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#029 シンビオシスの福音
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『警告:対象個体『ガーディアン』の生体エネルギーパターンと、要救助者『鳴海潤葉』の脳波パターン、完全同期を確認』
管制室のメインスクリーンに映し出された無慈悲なテキストが、アンファングチームの思考を完全に停止させた。
攻撃すれば、少女を傷つける。
放置すれば、救助チームが危険に晒される。
二律背反。AかBかではない、どちらを選んでも破綻する、論理の袋小路。それは、僕が最も忌み嫌う不条理そのものだった。
「どういうことだ……なぜ……? 説明がつかない……!」
自らの頭脳が導き出す全ての解が実行不可能と弾かれる現実に、焦燥を隠せない。コンソールを叩く指先が、わずかに震えている。
管制室もまた、混乱の極みにあった。
『蟹江教授! 少女の脳波とガーディアンのエネルギーパターン、フィードバックループを形成しています! 少女の恐怖心がガーディアンを凶暴化させ、その凶暴性がさらに少女の恐怖を煽るという、悪循環に陥っている!』
『綾辻! このままでは、少女の精神が、怪物の強大なエネルギーに耐えきれずに焼き切れてしまうわ! 急いで!』
紫京院玲の悲痛な声が飛ぶ。科学者たちは、この異常な共振現象を断ち切るための糸口を探すが、物理的にも、生物学的にも、有効なアプローチが見つからない。時間は、一刻一刻と、少女の命を削っていく。
「ダメだ……! 僕たちにはどうすればいいのか……!」
弱音ともつかぬ呻きが漏れた、その時だった。
「……私に、やらせてください」
静かだが、凛とした声が、コックピットに響いた。声の発生源を見ると、美生奈さんが、真っ直ぐな瞳で僕を見つめていた。その瞳には、混乱も、恐怖もなかった。ただ、覚悟だけが、静かに燃えていた。
「この怪物は、潤葉さんの『怖い』『助けて』という心が作り出した、守り人なのかもしれません。なら、私たちがすべきことは、攻撃じゃない……安心させてあげることです」
「安心させる……? どうやって! 対話の手段なんて……!」
「あります」と、美生奈さんはきっぱりと言い切った。「私の……この、アンファングの人工筋肉を使って」
彼女はコンソールを操作し、あるシステムの制御画面を呼び出した。それは、BPAGS――電場応答性人工筋肉アクチュエーターの、感覚フィードバックに関する項目。
「人工筋肉の感覚フィードバック感度を、リミッターを解除して、最大まで引き上げます。そうすれば、アンファングの全身が、巨大なアンテナになる。潤葉さんの心の声……脳波を、直接、私が受信します」
「なっ……!?」
絶句した。管制室の紫京院教授も、血相を変えて叫ぶ。
『琴吹さん! あなた、正気ですか!? そんなことをすれば、あなたの精神が汚染される危険性が……!』
「大丈夫です、教授」
美生奈さんは、師に向かって、穏やかに、しかし力強く微笑んだ。
「小さい子の相手は、生意気な弟で慣れていますから。それに、誰よりも信じています。私と、私の作った、この人工筋肉を」
その言葉に、嘘も、気負いもなかった。それは、自らの研究と、自らの感性に対する、絶対的な信頼の表明だった。
論理ではない。確率論でもない。ただ、『信じる』という、僕が最も不得手とする領域で、彼女は今、この絶望的な状況を覆そうとしている。
「……分かりました」
そう短く呟くと、美生奈の操作を補助するように、自らのコンソールを叩き始めた。僕が選択したのは、慣性制御システムが観測する、無数の未来の中から、美生奈さんの精神汚染のリスクが最も低い未来をフィルタリングし、安定させるという、神頼みにも似たサポートだった。
『感覚フィードバック、リミッター解除。感度レベル、オーバードライブに移行します』
AI『マックスウェル』の無機質な音声と共に、アンファングの全身を走るエネルギーラインが、淡い光を放ち始める。
美生奈さんは、ゆっくりと目を閉じた。彼女が歯を食いしばり、何かの痛みに耐えている。僕はそれを、黙って見続けることしかできなかった。
何かに気づいたかのような表情。そしてふっと優しくなる表情。彼女に今、何が見えているのかは分からない。だが、その表情から、経過は順調だということは読み取れた。
そして遂に、現実世界でその変化は起きた。
それまで苦悶に歪んでいた潤葉の表情が、ふっと和らぎ、その瞳から、一筋の涙が静かにこぼれ落ちた。
それと、同時だった。
救助チームを威嚇していたガーディアンの凶暴なエネルギーが、急速に霧散していく。咆哮は止み、逆立っていた棘は力を失い、その巨体は、まるで張り詰めていた糸が切れたかのように、ゆっくりと崩れ始めた。
硬い外骨格は砂のようにほどけ、植物の蔦は、まるで役目を終えたかのように、静かに大地へと還っていく。
リンクは、潤葉自身の意志によって、穏やかに、解き放たれたのだ。
「……美生奈さん!」
僕の叫びで、美生奈の意識は、コックピットへと引き戻された。凄まじい疲労感に襲われた、というように見える。だが、それと反対に彼女の心が、不思議なほど晴れやかに見えた。
モニターには、静かに寝息を立てる潤葉の顔と、完全に活動を停止し、ただの植物の丘へと還ったガーディアンの残骸が映し出されていた。
『……ガーディアン、活動停止を確認。……作戦、完了です』
管制室からの安堵の声が、コックピットに響き渡る。
美生奈さんは、そっと息をつくと、隣のパートナー、つまり僕に向かって、少しだけ疲れた、しかし満面の笑みを向けた。
「小さい子の相手も、なかなか骨が折れますね」
その笑顔に、何も返すことができなかった。ただ、自らの無力さと、彼女の持つ、論理を超えた力の眩しさを、胸の奥で噛み締めるだけだった。
この日、アンファングは、誰一人傷つけることなく、一つの命を救った。それは、この純白の巨人が、単なる戦闘兵器ではなく、その名の通り、人類の『始まり』の希望を体現する存在であることを、何よりも雄弁に物語っていた。
その日の夜。鳴海潤葉がまだ目を覚まさない中、美生奈さんは僕と蟹江教授、紫京院教授、そして綾辻教授の4人に、潤葉とリンクした時に感じたことを共有した。何でも、重要だと思われる秘密も見えたらしいが……
「彼女とリンクした瞬間、脳に、情報の津波が叩きつけられたかのような感覚に陥りました。
痛い。熱い。寒い。硬い。風の音。土の匂い。ガーディアンの筋肉が軋む音。救助隊員の荒い息遣い。そして、全てを塗り潰すような、純粋な『恐怖』の奔流。
アンファングの全身を覆う人工筋肉が拾い集めた、戦場の全ての情報が、フィルタリングされることなく、五感に流れ込んできました。
でも、耐えました。歯を食いしばり、意識の全てを集中させ、ノイズの海の中から、ただ一つの声を探し出しました。
そして、聞こえてきたんです。アンファングの腕を通して、脚を通して、びりびりと伝わってくるものが。あれは、振動ではなかったと思います。多分、あの子の、『怖い』っていう、心の震えだったんじゃないかと。そして、そのか細く震える波形に、自らの意識のチャンネルを何とか合わせました。
瞬間、真っ暗な闇に閉ざされました。暗く、冷たく、硬い何かに閉じ込められているような感覚。そして聞こえてきました。『息苦しい。怖い。誰か、助けて』って」
「……それが、彼女の心象風景か」
「はい。そして、その闇の中に、ぼんやりと光景と思いが浮かび上がってきました。
――キラキラ光る石を探して、一人で山の中を歩いていた。楽しい。誰も知らない、私だけの秘密の場所。
――空から、流れ星が降ってきた。きれい。でも、なんだか、すごく速い。怖い。
――ドン、という衝撃。頭が痛い。身体が動かない。暗い。寒い。怖い。助けて、お母さん」
「それが、彼女が倒れるまでの最後の記憶でしたのね」
「でも、私の意識は、そこで終わらなかったんです。彼女の記憶と混ざり合うように、全く別の異質な『視点』が流れ込んできたんです」
「まさかそれは……ロスト・エヴォルヴの……?」
興味深そうに食いついた僕を、最後まで聞いてください、といった仕草で美生奈さんは制した。
「視界は、宇宙。漆黒の闇の中を、一つの『意志』が、ただひたすらに飛んでいました。『意志』は、地球の引力に捉えられ、灼熱の炎に包まれながら、大気圏へと突入します。その身体は、無数の破片となって砕け散り、流星群となって地上へと降り注ぎました。
そして、その一つの小さな、しかし最も純粋な生命の核を宿した破片が……山の中で倒れていた、一人の無垢な少女の、額に触れました。その時です。私の頭の中に、いくつもの言葉が浮かんできました。『同調』。『融合』。そして……『共生』」
「同調、融合、共生……ねぇ。そして、ロスト・エヴォルヴの、なんらかの意志と、彼女の、生きたい、助けてほしいという渇望が、奇跡的なレベルで共鳴し、混ざり合った。彼女の生命活動を維持するため、ロスト・エヴォルヴは自らのエネルギーを分け与え、彼女の恐怖心に応えるため、周囲の物質を取り込み、守護者たる『ガーディアン』の姿を構築した。全ては、生きるための、哀しい偶然の産物だった……ってところかしらね」
「興味深い事実ですね。共生……この言葉がロスト・エヴォルヴの実態を示すのであれば、もしかしたらロスト・エヴォルヴに至っては、私たちが今まで取ってきた行いは間違いだったのかもしれません」
「そうだな。紫京院教授達生物学班には、これまで以上にロスト・エヴォルヴの生態系の研究を進めてもらいたいものだ」
「心得ておりますわ」
ロスト・エヴォルヴ。今まで僕たちが侵略者だと思っていた彼らとは、もしかしたら分かり合える道があったのかもしれない。それは、今から引き返してもまだ間に合う道だ。衝撃の真実が暴かれた今、アンファングチームは新たな道を進もうとしていた。
「ところで、琴吹さん。その後あなたは、どうしたので?」
「はい。全ての光景を理解した私は、意識の中で、そっと彼女の心に語りかけました。『大丈夫。もう怖くないよ』って。言葉ではなく、アンファングという巨大な身体を通して、母性にも似た、温かく、優しい想いの波形で包み込むようにして。『私たちは、あなたを助けに来たんだよ。もう一人じゃない。だから、もういいんだよ。ゆっくり、おやすみ』と、まるで、母親が子守唄を歌うように、ただひたすらに、『安心』と『安全』のシグナルを送り続けて……それが届いたんでしょうね。そして、今の彼女に至る、といったところです」
そう語る美生奈さんに、感心の目が向けられた。僕もまた、彼女を見る目が変わった、そんな気がする。
管制室のメインスクリーンに映し出された無慈悲なテキストが、アンファングチームの思考を完全に停止させた。
攻撃すれば、少女を傷つける。
放置すれば、救助チームが危険に晒される。
二律背反。AかBかではない、どちらを選んでも破綻する、論理の袋小路。それは、僕が最も忌み嫌う不条理そのものだった。
「どういうことだ……なぜ……? 説明がつかない……!」
自らの頭脳が導き出す全ての解が実行不可能と弾かれる現実に、焦燥を隠せない。コンソールを叩く指先が、わずかに震えている。
管制室もまた、混乱の極みにあった。
『蟹江教授! 少女の脳波とガーディアンのエネルギーパターン、フィードバックループを形成しています! 少女の恐怖心がガーディアンを凶暴化させ、その凶暴性がさらに少女の恐怖を煽るという、悪循環に陥っている!』
『綾辻! このままでは、少女の精神が、怪物の強大なエネルギーに耐えきれずに焼き切れてしまうわ! 急いで!』
紫京院玲の悲痛な声が飛ぶ。科学者たちは、この異常な共振現象を断ち切るための糸口を探すが、物理的にも、生物学的にも、有効なアプローチが見つからない。時間は、一刻一刻と、少女の命を削っていく。
「ダメだ……! 僕たちにはどうすればいいのか……!」
弱音ともつかぬ呻きが漏れた、その時だった。
「……私に、やらせてください」
静かだが、凛とした声が、コックピットに響いた。声の発生源を見ると、美生奈さんが、真っ直ぐな瞳で僕を見つめていた。その瞳には、混乱も、恐怖もなかった。ただ、覚悟だけが、静かに燃えていた。
「この怪物は、潤葉さんの『怖い』『助けて』という心が作り出した、守り人なのかもしれません。なら、私たちがすべきことは、攻撃じゃない……安心させてあげることです」
「安心させる……? どうやって! 対話の手段なんて……!」
「あります」と、美生奈さんはきっぱりと言い切った。「私の……この、アンファングの人工筋肉を使って」
彼女はコンソールを操作し、あるシステムの制御画面を呼び出した。それは、BPAGS――電場応答性人工筋肉アクチュエーターの、感覚フィードバックに関する項目。
「人工筋肉の感覚フィードバック感度を、リミッターを解除して、最大まで引き上げます。そうすれば、アンファングの全身が、巨大なアンテナになる。潤葉さんの心の声……脳波を、直接、私が受信します」
「なっ……!?」
絶句した。管制室の紫京院教授も、血相を変えて叫ぶ。
『琴吹さん! あなた、正気ですか!? そんなことをすれば、あなたの精神が汚染される危険性が……!』
「大丈夫です、教授」
美生奈さんは、師に向かって、穏やかに、しかし力強く微笑んだ。
「小さい子の相手は、生意気な弟で慣れていますから。それに、誰よりも信じています。私と、私の作った、この人工筋肉を」
その言葉に、嘘も、気負いもなかった。それは、自らの研究と、自らの感性に対する、絶対的な信頼の表明だった。
論理ではない。確率論でもない。ただ、『信じる』という、僕が最も不得手とする領域で、彼女は今、この絶望的な状況を覆そうとしている。
「……分かりました」
そう短く呟くと、美生奈の操作を補助するように、自らのコンソールを叩き始めた。僕が選択したのは、慣性制御システムが観測する、無数の未来の中から、美生奈さんの精神汚染のリスクが最も低い未来をフィルタリングし、安定させるという、神頼みにも似たサポートだった。
『感覚フィードバック、リミッター解除。感度レベル、オーバードライブに移行します』
AI『マックスウェル』の無機質な音声と共に、アンファングの全身を走るエネルギーラインが、淡い光を放ち始める。
美生奈さんは、ゆっくりと目を閉じた。彼女が歯を食いしばり、何かの痛みに耐えている。僕はそれを、黙って見続けることしかできなかった。
何かに気づいたかのような表情。そしてふっと優しくなる表情。彼女に今、何が見えているのかは分からない。だが、その表情から、経過は順調だということは読み取れた。
そして遂に、現実世界でその変化は起きた。
それまで苦悶に歪んでいた潤葉の表情が、ふっと和らぎ、その瞳から、一筋の涙が静かにこぼれ落ちた。
それと、同時だった。
救助チームを威嚇していたガーディアンの凶暴なエネルギーが、急速に霧散していく。咆哮は止み、逆立っていた棘は力を失い、その巨体は、まるで張り詰めていた糸が切れたかのように、ゆっくりと崩れ始めた。
硬い外骨格は砂のようにほどけ、植物の蔦は、まるで役目を終えたかのように、静かに大地へと還っていく。
リンクは、潤葉自身の意志によって、穏やかに、解き放たれたのだ。
「……美生奈さん!」
僕の叫びで、美生奈の意識は、コックピットへと引き戻された。凄まじい疲労感に襲われた、というように見える。だが、それと反対に彼女の心が、不思議なほど晴れやかに見えた。
モニターには、静かに寝息を立てる潤葉の顔と、完全に活動を停止し、ただの植物の丘へと還ったガーディアンの残骸が映し出されていた。
『……ガーディアン、活動停止を確認。……作戦、完了です』
管制室からの安堵の声が、コックピットに響き渡る。
美生奈さんは、そっと息をつくと、隣のパートナー、つまり僕に向かって、少しだけ疲れた、しかし満面の笑みを向けた。
「小さい子の相手も、なかなか骨が折れますね」
その笑顔に、何も返すことができなかった。ただ、自らの無力さと、彼女の持つ、論理を超えた力の眩しさを、胸の奥で噛み締めるだけだった。
この日、アンファングは、誰一人傷つけることなく、一つの命を救った。それは、この純白の巨人が、単なる戦闘兵器ではなく、その名の通り、人類の『始まり』の希望を体現する存在であることを、何よりも雄弁に物語っていた。
その日の夜。鳴海潤葉がまだ目を覚まさない中、美生奈さんは僕と蟹江教授、紫京院教授、そして綾辻教授の4人に、潤葉とリンクした時に感じたことを共有した。何でも、重要だと思われる秘密も見えたらしいが……
「彼女とリンクした瞬間、脳に、情報の津波が叩きつけられたかのような感覚に陥りました。
痛い。熱い。寒い。硬い。風の音。土の匂い。ガーディアンの筋肉が軋む音。救助隊員の荒い息遣い。そして、全てを塗り潰すような、純粋な『恐怖』の奔流。
アンファングの全身を覆う人工筋肉が拾い集めた、戦場の全ての情報が、フィルタリングされることなく、五感に流れ込んできました。
でも、耐えました。歯を食いしばり、意識の全てを集中させ、ノイズの海の中から、ただ一つの声を探し出しました。
そして、聞こえてきたんです。アンファングの腕を通して、脚を通して、びりびりと伝わってくるものが。あれは、振動ではなかったと思います。多分、あの子の、『怖い』っていう、心の震えだったんじゃないかと。そして、そのか細く震える波形に、自らの意識のチャンネルを何とか合わせました。
瞬間、真っ暗な闇に閉ざされました。暗く、冷たく、硬い何かに閉じ込められているような感覚。そして聞こえてきました。『息苦しい。怖い。誰か、助けて』って」
「……それが、彼女の心象風景か」
「はい。そして、その闇の中に、ぼんやりと光景と思いが浮かび上がってきました。
――キラキラ光る石を探して、一人で山の中を歩いていた。楽しい。誰も知らない、私だけの秘密の場所。
――空から、流れ星が降ってきた。きれい。でも、なんだか、すごく速い。怖い。
――ドン、という衝撃。頭が痛い。身体が動かない。暗い。寒い。怖い。助けて、お母さん」
「それが、彼女が倒れるまでの最後の記憶でしたのね」
「でも、私の意識は、そこで終わらなかったんです。彼女の記憶と混ざり合うように、全く別の異質な『視点』が流れ込んできたんです」
「まさかそれは……ロスト・エヴォルヴの……?」
興味深そうに食いついた僕を、最後まで聞いてください、といった仕草で美生奈さんは制した。
「視界は、宇宙。漆黒の闇の中を、一つの『意志』が、ただひたすらに飛んでいました。『意志』は、地球の引力に捉えられ、灼熱の炎に包まれながら、大気圏へと突入します。その身体は、無数の破片となって砕け散り、流星群となって地上へと降り注ぎました。
そして、その一つの小さな、しかし最も純粋な生命の核を宿した破片が……山の中で倒れていた、一人の無垢な少女の、額に触れました。その時です。私の頭の中に、いくつもの言葉が浮かんできました。『同調』。『融合』。そして……『共生』」
「同調、融合、共生……ねぇ。そして、ロスト・エヴォルヴの、なんらかの意志と、彼女の、生きたい、助けてほしいという渇望が、奇跡的なレベルで共鳴し、混ざり合った。彼女の生命活動を維持するため、ロスト・エヴォルヴは自らのエネルギーを分け与え、彼女の恐怖心に応えるため、周囲の物質を取り込み、守護者たる『ガーディアン』の姿を構築した。全ては、生きるための、哀しい偶然の産物だった……ってところかしらね」
「興味深い事実ですね。共生……この言葉がロスト・エヴォルヴの実態を示すのであれば、もしかしたらロスト・エヴォルヴに至っては、私たちが今まで取ってきた行いは間違いだったのかもしれません」
「そうだな。紫京院教授達生物学班には、これまで以上にロスト・エヴォルヴの生態系の研究を進めてもらいたいものだ」
「心得ておりますわ」
ロスト・エヴォルヴ。今まで僕たちが侵略者だと思っていた彼らとは、もしかしたら分かり合える道があったのかもしれない。それは、今から引き返してもまだ間に合う道だ。衝撃の真実が暴かれた今、アンファングチームは新たな道を進もうとしていた。
「ところで、琴吹さん。その後あなたは、どうしたので?」
「はい。全ての光景を理解した私は、意識の中で、そっと彼女の心に語りかけました。『大丈夫。もう怖くないよ』って。言葉ではなく、アンファングという巨大な身体を通して、母性にも似た、温かく、優しい想いの波形で包み込むようにして。『私たちは、あなたを助けに来たんだよ。もう一人じゃない。だから、もういいんだよ。ゆっくり、おやすみ』と、まるで、母親が子守唄を歌うように、ただひたすらに、『安心』と『安全』のシグナルを送り続けて……それが届いたんでしょうね。そして、今の彼女に至る、といったところです」
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