素晴らしい研究をしているとでも?」
「確かに素晴らしい研究だとは思います。が、その選択肢を大幅に広げ、なおかつその動きの可動性を爆発的に高めているのは、私が研究している人工筋肉アクチュエーターのおかげに他なりません。特定の電気信号に反応して本物の筋肉のように爆発的に、しかししなやかに伸縮する特殊なゲル状の生体高分子マテリアルです。アンファングの全身には、従来のモーターや油圧シリンダーの代わりに、この人工筋肉がフレームに沿って無数に張り巡らされています。極めて高いエネルギー効率を誇り、微細なコントロールによって指先でピアノを弾くような繊細な動きから、全身の筋肉を連動させた爆発的な跳躍まで、幅広い動きを可能にしているんです。更にこの人工筋肉のおかげで内部に機械的な機構が少ないため、アンファングはあの流麗で有機的なデザインの形にすることができたんです。物部くんの感性制御システムが最善手を打てるのは、私が開発した人工筋肉のおかげ。どうです?これでも貴方の研究が私のものより優れてる、なんて確証を持って言えます?」
 ふんす、とその豊満な胸を張るかのように彼女は自慢げに言う。……正直、確証を持って言えるわけがない。何故かと言えば答えは単純。僕は物理学や情報工学専門で生物学や化学は専門外だ。だから人工筋肉についてどうだなんて言われても、「とにかくすごい」くらいしか言葉が出てこない。逆もまた然りではあるが、とにかくこの2つのどっちが凄いか、そんなことをジャッジできる人間は、僕並みに物理学を極め、彼女並みに生物学を極めた者だけだ。つまり、ほぼ100%いないと言っていいだろう。
 そんなことを考えていると、彼女が諭すように言ってきた。
「ふふ……言えませんよね?私だって貴方の研究と私の研究のどっちが優れてるかなんてわかりません。だって、全然ベクトルが違うんですから。実力で測れないんだから、実力主義が働かない。だったら、やっぱり年功序列を持ち出すべきなんじゃないんですか?」
「……それとこれとは話が別でしょう」
 ……この時の僕は、何か違和感を感じていた。いくら年上とはいえ、見るからに大人しそうな才女。僕が率先してイニシアチブを取り、自分のいいように言うことを聞かせられる。と思っていたのに、何故だか僕が彼女に振り回されている。もしや僕が彼女を選んだのは、とんだ間違いではなかったのか……
 そんなことを考えていると、目的のコンビニが見えてくる。深夜のコンビニの明かりが、まるで文明の最後の灯台のように見えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

アガルタ・クライシス ―接点―

来栖とむ
SF
神話や物語で語られる異世界は、空想上の世界ではなかった。 九州で発見され盗難された古代の石板には、異世界につながる何かが記されていた。 同時に発見された古い指輪に偶然触れた瞬間、平凡な高校生・結衣は不思議な力に目覚める。 不審な動きをする他国の艦船と怪しい組織。そんな中、異世界からの来訪者が現れる。政府の秘密組織も行動を開始する。 古代から権力者たちによって秘密にされてきた異世界との関係。地球とアガルタ、二つの世界を巻き込む陰謀の渦中で、古代の謎が解き明かされていく。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

処理中です...