異世界で、二人乗り

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異世界で、二人乗り 第一部

異世界で、二人乗り 第一部 第17話 「並んで、手を動かす」

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異世界で、二人乗り 第一部 第17話
「並んで、手を動かす」

道具屋を出る。

革の匂いが、まだ鼻に残っていた。通りに出ると、町の音が一気に戻ってくる。
新しく身につけた革のジャケットは、特別に動きやすいわけでも、窮屈なわけでもない。
ただ、この世界の中で「浮かない」服になった、というだけだ。

現代の服のほうが、生地も良かったし、機能性だって高かった。
比べるものじゃない。これは性能の話じゃない。立ち位置の話だ。

――ここにいる人間として、
違和感のない格好になった。
それだけだ。

タイラーは歩きながら、自分の袖口や、肩の位置を何気なく確認する。
その動作の途中で、通り沿いの窓に映る自分の姿が、自然と目に入った。
ガラス越しの反射。歪みもあるし、特別に鮮明というわけでもない。
それでも。

「……やっぱり、か」

小さく、息を吐く。実は、ずっと思っていた。
ジュリオのミラーで顔を確認したとき。
道具屋の姿見で、服を合わせたとき。
そのたびに、
「気のせいか?」
という違和感が、頭の片隅に残っていた。

でも、その都度、流してきた。
鏡の質の問題。光の当たり方。異世界という状況そのもの。
理由はいくらでもつけられた。
だが、今は違う。複数の場面を経て、その違和感が、一本の線につながった。

疲れた顔じゃない。
生活に擦り切れた影が、薄い。もともと自分は、特別に冴えない顔ではないと思う。
それは、わかっている。

でも――
今映っているのは、「少し前の自分」に近い。
社会に慣れすぎる前。無意識に肩に力が入る前。

「……若返った、ってほどじゃないな」
そう言ってみて、自分でその言い方を選んだことに気づく。

断言はしない。
数字にできるほどの変化でもない。

ただ、確実に「戻っている」感じがある。
体の感覚も、同じだ。
森を歩いても、息が切れにくい。
寝れば、回復が早い。無理をしても、翌日に引きずらない。

剣を振ったときも、そうだった。
技術を知っていたわけじゃない。
型を学んだ覚えもない。

ただ――
「こう動けばいい」と思った瞬間に、
身体が、遅れずについてきた。

それだけだ。理屈じゃない。経験でもない。
体が軽く、反応が素直だった。
結果として、自分でも見慣れない動きになった。

理由は、考えられる。
この世界の影響。
自分の身に起きている、説明のつかない変化。

だが、ここで無理に名前をつける必要はない。

説明できないものを説明しようとしすぎて、余計にこじらせた経験は、一度や二度じゃなかった。

わからないなら、わからないまま、置いておく。
必要になったときに、向こうから、形を持って現れることもある。

「……今は、いい」
そう結論づける。

歩ける。
働ける。
選べる。
それで十分だ。

視線を戻すと、少し前を歩くあおいの後ろ姿が目に入る。
水色の髪が、光を受けて揺れている。
背は高くないが、姿勢がいい。歩き方に、無駄がない。

――綺麗だな。

そう思ってから、一拍遅れて、自分で苦笑する。
今の自分の姿なら、二人で並んで歩いていても、
親子には見えないだろう。歳の離れた兄妹。それとも――

「……いやいや」
続きを考えかけて、
慌てて思考を止める。
何を言いかけている。
いい歳したおじさんが。

案件だぞ。
完全に。

そう自分に突っ込みながら、視線を前に戻す。
ギルドへ向かう道すがら、あおいがふと口を開いた。

「……似合ってる」

歩きながら、前を見たままの声だった。

「ん?」

「その服」

それ以上は言わない。
評価というより、確認に近い。
町の中で、もう浮いていないことを確かめるような言い方だった。

「ありがとう」

タイラーは、少し照れくさくなって視線を前に戻した。

革のジャケットは、特別な感触はない。
けれど、町の空気の中で、自分の輪郭だけが浮くこともなくなっている。

冒険者ギルドの前に立つ。
さきほど、通りの向こうから眺めていた建物。今は、その扉の前にいる。

「……じゃあ、行こうか」
自分に言い聞かせるように、そう言った。
扉を押し、建物の中に入る。

空気が変わる。
紙の匂い。
人の声。
仕事の気配。

掲示板には、依頼書がびっしりと並んでいた。タイラーは、上から順に目を通す。

討伐。
護衛。
素材採取。

……違う。
視線を下げる。

・倉庫の整理
・水路の清掃
・町外れの畑の手伝い

「……これなら」自分にできる。
今の自分に、ちょうどいい。受付へ向かい、依頼を告げる。
職員は事務的に説明した。

「登録は不要だ。終わったら、ここで確認を受けろ」
それだけ。
拍子抜けするほど簡単で、同時に、この世界の割り切りの良さを感じる。

ギルドを出ると、あおいが言った。

「……私も」

「うん」

それだけで、十分だった。

依頼書を受け取って、ギルドを出た。
内容は単純だ。町外れの倉庫で、荷の整理を手伝う。力仕事だが、危険はない。
報酬は銀貨一枚。
タイラーは、その数字を頭の中で転がす。

――悪くない。
宿代。
食事。
装備。

すべてを賄えるわけじゃないが、
「働けば金になる」という感覚を掴むには十分だ。

「場所、わかる?」

「うん」

あおいは地図を見るまでもなく、歩き出した。
この町には来たことがあると言ってたしな。

倉庫は、町の端にあった。
古い木造の建物が並び、商人や荷運びの人間が行き交っている。
ギルドの依頼だと告げると、現場の責任者らしき男が、短く顎をしゃくった。

「箱を向こうに積み替える。壊すなよ」

「わかりました」
タイラーは袖をまくる。久しぶりの、純粋な肉体労働だ。

午後の便で到着した荷馬車。
その荷物を仕分ける作業がこの仕事だった。
現実世界の物流センターの仕事だな。これは。大学生の時にバイトしたことがある。

箱を持ち上げる。
――軽い。
いや、箱そのものは重いはずだ。中身も詰まっている。それなのに、体が素直に動く。

力が出る。無理がない。タイラーが荷を運ぶ。
あおいは先に動き、置き場を確保する。

「次、右」

「この箱、底が滑る」

「そこ、段差ある」

声は小さいが、途切れない。一度や二度ではない。
箱を持ち上げるたび、必ず横にいる。
位置を示し、順番を整え、余計な持ち直しが起きないよう、先に整える。

タイラーは、運ぶことだけに集中できた。
迷いがない。考えるべきことが、極端に減っている。

ふと、思う。
現代のオフィスでも、あおいは仕事ができるタイプだろう。
あおいの仕事ぶりは効率がいい。役割分担がはっきりしている。
一緒に仕事ができたのなら、無駄な確認も、行き違いも、きっと少なかった。

一旦休憩が入った。
異世界の労働環境はどういうものかと覚悟はしていたが、ちゃんと休憩は取るように言われた。
でも、自販機があるわけでもコンビニが近いわけではない。みんな井戸の水を飲むか、同僚と語り合うだけだ。

タイラーは、疲労を感じることが少なかった。

……やっぱり、な。
森を彷徨っていたときから感じていた違和感。
疲れにくさ。
回復の早さ。

これも、自分の身に起きている“変化”の一つだ。だが、誇る気にはならない。
仕事が進む。それだけだ。

しばらくして、責任者の男が様子を見に来た。

「……手際いいな」

「初めてです」

「そうは見えん」

それだけ言って、男は離れていった。
あおいが、ほんの一瞬だけこちらを見る。何か言いたそうで、でも言わない。
すぐに、次の箱の位置を示した。

陽が西に傾き、倉庫の影が長くなったころ、作業は終わった。
最後の箱を積み終えると、責任者はギルドの札に印を押した。
「これで終わりだ」

ギルドに戻り、確認を受ける。
銀貨一枚が、手のひらに落ちる。金属の重み。現実的な感触。

「……働いたな」

思わず、そう呟いた。

あおいが、少し間を置いて言う。
「うん」
それだけ。

でも、その一言が、妙に胸に残った。
ギルドを出て、通りに出る。
町は変わらず賑やかで、人はそれぞれの生活を続けている。
タイラーは歩きながら、考えた。
ジュリオがある。
不思議な力もある。

でも――

それに全部を任せるつもりはない。
この世界で、自分の足で立つ。
それが、今日の収穫だった。


------▫️風の兆し▫️------
倉庫の中は、埃っぽくて、箱は重くて、静かな仕事だった。

でも、不思議と、嫌じゃなかった。
タイラーが運び、私が場所を示す。
それだけなのに、動きが途切れない。

声を出さなくても、次に何をするのか、わかる。
それが、少し楽しかった。

森から出て、働く、というのは、こういうことなのかもしれない。

特別なことは、何もしていない。
でも、一緒に終わらせた、という感覚が残る。

倉庫を出たとき、夕方の風が、私たちの間を抜けていった。
強くもなく、急かすでもなく。

――ちょうどいい。
理由は、まだわからない。
でも、今日は、楽しかった。
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