雑草姫、選ばれし花の庭で踏まれて生きる 〜ガラスの靴は、土いじりには不向きです〜

お月見ましろ

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第19話 選ばれし者の論理

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 そこは学園の最上階に位置する、選ばれた者のみが入室を許される高級サロン。磨き抜かれた白大理石の床と、重厚なベルベットのカーテンが作り出した、選ばれた者たちだけが共有する、疑いようのない平穏があった。窓の外から差し込む陽光は、微塵の埃さえも美しく照らし、下界の喧騒とは無縁の時間が流れている。

 その中心で、レオンハルト・ヴァルディアは、眉間に深い皺を刻んで沈黙していた。
 
「……おい。貴様らに問いたいことがある」
 
 主の重苦しい声に、周囲を囲んでいた取り巻きの令息たちが一斉に背筋を正した。
 
 レオンハルトは、真紅の瞳に言いようのない困惑を湛え、指先で卓を苛立たしげに叩く。
 
「……気になる……いや、気に食わない女がいたとして、その女を喜ばせるには、何をするのが最善だ?」
 
 一瞬の沈黙。その後、令息たちは互いに顔を見合わせ、さも当然だと言わんばかりの薄笑いを浮かべた。
 
「殿下、そんなの簡単なことですよ」
 
「最高級の宝石か、最新の流行を取り入れたドレスを贈れば、どんなに気難しい女でも、とろけるような笑顔で膝を折るものです」

「殿下、私たちはそう教わってきました。女は、価値ある贈り物によって、男の誠意を知るものだと」
 
 令息たちの言葉は、彼らが幼少期から教え込まれてきた「正解」だった。彼らの住む世界では、愛や好意は形ある財産によって証明されるもの。そこには一片の疑いも、相手の尊厳を慮るという概念も存在しない。
 
「……そうか。それほどまでに、簡単なことなのか」
 
 レオンハルトは、独り言のように呟いた。
 
 脳裏に浮かぶのは、あの煤をつけながら質素な洋服を着こなし、ボロボロの屋敷で雑草を摘むロザリーの姿だ。彼は、自分の胸を騒がせるあの「雑草」が、なぜ自分を撥ねつけるのかが理解できなかった。ならば、彼女が持っていないもの――自分の有り余る富を惜しみなく与えれば、あの頑なな心も解けるはずだ。
 
「……あの、あまりにも寒々しい住まいを、王族の客人を招くに相応しい場所に生まれ変わらせてやろう。あの貧相な妹にも、凍えることのない温かい服を。……そうすれば、ロザリーは、今度こそ俺を見て笑ってくれるだろう」
 
 レオンハルトの瞳に、子供のような純粋な期待が宿る。
 それは、相手を思いやっているようでいて、その実、相手のこれまでの人生を完全に否定する、残酷なまでの「善意」だった。
 
「ですが殿下、近頃、ロザリー様……あのような令嬢が、公女様と懇意にされているとか」
 
 取り巻きの一人が、顔を顰めて進言する。レオンハルトの表情が、一瞬で不快げに歪んだ。
 
「……公女だと? あんな性格の悪い女とつるむなど、正気とは思えん。恐らく、奴は自分より劣る存在を傍に置いて悦に浸っているだけだろう。……だからこそ、俺が彼女を引き上げてやらねば」
 
 レオンハルトは立ち上がり、マントを翻してサロンを後にした。その後姿を、テラスの影から琥珀色の瞳が見つめていた。
 
 テラスの欄干に身を預け、あくびを噛み殺しながらその会話を盗み聞いていたノア・フェルドは、ふっと唇の両端を吊り上げた。
 
「……それは、最悪の手だね。レオ」
 
 ノアは、手癖のように襟足の三つ編みを弄った。その指先が、髪飾りに触れるたび、冷え切った自嘲が胸をよぎる。
 
 彼は知っている。ロザリー・エヴァレットという少女が、自らの貧しさを「恥」ではなく「武器」として磨き上げてきたことを。彼女にとって、一方的な施しは、救済ではなく魂の蹂躙でしかない。
 
「あの毒蟻に弄ばれて、その上、あの王子の独りよがりな光に焼かれる……。全く、僕の隣にいるだけじゃ、不満なのかな」
 
 呟く声に、いつもの軽薄さはなかった。

「わざわざ毒の沼に首まで浸かりに行くなんて、君は本当に、僕を退屈させないね」
 
 仮面の裏側から覗く瞳には、ロザリーという存在が、誰かの色に染められていくことへの、説明のつかない激しい拒絶感が滲んでいる。
 
 ノアは、空に昇り始めた月の白さを見つめた。
 
「……根っこまで腐らされる前に、少しは足掻いてくれるといいんだけど」
 
 彼はあえて、レオンハルトを止めなかった。
 崩れゆく均衡を、ただ静かに、愉悦と、そして微かな焦燥を抱きながら見守ることに決めたのだ。
 
 ――学園を支配する静寂の裏側で、まだ誰も気づいていない破綻が、静かに、確実に、形を取り始めていた。
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