黎明のアンファング

あさみこと

文字の大きさ
27 / 50

#027 異種統合の理想

しおりを挟む
 キメラ・パラサイトとの共同戦線から数週間。東都工業大学の地下深く、巨大な縦穴構造のドックは、以前とは少し違う熱気に満ちていた。オイルと金属の匂いに混じり、これまで此処にはなかった、硝煙とリアリズムの気配が漂っている。
 キャットウォークの上から、僕と美生奈さんは、眼下で行われる作業を静かに見つめていた。僕らの視線の先には、純白の巨人――アンファングが静かに佇んでいる。だが、その姿は、以前とは明らかに異なっていた。
 整備スタッフたちの手によって、その両肩、両腕、そして腰部のハードポイントに、無骨で角張ったガンメタリックの追加ユニットが次々と取り付けられていく。有機的な曲線で構成されたアンファングの機体に、シークェルの設計思想を色濃く反映した、直線的で剛健なパーツが結合されていく光景は、どこか異質で、見る者に奇妙な印象を与えた。
「――以上が、我々の戦術AI『オーディン』が算出した、貴機における継戦能力の最適化プランです」
 作業を見下ろしていた篝伊佐那三尉が、タブレット端末から視線を上げずに言った。その声には、以前のような刺々しさは消えているものの、エリートとしての矜持は微塵も揺らいでいない。
「コードネームは『アームド・ファランクス』。一点突破の奇跡に頼る貴方がたの不安定な戦術を補うための、ささやかなプレゼント、とでも思っておきなさい」
 その言葉通り、新たに取り付けられていくユニット群は、アンファングに欠けていた手数と継戦能力を補うための、極めて合理的な武装パッケージだった。
 両肩には、マイクロミサイルを数十発内蔵した多連装ポッド。前腕部には、弾幕形成を目的とした三連装のガトリング砲。そして腰部には、予備のバッテリーパックと、主兵装であるツェルニク・プロジェクターの予備カートリッジがマウントされる。全てが、シークェルとその随伴機金剛・改の運用データを元に、アンファングの規格に合わせて再設計されたものだ。
「これだけの火器を管制するとなると、パイロットへの負荷も増大するのでは?」
 美生奈さんが、純粋な疑問として尋ねる。彼女の視線の先では、ガトリング砲の弾帯が、まるで巨大な蛇のようにアンファングの腕に接続されていく。
「ご心配なく。射撃管制は、オーディンのサブシステムが自動で行います。プライマリパイロットは、ただ撃つという意志決定を下すだけ。あとはシステムが、最適な目標に、最適な弾数を、自動で割り振ります。……まあ、貴方がた素人でも扱えるように、という配慮です」
 皮肉とも親切とも取れる説明を終えると、篝は「軍場一尉が呼んでいますので」とだけ言い残し、静かにその場を去っていった。
 ドックに残されたのは、僕と美生奈さん、そして、より重厚な戦士へと姿を変えつつあるアンファングだけだった。金属を締め上げるボルトの甲高い音が、巨大な空間に響き渡る。
 しばらくの沈黙の後、美生奈さんがぽつりと呟いた。
「アンファングも、すっかり戦いの道具になってしまいましたね」
 その声には、寂しさが滲んでいた。彼女の視線は、白く美しいアンファングの指先に、無骨なガトリング砲が取り付けられる様を、哀しげに追っている。
「『牙なき者』の名前を付けられた、平和的活用のための巨大ロボットとして作られたというのに」
 かつて、この機体は人類の希望の象徴だった。災害救助や未踏領域探査のための、純粋な理想の結晶。美生奈さんが開発した人工筋肉も、その理想を形にするための一部だったはずだ。だが今、現実はその理想から、少しずつ、しかし確実に乖離を始めている。
 その感傷的な呟きに、僕は静かに首を横に振った。
「アンファングは戦争に使われているのではありません。あくまで対話が不可能な敵性存在との戦いに駆り出されているだけです。誰と戦っているわけでもない。人類の未来と平和のために戦っているのと等しいです」
 僕は、全身に火器を纏っていく自らの半身を、まっすぐに見つめた。
「それに」と僕は続けた。「アンファングの後を継ぐシークェルというロボットが現れたように、この敵性存在との戦いが未来永劫終わらなかったとしても、この『始まり』のアンファングに続く者たちが僕らの後を継いでくれることでしょう。そうなれば、僕らもアンファングも戦場を離れ、探究の世界へと戻ることができます。僕らは今はまだ、その彼らが生まれるまでの、橋渡し役をしているにすぎないんです」
 その言葉に、美生奈さんは僅かに目を見開いた。かつての僕ならば、決して口にしなかったであろう言葉。他者への、未来への、そして自らが守るべき世界への、明確な信頼。シークェルとの出会いと共闘は、かつて孤高の天才であった僕の心に、確かな変化をもたらしていた。
 美生奈さんの唇に、ふっと柔らかな笑みが浮かぶ。それは、僕の成長を喜ぶ、姉のような、パートナーとしての笑みだった。
「……そうですね」
 彼女は僕の方へと向き直り、悪戯っぽく、しかし真剣な瞳で見つめてきた。
「ではその時が来るまで、私のことを死なせないように守ってくださいね、プライマリパイロットさん」
「そちらこそ、僕と、僕が作る未来のために頑張ってくださいね、セカンダリパイロットさん」
 不器用な、しかし二人だけの、新たな契約。
 僕らが見つめる先で、アームド・ファランクスの最終装着シークエンスが完了する。アナウンスと共に、ドックの照明が全灯火へと切り替わり、純白の巨人の新たな姿を白日の下に晒した。
 始まりの象徴であった『牙なき者』は、今、無数の牙をその身に纏う。
 それは、人類が未知の脅威と対峙し、その先にある未来を掴むための、必然の進化。二人のパイロットは、その重みを、そしてその先に待つ希望を、静かに受け止めていた。

 それから数日後、「長野県の山間部にロスト・エヴォルヴが出現した」との報が入る。第二部の幕は、静かに、しかし確かな胎動と共に、上がった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

アガルタ・クライシス ―接点―

来栖とむ
SF
神話や物語で語られる異世界は、空想上の世界ではなかった。 九州で発見され盗難された古代の石板には、異世界につながる何かが記されていた。 同時に発見された古い指輪に偶然触れた瞬間、平凡な高校生・結衣は不思議な力に目覚める。 不審な動きをする他国の艦船と怪しい組織。そんな中、異世界からの来訪者が現れる。政府の秘密組織も行動を開始する。 古代から権力者たちによって秘密にされてきた異世界との関係。地球とアガルタ、二つの世界を巻き込む陰謀の渦中で、古代の謎が解き明かされていく。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

処理中です...