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#026 二つの解の収束
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『アンファング、現場空域に到達!』
高機動トランスポーターシュライクから切り離された純白の巨人が、絶望が支配する戦場へと舞い降りる。眼下では、キメラ・パラサイトと化した金剛・改が、シークェルを相手に、その自己進化能力を存分に発揮していた。シークェルの腕部ガトリングガンを学習したのか、その腕は既におぞましい生体ガトリングへと変貌し、雨のような強酸弾を撒き散らしている。
「……ひどい」
美生奈さんの声が、コックピットに響く。
だが、僕たちの心に、もはや迷いはなかった。
『聞こえるかしら、パイロットのお二人さん』
管制室から、綾辻教授の、氷のように冷静な声が届く。
『今から、この不愉快なキメラを、私たちの実験台にするわ。私たちの知性が、あの野蛮な進化に勝ることを、証明してあげる』
その言葉を皮切りに、アンファング新生チームによる、前代未聞の頭脳戦の幕が上がった。
「……面白いわね」
綾辻教授は、モニターに映し出される、キメラ・パラサイトの戦闘データを、まるで美しい数式を眺めるかのように見つめていた。
「この子の学習方法は、まるで免疫細胞が抗原の情報を記憶するプロセスに酷似している。でも、あまりに反応が、そして進化が、急速すぎる。……きっと、取り込んだ情報の『正誤』を判断するチェック機能が、極端に簡略化されているはずよ」
彼女は、瞬時に、敵の最大の武器である学習能力が、同時に最大の弱点であることを見抜いた。情報を検証せずに、何でも鵜呑みにしてしまうという、致命的な脆弱性を。
「……なるほど。つまり、毒入りの餌を喰わせろ、というわけか」
綾辻教授の分析を聞いた蟹江教授が、愉悦に口元を歪めた。
「ならば、最高の『毒』を用意してやろう。物部君」
彼は、僕に問いかけた。
「君のあの『慣性制御システム』は、未来の確率を現在に固定化する、極めて不安定で美しい代物だ。もし、あのシステムの設計データに、意図的に『矛盾した数式』を組み込んだら、どうなるかね?」
その発想に、僕は戦慄した。だが、同時に、その悪魔的なアイデアの美しさに、魅了されてもいた。
「……理解しました」
僕は、後部座席の美生奈さんに操縦の一部を委ね、自らのコンソールで、新たなプログラムの構築を開始した。
『慣性制御システム』のダミーの設計データ。その根幹に、『Aであり、かつ、Aでない』という、論理的に絶対に両立し得ない、自己矛盾した物理法則を埋め込んでいく。
「慣性を消し去りながら、同時に、慣性を無限大に増大させる」
そんな、宇宙の法則そのものを嘲笑うかのような、禁断の方程式を。
「……できた。これなら、奴を内部から崩壊させられる」
僕がそう告げると、今度は、美生奈さんと、そしてモバイルラボで戦闘を見守っていた静海真音くんの出番だった。
「物部くん、データ、受け取ったわ!」
美生奈さんは、僕が設計したダミーデータを、特殊な電気信号のパターンとして、アンファングの左腕部の人工筋肉の一部に記録した。
「真音くん! 奴が『餌』を欲しがるタイミングを教えて!」
『……わかった』
真音くんの、静かだが、集中しきった声が返ってくる。彼は、キメラ・パラサイトが発する、人間には聞こえない生体ノイズの中から、特定のパターンを探していた。
『……キックのBPMが上がった。……ベースラインに、歪みが混じる。……今だ。奴は、腹を空かせている。捕食の音だ』
その合図と同時に、美生奈さんは、コンソールを操作した。
「アンファング、左腕部人工筋肉、緊急パージ!」
アンファングの左腕の装甲が一部剥がれ、内部から、淡い光を放つゲル状の塊……僕たちの偽りの餌が、射出された。
それは、放物線を描き、キメラ・パラサイトの目の前へと、まるで最高の御馳走であるかのように、差し出された。
キメラ・パラサイトは、目の前に現れた、高エネルギーの塊(人工筋肉)に、何の疑いもなく飛びついた。その触手がゲルに触れた瞬間、その情報を、歓喜と共に、自らの肉体へと取り込んでいく。
そして、その矛盾した慣性制御システムを有機的に再現しようとした、次の瞬間だった。
パラサイトの身体に、恐るべきエラーが発生した。
『グ…ギギ…ギ…アアアアア!?』
初めて、奴が、明確な苦痛の叫びを上げた。
パラサイトの身体が、慣性を消そうとする力と、慣性を増大させようとする力によって、内部から、物理的に引き裂かれ始めたのだ。
身体の一部が、まるで重力がなくなったかのように、ふわりと宙に浮き上がる。
だが、次の瞬間には、超重力に引かれたかのように、地面に叩きつけられ、クレーターを作った。
自己修復しようとしても、その修復プロセス自体が、矛盾した命令によってバグを起こしている。美しいはずの自己進化が、グロテスクな意味のない肉塊を、無秩序に生成していく。
それは、暴走だった。
生命の進化という名の、美しいプログラムが、たった一つの矛盾した数式によって汚染され、無限ループに陥った、悲惨な姿。
「……とどめだ」
内部から完全に崩壊し、もはや脅威ではなくなったキメラ・パラサイト。その核へ向けて、立ち直ったシークェルが、無言のまま、銃の引き金を引いた。
閃光が、全てを浄化するように、戦場を白く染め上げた。
戦闘後。僕たちは再び、あの合同ブリーフィングテントで、シークェルチームと向き合っていた。
だが今回は、その場の空気は全く違うものになっていた。
矢部教授も、篝三尉も、何も言わない。ただ、その顔には、信じられないものを見たという驚愕と、そして、認めざるを得ないという、わずかな屈辱の色が浮かんでいた。
その沈黙を破ったのは、高坂先生だった。
彼は、静かに立ち上がると、伊集院監査官と、矢部教授に向かって、深く頭を下げた。
「今回のことで、わかっただろう。優れた肉体だけでも、優れた頭脳だけでも、あの不条理な敵には、もはや勝てない。その二つの力が合わさってこそ、初めて、真に人々を守れる力となるのだ。どうか、我々のために、君たちの力を貸してくれないだろうか」
その、誠実な言葉。
矢部教授は、しばらくの間、腕を組んで、難しい顔で黙り込んでいた。やがて、彼は、ふいと顔を背けながら、吐き捨てるように言った。
「……わかった。これからは、協力して、敵の排除にあたろう。だが、一つ言っておく。機体性能において、優れているのは、我々のシークェルだということを、忘れるなよ!」
隣で、篝三尉も、ツン、と顔を背けながら、付け加えた。
「……あなた達の頭脳、これからは当てにさせてもらうわ。腕前は私たちの方が上だから、手は貸してもらわなくて結構だけど」
(……素直じゃないものだな)
僕と美生奈さんは、顔を見合わせ、苦笑した。だが、その不器用な言葉は、彼らが、僕たちを仲間として認めた、何よりの証拠だった。
そして、軍場一尉もこちらに話しかけてくる。
「佐山含む金剛・改各機のパイロット、及びシークェルのパイロットである自分たちが無事に生還できたのはお前たちのその頭脳のお陰だ。礼を言う」
こちらは素直に感謝の意を伝えてきてくれた。手を差し伸べてきた軍場一尉の握手に応じる。
一回りも違う手の大きさ。だが腕前で劣っていても、こちらには頭脳がある。そしてその頭脳と腕前が合わされば、怖いものはない。そう改めて思った。
その和解とも言える雰囲気の中、僕の耳に、二人の天才の不穏な会話が、微かに聞こえてきた。
「……しかし、蟹江教授。確かにシークェルの方が、現状我々のアンファングの基本性能を上回っていますわね」
紫京院教授が、扇子で口元を隠しながら、どこか悔しそうに言う。
それに対し、蟹江教授は、いつものように、不敵な笑みを浮かべていた。
「ああ。あれに負けっぱなしというのは、少々、癪に障る。アンファングの強化も必要だが、あれは元々、非戦闘用のフレームだ。いずれ、限界は来るだろう」
彼の視線は、モニターに映る、アンファングとシークェル、その二機の巨人を、同時に見つめていた。
「……それならば、いつか、作り上げたいものだな」
始まりの、アンファング。
続きの、シークェル。
そして、その二つをも超越する、更なる巨大ロボットを。
「終わりの……」
彼の口から、次に紡がれようとした言葉は、僕の耳には、届かなかった。
高機動トランスポーターシュライクから切り離された純白の巨人が、絶望が支配する戦場へと舞い降りる。眼下では、キメラ・パラサイトと化した金剛・改が、シークェルを相手に、その自己進化能力を存分に発揮していた。シークェルの腕部ガトリングガンを学習したのか、その腕は既におぞましい生体ガトリングへと変貌し、雨のような強酸弾を撒き散らしている。
「……ひどい」
美生奈さんの声が、コックピットに響く。
だが、僕たちの心に、もはや迷いはなかった。
『聞こえるかしら、パイロットのお二人さん』
管制室から、綾辻教授の、氷のように冷静な声が届く。
『今から、この不愉快なキメラを、私たちの実験台にするわ。私たちの知性が、あの野蛮な進化に勝ることを、証明してあげる』
その言葉を皮切りに、アンファング新生チームによる、前代未聞の頭脳戦の幕が上がった。
「……面白いわね」
綾辻教授は、モニターに映し出される、キメラ・パラサイトの戦闘データを、まるで美しい数式を眺めるかのように見つめていた。
「この子の学習方法は、まるで免疫細胞が抗原の情報を記憶するプロセスに酷似している。でも、あまりに反応が、そして進化が、急速すぎる。……きっと、取り込んだ情報の『正誤』を判断するチェック機能が、極端に簡略化されているはずよ」
彼女は、瞬時に、敵の最大の武器である学習能力が、同時に最大の弱点であることを見抜いた。情報を検証せずに、何でも鵜呑みにしてしまうという、致命的な脆弱性を。
「……なるほど。つまり、毒入りの餌を喰わせろ、というわけか」
綾辻教授の分析を聞いた蟹江教授が、愉悦に口元を歪めた。
「ならば、最高の『毒』を用意してやろう。物部君」
彼は、僕に問いかけた。
「君のあの『慣性制御システム』は、未来の確率を現在に固定化する、極めて不安定で美しい代物だ。もし、あのシステムの設計データに、意図的に『矛盾した数式』を組み込んだら、どうなるかね?」
その発想に、僕は戦慄した。だが、同時に、その悪魔的なアイデアの美しさに、魅了されてもいた。
「……理解しました」
僕は、後部座席の美生奈さんに操縦の一部を委ね、自らのコンソールで、新たなプログラムの構築を開始した。
『慣性制御システム』のダミーの設計データ。その根幹に、『Aであり、かつ、Aでない』という、論理的に絶対に両立し得ない、自己矛盾した物理法則を埋め込んでいく。
「慣性を消し去りながら、同時に、慣性を無限大に増大させる」
そんな、宇宙の法則そのものを嘲笑うかのような、禁断の方程式を。
「……できた。これなら、奴を内部から崩壊させられる」
僕がそう告げると、今度は、美生奈さんと、そしてモバイルラボで戦闘を見守っていた静海真音くんの出番だった。
「物部くん、データ、受け取ったわ!」
美生奈さんは、僕が設計したダミーデータを、特殊な電気信号のパターンとして、アンファングの左腕部の人工筋肉の一部に記録した。
「真音くん! 奴が『餌』を欲しがるタイミングを教えて!」
『……わかった』
真音くんの、静かだが、集中しきった声が返ってくる。彼は、キメラ・パラサイトが発する、人間には聞こえない生体ノイズの中から、特定のパターンを探していた。
『……キックのBPMが上がった。……ベースラインに、歪みが混じる。……今だ。奴は、腹を空かせている。捕食の音だ』
その合図と同時に、美生奈さんは、コンソールを操作した。
「アンファング、左腕部人工筋肉、緊急パージ!」
アンファングの左腕の装甲が一部剥がれ、内部から、淡い光を放つゲル状の塊……僕たちの偽りの餌が、射出された。
それは、放物線を描き、キメラ・パラサイトの目の前へと、まるで最高の御馳走であるかのように、差し出された。
キメラ・パラサイトは、目の前に現れた、高エネルギーの塊(人工筋肉)に、何の疑いもなく飛びついた。その触手がゲルに触れた瞬間、その情報を、歓喜と共に、自らの肉体へと取り込んでいく。
そして、その矛盾した慣性制御システムを有機的に再現しようとした、次の瞬間だった。
パラサイトの身体に、恐るべきエラーが発生した。
『グ…ギギ…ギ…アアアアア!?』
初めて、奴が、明確な苦痛の叫びを上げた。
パラサイトの身体が、慣性を消そうとする力と、慣性を増大させようとする力によって、内部から、物理的に引き裂かれ始めたのだ。
身体の一部が、まるで重力がなくなったかのように、ふわりと宙に浮き上がる。
だが、次の瞬間には、超重力に引かれたかのように、地面に叩きつけられ、クレーターを作った。
自己修復しようとしても、その修復プロセス自体が、矛盾した命令によってバグを起こしている。美しいはずの自己進化が、グロテスクな意味のない肉塊を、無秩序に生成していく。
それは、暴走だった。
生命の進化という名の、美しいプログラムが、たった一つの矛盾した数式によって汚染され、無限ループに陥った、悲惨な姿。
「……とどめだ」
内部から完全に崩壊し、もはや脅威ではなくなったキメラ・パラサイト。その核へ向けて、立ち直ったシークェルが、無言のまま、銃の引き金を引いた。
閃光が、全てを浄化するように、戦場を白く染め上げた。
戦闘後。僕たちは再び、あの合同ブリーフィングテントで、シークェルチームと向き合っていた。
だが今回は、その場の空気は全く違うものになっていた。
矢部教授も、篝三尉も、何も言わない。ただ、その顔には、信じられないものを見たという驚愕と、そして、認めざるを得ないという、わずかな屈辱の色が浮かんでいた。
その沈黙を破ったのは、高坂先生だった。
彼は、静かに立ち上がると、伊集院監査官と、矢部教授に向かって、深く頭を下げた。
「今回のことで、わかっただろう。優れた肉体だけでも、優れた頭脳だけでも、あの不条理な敵には、もはや勝てない。その二つの力が合わさってこそ、初めて、真に人々を守れる力となるのだ。どうか、我々のために、君たちの力を貸してくれないだろうか」
その、誠実な言葉。
矢部教授は、しばらくの間、腕を組んで、難しい顔で黙り込んでいた。やがて、彼は、ふいと顔を背けながら、吐き捨てるように言った。
「……わかった。これからは、協力して、敵の排除にあたろう。だが、一つ言っておく。機体性能において、優れているのは、我々のシークェルだということを、忘れるなよ!」
隣で、篝三尉も、ツン、と顔を背けながら、付け加えた。
「……あなた達の頭脳、これからは当てにさせてもらうわ。腕前は私たちの方が上だから、手は貸してもらわなくて結構だけど」
(……素直じゃないものだな)
僕と美生奈さんは、顔を見合わせ、苦笑した。だが、その不器用な言葉は、彼らが、僕たちを仲間として認めた、何よりの証拠だった。
そして、軍場一尉もこちらに話しかけてくる。
「佐山含む金剛・改各機のパイロット、及びシークェルのパイロットである自分たちが無事に生還できたのはお前たちのその頭脳のお陰だ。礼を言う」
こちらは素直に感謝の意を伝えてきてくれた。手を差し伸べてきた軍場一尉の握手に応じる。
一回りも違う手の大きさ。だが腕前で劣っていても、こちらには頭脳がある。そしてその頭脳と腕前が合わされば、怖いものはない。そう改めて思った。
その和解とも言える雰囲気の中、僕の耳に、二人の天才の不穏な会話が、微かに聞こえてきた。
「……しかし、蟹江教授。確かにシークェルの方が、現状我々のアンファングの基本性能を上回っていますわね」
紫京院教授が、扇子で口元を隠しながら、どこか悔しそうに言う。
それに対し、蟹江教授は、いつものように、不敵な笑みを浮かべていた。
「ああ。あれに負けっぱなしというのは、少々、癪に障る。アンファングの強化も必要だが、あれは元々、非戦闘用のフレームだ。いずれ、限界は来るだろう」
彼の視線は、モニターに映る、アンファングとシークェル、その二機の巨人を、同時に見つめていた。
「……それならば、いつか、作り上げたいものだな」
始まりの、アンファング。
続きの、シークェル。
そして、その二つをも超越する、更なる巨大ロボットを。
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