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#038 生命の公理、魂の核融合
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僕の世界は、終わった。
自室のベッドの上で、僕は、ただ、天井の染みを眺めていた。あの深海で、残酷な真実を突きつけられてから、もう、どれくらいの時間が経ったのだろうか。時間の感覚すら、曖昧だった。
僕の頭脳が、僕の全てだった。物理法則という、絶対的な真理を探究し、その手で、宇宙の法則を書き換える。それが、僕の存在意義であり、脆弱な肉体しか持たない僕が、この世界で唯一、誇れるものだったはずだ。
だが、その誇りこそが、世界を、この終わりの見えない戦いを招いた、元凶だった。
フェーズ・シフターを呼び寄せたのは、僕の『慣性制御システム』。
クリスタル・レプリカントの最初の標的となったのは、彼女の『人工筋肉』。
僕たちは、ヒーローなんかじゃない。ただの、マッチポンプだ。自ら火種を撒き散らし、それを消し止めることで、偽りの賞賛を得ていた、滑稽な道化師。その事実は、僕の精神を、思考の根幹から、いとも容易く破壊した。
ドアの向こうから、彼女……琴吹美生奈の声が、何度も聞こえた。食事を運んできてくれる気配もした。だが、僕は、一切、応えなかった。言葉を発することも、食事を摂る気力も、もはや、僕には残されていなかった。
研究書を積み上げ、部屋の入り口に、物理的なバリケードを築く。それで、心の壁まで、厚くできると信じて。もう、誰とも関わりたくなかった。僕という存在が、世界から消えてしまえば、全てが、丸く収まるのではないか。そんな、非論理的な思考だけが、壊れたレコードのように、頭の中を回り続けていた。
その、静寂を破るように、ドアが、ガチャリと音を立てた。彼女が、合鍵を使って、入ってきたのだ。
「……出ていけ、と言ったはずだ」
僕は、ベッドに横たわったまま、壁の方を向いて、低い声で言った。
「あなたと話すことは、何もない」
「……もう、やめてください!」
背後から聞こえてきたのは、いつもの、おっとりとした彼女の声ではなかった。それは、堰を切ったような、悲痛な叫びだった。
振り返ると、そこに立っていた彼女の瞳は、真っ赤に腫れ上がり、大粒の涙が、その白い頬を、次々と伝い落ちていた。
「物部君が、そんなんじゃ……私……戦えない……! あなたがいないと、怖い……! 怖いのよ……!」
その涙を見た瞬間、僕の心のバリケードに、ほんの少しだけ、ヒビが入った気がした。
彼女は、僕の知っている琴吹美生奈ではなかった。いつも、僕の前で、気丈に、時に小悪魔的に振る舞い、僕を導いてくれた、あの強い先輩ではなかった。そこにいたのは、ただ、パートナーを失うことを恐れる、一人の、か弱な女性だった。
その、剥き出しの感情に、僕は、どう反応していいか、分からなかった。
彼女は、泣きじゃくりながら、おぼつかない足取りで、僕のベッドへと近づいてきた。そして、衝動的に、僕の冷たい唇に、自らの柔らかく、濡れた唇を、押し当てた。
「……あなたのせいなんかじゃない……!」
それは、口づけというより、魂のぶつかり合いのようだった。
「あなたは、悪くない……!」
彼女は、自分自身に、言い聞かせているようでもあった。僕の罪は、彼女の罪。彼女は、僕が一人で、その重荷を背負うことを、許してくれなかった。
僕は、なされるがままだった。彼女は、僕の服に、乱暴に手をかける。僕も、まるで、何かに憑かれたように、彼女の白衣を、その下のブラウスを、引き裂くように、脱がせていく。
やがて、月の光だけが差し込む薄暗い部屋の中で、彼女の、信じられないほど豊満な肢体が、露わになった。
紫京院教授の『指導』によって作り上げられたという、その身体。それは、僕がこれまで見てきた、どんな物理法則よりも、複雑で、美しく、そして、非現実的な曲線を描いていた。大きく、柔らかく、しかし、決して形を崩さない、重力に逆らうかのような双丘。キュッと、あり得ないほどに引き締まったくびれ。そして、そこから、滑らかな曲線を描いて広がる、豊かで、丸みを帯びた、圧倒的な存在感を放つ臀部。
それは、生命そのものの、神秘の具現だった。
僕たちは、もつれ合うように、ベッドへと倒れ込んだ。理屈も、論理も、罪悪感も、全てが、彼女の肌の熱に、溶かされていく。
僕は、人生で初めて、他人と、肌を重ねた。
そこにあったのは、僕がずっと、心のどこかで求めていた、しかし、決して手に入らないと諦めていた、誰かとの繋がりそのものだった。温かくて、柔らかくて、少しだけ、しょっぱい味がした。
長い、長い夜が、明けた。
朝日が、カーテンの隙間から、部屋に、一条の光を差し込ませていた。
僕は、目を覚ました。隣には、僕の腕を枕にするようにして、彼女が、静かな寝息を立てていた。
昨日までの、気丈な戦士の顔は、そこにはない。少しだけ開いた口元。長い睫毛。規則正しく上下する、豊かな胸。その、あまりに無防備な寝顔は、僕がこれまで見てきた、どんな芸術品よりも、美しかった。
僕は、彼女の、鮮やかな緑色の髪を、そっと、指で梳いた。その時、ふと、数週間前の、ある光景が、脳裏に蘇った。
新宿御苑。
潤葉ちゃんを、真ん中にして、僕と彼女が、その両側の手を、繋いで歩いた、あの日の午後。
まるで、ぎこちない、若夫婦と、その娘のような、光景。
あの時、僕の心を過ぎった、非論理的な、しかし、抗いがたい感情。
(…ああ、そうか)
僕は、静かに、確信した。
僕が、本当に守りたかったものは、人類の未来なんていう、漠然とした、大げさなものではなかった。
ただ、この、腕の中にある、温もりを。
この、穏やかな寝顔を。
この、かけがえのない、日常を。
―――失いたくなかった。
それだけだったんだ。
僕は、ヒーローなんかじゃない。救世主でもない。ただの、臆病で、不器用な、物理学者だ。
だけど、もし、この腕の中にある、たった一つの温もりを守るためなら。
もう一度、あの地獄のような戦場に、身を投じることも、厭わない。
それが、僕が見つけ出した、僕だけの、戦う理由。
僕が、本当に守りたかった、たった一つの、座標。
僕は、眠る彼女の額に、そっと、自分の唇を寄せた。
「……ありがとう、美生奈先輩」
それは、誰に聞かせるでもない、僕だけの、夜明けの誓いだった。
自室のベッドの上で、僕は、ただ、天井の染みを眺めていた。あの深海で、残酷な真実を突きつけられてから、もう、どれくらいの時間が経ったのだろうか。時間の感覚すら、曖昧だった。
僕の頭脳が、僕の全てだった。物理法則という、絶対的な真理を探究し、その手で、宇宙の法則を書き換える。それが、僕の存在意義であり、脆弱な肉体しか持たない僕が、この世界で唯一、誇れるものだったはずだ。
だが、その誇りこそが、世界を、この終わりの見えない戦いを招いた、元凶だった。
フェーズ・シフターを呼び寄せたのは、僕の『慣性制御システム』。
クリスタル・レプリカントの最初の標的となったのは、彼女の『人工筋肉』。
僕たちは、ヒーローなんかじゃない。ただの、マッチポンプだ。自ら火種を撒き散らし、それを消し止めることで、偽りの賞賛を得ていた、滑稽な道化師。その事実は、僕の精神を、思考の根幹から、いとも容易く破壊した。
ドアの向こうから、彼女……琴吹美生奈の声が、何度も聞こえた。食事を運んできてくれる気配もした。だが、僕は、一切、応えなかった。言葉を発することも、食事を摂る気力も、もはや、僕には残されていなかった。
研究書を積み上げ、部屋の入り口に、物理的なバリケードを築く。それで、心の壁まで、厚くできると信じて。もう、誰とも関わりたくなかった。僕という存在が、世界から消えてしまえば、全てが、丸く収まるのではないか。そんな、非論理的な思考だけが、壊れたレコードのように、頭の中を回り続けていた。
その、静寂を破るように、ドアが、ガチャリと音を立てた。彼女が、合鍵を使って、入ってきたのだ。
「……出ていけ、と言ったはずだ」
僕は、ベッドに横たわったまま、壁の方を向いて、低い声で言った。
「あなたと話すことは、何もない」
「……もう、やめてください!」
背後から聞こえてきたのは、いつもの、おっとりとした彼女の声ではなかった。それは、堰を切ったような、悲痛な叫びだった。
振り返ると、そこに立っていた彼女の瞳は、真っ赤に腫れ上がり、大粒の涙が、その白い頬を、次々と伝い落ちていた。
「物部君が、そんなんじゃ……私……戦えない……! あなたがいないと、怖い……! 怖いのよ……!」
その涙を見た瞬間、僕の心のバリケードに、ほんの少しだけ、ヒビが入った気がした。
彼女は、僕の知っている琴吹美生奈ではなかった。いつも、僕の前で、気丈に、時に小悪魔的に振る舞い、僕を導いてくれた、あの強い先輩ではなかった。そこにいたのは、ただ、パートナーを失うことを恐れる、一人の、か弱な女性だった。
その、剥き出しの感情に、僕は、どう反応していいか、分からなかった。
彼女は、泣きじゃくりながら、おぼつかない足取りで、僕のベッドへと近づいてきた。そして、衝動的に、僕の冷たい唇に、自らの柔らかく、濡れた唇を、押し当てた。
「……あなたのせいなんかじゃない……!」
それは、口づけというより、魂のぶつかり合いのようだった。
「あなたは、悪くない……!」
彼女は、自分自身に、言い聞かせているようでもあった。僕の罪は、彼女の罪。彼女は、僕が一人で、その重荷を背負うことを、許してくれなかった。
僕は、なされるがままだった。彼女は、僕の服に、乱暴に手をかける。僕も、まるで、何かに憑かれたように、彼女の白衣を、その下のブラウスを、引き裂くように、脱がせていく。
やがて、月の光だけが差し込む薄暗い部屋の中で、彼女の、信じられないほど豊満な肢体が、露わになった。
紫京院教授の『指導』によって作り上げられたという、その身体。それは、僕がこれまで見てきた、どんな物理法則よりも、複雑で、美しく、そして、非現実的な曲線を描いていた。大きく、柔らかく、しかし、決して形を崩さない、重力に逆らうかのような双丘。キュッと、あり得ないほどに引き締まったくびれ。そして、そこから、滑らかな曲線を描いて広がる、豊かで、丸みを帯びた、圧倒的な存在感を放つ臀部。
それは、生命そのものの、神秘の具現だった。
僕たちは、もつれ合うように、ベッドへと倒れ込んだ。理屈も、論理も、罪悪感も、全てが、彼女の肌の熱に、溶かされていく。
僕は、人生で初めて、他人と、肌を重ねた。
そこにあったのは、僕がずっと、心のどこかで求めていた、しかし、決して手に入らないと諦めていた、誰かとの繋がりそのものだった。温かくて、柔らかくて、少しだけ、しょっぱい味がした。
長い、長い夜が、明けた。
朝日が、カーテンの隙間から、部屋に、一条の光を差し込ませていた。
僕は、目を覚ました。隣には、僕の腕を枕にするようにして、彼女が、静かな寝息を立てていた。
昨日までの、気丈な戦士の顔は、そこにはない。少しだけ開いた口元。長い睫毛。規則正しく上下する、豊かな胸。その、あまりに無防備な寝顔は、僕がこれまで見てきた、どんな芸術品よりも、美しかった。
僕は、彼女の、鮮やかな緑色の髪を、そっと、指で梳いた。その時、ふと、数週間前の、ある光景が、脳裏に蘇った。
新宿御苑。
潤葉ちゃんを、真ん中にして、僕と彼女が、その両側の手を、繋いで歩いた、あの日の午後。
まるで、ぎこちない、若夫婦と、その娘のような、光景。
あの時、僕の心を過ぎった、非論理的な、しかし、抗いがたい感情。
(…ああ、そうか)
僕は、静かに、確信した。
僕が、本当に守りたかったものは、人類の未来なんていう、漠然とした、大げさなものではなかった。
ただ、この、腕の中にある、温もりを。
この、穏やかな寝顔を。
この、かけがえのない、日常を。
―――失いたくなかった。
それだけだったんだ。
僕は、ヒーローなんかじゃない。救世主でもない。ただの、臆病で、不器用な、物理学者だ。
だけど、もし、この腕の中にある、たった一つの温もりを守るためなら。
もう一度、あの地獄のような戦場に、身を投じることも、厭わない。
それが、僕が見つけ出した、僕だけの、戦う理由。
僕が、本当に守りたかった、たった一つの、座標。
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