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異世界で、二人乗り 第一部
異世界で、二人乗り 第一部 第24話 「無難」
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異世界で、二人乗り 第一部 第24話
「無難」
部屋は暗い。
灯りは消えていて、窓の外の明かりだけが、壁に薄く滲んでいる。
ベッドはひとつ。
いつもの部屋。
いつもの宿。
何度も泊まった、慣れた空間だ。
並んで横になるのも、特別なことじゃなかった。
疲れたから。
空いていなかったから。
理由はいくらでもあった。
だから、今夜も同じだと思っていた。
天井を見ている。
視界の端に、あおいの輪郭がある。
見ない。
見れば、何かが変わる気がして。
同じ部屋。
同じベッド。
何度も繰り返してきた「問題ない距離」。
それを、問題ない顔で続けてきたのは、オレだ。
「……」
喉が詰まる。
返すべき言葉は頭の中に山ほどあるのに、どれも口に出す形にならない。
早く、何か言わなきゃいけない。
答えを出さないまま黙るのは、いちばん無責任だ。
そう分かっているのに、言葉を探せば探すほど、別の問いが浮かび上がってくる。
――オレは、この世界の人間なのか。
この宿に泊まり、この街を歩き、この世界の空気を吸っている。
それでも、どこかで線を引いている自分がいる。
「ここまでだ」
「踏み込むな」
「責任を持てないなら、近づくな」
その線を、知らないうちに越えさせてしまった。
「……はあ」
やっと出た息は、声にはならなかった。
短く、頼りない。
あおいは、何も言わない。
責めない。
確認しない。
期待の形を見せない。
ただ、待っている。
その待ち方が、タイラーには痛いほど分かる。
――早く答えないと。
社会通念。
年齢。
立場。
責任。
どれも正しい。
どれも、今の自分を縛る。
自分は、この世界に根を張る覚悟があるのか。
生活を作る覚悟があるのか。
それとも、いつか去る人間なのか。
去る可能性のある人間が、誰かの気持ちを受け取っていいのか。
「すぐには……答えは出せない」
逃げだ。
そう分かっている。
でも、嘘ではない。
「うん」
あおいの返事は、それだけだった。
その一言に、失望も、期待も、混じっている気がして、
どちらも確かめられない。
しばらくして、隣の呼吸が変わる。
浅く、一定で、眠りに落ちていく音。
――寝た。
タイラーは、目を閉じない。
眠れば、この夜を切り取って、「なかったこと」にできてしまう。
そんな逃げ方をする資格は、もうない。
天井を見つめながら、
自分がここまで来るまでのことを、一つずつ引き出していく。
子供の頃から、危険は冒さなかった。
友達の輪に入っても、自分が危ないと思うことには近づかない。
自分が傷つくことには、挑戦しない。
学生の頃も同じだ。
やればできたかもしれない。
でも、やらない選択肢を残していた。
失敗しない範囲で評価される位置。
それを、賢いと思っていた。
社会人になってから、その癖は「強み」になった。
空気を読む。
先回りする。
リスクを潰す。
評価された。
認められた。
責任のある立場も与えられた。
管理職になる過程で、何度も選択肢の前に立った。
挑戦的だが、不確実な道。
確実だが、面白みのない道。
オレは、いつも後者を選んだ。
失敗しない。
波風を立てない。
誰も困らない。
そうやって、人生を「無難」に積み上げてきた。
それが悪いとは、思っていなかった。
――でも。
ここまで来て、気づいてしまった。
オレは、大事なことほど、「整ってから」しか選ばなかった。
準備ができてから。
安全が確認できてから。
責任の形が見えてから。
人の気持ちは、そんなふうに待ってくれない。
あおいのことを思い出す。
初めて会ったとき。
森の中。
警戒しながらも、逃げなかった目。
一緒に歩いた時間。
黙って並ぶ距離が、苦じゃなかった。
食事のとき。
小さなことに、ちゃんと驚くところ。
疲れた夜。
何も言わず、同じ部屋で過ごした時間。
特別じゃない顔をしながら、いつの間にか、特別になっていた。
守ろうとしていたのか。
甘えていたのか。
たぶん、両方だ。
――好きだった。
最初から、少しずつ。
でも、確実に。
告白されたから気づいたわけじゃない。
気づいていたから、気づかないふりを続けていた。
無難な距離。
責任のない優しさ。
それを積み重ねた結果が、今夜だ。
――言わせてしまった。
あおいは、勇気を使った。
オレは、逃げ続けてきた。
それを並べてしまえば、答えは簡単だ。
でも、簡単に言葉にできない。
この世界に根を張る覚悟。
現実世界を閉じる覚悟。
離れられなくなる関係。
年齢差。
どれも、今まで避けてきたものだ。
隣の寝息が、規則正しく続く。
その音が、「ここにいる」という事実を、何度も突きつける。
――無難じゃない選択をしろ。
誰かに言われたわけじゃない。
自分の中から出てきた声だ。
管理職としてなら、部下にそう言うだろう。
「責任を取れ」
「決めろ」
「覚悟を持て」
それを自分に向けられたとき、できない。
情けない。
夜は、まだ長い。
タイラーは、
あおいの寝息が続く間、何度も同じ問いを繰り返した。
好きだと認めること。
責任を引き受けること。
帰る道を閉じること。
そのどれもが、
怖くて、
でも、必要だった。
答えは、まだ形にならない。
ただ一つ、はっきりしたことがある。
この夜を、無かったことにはしない。
自分の人生から、切り離さない。
タイラーは、目を閉じなかった。
「無難」
部屋は暗い。
灯りは消えていて、窓の外の明かりだけが、壁に薄く滲んでいる。
ベッドはひとつ。
いつもの部屋。
いつもの宿。
何度も泊まった、慣れた空間だ。
並んで横になるのも、特別なことじゃなかった。
疲れたから。
空いていなかったから。
理由はいくらでもあった。
だから、今夜も同じだと思っていた。
天井を見ている。
視界の端に、あおいの輪郭がある。
見ない。
見れば、何かが変わる気がして。
同じ部屋。
同じベッド。
何度も繰り返してきた「問題ない距離」。
それを、問題ない顔で続けてきたのは、オレだ。
「……」
喉が詰まる。
返すべき言葉は頭の中に山ほどあるのに、どれも口に出す形にならない。
早く、何か言わなきゃいけない。
答えを出さないまま黙るのは、いちばん無責任だ。
そう分かっているのに、言葉を探せば探すほど、別の問いが浮かび上がってくる。
――オレは、この世界の人間なのか。
この宿に泊まり、この街を歩き、この世界の空気を吸っている。
それでも、どこかで線を引いている自分がいる。
「ここまでだ」
「踏み込むな」
「責任を持てないなら、近づくな」
その線を、知らないうちに越えさせてしまった。
「……はあ」
やっと出た息は、声にはならなかった。
短く、頼りない。
あおいは、何も言わない。
責めない。
確認しない。
期待の形を見せない。
ただ、待っている。
その待ち方が、タイラーには痛いほど分かる。
――早く答えないと。
社会通念。
年齢。
立場。
責任。
どれも正しい。
どれも、今の自分を縛る。
自分は、この世界に根を張る覚悟があるのか。
生活を作る覚悟があるのか。
それとも、いつか去る人間なのか。
去る可能性のある人間が、誰かの気持ちを受け取っていいのか。
「すぐには……答えは出せない」
逃げだ。
そう分かっている。
でも、嘘ではない。
「うん」
あおいの返事は、それだけだった。
その一言に、失望も、期待も、混じっている気がして、
どちらも確かめられない。
しばらくして、隣の呼吸が変わる。
浅く、一定で、眠りに落ちていく音。
――寝た。
タイラーは、目を閉じない。
眠れば、この夜を切り取って、「なかったこと」にできてしまう。
そんな逃げ方をする資格は、もうない。
天井を見つめながら、
自分がここまで来るまでのことを、一つずつ引き出していく。
子供の頃から、危険は冒さなかった。
友達の輪に入っても、自分が危ないと思うことには近づかない。
自分が傷つくことには、挑戦しない。
学生の頃も同じだ。
やればできたかもしれない。
でも、やらない選択肢を残していた。
失敗しない範囲で評価される位置。
それを、賢いと思っていた。
社会人になってから、その癖は「強み」になった。
空気を読む。
先回りする。
リスクを潰す。
評価された。
認められた。
責任のある立場も与えられた。
管理職になる過程で、何度も選択肢の前に立った。
挑戦的だが、不確実な道。
確実だが、面白みのない道。
オレは、いつも後者を選んだ。
失敗しない。
波風を立てない。
誰も困らない。
そうやって、人生を「無難」に積み上げてきた。
それが悪いとは、思っていなかった。
――でも。
ここまで来て、気づいてしまった。
オレは、大事なことほど、「整ってから」しか選ばなかった。
準備ができてから。
安全が確認できてから。
責任の形が見えてから。
人の気持ちは、そんなふうに待ってくれない。
あおいのことを思い出す。
初めて会ったとき。
森の中。
警戒しながらも、逃げなかった目。
一緒に歩いた時間。
黙って並ぶ距離が、苦じゃなかった。
食事のとき。
小さなことに、ちゃんと驚くところ。
疲れた夜。
何も言わず、同じ部屋で過ごした時間。
特別じゃない顔をしながら、いつの間にか、特別になっていた。
守ろうとしていたのか。
甘えていたのか。
たぶん、両方だ。
――好きだった。
最初から、少しずつ。
でも、確実に。
告白されたから気づいたわけじゃない。
気づいていたから、気づかないふりを続けていた。
無難な距離。
責任のない優しさ。
それを積み重ねた結果が、今夜だ。
――言わせてしまった。
あおいは、勇気を使った。
オレは、逃げ続けてきた。
それを並べてしまえば、答えは簡単だ。
でも、簡単に言葉にできない。
この世界に根を張る覚悟。
現実世界を閉じる覚悟。
離れられなくなる関係。
年齢差。
どれも、今まで避けてきたものだ。
隣の寝息が、規則正しく続く。
その音が、「ここにいる」という事実を、何度も突きつける。
――無難じゃない選択をしろ。
誰かに言われたわけじゃない。
自分の中から出てきた声だ。
管理職としてなら、部下にそう言うだろう。
「責任を取れ」
「決めろ」
「覚悟を持て」
それを自分に向けられたとき、できない。
情けない。
夜は、まだ長い。
タイラーは、
あおいの寝息が続く間、何度も同じ問いを繰り返した。
好きだと認めること。
責任を引き受けること。
帰る道を閉じること。
そのどれもが、
怖くて、
でも、必要だった。
答えは、まだ形にならない。
ただ一つ、はっきりしたことがある。
この夜を、無かったことにはしない。
自分の人生から、切り離さない。
タイラーは、目を閉じなかった。
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