異世界で、二人乗り

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異世界で、二人乗り 第一部

異世界で、二人乗り 第一部 第26話 「距離」

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異世界で、二人乗り 第一部 第26話
「距離」

――オレの、
世紀の大告白から、数日が経った。だが世界は、驚くほど何も変わらなかった。

宿はいつもの宿、白梟亭。
朝になれば階下から鍋の音がして、自然と目が覚める。
女将が用意してくれる朝食を、二人で食べる。
昨日と同じ光景。特別なことは何もない。

昼はギルドで依頼仕事だ。
討伐の日もあれば、作業補助の日もある。
夕方には戻って報告を済ませ、その日の報酬を受け取る。
最近は収入も安定してきたので、白梟亭には長期で部屋を押さえてもらっている。
拍子抜けするくらい、昨日までと同じ日常。

あの夜を境に、空気が変わるとか、視線を合わせづらくなるとか、
そういう分かりやすい変化はなかった。
少なくとも、オレの目にはそう映っていた。
けれど、数日が過ぎるうちに、
少しずつ、確実に、「違い」は積もっていく。

それは大きな出来事じゃない。
むしろ、どうでもいいほどの差だった。

朝、宿を出るとき。
あおいは、ほんの半歩だけ近い位置を歩く。
肩は触れない。
けれど、以前なら自然に保っていたはずの余白が、いつの間にか、埋まっている。
意識しなければ気づかない程度。
でも、気づいてしまえば、戻れない程度。

依頼先で話を聞くときも同じだ。
相手の説明を聞きながら、あおいはオレのすぐ隣に立つ。
前までは、少しだけ後ろか、横でも間を空けていた。

今は違う。
袖と袖が、ときどき触れる。
それだけで、オレは無駄に姿勢を正す。

「タイラー、これ」
ギルドの依頼書を渡されるとき、指先が触れる。
一瞬。
でも、避けない。
あおいは、それを特別なこととして扱わない。
謝らないし、照れもしない。
ただ、自然な動作として、そこにある。

現実世界で、会社の女子社員が相手だったら即座に謝罪だ。
放置すれば、案件に発展しかねない。

昼過ぎ、移動の途中で休憩を取る。
石の縁に腰を下ろすと、あおいも同じところに座る。
広さは十分あるのに、わざわざ、だ。
距離は、拳ひとつ分くらい。
以前なら、気にも留めなかったはずの近さ。
今は、空気の温度が分かる。
風が吹くと、あおいの水色の髪が揺れる。
陽の下では淡く、影に入ると深く、冷たい色に変わる。
こんな色だったか、と改めて思う。
今までは、「水色」という情報でしか見ていなかった。
よく見れば、一色じゃない。
光の角度で、何層にも重なっている。

美しい。
綺麗。
そういう言葉が、遅れて湧いてくる。

「……なに?」
視線に気づいたのか、あおいが聞く。

「いや」
オレは視線を外す。
……中学生かよ、オレ。

あおいは追及しない。
代わりに、少しだけ身体の向きを変える。
近くなる。
それが、この数日で繰り返されていることだった。

市場を歩くときも、人混みでは自然に距離が詰まる。
肩が触れそうで、触れない。
でも、避けようとはしない。
あおいは、歩調を合わせるのが上手い。
速すぎず、遅すぎず。
オレが立ち止まると、
一歩先で止まる。
振り返らずに、待つ。
その距離も、近い。

——女性は、強い。

ふと、そんな言葉が浮かぶ。
これは現実世界だろうと、異世界だろうと変わらない。
決めたあと、迷わない。
告白を受け取ったあと、関係を元に戻そうとはしない。

前に進むと決めたら、進む。
しかも、無理にじゃない。
あくまで自然に、日常の延長として。

町の食堂で夕食をとる。
向かい合って座っているのに、皿を分け合うとき、距離は一気に縮まる。
あおいが、当たり前のように言う。

「これ、多い」
理由は、それだけ。
オレは受け取る。
拒む理由も、避ける理由も、もうない。
食事の途中、ふと顔を上げると、あおいの赤い瞳と目が合う。
赤、と言っても強い色じゃない。
疲れ目や炎症の赤とは違う。
宝石みたいに、透き通った赤だ。
暗すぎず、明るすぎず。
光を受けると、内側から滲むような色になる。

今まで、こんなふうに見たことがあっただろうか。
見ていなかったわけじゃない。
ただ、“見ないようにしていた”。
気づいてしまえば、
距離を取れなくなるから。

——もう、遅いけどな。
そう思って、内心で苦笑する。

夜、部屋に戻る。
相変わらず、ベッドは一つ。
でも、それについて話題に上ることはない。

「寝ないの……?」
そう言って、あおいは自然にベッドに横になる。
端じゃない。
中央寄りだ。
空いているスペースは、狭い。
オレは、その狭さに何も言わずに入る。
肩が、触れる。
今までなら、一瞬で離れていた距離。
今は、離れない。

あおいは横になりながら、ぼんやりと窓の方を見ている。
横顔を見る。
水色の髪が肩に落ちている。
首の線が、細い。
不意に、「きれいだな」と思う。
抽象的じゃない。
具体的に。
髪の色。
瞳の色。
肌の白さ。
全部、知っていたはずなのに、
組み合わさって、改めて胸に来る。

「……なに?」
また気づかれる。

本当に、勘がいい。

「なんでもない」
そう言うと、あおいは少しだけ笑う。

「変なの」
そう言って、でも、距離は変えない。
むしろ、ほんの少し、体重を預けてくる。

少し。
だんだんと、重さを感じる。

……間違いない。
これは「デレ」だ。

あおいに「ツン」はなかったが、確実に「デレ」が来ている。
オレは、深く息を吸う。

——まだだ。
——まだ、越えない。

でも、このままではいられないことも、もう分かっている。
進展はしていない。
何も決定的なことは起きていない。
それでも、毎日、距離は縮んでいる。
あおいは、それを恐れていない。

オレの方が、
慎重で、
臆病で、
立ち止まっている。

それでも、その時間すら、
あおいは待ってくれている。

一歩先で。
——秒読みだな。

そう思いながら、
オレは何も言わず、その距離を受け入れていた。

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